アラエル商会のお仕事(裏) Ⅰ
それは聖女サクラとの契約が済んで、ほんの少し雑談していたときのことだった。
「そういえばアルゼイさんは所謂、転生スキルみたいなものはなかったんですか?」
そんな地球という同郷の聖女の問いに、俺はなんとも言えない表情を浮かべた。
「あー、なんていうか、うん、いわゆる戦闘とか生産とか、そっち系のスキルは全くなかったな。頑張れば戦闘向きではあったかもしれないけど」
「あ、一応はあったんですね」
サクラさまの言葉のとおり、たしかにこの世界ではチートに近い能力はあった。あったのだが、ある意味では地球の知識に比べると、
「うん、まぁ、使い道に困りまくるうえに、下手すると日常生活すら儘ならなくなる、大変にポンコツなスキル……というより体質がありまして……」
俺の言葉の意味が分からなかったのか首をかしげるサクラさまとマーガレット姫。そういえばこれについてはマーガレット姫にも話したことはなかったか。
「スピネル、試しに小さい魔法の火の玉を俺に投げてみてくれ」
「わかった……ファイアボール‼」
頼み通りに拳大の火の玉……基礎火属性最下級魔法であるファイアボールが俺の体に向かって飛んできたのだが、それが俺の体に触れるか否かのタイミングでそれは起こった。
「え?」
「消えました……?魔法が当たる直前に忽然と?」
姫様の言う通り、俺の体に触れて燃えるかと思っていたはずの火の玉は、まるで真空になって消えたかのように忽然と、存在そのものが消滅したかのようになんの現象も起こさずに消えてしまった。
「これが俺の転生スキルとでも言うべきチート体質……『魔力阻害体質』ってやつだ」
「阻害……ですか?」
「そう、どうにも俺は闇属性魔法の適正があるそうなんだが、俺が俺自身以外の魔力の干渉を受ける際に、その闇属性の魔法の一つである分解魔法が自動で発動して、その魔力そのものを分解して阻害する……らしい」
らしいというのは俺自身が全てを理解してるわけでも、魔法適正はあっても自由自在に魔法が使えるわけではないから詳細にはしらないからだ。
「言ってしまえば、俺は魔法や魔力による攻撃ならば、例えそれが世界そのものを破壊するような戦略級のそれであっても、効果範囲にそれが入った時点でそれを無かったことにできるそうだ」
「えっと、それって普通に凄い能力なんじゃ」
「メリットだけ見たらな。けどこれ、それに見合わないくらいにデメリットが重たすぎるんだよ」
そう、これだけなら普通はメリットなんだが、弱点と言うかとんでもない欠点が幾つかある。
「まず俺が触れるだけで魔道具の全てが機能不全を起こす……というか、屑鉄のスクラップに成り下がる」
「え、魔道具の全てがですか?」
「あぁ、水道の蛇口に触れれば水が溢れだして止まらず、魔道コンロに触れれば常に最大火力で発火し続ける……酷いときは船に触れただけで船体が崩れはじめて藻屑になった」
あの時は本当に酷かった。この世界の大型船が魔力で動いてるとは聞いていたが、まさか船体の形を維持するためにも魔法を使っているなど誰が思うか。
まぁ通常運行する船の船体維持に魔法を使うことはそもそも法律で禁止されていたらしく、俺へのお咎めは殆どなかった。藻屑になった船の全てを回収するだけで済んだのだから、それぐらいは安いものだろう。
「次にこの体質のせいで街を覆う魔法結界そのものを、俺がその場に居るだけで壊してしまうんだよ」
「結界破壊って、それだと魔物が街を襲うことになるんじゃ」
「実際その通りだ。しかもなんの因果か街になって教会が置かれる事になってそれがはじめて判明してな……色々とすったもんだの大騒動になったもんだ」
今現在は向こうがやらかしてるので敵対組織となっているが、本来街と呼ばれる規模の都市には必ず教会が存在している。その最たる理由が街を魔物に襲われないように守る防護結界を発生、維持するためなのだ。
この防護結界の魔法は地脈と呼ばれる大地に流れる魔力を利用して発動するらしいのだが、その術式は教会が秘匿しており、普段は魔物を寄せ付けない程度の最低限の出力で魔道具によって維持し、有事の際は対魔法攻撃用の防護結界として外からの攻撃をある程度までは無効化するらしい。
