それぞれの一日(表) Ⅱ
朝食後、私は迎えに来たエレジアさんの案内で街の港から離れた、アラエル商会の特産の製造工場へとやって来ていた。
ちなみにスピネルさんは今日、アルゼイさんとマーガレット姫の商談のために同行していた。なんでも国で奨励した方が良いものがあるとかなんとか。
「あ、熱いですね」
「アハハ、そりゃそうだ。ここは常に薪をガンガン燃やして海水を沸かしてるからね」
周囲を囲うようにたてられたレンガ製の壁につけられた扉を開ければ、そこにはモクモクと白煙を大量に巻き上げながら大鍋を幾つも炊いていた。
「アラエル商会が塩を武器に商売しているっていうのは聞いてましたけど、ここまで大量に炊いて作ってるとは思いませんでした」
「まぁ兄さん曰くかなりアナログなやり方だって言ってたっすね。意味はわからないっすけど」
「たしかにそうですね」
私も海水から塩を作るやり方を詳しく知ってるわけじゃないけど、ここまで大量に薪を燃やしてやるものなのか疑問に思わなくもない。
「これ、毎日どれぐらいの薪を使ってるんですか?」
「まぁそれなりとしか言えないっすね。なにせつい数時間前までは火を消してたっすけど、濃度を極端に上げるのに、炊いた同じ濃度の海水を冷ましてから合わせてを繰り返しても4日はかかるっすからね。」
「この大鍋鍋一つ分の塩を作る前段階で4日ですか」
「そうっす。五日目に最後の合わせをしてかろ海水がなくなるまで炊き上げて、そこから冷まして奥の乾燥部屋で干して水気が完全に無くすのに二日、鍋一つ分でおおよそ100kg前後作るのにこれだけの時間がかかるっす」
エレジアさんは当たり前のように言うけど、塩100kgなんて、それこそ普通の四人家族百組がスーパーで良く売ってる1キログラムの塩を一つずつ買っても数ヵ月から半年、下手すれば一年保つほどの量だ。
それをほぼ毎日作っているのだから、当然薪の量もそれ相応になるのは当然だ。
「この熱さで倒れたりはしないんですか?」
「まぁそういうやつらも少なくはないっすけど、基本的に炊いてる海水にはここの連中は触らないからな。塩は砂糖と違って熱で焦げないから最後の工程以外ではかき混ぜたりしないし、ここで働いてるのはむしろ……」
そのとき、タイミングを見計らったように海から奇声のような声が聞こえて振り返ってみれば、そこには勇者パーティー時代に海から出てきて戦ったことのある魔物、サハギンが数匹走ってきていた。
私はあわてて杖を取り出そうとするが、それ以前にここで働いていた皆さんが、なんとも慣れた動きでスコップやら剣やらを取り出して魔物を駆除し始めた。
まさかの出来事に唖然としていれば、エレジアさんは困ったように笑って
「むしろああいう、海から上陸してくる魔物の駆除が、ここの連中のお仕事なのさ」
そう答えた。
最初はわざわざ部署にならないここを見学するのは何故かと思ったが、なるほど、たしかにこれは私が見学するのも納得の理由だ。
「襲ってくるのはサハギンだけなんですか?」
「ここ数ヵ月はそうっすね。前は武器持ちの上位種もチラホラ見えてたっすけど、勇者パーティーがSランク級の魔物だった『リヴァイアサン』を撃退してからは見なくなったっす」
彼女の言葉になるほど、と頷く。
リヴァイアサンは魔王との決戦の直前、魔王が陣取っていた大陸へ渡るために倒さなければならない魔物として討伐したのだが、今となっては思い出したくもないレベルの過酷な戦いだった。
流石は海の覇者とも呼ばれたSランクの魔物であり、山一つと同じ大きさの体躯を誇る亀のような地龍であった陸のベヘモス、魔物でありながら人類の守護者とも呼ばれた竜種を従える巨大なる空の聖鳥ジズと並び立つ最強の魔物だと、勇者アレグスはあの双頭の海龍を称していた。
とはいえ、まさしく死の一歩手前まで行くような大激戦を繰り広げたというのに、リヴァイアサンに深傷を負わせたものの完全に討伐することはできなかった。
