アラエル商会のお仕事(表) Ⅰ
「ようこそ、聖女サクラ様。王都からここまで長旅ご苦労様です」
都市へ入り暫くして、街の賑わいを感じる中央街区の一画、まるでここは自分達の場所だと喧伝するような立派な建物の前で停まった馬車から降りれば、それを見計らっていたかのように入り口からやってきた青年……この商会の長であり、私がこれからしばらくお世話になる相手でもあるアルゼイさんが頭を下げながら挨拶をする。
「商会の長であるアルゼイさんが自ら出迎えてくれるんですね」
「意外ですか?」
「いえ、そうは言いませんが……こういう時はだいたいナンバー2の人が出迎えて、トップの人の場所に案内するものだと」
その返しになるほど、と彼は苦笑いで返した。
「たしかにトップ自ら出迎えるというのは、領主や王族のように明らかに格上の相手にしかしません。ですが、貴女は聖女ですよ?しかも勇者軍の中でも最上位に当たる勇者パーティのメンバーの一人、これ以上の無い格上ですよ。あくまでもこの場では」
「それはいったい?」
「誤解がないように言いますが、私は聖女様のことを見くびっても侮ってもいません。が、名目上にはなりますが、これから聖女様は我々が保護することになります。ゆえに立場としてはあくまでも対等なもの、上でもなければ下でもない。商会の都合としてこちらのルールには従って貰う必要はありますが、まぁ郷に入っては郷に従えというやつです」
ただそれだけです、と彼はそう言って笑ったとき、その綺麗なスーツの袖に見覚えのある赤黒い染み……血の痕跡を見つけてしまった。
「アルゼイさん、その袖の血は?」
「?……あぁ、すみません。じつはつい先程まで捕まえた悪党の尋問をしてたんです」
「じ、尋問ですか?」
「えぇ、いわゆる麻薬の売人ですよ。それも自分達で畑を作ってるとんでもない極悪人でしてね……まぁいろいろあって、今回の件に関しては私自ら尋問を取り仕切ってるわけで」
普段はそれ専門の部下に任せてるんですが、となんの感慨もなくいう彼の姿は私に、どうしようもない隔たりを感じさせるには充分なものだった。
「おいおい、アルゼイの兄さん。いきなり聖女様がドン引きしてるっすよ」
が、次の瞬間いつの間にか彼の隣に立って肩に抱きつくエレジアさんに困惑した。
「基本的に温厚で穏健派な兄さんが、わざわざ自分の手で尋問したんす、それ相応の理由があったんすよね?」
「……俺が商会を継いで間もない頃に支援してた孤児院のガキの一人が、そいつらに薬の実験台にされて金持ちのバカに売り飛ばされた。しかも俺が日記をくれてやったヤツだ」
「あぁ、なるほどなるほどそういうことっすか……うちが行ってたらまず間違いなくそいつらの首を落としてたから、まだマシっすね」
そう言いながら商会長から離れると、ゆっくりと私のそばに歩み寄ってきた。
「アルゼイの兄さんを怖がらないでくれっす。兄さんに懐いてくれてた子供が薬漬けにされて売られて悔しいんすよ。ついこの間、その子供が立派な商会に引き取られたって話を聞いて嬉しそうにして、いつか一緒に酒を飲みながら商談の一つもしたいって言ってたっすから」
「あ……」
「身内も同然に思ってたんすよ。そんな子供に手を出されて、怒らない人間はうちの連中にはいないっす」
もちろんうちも、と答えるエレジアさんの表情は暗く、同時に怒りで握りしめた手に血が少しだけ流れていた。
そうだ、彼は自らをヤクザと名乗っていた。私はヤクザについて詳しくは知らないし、暴力団とヤクザ、極道の違いも良く分からない。けど、ヤクザが昔はいわゆる自警団として扱われていたことは聞いたことがある。
だから彼は、ヤクザとして街を荒らされたことを怒っているんだ。それも自分の知り合いが酷い目に合わされたのなら、その怒りは必然なんだ。
「あの、その麻薬の症状は魔法では治せないんですか?」
だから私は思わず彼にそう問いかけた。
「……多分、進行症状次第ではあるが効くとは思う。あまりにも状態が進んだ者の場合はその限りではないと思うが、麻薬を使って1度や2度ぐらいの人間ならば完治は可能だと思う。が、試したことはないな」
「そう、なんですか?」
「聖女さまにいうのも釈迦に説法みたいなもんですが、基本的に治癒魔法の類いはこの世界ではかなりのレアな魔法適正です。俺が調べた限り、市民一万人が居たとして、そのなかで100人程度が魔法使いの適正があり、そのなかでも治癒魔法が得意なのは1人居れば御の字ですね」
それぐらいは私も知っている。この世界に来てからというもの、私の魔法についてはいろんな人から教わったから、どれぐらいの割合かも知識としては知っている。
