アラエル商会のお仕事(表) Ⅱ
「え、え、どういうこと?」
まさか自分が乗っていた馬車の、それも普通自動車のトランクルームぐらいのスペースしかない馬車の後部に取り付けられたそれに、王国のお姫様が紛れ込んでいたなど誰が予想できるだろうか。
「相変わらず、私が隠れてる場所を良く見つけられますわね」
「スピネルをこっちに寄越すって聞いた時点で嫌な予感はしてたんだよ。聖女さまと一緒に来るって言うなら隠れられるのは馬車のどこか、となると正面から堂々と来るんじゃないのならトランクルームに隠れるのが定石だろ」
と思ったら、どうやらアルゼイさんはなんとなくは予想していたらしい。つまり、こういうことは良くあるということなのだろう。
「あら、護衛に変装してくる可能性もあるでしょうに」
「そういうのは身長をあと頭一つ分ほど高くなってから言ってください。150cm程度の身長の騎士はありえませんから」
にべもなくそう切り捨てるが、たしかに勇者パーティの女性メンバーであるメリュリナも身長は160cm後半はあったし、勇者軍に所属する女性メンバーの大半もメリュリナより低いのは数人で、あとは同じかそれ以上だった気がする。
「はぁ、一応聞きますが、ドラバルト王はこのことを知っておられるんですか?」
「勿論、ちゃんと事前にお伺いは立てたし許可も貰いました。隠れてきたのは今回の訪問はお忍びであることと、その方が面白いかと思いましたので」
「全然まったく面白くないですよ」
頭が痛いと言わんばかりの彼には同情しかない。多分、私が同じ立場でもそうなると思う。
「まぁそれについては良いではないですか。それよりも今回の件……おそらくですがメギリムだけの問題では済まない可能性があります」
「良くはないですが……やはり、マーガレット姫も同じようにお考えで?」
「それについては中で話すとしましょう、こんな天下の往来でずっと立ち話というのはいろんな意味で注目されますので」
アルゼイさんに率いられるように建物の中に入れば、そこは様々な商人が喧々諤々の商談を交わす戦場だった。
「なんていうか、こんなに広い建物のスペースが埋まるほどの商人が集まるのはすごいものですね」
チラリと流し目で確認するだけでも50人近い人数の商人がテーブルを挟んで喋っているし、その1/3ぐらいがアルゼイさんが着ているスーツのような制服を着てることから、所属商人だけでもかなりの人数だと一目で分かる。
「一階は基本的に塩、砂糖、香辛料といった一次消費商品の売買取引の商談の場になってるんです」
「一次消費商品……ですか?」
少なくとも日本じゃ聞いたことの無い商品分類に首をかしげれば、アルゼイさんは簡単に説明してくれた。
「うちでは商品の分類で一次から三次までの分類に分けているんです。
まず一次消費商品は野菜や果物、香辛料のようなそれ単体で消費できる代物のことです。うちでは野菜は基本的に扱っていませんが、外の商人が取引として持ってきた野菜や果物を、適正な価格の塩や砂糖と交換で取引したり、こっちが買った野菜を小売の商店に売ったりすると考えてください」
「では二次と三次はどういう商品なんですか?」
「二次消費商品は鉄鉱石や薬草のような加工が必須の商材の分類ですね。こちらは基本的に外からのものは買い取りし、それを鍛冶屋や薬屋に定期契約で納品するようにしています。
三次消費商品は牛や羊に馬、そして正規の奴隷など、中長期的な消費となる商品にかかる分類で、これは基本的に外交貿易に当たるものが多いので、それ専門の登録が済んでいる業者への斡旋が中心ですね」
さらりと言ってるが、この世界では奴隷は普通の存在で、その奴隷も三種類に分かれている。
一つは今話に出た『正規奴隷』、これは難民や口減らしなど、生きるために子供や自分自身を奴隷の身へとすることで、正当な取引として奴隷になるものだ。魔王軍や魔物の被害で食料や金銭が足りなくなり、仕方なく奴隷になったりするものも少なくなく、法制度によってその人権も保証されている。
二つ目が『犯罪奴隷』、これも呼んで字のごとく犯罪者が刑罰として奴隷になるもので、こういった理由で奴隷になるものは大体が殺人や強盗などの罪を犯したものばかりで、よっぽど特殊な事情がない限り国がその奴隷の管理を行っているので、商会が取り扱うことは殆ど無いらしい。
そして三つ目が『違法奴隷』、前者二つのどちらにも属さず、かつ非合法的な方法によって奴隷となったもののことで、盗賊や海賊が襲った女性を金品に変えるためとか、スラムの子供を拉致して無理やりに奴隷としたりと、良くない目的で使う奴隷はこのパターンが多いらしい。当然、違法奴隷と知りながら所持したり売買した人間はかなり重たい刑罰がくだされるという。
