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この2人どこまでも多事多難  作者: 吉良玲
第1章 婚約後の諸々
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5.リング

 

 退勤後、ステラはロランに連れられて王家御用達のジュエリーメゾン・ブロワの前に立つ。仰々しい出迎えを受け、メゾン奥の品の良い応接間に通された。

 部屋にはシンプルな長机と椅子が並べられ、その手前には座り心地の良いソファーとセンターテーブル。クロスはオフホワイト。清廉な空気のなか2人はソファーに座り、ロランのデザイン画をパラパラめくる。


「これは、指が細く見えるデザインだけど、ステラの指は細いからね。逆にこれは?」

「う~ん? (どれでも良いような……)」

「センターストーンを決めよう、何色の石にする? ステラの誕生石はダイヤモンド、守護石はルビーやガーネットだよね」

(ロランよ、守護石って? 星座とかと関係あるの? 君は乙女的な部分があるよね)


「ステラの美しい瞳だったら、アクアマリン、ラブラドライトやレンボームーンストーン、ホワイトオパールとかでも似合うよね」

(ロランよ、ジェエリーバイヤーもやっていたの? はじめて聞くような宝石名が混じっているけど?)


「ロランくん、色々な石を知っているのね。私、知らなくて……」

「大丈夫、各種ルースを出してもらうから。石を見てからイメージを膨らませよう」


 正直なところ、仰々しいものが多い婚約指輪に対しステラは何の興味もない。


 ステラの1回目の婚約では、お互いの成長を鑑みて婚約発表するまでは指輪などは控えた。発表前に婚約破棄になったため、婚約指輪は存在しない。

 2回目の婚約では、お互いの身分が上級市民だったため、結婚指輪だけの予定だった。


(どうしよう、「要らない」とか「手っ取り早くショーケースの既製品で」なんて言える雰囲気じゃないよね。ロランよ、王族資産だけでなく事業収入で得た貯えがあるからと言って無駄は良くないよ! うん? でも……サンク・ハザウェイが婚約指輪に既製品を贈ったというのはもっと良くないのかしら……庶民的で良いような気もするよ。

 あっ、ダメだった……母が婚約指輪に期待を寄せていた、シクシク泣かれても面倒だ。さっさと決めよう。よしっ!)


 オーダーリングという名目が大事だとやっと理解したステラは、指輪選びに本腰を入れるために居住まいを正す。


(おっ、やっとステラが本気になったぞ)


 ロランにはステの心境の変化が手に取るように分かった。


 マスコットやスイーツやドレスをステラのために手作りしているロランにしてみれば、婚約指輪に関してもはなから既製品という概念はない。

 その上……ハザウェイ国王から「相手はロインの王位継承権保有者だ」と多額の結婚準備資金の用意を聞かされていた。シャロン家からは「頼むからステラのためにお金を使わせてくれ」と懇願され、婚約・結婚・新居の全額負担の申出を受けていた。


 ロランは自己資金で十分に両者が納得いく物を用意すると決めている。

 何よりもステラが納得することに重点を置いてこの先を進めたいとロランは慎重にステラの様子を探る。


「ロランくん、婚約指輪といっても……ちょっとしたお食事とかにでも気兼ねなく使えそうなのが理想で……中途半端かしら?」

「ステラ、大丈夫。石のサイズを小さくして、石のグレードを上げよう。デザインはシンプルにして細部にこだわろう。それで――」


 話題の2人を店側は緊張して迎えた。

 まず、サンク・ハザウェイの美貌に驚かされた。そして、身分違いの恋という噂を感じさせないステラの溢れる気品と美しさに目を見張った。

 入店してすぐ、2人が対等な関係であることに店員は気づいた。闇雲に高価な指輪をねだる訳でもなく、低予算で高そうに見える指輪をリクエストすることもなく、デザインや石にこだわる姿勢に店側は好感を持った。店側は取って置きのルースを次々と奥から出した。


 運ばれてきたルースを見てステラの気分はぱぁ~と華やいだ。


「どれも綺麗!」


 そう言うステラの視線が無意識に寒色系の石でたびたび留まるのをロランは見逃さなかった。


「ステラ、選べそう?

