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とある転生者の日常

 異世界というものに憧れがないとは言わない。剣と魔法、魔物のような現大日本で考えればあり得ないというそれに少しでも憧憬を持たないわけがない、そんな風に思っていた時期もあったことは否定しない。


「さて、それじゃあ今月の利益について聞かせてもらおうか」


 転生してから十数年が経ち、仲間と立ち上げた組織の自室にて報告を聞けば、古くからの仲間であり組織の幹部の三人がそれぞれ真剣に、しかして笑みを浮かべながら答えた。


「まずは交易関連ですが、今回は先月に比べれば15%の黒字になる予定です。また輸出する商材の生産量も新しい設備を投入しましたので、来月からはさらなる利益も可能かと」

「生産量の増加は助かるが、これ以上投資するのは競合商品的に危険だろ。一先ずこれ以上の増産体制はしない方向で、かつ別の商材になるものを考えておいてくれ」

「了解しました。そのように部下たちに話ををしておきます」


 色白で眼鏡のハーフエルフで、俺の幼馴染みであり側近でもある彼の言葉に軽く頷きながら答えた。


「次はうちっすね。闘技場の運営及び賭博場の利益は上々って感じっす。周辺の宿屋や飯屋の利益も右肩上がりっすけど、同時に治安がちょっと悪くなってる気もするっす」

「治安か……まぁ賭博場と飯屋は酒が絡むからな。仕方ない部分もあるが、街の住民に迷惑が掛かるのは問題だな。人員を少し回すから、しばらくはそれで対応してくれ。こちらからも衛兵隊や住人のほうには説明はしておくが、よっぽどの事がない限り殺しは当然だが、くれぐれも暴れすぎないように」

「わかってるっす。まぁうちらのことを知ってる連中ならバカな事をするとは思わないっすけど」


 色黒で赤いドレッドヘアの女牛獣人の少女は笑いながら答えるが、その怪力を知ってる俺からすると威圧感ハンパないんだが、同時にその実力から信頼もしている。


「最後は俺ですけど、周辺で目立った盗賊や山賊の情報は上がってこないです。ただ、どうにも隣から密輸品が流れてるって話がちらほら商人連中から聞こえてるんで、ちょっとそっちを調べようかと思ってます」

「密輸品か……ものにもよるがうちの末端が手を出してお上の厄介になるのは避けたい。情報を衛兵隊や冒険者連中に流しても構わないから徹底して潰せ」

「分かりました。面倒ではありますけど、やらないと余計に面倒なことになりますからね」


 とんでもなくダルそうに答える銀狼の青年だが、その実誰よりも真面目なことを俺は良く知っている。


「三人とも、分かっていると思うが俺らはただの裏家業の商人だ。領主のような貴族でもなければ、冒険者になるための戸籍すら貰えないクズだった俺らが今じゃこの街どころか国でも有数の街になったこの街を、表の領主や衛兵と同じように裏側で守る立場になった」


 その言葉に三人が先ほど以上に真剣な目になった。


「俺らが手抜けば表に迷惑がかかるだけじゃない、下手すれば俺たちが一歩一歩培ってきた信頼も消えることになる、そうすれば俺たちはまた、ただのクズに成り下がる」

「それは、考えたくもありませんね」

「そうっすね、また明日のパンを食べれるか不安になる日々はゴメンっす」

「俺も、また生きるために真っ当じゃない殺しをするのはいやです」

「俺だって嫌さ。だから常に言ってるが、仕事には常に緊張感を持て。違和感やおかしいと思ったことはすぐに相談しろ、今だけでなく未来を考えて最善になるように動け」


 分かったな、そう問えば三人とも威厳たっぷりに返事をし、その頼もしい笑みに俺自身も笑みが溢れた。


「なら三人とも頼んだぞ」

「えぇ、勿論。ですが兄さん、兄さんはこれからどうするんです。見たところどこかへ出かけるような姿をしていますが」


 弟分の言葉に少しだけ不機嫌な気分になるが、仕方ないことと割りきって嫌々ながら答えた。


「これから王都にな。国王に内々で呼ばれてな」

「国王にって、うちが何かしらのヘマをしたっすか」

「そういうことじゃねぇが……まぁ国王も俺たちの家業を知ってはいるからよっぽどの事がない限り潰されることはないだろうな」


 あの国王とは仕事柄なんども話をしたことがあるが、清濁併せ呑む器量を持ち、魔王軍討伐の指揮を取る勇者軍の創設者でもある人物だ。信頼はしてるし、下手なことはないだろうが厄介事である可能性は否定できるわけがない。