そんな奴隷をも扱っているアラエル商会だが、基本的に馴染みの正規奴隷しか扱わないところとしか取引しておらず、話しによれば違法奴隷の摘発なども仕事の一つとして行っているという。
「違法奴隷は犯罪者が使うことが多いですからね。以前に摘発したところの奴隷には、体に自爆の魔法呪文を刻んだのも居ました」
「居ましたって、その人たちは?」
「人攫いとかそういうので故郷に帰れる伝手があるのは責任をもって送り返したよ。もちろんそういった危険な魔法については解呪、もしくは発動しないように封印処置をしてな」
そうでない連中は、と言いかけてすぐにあー、と悩ましい声をあげる。
「まぁ、一応仕事の斡旋とかしたり、中にはうちで働きたいって言ってくるやつも多くてな。うちの組織と衛兵隊のそれぞれ二割強がそいつらだよ」
「ここで働いてるんですか?」
「頼れる人間もいないから、心理的に安心感を求めた結果なんだろうな。実際、うちの幹部の1人も元違法奴隷の暗殺者だったんだが、今では仕事以外では昼寝大好きのぐーたら狼人になっちまったよ。」
まぁそれ以上に仕事をしてくれてるから文句はないけど、と呟く彼の周りの人物にとても興味が湧いたが、一先ずそれは置いておくとする。
「ま、奴隷売買については聖女さまもなんとなくは理解して貰えてると思いますけど、許されてる範囲で許される内容のものしかしてませんから悪しからず」
「そう、ですか」
「えぇ……っと、ここで良いか」
そうして案内されて入った部屋は、地球でのドラマでたまに見る円卓のように配置されたテーブルの会議室だった。
それぞれが適当に座ると、どういうわけか進行が座るような手前真ん中の席に座ったスピネルさんが一つ咳払いをする。
「えっと、では今回は私、スピネル・ハーンバインが進行役としてさせていただきます」
「俺は問題ない」
「それは構わないんですが……なんでスピネルさんが進行役を?」
「私はどっちの事情もある程度理解してますので、今回は万が一にも揉め事が起きたときの仲裁役ということで」
その説明に納得した私はコクリと頷く。
「ではまずはアルゼイ商会長の方から、聖女サクラさまの今後の予定についての説明からして貰おうと思いますが、構いませんか」
「こっちは問題ないが……マーガレット姫やサクラさまはどうですか?」
「えっと、違法薬物についての会議ではないのですか?」
そう聞けば、商会長は苦笑いで答える。
「もちろんその話もしますが、まずは聖女サクラさまがこちらに来て、どのように生活するのかの説明をするべき……というか、そちらを進めないと私生活まで仕事になりかねない事態になりかねませんから」
「そう、なんですか?」
「えぇ。なにせうちの業務は多彩でして、先程も申したような商品の売買取引を始め、生産や歓楽街の見回り業務、衛兵との合同訓練や裏に関する仕事など、サクラさまに分かりやすく言えば総合商社のようなものをしています」
アルゼイさんがそう言うと、マーガレット姫が眉を潜める。
「ですがアルゼイ様、さすがにサクラさまを商会の小間使い扱いするわけではないでしょうね」
「当たり前ですよ。ただ、うちがどんな仕事をしているのか、理解して貰わないと色々と齟齬が生まれるかもしれない。なので客分ではありますが、本来ならば聖女サクラさまには、うちの業務を見学し、その後にどうしたいかを聞こうと思っていたのですが……」
今回の事件に、と頭が痛そうに答える彼には少しだけ視線が泳いだ。たしかに、事前にどうするか予定を組んでいたのに、その直前でそれをぶっ壊すような出来事が出てしまった。それも私が勝手に首を突っ込んで、それが必要になる事態ともなれば、経営者としては色々と考えなければならないことが山積みだと思う。
「まぁ別に悪い方向に転がっていってるわけではないので、それそのものは問題ないです。が、ドラバルト王からは可能な限り、サクラさまには裏と関わらせるなと言われてたんだけどな~」
「今回ばかりは致し方ありませんわ。麻薬など、下手すれば国家存亡に関わる事態です。被害者を減らすためということならば、父も多少は理解してくださいますわ」
「……そうなれば良いんですけども」
「最悪でも私が口添え致しますので、死にはしませんから問題ないですわ」
問題しかないです、と、まるで生気が抜けたように答える彼に、少し同情してしまったのは言うまでもなかった。




