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信じる者

 竜が棲む山。

 山道は相応に険しく、森も深い。それでも竜が現れる場所は大方決まっているので、当てもなく歩くということはないのがせめてもの救いだ。

 一方で、竜の現れる付近に竜の巣のようなものは見当たらない。山中を竜の巣求めて捜し歩いても見つかった試しはないというから、いったい竜はどこから現れるのか、昔から竜追いたちすら誰も知らない。

 月からやって来るのだ、という話もあった。

 そんな与太話を信じる者がいるくらいに、竜の有り様はわからないことばかりだ。

 故に、竜を特別な眼差しで見る者たちがいた。

「……あれ」

 気配を感じて、八神は森の奥の方を見やった。

 人影。

 人影は二人連れだ。遅れて引き揚げた仲間だろうかと思ったが、一人は明らかに小さい。

「誰だ、あれ」

 八神の言葉に、禄一も八神の視線の先に目をやる。

「ああ……」

 人影を認めた禄一は、明らかに疎ましそうに目を細めた。人影の大きい方――おそらく、八神とあまり年の変わらぬ男――も、こちらを睨みつけるように見つめてくる。


「なんてことをする」

 離れた八神の耳にも聞こえる声で、男は言った。

「貴様ら、なんてことをする! 竜を殺して、捌いて!」

 竜はこの場で解体してしまう。狩人たちはおびただしい血も、酔うような生臭さも、ぎらぎらする臓腑もすっかり慣れていた。それが竜でなくとも、生き物を捌いて食べるということに躊躇などない。

 けれど所によっては、獣の肉を食さない者たちもいる。慣れぬ者は生き物を解体する光景を目にすると衝撃を受けるようだから、この男もその類か。

 それとも。

「貴様らはそうして竜を食べるのだろう。なんて酷いことをする。なんて惨いことをする。この外道どもめが」

 言い募りながら、男はこちらに向かってきた。すぐ後ろに、小さな影がひょこひょこ続く。

「竜は人間よりも尊い存在だ!貴様らに殺されるなど、あってなるものか!」

 男は激高した。

 ――ああ、そういう類の。

 怒気も露な男に、八神の心が冷える。


 竜追いのように竜を狩るものもいれば、竜を見守ろうという者もいた。

 人間より圧倒的に力のある竜を恐れるのは、誰もみな同じだ。けれどその人間にはない力への畏怖を、信仰にする者たちがいた。人間にはいまだ知れない竜の有り様を、神秘だと尊ぶ者たちがいた。

 竜を神と崇め、決して人間が手出しをしてはならないと説いて回る者たち。

 この男も、きっとそういう類なのだろう。

「あんたがどんな風に思ってようが、知らないけどさあ。こっちはこれでお(まんま)食っとるんだわ。そういうのは、よそでやってくれんかね」

 禄一は手を振って、男を追い返すような仕草をした。

「何を愚かな。貴様ら、自分たちがどれだけ罪深いことをしているか、わかってるのか」

「生きてりゃみんな、大なり小なり罪深いよ」

 ぽつりと、冷たい声で八神は言った。

「俺から見れば、子どもを巻き込んでるのが一番罪だと思うけど」

 男の後ろで、小さな影の肩が跳ねた。

 男の腰にしがみつくようにして、その背に隠れている幼子。娘だろうか、不安げにこちらをうかがっていた。

「……娘だって、この惨状には心を痛めている」

「どうだろうな。なんにせよ、こんな危ない森に連れ出して、こんな荒くれたちの前に連れて来て、どうかと思うがな」

 切り分けられた竜の周りを囲む男たち。その体は血に塗れ、手には各々武器を持つ。

「……外道どもが」

 苦々しく吐き捨てて、男とその娘は森の奥へと去って行った。



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