15.夜会 4-3 星の祝福
ロランは、ステラの腰に手を添えて、エドワードとジョアンナに話しかけた。
「エドワード王太子、フレッチャー嬢。余興は終わりにしてもらおう。
私サンク・ハザウェイとステラ・シャロンの婚約が揺るがないことをここで示そう」
大陸においてロイン国の踊りは技巧的かつ優雅と有名であるが、ハザウェイ国の舞踏会でそれを踊れる者はいない。
ロインのダンスの特徴は2つある。
1つは。
ロイン式の踊りはスタート時の曲の拍でステップを踏み続ける、そこに次の音楽をかぶせ、上半身が新しい曲の拍をなぞる。このため手足で違うカウントを取って踊ることもある。この場合、カウントに気を取られ過ぎてぎこちない体操のような動きにならないよう、いかに優雅に見せられるかを競う。
もう1つは。
大陸のほとんどのペアダンスは、男性の右手に女性を包むようにし対面でくるくると踊る。これに対し、ロインのダンスでは対面で踊るだけでなく、女性の背に男性が立ち女性と同じ方向を見、男性が女性を守る影のようにシャドーポジションを取る。時には男女は手を放し、それぞれに踊り、また手を取り合うなど、ポジションが多彩に変化する特徴がある。
ロランは壇上の国王陛下に目で確認をとり、演奏の指示をジルに伝えた。
ステラの手を取ったロランは国王陛下の前に進み踊り始めの挨拶を行うと同時に音楽がはじまった。
静まる会場、皆がステラとロランに注目する。
2人は対面して挨拶を交わす。
メヌエット、ワルツと順調にステラとロランは優雅に踊る。会場の皆がうっとりと眺める。三拍子のワルツに四拍子の音楽が加わり、皆は息をのんだ。
ステラとロランの手が見たことのない動きをとり優雅に音楽を刻む。曲のテンポが上がるとロランはステラの背に回わり、高速さを感じさせずに優雅に踊る。
笑わない2人は視線を逸らすもお互いを目で追う、それは厳格な宗教儀式のようでもある。触れて絡まる2人の手の動きは官能的でもあり甘美な雰囲気が漂う。
終盤、最高に曲と踊りが盛り上がる中、ロランはステラの前に跪きステラの左手を取り、ステラは膝を折り右手をロランの手に添える。2人はようやく笑顔を浮かべ、見つめ合い立ち上がり、ロランがステラの腰を抱き寄せたところで曲は終わった。
会場からは拍手と歓声が上がった。涙を流す令嬢もいる。
「なんて素敵な2人なの!」
「あれが、大陸随一のロインの踊りね」
「お母様、私もあの踊りを習いたいです」
「あの踊り、優雅に見えたけど、どうしてこんなに鳥肌がたつのかしら」
2人は熱狂の拍手に包まれた。
「ステラ、素敵だった」
「ありがとう、ロランくん。素敵なリードで、今日のダンスが今までで最高に楽しかった。踊って良かった」
にこやかな笑顔で拍手をしながらエドワードはステラとロランの前に出た。
「素晴らしい踊りだったよ。ぜひ、ロインでもご披露いただきたい。
このような日に我が国の愚か者が失礼をした」
そう言うとエドワードは表情を改めハザウェイ国王に謝罪の礼をとった。
エドワードは再びステラの前に出て膝を折った。
ロイン国からの同行者がサザッとエドワードの後方で膝をついた。
何事かと場内が、水を打ったように静寂に包まれる。
「星姫ステラ・シャロンに忠誠を捧げる」
神妙な面持ちでエドワードはそう言いステラに頭を下げた。
また星姫かよぉ!? とステラは少しげんなりした。
「「「「星姫様に忠誠を」」」」
サザッとロイン関係者が続く。
(わ~ぉ、これは何かな!)
