アラエル商会のお仕事(裏) Ⅱ
アラエル商会は二つの側面を持つ商会だ。
一つは様々な国や都市との船舶貿易を主体に立ち回る新進気鋭の貿易商社。その貿易額はこの港湾都市メギリムトップで飽き足らず、国で五指の一つに入るほどの大商社であり、誰もが羨む王室御用達の御用商人。その勢いは戦乱の最前線に居た勇者軍のトップである勇者パーティに認知されるほどだった。
そしてもう一つは都市そのものの裏の番犬であり、前世の地球での言葉を借りるならヤクザと呼ぶべき無法者集団。しかして王にも認められた無法をもって無法者を相手する必要悪の暴力装置だ。
そんな俺たちの裏の仕事の一つが簡単に言えば海賊であり山賊……闇夜に紛れ違法薬物や奴隷、密輸品を運ぶ輩を摘発し処分することだ。
「やぁ、気分はどうだ悪徳奴隷商人?」
商会から離れた衛兵詰め所の地下牢のさらに奥、捕らえた奴隷商人を拷問用の手枷足枷とともに椅子に座らせ、怯えるように震える太った豚に俺は満面の笑みを浮かべた。
「き、貴様……こんなふざけたことをしておいて、ただで済むと思ってるのか‼」
「それをアンタが言うのか?人の街に違法な奴隷と禁じられた葉っぱを持ち込んで売りさばこうとした、裏の商人であるアンタが」
調べればこの男は隣国で活動していた悪徳商人だった。それも希少亜人種族であるエルフや妖精族といった、見目麗しい種族を中心に拐かし、無理矢理奴隷に仕立て、金だけは多いクソな趣味を持つ貴族や商人に対して売っていた唾棄すべきクソやろうどもの親玉だった。
「葉っぱだと⁉確かに奴隷は扱ってはいたが、少なくとも薬物に手をだすような真似はしておらんぞ‼」
「あぁ、そういう認識では間違ってないさ。確かにアンタ自身はその類いは持ち込んでなかった……だが、商品だったエルフの一人がこんなものを持ってたんだよ」
そう言って俺は側に立っていた部下の一人から袋に入っていたそれを取り出して見せれば、目の前のブタ商人は顔が一瞬で青醒めた。
「そ、それはまさか……『世界樹の葉』か⁉」
「そうだ。教会の聖書にも描かれた、煎じて飲ませればたちまち傷を癒し、死にかけた者ならば途端に元気になるとも言われる、伝説にして最高級のポーションの原料の一つであり、そして同時にそれそのものが国際的に特殊第一級禁止取引薬物にも指定される劇薬だ」
それをなんと十枚もな、と言えば目の前の奴隷商人の顔は真っ青を通り越して紫色になり、ガクガクと震え始めるが、それも無理からぬ事だとは思う。
ファンタジーRPGではお約束の死者蘇生すらなし得る完全回復アイテムではあるが、この世界ではその立ち位置が少し違う。
確かにそれと同じく、傷つき倒れたものに煎じて飲ませればそれと同様の結果になるし、薬にすれば死者蘇生とはいかずとも、一滴ですべての傷を癒し健常に戻す、まさしく夢の回復アイテムだ。
が、同時にこれを健常者が使用するとその回復能力の高さが逆に仇となり、他に類をみないほどのとてつもない中毒症状を引き起こす。麻薬の何十倍かも分からない程の快楽と依存性、そして狂暴性を引き出してしまう危険薬物となってしまう。
どうしてそんな危険物を違法奴隷のエルフが持っていたのかは甚だ疑問だが、問題はそこじゃない。
「ある意味運が良かったな、これが発覚すればどうなるかは……裏に身を置いてるアンタならよく知ってるよな?」
「……あぁ、かつて魔王軍がやらかした『世界樹事件』は、当事者じゃなかったがそれでも聞いてて身震いしたもんだ」
『世界樹事件』、それは八年前に魔王軍が引き起こした悪夢のような謀略事件。