本来なら信仰心の無さそうな生臭神父どもを招き入れたくはなかったが、教会の結界によって魔物からの脅威を防げるのならと言う理由で親っさんが街で受け入れることにしたのだが、まさか結界魔法を発動した際にそれを無意識に分解してしまった時は、真面目に異端認定されて殺されかけたのは最悪の思い出だ。
「今は……まぁ、あれだ、聖女さまも聞いたことがある『怠惰』と昔一度だけやりあったときに戦利品として彼女から貰った、この左腕につけてる『魔力吸収の腕輪』があるおかげでどちらも今は何ともないが」
『魔力吸収の腕輪』はあの『怠惰』曰く古代遺産魔道具と呼ばれる特殊な代物で、古代遺産魔道具はそれ自体の魔力以外の他の魔力による影響を受けないそうだ。
そのなかでもこれは、装着した生物の魔力を吸い取り無害化する性質があるそうで、俺のように魔力が現象として発露してしまう特殊な体質の者が着けることでその被害を、無意識ではなく任意で発動できるくらいにはある程度まで弱めてくれるそうだ。
おかげで日常生活や結界魔法の件もなんとかなり、『怠惰』には当時大変に面倒をかけられたが、結果としてはプラマイゼロにはなったし、多少の恨みはあるが敵ながら感謝もしていた。
「そんなわけで、多少のメリットよりもかなりデカイデメリットなのが、俺の転生特典なんだよ」
「えっと……なんていうか、色々と恐ろしいですね?」
「魔力が関わらなければなんも関係ないけどな。魔力でできたものならさっきの魔法みたいに消し飛ばせるし、なんなら魔法で産み出した岩石とか金属とかも消せるから、対魔法攻撃には最強の肉壁として扱えるんだけど……あの『怠惰』の魔法のほぼ全てを無力化できたしな」
その代わりなのか魔法攻撃、物理攻撃ともに少しは習ったのだが、どちらも俺には才能が全くの皆無だと言われたときは嘆きたくなったが。
「あれ?ですがアルゼイさまと私が最初に会った十年ほど前に、王都で結界が壊されたなんて話は聞きませんでしたが?」
「そんときは罪人に使う魔力封じの腕輪を着けてたからな。どこから持ってきたのか、親父のコレクションの一つだったんだが……あれは本来なら罪人以外に許可無く使うのは禁じられてるしな」
本来なら手枷のように鎖が着いてたらしいが、どういうわけか無かったし、当時は痩せこけて骨が見えるくらいに腕が細かったので、手首だとブカブカだったから二の腕に嵌めていたから、マーガレット姫は気づいてなかったんだろう。
最初はなんでそんなものを着けさせられたのか甚だ疑問だったが、あんな騒動が起きてからは理解せざるを得なかった。
「逆に言えば、こういう物理的な枷がないとどうやっても防げない欠陥品を与えられ、しかもどう頑張っても使い道が用途の限られた肉壁限定、どんな罰ゲームだって話だよホント」
ある意味で、自分らしい転生特典だとも思ったが、それにしたって皮肉が効きすぎてるとは思う。
そう締め括ってふと懐から懐中時計を取り出して時間を確認すれば、約束していた時間にそろそろなろうかとしていた。
「っと、すみませんがサクラさま、そしてマーガレット姫、これから商談の約束がございまして、席をはずしてもよろしいですか?」
「あら、私はともかく聖女さまが来られるというのに、別の約束をしてらっしゃったのですか?」
「申し訳ない、我々としてもこちらを最優先したくはあったのですが……少々、とても面倒な相手でして」
表の意味でも、裏の意味でも。
「ご安心を、この場にはラスティとエレジアが残りますし、二人なら俺も安心して任せられると信頼しております。まかり間違っても粗相はいたしません」
「わ、わかりました。ちなみに、どなたがお相手かお聞きしてもよろしいですか?」
聖女さまのその問いに、俺は苦笑を禁じ得ずにこう答えた。
「なに、ただの奴隷商人ですよ……この近辺をうろちょろして網に引っ掛かった、違法奴隷を扱ってる連中ではありましたがね」




