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食べる者

「さあさ、たくさん食べてくださいねえ。新鮮な竜の肉は久々だわ」

「どうも」

 竜の煮込みを盛った椀を受け取って、八神は軽く頭を下げる。

 山の麓にある小さな村。

 竜の脅威も一層身近な村は、その分竜の血肉の恩恵に預かる。村人は竜追いたちが仕留めたその肉を、日常的に食べた。

「父ちゃん、竜の肉おいしい」

「そうだろ、そうだろ。父ちゃんたちが命懸けで捕って来たんだからなあ。寿一(じゅいち)睦子(むつこ)もたくさん食べろ」

 禄一が上機嫌で息子を膝に乗せる。娘の睦子は大人しく座っていたが、父親の狩って来た竜の肉を嬉しそうに頬張る。

「母ちゃん、もっと竜のお肉入れて」

「睦子、お椀の中まだ残ってるでしょう」

「睦子は父ちゃんが捕ってきた竜を腹いっぱい食いたいんだよなあ。セン、入れてやれ」

「全く、この人は。ほら、睦子。父ちゃんが良いってよ。お椀よこしなさい」

 夫に言われて、呆れながらもセンは睦子の椀に鍋の中身をよそる。

「子どもたちに甘いったらないんだから」

 甘いには、甘いのだろうけれど。

 いい親父ではあるのだろう。

 八神は横目に、子供たちに破顔する禄一を見る。 


「宿でもあれば、水入らずを邪魔しなくて済むんだがな」

 椀を膝元に置きながら、八神は言った。

 ここで竜追いをしている間、八神は禄一の家に逗留することになっている。

「こんなところで宿なんてやったって、儲けなんてねえや。余計な気ぃ使わないで泊ってけばいいさ」

 竜追いは狩場を求めてあちこちを流れるものが多い。八神のような独り者ならなおさらだ。

 一方で、この村のように生活に竜が根差している地に腰を落ち着ける者もいる。それはそもそもそういう地に生まれ育った者もいれば、禄一のように狩場をいくつも流れた上で、伴侶を得るなり家族ができるなりして落ち着く者もいた。

「あたしらは、竜追いが竜を狩ってくれるから暮らしていけるんだからね。遠慮なんてしないでくださいな」

 センが八神の椀に二杯目を盛りながら言った。

 センも子どもたちも、竜の革でできた胴衣を着ている。 

 革や鬣は丈夫で良質な素材になったので、仕立てて纏った。骨は装飾にも使われたが、何より薬としての価値が高い。内臓も、食べずに残った肉も、効果の高い薬になった。

 竜追いは正気の沙汰ではないと言われることもある。けれどこれだけの財産、命を張るだけの価値がある。

 人々の生活を支えるだけの、価値があるのだ。




 竜を狩ることに成功すると、翌日からしばらく山に入らなくなる。

 一匹竜を狩ると、警戒するのかしばらく他の竜は現れなくなるからだ。人間と竜の打ち合いに怯えるのか、他の獣も出てこなくなるので、それらを狩ることもできない。それに、竜の身を保存肉にしたり、革を加工したり、狩りの他にもやることは山とあるのだ。

 八神と禄一も、次々と干し肉用の肉を切り分ける。

「ここは竜を扱える人間が多くて助かるな」

 慣れていても、竜の加工は体力を使う。人手が割けるのは有難かった。

 今日は暖かくて誰も竜革の胴衣や上着を着ていないくらいだし、作業もしやすい。

「センも睦子くらいんときには、もう手伝ってたって言うからなあ」

 竜を狩るのは竜追いの仕事だが、その後の調理や加工はその家族や村人も手伝う。昨夜も、八神と禄一が湯浴みを終え一杯始める頃まで、センはひたすら竜の内臓を洗っていた。

「睦子、ここは手伝わなくていいから、あんたは寿一の面倒見てなさい」

 共に干し肉の支度をしていたセンが睦子に言った。

(こま)ちゃんと、ままごとするって言ったの」

「じゃあ寿一を連れて行って」


 睦子は数えで十一だから、もう竜の加工を手伝っても良いような年だ。けれどセンは、まだ七つにも満たない寿一の子守を任せることにしたようだった。自分の背中に引っ付いていた寿一を、睦子へと押し出す。

「はあい。ほら、行くよ寿一」

「遊ぶんなら、山の入り口までだよ。山の中には入らないこと!」

 駆け出していく子供たちの背中にセンが呼びかけた。

 竜は、人間が不用意に山に入っていかない限り、姿を現すことはないとされている。人里に降りてくることも滅多にないとされ、実際、竜追いと山に入り込んでしまった者以外に、竜の牙にかかった村人はいないという。

「さあて。あの子らが遊んでいる間に、早いこと済ませちゃわないと」

「いやあ、働きもんの嫁さんもらって良かったなあ」

 惚気る禄一をよそに、八神は黙々と作業を続けた。

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