当時の最前線付近のとある国、そこは世界でも最大クラスの世界樹が聳え立つ国だったのだが、魔王軍が引き起こしたある作戦により、たった一月で国として成り立たなくなるほどのダメージを負い滅亡した。
何をしたかと効かれれば簡単な話で、彼らは世界樹の葉を数十数百という数手に入れ、それを市民が使う水道の浄水設備に混入させたのだ。
世界樹の葉は煎じたりして飲み薬にするのが一般的だったことからして、葉の成分そのものが水に溶けやすい性質をしていた。それを利用して浄水設備に混入された世界樹の葉は目的通り作用し、静かに、だが確実に水道に世界樹の葉の成分が溶け込み、国の首都があっという間に世界樹の葉中毒の山と化し、勇者軍が気づいたときには手の施しようがないほど崩壊していた。
その事件後、人類側は世界樹の葉を特殊第一級禁止取引薬物……個人での所有を認めず、また戦時下以外での利用およびその栽培並びに採集を禁止するものに指定した。
勇者軍ですら世界樹の葉そのものを保持することはなく、せいぜいその葉を使ったポーションが勇者パーティーに一瓶だけしか所持できなかったそうだ。
そして現在では世界樹を管理し、共存して生きてきたハイエルフのような、世界樹の葉そのものに耐性のある民族以外の採集をも禁じられているものを、あろうことか奴隷が持ち込んだ。それが何を意味しているのか。
「もし密輸していることがバレれば、違法奴隷のことを含めて死罪は免れない。違法奴隷の売買は犯罪奴隷になるのが普通だが、な」
「ぐっ……それは」
「俺も裏の人間だ、需要がある以上違法奴隷について云々言うつもりはない。まぁこの街で違法奴隷を売買するとかなら話は別だが、他の街で売るって言うならな。だが、さすがにこんな危険な薬物を持ち運んでるってんなら話は別だ」
同情するつもりはない。そんなものをすれば裏の世界ではあっという間に足元を掬われる。そうなれば俺の大事な弟分や部下たちを簡単に失うことに繋がる。
一寸先は闇という言葉があるが、まさしくそれが常なのが裏社会、ゆえに利益のために誰かを殺すことなんて当たり前で、その事を自重するつもりは一切ない。
「ところでアンタ、同業者についてどれぐらい知っている?」
「……ど、どういう意味だ?」
「なに、深い意味はないさ。ただ、もしこれから言うことに正直に答えるのなら、俺がこの世界樹の葉、責任をもって処分してやってもいいって考えてる……そうなりゃ、奴隷落ちにはなるだろうが、多少は衛兵に口添えしてやる」
いわゆる司法取引ってやつだ、そう言ってやれば目の前のブタ商人は途端に目の色を変えた。絶望しかなかった表情が、多少の安堵と猜疑心の混ざったそんな顔に変わる。
「ど、同業についての情報を売れってのか?」
「安心しろ、何も全部を教えろとは言うつもりはないし、喋った内容がソイツらにバレないように手配ぐらいはしてやる」
それが真実で役に立つ内容なら、という言葉はあえて言わない。裏社会は表社会以上に信頼がものを言う。特に今みたいな敵陣のど真ん中で捕まってる状況で、半端な嘘を言えば即死に繋がるというのは誰もが理解している。
「……内容にも依るが、こっちの国の違法奴隷を扱ってる連中はそれなりにだ。どういったものを扱ってるか、どんなところから仕入れてるかで、当てはまるやつは変わるからな」
「充分だ。俺が言う条件に当てはまるやつを知っていれば、言葉通りこの葉っぱは責任を持って処分してやる」
「……良いだろう。それで、どういうやつの情報が要るんだ」
「孤児院のガキを使ってるやつだ。しかも教会の人間が出荷元で、ガキを薬の実験体にしてるクソ野郎どもだ」
俺がそう言えば、ブタ商人は少し目を閉じて考えるが、すぐに答えを出してきた。