 ファセットカットとカボションカットどちらが好きとか嫌いとかある?」

「ファセットカットが好き」


 石を眺めながらロランの質問にステラは迷わず答えた。

 カボションカットの石は下げられた。


「ラウンド系とスクエア系では?」

「できればスクエアで」


 ステラの好みははっきりしていた。

 ラウンドやオーバルカットの石は脇に寄せられた。


「(こんなに大きい一粒石は遠慮したい)中央に大きい石をボンとおいて周囲を小さいダイヤで囲むのは……仰々しくて苦手で……」

「ステラは石の大きさにこだわらないの? 5カラットは欲しくないの?」

(ロランよ、さっき「石のサイズを小さく」って言ったよね。もともとのサイズ感が違ったのね)

「カラット数よりは、輝きと色かな。あと、クリアダイヤモンドは父から贈られることが多くて――」


 その会話を聞いていたブロワの店員が別のルースを持ってきた。少し小振りの色石が新たに目の前に並べられた。ロランと店員は次々と石を確認し始めた。

 ステラはその中の不思議な色の宝石を眺めた。


(あの青い石はサファイアだよね、その隣のネオンブルーグリーの石は?)


 ステラは気になる石を目で追いかける。


「ステラ、あとはサイズだね」

(うん? ぼんやりしていたら……結局どうなったの?)

「石とデザインは任せてね」


 ステラは自身が意識を失っていたわけでもなく、自身のセンスの無さが晒されることもなく話が進んでいることに安心し笑顔になった。


 その笑顔をみた瞬間、ロランは閃いた。おもむろにスケッチと説明を始める。


「ステラ、センターストーンは3~5カラットのブルーサファイア、カットはプリンセスカットかクッションカットあたりで、台とツメはイエローゴールド。アームはプラチナ、アーム三面にメレサイズのパライバトルマリンをセットしよう。アームはできるだけ細く、パライバトルマリンで作ったようなアームに仕立てよう特別感が出るはずだ」


(ロランよ、一気にどうした? 何の呪文?)


 ロランによる怒涛のデザイン説明にステラの瞬きが増える。


 ブロワの店員は驚愕する。ブロワのストックに多少のパライバトルマリンのメレがあるとはいえ希少なパライバトルマリンで色とサイズと個数を揃えるのは至難の業だ。


 ロランはそれを見越して発言を続ける。


「パライバトルマリンはダイヤモンドより弱い。爪止めの際に割れることもあるだろうから、リカットも視野に入れその分も多く用意してくれ」

「かしこまりました」


 側にいたブロワの主席デザイナーは感嘆した。ダイヤモンドを使わず個性の強い2種類の石を組み合わせるなんて新鮮過ぎた。


 テーブルの上にはブルーサファイアのルース数点が並べられ、メレサイズのパライバトルマリンが工房奥の金庫から届けられる。


「あっ、この色」

「そう、ステラがさっき見入っていたパライバ。そのメレだよ」

(ネオンブルーグリーンの綺麗な石、これがパライバトルマリンかぁ)

「ステラ、まずサファイアを選んで。気に入らなかったら取り寄せるから」


 並べられた石の全てが最上級の物だった。


「石には顔があってね――」


 ロランが1つずつ説明を始める。


 ステラは説明を聞いたあと悩むことなく1つの石を選んだ。

 もともとステラは悩まずにパッと決める性格だったが、今回のステラの即決にロランは驚いた。


「ステラ、それを選んだ理由を聞かせてもらっても?」


 ステラはただ微笑むだけで言葉にしない。

 店員がこっそりとロランに囁いた。


「おそらく、サンク・ハザウェイ殿下の瞳の色に一番近いからですよ」


(うっ、胸が苦しい。ステラへの恋が止まらない)


 ロランは言葉を失い赤面し俯いた。


(どうしよう僕、ドキドキがとまらない、熱い)


 ロランが必死の思いで息を整え平静さを取り戻そうとしている横で店員とステラはパライバトルマリンのメレの選り分けを始めた。


「シャロン様、このメレの中からお好きなトーンをいくつかお選びください」

「これ……あっ、これも綺麗。これとか――」


 ステラは目を輝かせながら透明度の高い石を丁寧に選ぶ。


 ステラが小さい声で「この辺の色でどうかな」とロランに話しかける。

 落ち着きを取り戻したロランは店員と一緒に最終確認に入った。

 ロランはパライバトルマリンの色・サイズを均一にすることにこだわったが、ステラは多少のトーン差はグラデーションで流れをつけたいと提案した。

 この提案により、新たに石を用意する必要がなくなり製作期間が圧縮されることになり、デザイナーと職人とロランは指輪の細部の確認を行う。


 それを横目にステラは、残りのパライバトルマリンのメレ石とサファイアとダイヤモンドを使ったイヤーカフをこっそりとオーダーした。



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