が、プロパガンダ的な理由で撃退したということになったわけだが、リヴァイアサン自身も負わせた深傷を称賛はしていたから、多分許してはくれるだろう。まさか人語を理解して喋ってくるとは思わなかったけど。
「けど、サハギンもそれなりに強いのに皆さん簡単に処理してますね」
「まぁ毎日のことですし、何より倒せば倒した分ボーナスが出ますし」
「な、なるほど」
現金な理由に苦笑せざるをえなかったが、そんなこんなをしてるうちに十匹近く居たサハギンはあっという間に駆逐され、皆さんは慣れた手付きでそれを解体し始めた。
「サハギンは魚人系の魔物なので肉も食べれるし、鱗は盾や防具に使えるんで、魔石と合わせてそれなりの売値になるんすよ」
「……食べれるんですか?」
「なんなら生でもいけるっすよ。兄さんは乾燥させた海藻を巻いて半日冷蔵庫で寝かしたやつが好みっす」
まさかの昆布締めもどきをやっているあの商会長に呆れてしまうが、まぁこの世界ではオークを豚肉みたいな扱いで食べることが良くあることを考えれば無くはないのだと思う。
さすがにゴブリンやスライムみたいなのは食べないと思うが。
「……サクラさま、なんなら生で食べてみますか?」
「え、いま食べれるんですか?」
「えぇ、どうせ1体はここでの昼飯に使われますし、味見に一柵貰ってきますよ」
そう言うとエレジアさんは解体作業中の彼らの輪のなかに入っていき、そしてあっという間に皿盛りにしたサハギンの刺身を持ってきた。
「どうぞ」
「えっと、いただきます」
差し出されたフォークで一切れ刺して観察する。色味を見れば白身魚のタイに似ていて、香りはあまり感じない。
少し思うところはあったが、意を決してそれを口の中に放り込んだ。
「……おい……しい?」
筋肉質なのかかなりコリコリとした食感に、白身魚特有の淡い旨味、そして同時に記憶にあるスーパーで買った養殖の刺身のタイに比べてかなり強い風味、まだ熟成をしていない段階でここまで強い味に驚きしかなかった。
「ですよね。ウチも初めてサハギンの刺身を食べたときは驚いたもんっす。他の生魚の刺身とはまさしく別物っすからね」
「たしかに、ここまで強い味なのにまったくくどく感じないです」
「ですよね。じゃあ次はこれをつけてみるっす」
そう言って差し出したのは陶器製の瓶で、中身を確認して仰天した。
「これ、醤油ですか?」
その中身は黒く独特な香りを持つ、日本人にとっては無くてはならない調味料に酷似したものだったからだ。
「兄さんもそう言ってたっすけど違うっす。これは『セーユ』っていって、北方の岩塩群がある雪山に育つセーユの木の実から抽出した液体を熟成させた調味料っす。
セーユの木が岩塩の塩分を吸い取って成長してるらしく、木の実の液体もかなり塩っからいんで、使いすぎはダメっすよ」
その説明に頷くと、そのセーユとやらを少しだけ刺身のそばに滴し、そして刺身にそれを少しだけつけて食べてみる。
「…………」
「ど、どうした……って、泣いてる⁉」
これが泣かずにいられるだろうか。この世界にきてからはや5年、地球の味がもはや殆ど思い出せないなか、ようやく似た味に出会えた。これが嬉しくないと言うのならなんと言うのか。
「エレジアさん、このセーユを売ってください‼瓶じゃなくて樽で‼」
「た、樽でって、これ意外とお高いやつなんすけど」
「高くてもいいです‼絶対、絶対に一樽欲しいんです‼」
逃がしてなるものか、もはや形振りかまわないと言わんばかりにはしゃぐ姿に、困惑するエレジアさんの姿があったのは言うまでもなく、後日文字通り大樽一つ分のセーユが運ばれてきて狂喜乱舞したのは、これまた別の話。
書き貯めてた分を消費しきってしまったので、二週間ほどお休みします。次回は11月14日の予定です