「けど基本的に治療魔法の使い手は、その適正があると分かった時点で各国または各領地の軍に強制的に所属することになります。もちろん魔法学院のような場所に行く者も少なくないですが、俺らのような平民を相手にする物好きは殆どいません」
「け、けど冒険者の中にも治癒魔法が使えるひとがいますよね?」
「簡単な回復魔法なら、鍛練次第で誰でも使えるようにはなります。けど、病気や大ケガを治すような治癒魔法は先天的な適正がないと使えないんです。そもそも治癒魔法が属する光属性魔法そのものが、基礎魔法適正ではないですし」
基礎魔法適正とは、この世界の魔法の基礎となる属性適正のことだ。火、水、風、土の四属性が基礎であり、人によっては複合属性や特異属性なんてものもあるが、その全てが必ずこの基礎四属性のいずれかに当てはまっている。
が、私の扱う治癒魔法、結界魔法、浄化魔法はそのいずれにも属さない光属性と呼ばれる特殊属性で、基礎四属性の持ち主がどんなに努力したとしても、先天的にこの属性に適正がなければ扱えないという。
回復魔法もこの光属性に属している……わけではなく、それ自体はどの魔法属性にも属さない、いわゆる無属性と呼ばれてるんだけど、一定以上の肉体を回復させる……切断された腕や病気などを治したりできるほどの能力は存在しない。
だから薬中毒を治せるかどうかは、ふつうの市民では確認しようが無い……普通だったら
「だから、もし良ければ私がその薬中毒になった人の治療を試みたいんですが」
「っ、なるほどそういうことか」
この言葉に一瞬驚いたが、すぐに状況を理解して思案顔になる。たしかに普通ならば分かるはずがない、けど、いまここには回復魔法のエキスパートとも呼べる、勇者パーティの1人として最前線で味方を治療し続けた、この世界で最高峰の治癒魔法が使える私がいる。
もちろん彼の言うとおり、症状が酷い人間に対しては手の施しようがないかもしれない。が、ほぼ死にかけてる状態から命を救ったことのある私の治癒魔法なら、治せる確率はかなり高いはずだ。
「たしかに、聖女さまの力を使えばもしかしたら治せる……かもしれない。絶対とは言えないが、それなりに悪くない賭けにはなると思う」
「なら」
「だが問題なのは、その子供が今現在どこにいるか分からないことだ。調べた限り、俺が目を掛けてきた子供が連中に捕まって薬漬けにされて売り飛ばされたのが、およそ二週間前だってのは調べがついたんだが、誰に売られてどこに行ったのかはまだ分かってないんだが……スピネルが居るなら手がない事はない」
そういうと彼は私のそばにいたスピネルさんに視線を向ければ、彼女は待ってましたとばかりに指笛を鳴らす。
すると外壁の外からいくつもの狼の遠吠えが聞こえたかと思えば、目の前に白亜にも似た色の巨大な狼が1頭どこからともなく降り立つと、その頭をスピネルさんに伏せた。
「ヨーシヨシヨシ、いきなり呼んでごめんね」
彼女がわしゃわしゃとその頭を撫でると、続いてアルゼイさんに向けて伏せをする。
「済まないが頼みがある。この本に残った少年の匂いを追ってくれないか?」
彼はそう言って軽く撫でて持っていた本を近づければ、狼はそれを二三度嗅いて軽く頬擦りし、そして一言軽く吠えるとあっという間に跳んでいった。
「今のは……」
「スピネルはエルフと狼人とのハーフだがちょっと特殊な血筋でな……その血筋のおかげなのか狼の従魔を何頭か従えている。さっきのはスピネルがその従えてるやつのボス格の1頭だ。狼らしく鼻が効くし、さっきの頬擦りで匂いも移したからすぐにでもその配下の狼が探してくれるはずだ」
「その代わり、私はエルフの魔法が全然まったく使えないんですよね。その分、魔獣を使ってカバーしてるんです。それにあの子達には全員、私が姫様の筆頭従者である証を身に付けていますし、衛兵には獣魔との会話ができる者がかならず数人居ますので、今回の奴隷売買に関わった連中はすぐに摘発されますし、件の子供もすぐに保護できるはずです」
なるほど、とは思うが同時になぜアルゼイさんにまで伏せたのか、少しだけ疑問に思ったが、スピネルさんはアルゼイさんから見て妹のようなものだし、何らかの繋がりがあっても不自然ではないとも思った。
「とりあえず今できることは終わり……って言いたいんだがな」
そう言いながらアルゼイさんは私が乗ってきた馬車に近づくと、その背部のトランクルームをなんのためらいもなく開け放ち、その光景を見た瞬間、私は思わず絶句した。
「あら、簡単にバレましたわね」
「……色々と言いたいことは山ほどありますがね。とりあえず、なんでわざわざこんなところに隠れてやってきてるんですかね、マーガレット姫様?」