「なら俺らのうちの誰かがついていくというのは?」

「いや、向こうから内々で密かに会いたいから一人できてくれ、と手紙が来てな。どうやら勇者軍に関する内容とは聞いているんだが」

「勇者軍、ですか。たしかにそうなると兄さん以外の我々が無断でついていくのは避けたほうがよろしいでしょうね」

「この街が特殊なだけでエルフと獣人を魔王軍の輩と宣う連中は表には多いっすからね。実際は勇者軍にだってエルフや獣人も多く在籍してるっていうのにっす」

「仕方ない、魔王軍に所属するのは魔族だけでなく、エルフや獣人も多数居るうえに、幹部クラスの敵も少なくないですから」


 三人とも不満ではあろうが、理由が理由だけに納得はしているのだろう。

 外に出れば待っていたのだろう、王から送られてきた馬車が目の前に鎮座しており、最早慣れた手つきでその中へと入り込む。


「三人とも、戻ってくるまで留守は頼んだぞ」


 軽くそう言って馬車の扉を閉めれば、三人の不安だが真面目な笑みが見えて安心できた。




「来てくれたか、アルゼイ・フレードリク」


 馬車で数日かけ、漸く王都へとやってきてさっさと城へと連れてこられた俺は、謁見の間でこの国の王であり、知る限り十指の一つには入る武芸の腕を持つドラバルト王からそんな言葉を受け取った。


「細かい挨拶とやらは抜きにしましょうドラバルト王。俺も王も、そんなことに割く時間はないだろう」

「やれやれ、相も変わらず余裕がないうえに合理的な男よ。しかしそなたの言う通りだ、さっさと本題に入ることにしよう」


 普通なら不敬罪で取っ捕まえられても不思議じゃない言葉遣いを王は気にも止めない。良くも悪くも互いに互いのことを知ってるうえに、時間が惜しいのも事実だったからだ。


「まず最初に言っておこう……勇者軍が魔王軍、正確には魔王を撃退することに成功した」

「……本当ですか?」

「こんな場所で笑えない嘘をつく程、こちらも余裕があるわけではない。日付にして十日ほど前になるが、たしかに勇者軍の精鋭である勇者パーティが魔王を撃破し、その首を我々も確認した」


 王のその言葉に生唾を飲み込むのを抑えられなかった。実際に魔王と相対したことはないが、過去に一度だけ、魔王軍の四天王の1人と対峙した事があるが、相手がかなり手加減していたのと戦う気が無かったとはいえ、一瞬放った威圧と魔力だけで部下たちの大半が失神し、俺と幹部三人も気絶こそしなかったがほんの少しも動くことができなかった。そんなやつを従える魔王を、勇者たちは倒してしまったと言われれば疑いたくもなるし緊張だったする。


「では、勇者の方々は解散するという感じですか?」

「あぁ、勇者パーティのメンバーは6人、勇者殿は出身である西の隣国の騎士団の副騎士団長補佐として、後々団長になる予定だそうだ」

「まぁ、妥当といえば妥当ですね」


 勇者と供に前衛を勤めていた格闘戦士は武者修行の旅へ、斥候を勤めていた方は冒険者に戻るらしく、弓使いだったエルフの方は魔王軍によって壊滅させられた故郷の復興のために戻り、魔法使いだった女性は魔法大学の研究者兼教師へとそれぞれ新たなる進路を決めていたという。


「ここまでは良かったのだが、問題なのは……」

「聖女さま、ですか?」

「うむ、聖女さまはいわゆるこの世界への『漂流者(ドリフター)』であり、もとの世界へと戻りたいと言われたのだ」

「それは……俺にも何となく分かります」


 俺だっていわゆる転生者だ、彼女と同じ立場ならば叶うならもとの世界に戻りたいとは思うし、その手がかりが欲しいとは思う。

 王には過去に俺がそう言う存在であるとは話していたし、彼女へどう支援していいのか何度も相談されてきたし、助言してきた。


「うむ、我々としても聖女さまの願いは叶えたい。そのために魔王軍が貯蔵してきた書物を片っ端からかき集めてきた。無論、投降した魔王軍の四天王の一人から許可を得てだが」

