20.クレッセント湖
ステラとロラン一行は王城敷地内離宮に移動した。
ステラは明日にして欲しかったが、エドワードの懇願に負けた。
ステラは押しに弱いことに気づいているロランは複雑だった。
(ステラはロインに来てからあまり笑わない)
「ロランくんは、明日行く予定のクレッセント湖に行ったことは?」
「無いけど、知っているよ。あの霧の湖でしょ」
「私が行った時は、美しい三日月湖で中の島があってね。一帯の空気が美味しいのよ」
「(聞いていた話と違うな、今は違うのか?)
ステラが空気まで味わうなんて相当に綺麗な場所だろうね。近くにカフェとかあった?」
留学時にロランはクレッセント湖の話を聞いたことがある、霧深いと。時には人の侵入を拒否するような厚い霧だと。
「そういえば、あれだけの景勝地なのに出店もカフェも無かったような……人の気配がなく清麗って感じだった」
「何か持って行こう、ピクニックでもする」
「エドワード殿下に相談しましょう」
「また、エドか……ロイン王家への忠誠が強いね。
(理解している、ステラはハザウェイの国民でもありロインの国民でもある。ロインに入国してから、ロインの王位継承権を持ち星姫であるというステラの自覚の高さを端々に感じる。それが、僕とステラの間に割り込むノイズに感じる)」
ロランの呟きを拾ったステラは慌てた。
「複雑な身の上なもので……ロランくん、ごめんなさい」
「!! ステラ、そんなことを言いたいのではなくて、僕の知らないステラを見て少し寂しくなって……僕の方こそごめん。
エドに僕から確認するから、ステラはゆっくり構えて」
努力だけで手にできないものをステラは多く持っているが、逆に望んだものは手に入らない。事務官として働きだしたものの今ではフルタイム勤務とは程遠く、特別扱い続きである。それはステラの望むものではなかった。自身の複雑な身の上がロランや家族を混乱に巻き込むことにステラは負い目を感じている。
「(全てをコントロールできるわけないから、変に抗わず適当に身を任せると翻弄され過ぎて、今さら止まろうとすると死んでしまいそうで……)
……前世は、回遊魚だったのかしら」
「ステラ? お魚が食べたいの? 釣りをしたいの?」
(ロランよ! なぜ、急に魚?)
ステラは自身の呟きに気づかずロランの発想に驚いた。
「魚がどうしたの?」
2人の様子を見にきたエドワードが口を挟んだ。
「エド、明日のクレッセント湖行きだけどピクニックでもと話していたところだ。ついでに釣りとかできるのかな?」
「(釣りかぁ、あんな澄んだ湖に魚が生息するのだろうか)
ピクニックは問題ないが、釣りに関しては内規で禁止されている。別の釣り場を用意しよう」
知識でしか知り得ない釣りという言葉にステラは目を輝かせた。
「エドワード殿下。釣り場とは……例えばどの辺ですか? 川ですか、海ですか(川魚は苦手なの、でもヤマメは別。新鮮なシーフードが食べたい。前回、なぜ気づかなかったのかしら)」
品の良い食事をするロインとはいえ、釣った魚はパクパク食べるだろうとステラは考え、やったことのない釣りに興味を示した。
喰いつき気味なステラにロランもエドワードも驚く。
(ステラが釣りに興味を示すなんて、狩りとかも好きなのだろうか?)
「星姫は自然豊かなところが好きなのかな」
「はい(ヤマメやタイが好きです。あっ、タコ・イカもいけます)」
「ステラ、明日はクレッセント湖をやめて釣りにする?」
「いや、明日はクレッセント湖でピクニックだ。食事等はこちらで用意する」
瞬時にエドワードがロランの提案を葬った。
翌日、ステラ達は晴れ渡る空を映しこむクレッセント湖を眺めながらピクニックを満喫した。
食事が終わるとロランはステラと湖のスケッチを始めた。ステラは景色を堪能し湖畔の花や鳥や虫を眺めながらロランのスケッチを時々覗き込んだ。ステラとロランが微笑むと湖面がキラキラと輝く。
星姫の配偶者としてロランはクレッセント湖に認められた証である。
伝承を超えた美しい2人の姿にエドワードは言葉を失い感涙した。
ロイン国が絶対王政を保てるのは、王家にすら理解できない星の者の存在が大きかった。
理解できないながらも星の者を尊重する王家は、臣下たちの気持ちを汲み取れるようになっていた。国民は、王であったても超えられない存在があるという事実を見ることで、上の者に従うという雰囲気が醸造されていた。
理解できない最たる神秘が「星の詮議」である。
(星姫は自身の神秘さを自覚してくれるだろうか? それとも、我々の仕掛けと思うのだろうか。ここにいる同行者にやましい者がいないことも証明できた。そろそろ、引き上げるか)
一陣の風が湖面を滑る。
キラキラ光る湖面、寄り添う2人。
(ああ、美しい絵だ)
エドワードは2人の幸せな未来を見届けたいと思いを強めたとき、また湖面がキラキラと輝いた。
エドワードは自身も星姫の配偶者になり得ると認められたことに気づかずにステラを目で追い続けた。