「教会の人間との繋がりは知らねぇが、この近辺の違法奴隷商人で孤児院のガキが元で、薬も扱ってるってなると俺が知るのは一つしかねぇな」
「組織の名前は?」
「ルバンダっていう連中だ。もとは貴族の三男坊みたいな跡継ぎとは関係なく、家を放逐されてマトモに働かなかったクズが依り集まって出来たグループで、そっちの言うような孤児院のガキや、最近だと新種のドラッグをシノギにしてるらしい」
放逐された貴族、その言葉にピクリと眉を潜める。
「なるほど、教会の人間にはソイツらみたいな貴族だが跡取り争いになるからって教会に送られたような連中も少なくないからな、繋がりとしてはあり得るか」
「ドラッグについての詳細は知らない。が、噂で聞いた話では中毒性の高い媚薬と強制的な排卵作用……つまりは女に使えば無理矢理に孕ませる事が可能だとか」
「下衆だな」
男としては多少は理解できてしまうが、それ以上に尊厳を壊しまくるそれに激しい嫌悪を覚えた。
「ソイツらが教会の上と関わっていたか、それらしいことを話していたか覚えているか?」
「直接の面識は無いからそこは分からん。違法奴隷のオークションは基本的に出品者も落札者も仮面で顔を隠しているうえに、奴隷商人同士も基本的に他の連中とつるむことは殆どないからな。俺もこっちの違法奴隷のオークションでルバンダの商品を見たことはあるが、話をしたことは無いからな」
予想通りの解答にひとまず納得する。さすがにそこまでの情報を持っているとは最初から思ってないからだ。
「ならヤツラが拠点にしてる場所は?もしくは拠点に繋がりそうな何かを知っているか?」
「……悪いが拠点については知らねぇ。さっきも言ったが奴隷商人は他のと関わることは殆どない、が、完全に知らないってわけでもない」
その一言にどういう意味だと聞き返せば、目の前の奴隷商人はこう答えた。
「アンタも違法奴隷商人を狩ってるなら知っているだろうが、違法奴隷商人ってのは縄張りが命だ、だからオークションに定期的に出て様々な形で……仮面の形状やスーツ、小物といったものを利用して自分達の縄張りをアピールすることで抗争が起きないようにしてる」
「あぁ、そうらしいな」
「俺がルバンダの奴隷をオークションで見たのは一度だけだが、奴らのトップは波をイメージした仮面と淡緑のスーツ、そして剣とイチョウの葉を象ったタイピンを着けてた。悪いが、俺はこれ以上連中については知らん」
そう真剣に答えた目の前の男に頷くと、俺は改めて袋に入れていた世界樹の葉の束を取り出すと、少しだけ魔力を込める。
すると世界樹の葉はその綺麗な緑色だったものが、みるみると色素を失っていき、数十秒で見るも無惨な枯れ葉になった。
「か、枯れることの無いと言われる世界樹の葉が一瞬で枯れ葉に……」
「一つ面白いことを教えてやるよ。世界樹の葉は確かに劇薬にもなる植物ではあるが、その効能の大半は世界樹そのものが産み出した膨大な魔力がその効能を強化して、さらにその膨大な魔力で半永久的に枯れることのないようにさせているんだ。
が、その魔力を失うと世界樹の葉はその姿形を維持できずにこうしてあっという間に枯れ葉になってしまうのさ」
そして俺の魔力阻害体質の根幹になっている闇属性の分解魔法を利用すれば、膨大な魔力の塊である世界樹の葉であろうと一分と経たずに枯れ葉にすることができる。
枯れ葉になった世界樹の葉には薬効などなく、こうなっては焼却炉で燃やしてしまえば証拠は完全に残らないだろう。
「これで取引は完了だ、犯罪奴隷にはなるだろうが、そこまで過酷じゃない場所になるようには通しておくよ」
そう言って拷問部屋から出た俺は、今回の敵をどうやって潰そうか、そんな考えを幾つも幾つも無心していた。