「あぁ、やっぱりアレは生き残ったんですね」

「むしろ奴を倒せる奴はそうそう居らん。それだけ魔王軍の中でも異質な存在であるからな」


 共通認識の1人のトンデモ魔族の顔を互いに思い浮かべたが、同時に比較的理性的な人物でもあるから、そうそう問題は起こさないであろう。多分、きっと、メイビー。


「コホン、話を戻すが聖女さまの帰還の件、魔王軍の書物を集めたはいいものの、それを解析するにはかなり時間がかかるのは分からんわけがなかろう?」

「そりゃ、魔王軍からそういったのが得意な奴を連れてこれるならともかく、一から解読して、さらに帰還のための準備をするってことならかなりの時間がかかるでしょうね」


 どんなに早くても半年から一年、下手すれば十数年は掛かることになるのは火を見るより明らかだ。


「そこで、だ。この流れから分かってはいるだろうが頼みがある」

「……えぇ、何となく予想はつきますがいったい?」


 頭を抱えたくなる気持ちを圧し殺したうえで聞けば、やはりその答えは予想通りだった。


「アスタス商会商会長アルゼイ・フレードリク、そなたに聖女帰還までの間、アスタス商会にて保護して貰いたい」

「やっぱりですか……」


 この流れで来るのは分かってはいた、分かってはいたが正直断りたいのが本音だった。


「……勇者軍の統括者の一人として、ドラバルト王が保護するのは?」

「そうしたいのは山々だが、聖女さまはどちらかというと市井の人間、書物の解析を行う我が国が保護するのは当然としても我が王城でというのは、たとえ聖女さまであっても短期的ならばともかく、長期的となると、もともと祖国の騎士団の団員の一人であった勇者殿と違って政治的に問題が起こる」

「まぁ、風の噂で聞く通りの能力が聖女さまにあるのなら、かなり面倒なことになるのは間違いないですね」


 噂によれば聖女さまの能力は言うところの回復術師(ヒーラー)であり紱魔師(エクソシスト)であり結界術師(フィールダー)。言霊一つで味方の傷を全て回復し、幽霊(ゴースト)亡霊(レイス)のような精神生命体を浄化し、さらに味方の有利なフィールドへ書き換える、文字通りゲームの聖職者の良いとこ取りしたこの世界最強の回復役。

 場合によってはだが、彼女さえいれば味方を文字通りの不死身の存在にすることだってできる、そんな存在を一つの国が長期的に保護するというのは軍事的政治的にかなり危険なことになる。


「特に北の隣国でもある神聖国は聖女さまを、言い方はかなり悪いが苗床として、万が一に備えて聖女さまの血筋を残そうと躍起になっているとも聞く」

「下衆な考えですね。まぁたしかに理由は分からないでも無いですけど、女性に対してそれは無いでしょ。だったらせめて勇者を種馬にしろよ」

「なんなら聖女さまと勇者殿を無理矢理にでも婚姻させるということも考えていたそうだが、勇者殿は男爵位ではあるが貴族の出身、婚約者もいたからその話は流れたそうだ」


 勇者殿とその婚約者もかなりのバカップルらしく、勇者パーティの面々がその方とあったときはかなり甘ったるい雰囲気に居心地がかなり悪かったと言っていたそうだ。

 ちなみに勇者殿はもともと男爵家の四男で、家督を継ぐことは無いと思われていたそうだが、今回の魔王討伐で侯爵位を授かったらしく、新興の『土地無し貴族』ではあるが立場としては実家を上回って大変なことになっているらしいが、それは本人になんとかして貰うとしよう。


「とにかく、聖女さまを教会側に渡すのも憚られるし、かといって王宮で長期間保護するわけにもいかん。しかして書物の解析を我が国でする以上、可能な限り聖女さまには我が国に居て貰いたい」

「だからうちに話を持ってきた、と?」

「あぁ、アルゼイ。お前の商会の面々には我々のような王族貴族の関係者は居ないし、聖女さま自身も庶民派であると常々言っておる。まぁ素行に関しては荒々しい者が多いのも事実だが、そこは転生者であるお前が聖女さまのフォローをすれば良いであろう」

「良いであろう、じゃないわ!!」


 軽くのたまう王に思わずキレツッコミで返す。


「まずドラバルト王、あんたには話しているとは思うが俺自身は転生者であることを公言してない。明かさずにフォローしろなんてできるわけないだろ」

「問題ない。聖女さまには一応話してはある。聖女さまも多少心配はしていたが納得していたぞ」

「それにな、ドラバルト王。そもそも俺と聖女さまとやらが仲良くやれるかっていう、そもそもの話しもあるんですよ。同郷だからこそ、ね!!」


 どういうことだと聞く王に、俺は少しだけキレながら大声で答えた。


「一般人は俺らみたいなヤクザかマフィアのような連中と関わることそのものがご禁制なんですよ!!俺らの知ってる国だとね!!」


 元地球出身、現転生してアルゼイ・フレードリク、18歳に転生した俺の職業はいわゆる、ヤのつく自営業のような商会の会長……つまるところ組長だった。

2/26 一部修正しました。


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