ジョアンナ・フレッチャーは「星姫、様。そんな……」と項垂れたところを拘束された。
絶対王政のロイン国において、いくつかの基準を満たした王家先祖返りの証とされるアースアイを持つ者は星の称号が与えられ、星姫・星君と称される。星の称号を持つ者が顕現する御代において国政は安寧と繁栄を極めるとされ、星の称号を持つ者は国王はじめ全ロイン国民から忠誠と祈りを捧げられる対象となる。
ステラの瞳はホワイトグレーに青と緑が混じったアースアイであった。
半年前、ステラがロイン国を訪問した際、星姫様と呼ばれた。星の称号について知識がないステラには何のことか全く分からず気にも留めなかった。
2カ月前ステラにロイン国派遣への話が来たのは、ステラのアースアイのためだろうと母グレースはステラに説明した。
特別な称号とは「星の称号」だとロランも推察している。
ステラは半信半疑で深く知ろうとしなかった。
シャロン夫妻は調べるも詳細は不明、かつ触れたくない案件であった。
ロイン国の者達は恐れ多い星姫に「星姫とは何ぞや」などとおこがましく語れない状態でいた。
連行されるジョアンナを視界の端で見送りながら、今起きていることは余興の続きではないとステラにも理解できた。
この場で星姫という存在を知らしめ、無理にでも星姫に担ぎ上げようというロイン国の意向がステラには透けて見えた。
(星姫とか言う割には、説明がないのだけど……もう、どうなっても知らないよ)
ステラは、この2カ月間叩き込まれた所作を思い出す。
(ロイン国の忠誠の儀式は……たしか……)
膝をつき頭を下げたままのエドワードの頭上にステラは左手をかざした。左肩・右肩・左肩とその手を動かし、頭上に手を戻し一瞬動きをとめてからステラがそっと手を引こうとした。
キラキラ サラサラ キラッ
一瞬、ステラの指先から光る砂のような輝きが零れ落ちた。
(うん? 今の何かな)
(これが伝承の星の祝福だ!!)
床に落ちる光を見たエドワードは歓喜のあまり頭をパッと上げ、ステラに微笑み、再び拝礼した。
ステラは目を泳がせながら微笑みを返し、自身の左手の指をそっと確認すが異変は見られない。
ステラはサザッと頭を下げた人たちにも同様の所作を繰り返した。
そのたびに、キラリキラリと何かが輝く。
(あれ、やはり何か光ってる?
さては!! エドワード殿下がイリュージョンを仕込んだのね)
(星の詮議の必要もない。ああ、間違いない! なんて美しい祝福だ)
(僕もステラにあのキラキラして欲しいな)
会場中は突然始まった大国ロインの忠誠の儀式を見守っている。
頭を下げた者たちへの星の祝福が終わると自然と拍手がおこる。
神秘的な光景に立ち会った高揚感で場が包まれる。
会場には静かな音楽が流れ、乾杯の儀を経て晩餐がはじまった。
歓談の時間が訪れ貴族達の国王陛下への挨拶がはじまる。
ステラとロランは国王の脇に控え、祝辞を受ける。
高位貴族の挨拶が終わると曲調が変わる。
貴族子女たちが列になって美しいダンスを披露した。
軽快なダンス音楽が流れ、エドワードがステラに踊りを申し込んだ。ステラはエドワードの手を取り、中央に出た。ロランは迷子の子犬のように寂しい表情に変わる。
「先ほどのステラの踊りは美しいものだった」
「ありがとうございます。これだけの人前で踊ったのは初めてでした。エドワード殿下から、お褒めいただき光栄です」
「踊りもだが、星の祝福も美しく身震いした」
「ああ、あれはどんな仕掛けなのですか? キラキラして驚きました」
「えっ……(星の称号を持つ者は「謙虚・無自覚・天然」とあったが)……」
「(どうせ内規でしょ)あのキラキラの秘密は追及しません。ご安心ください」
ロイン国の国王と王太子が使う「内規」には成文化された法令や判例はない。質問も許されない。絶対王政国家ならではの勅命の強さだ。
そもそも、ロイン国において王族に「なぜ」という質問は存在しない。ステラは今まで知らないふりをして聞いたこともあったが、いい加減それも限界に来ている。
(命は大事。好奇心の向こう側には死があることも……)
現実的かつ事なかれ主義のステラは、長いものに巻かれ、寄らば大樹の陰だといつも呟く。
一曲が過ぎると、すぐにロランが迎えに来た。
「ステラ、今日のために2人で練習したワルツを踊ろう」
「はい」
「ロランくん。遅くなったけど、このドレスありがとう」
「似合っているよ」
ロランか贈ったのは両家顔合わせの時に用意された花を散りばめた白いドレス。踊りやすいようにスリットを入れ、そこから青いチュールがターンの度に見え隠れする。
「ステラ、ハザウェイ国での挙式はその形のドレスにしよう。髪には真っ白な花冠かラリエットなんかを考えているのだけど」
「ロランくんのセンスは間違いないから、お任せします」
「任されたでござる」
「ふふっ、私はサイズが変わらないように頑張ります」
「ステラ、サイズは調整できるようにしてある。変なダイエットしないでね」
ステラとロランは軽く会話を交わし、くすりと笑いながら舞った。
2人の微笑ましく華麗なダンスを前に皆は場を譲る。2人は自分達のステップから星の輝きが零れ出ることに気づくことなく輝く笑顔で優雅に踊りきった。
後にこの2人の踊りは星の輝きと称されることとなる。