12.ギース公爵邸 5-5 チェリータルト
密かに独り賭け事の勝利に酔いしれるステラにソフィアからの質問が及んだ。
「ステラさん。挙式やドレスになにかこだわりはあるかしら?」
「いえ、別に」
ギース公爵から王族の結婚式として国事行為となることが改めて説明された。
ただ、ギース公爵家としても身内だけで披露パーティーを行いたいと。
「その事なのですが、ロイン国からもロイン国での結婚式を開催すると」
(父よ、はじめて聞く話なのだけど、なぜ私に知らせてくれないの!)
ステラが一瞬キッとエドガーに視線を向ける。すかさずグレースがフォローに入った。
「昨日、ロイン国から知らせがありまして、近々相談に伺おうと」
(母よ、それ本当? また、私、蚊帳の外!?)
「僕とステラの婚姻をどちらの国の方式で成立させるかですね」
(ロランよ、何を言っている。そういえば法律の授業で聞いたような……)
片方の国で合法的に婚姻を結べば、もう片方の国にそれを報告するだけで発効する。
それぞれの国で創設的婚姻を望まれていることにステラはやっと気づいた。
(不可能よ、両国で同日同時に婚姻を成立させるのは……。二国間王家の婚姻の前例ってどうなっているの?)
ロランの父ギース公爵が慎重に話し始める。
「それは、ロイン国とも協議中である。実はロイン国があくまでも自国での方式での婚姻成立に拘り、場合によってはロレンツの降下を早めるようにと。先日の話ではあくまでも王族に嫁ぐと決まったはずが、ここに来て――」
「父上、早めましょう、明日にでも僕の降下を。ステラの次の誕生月に式を挙げることは譲れません」
婚約を申し込まれたのはステラの誕生日の数日後だった。
「ロレンツ、少し待ってくれ。王族の婚姻は久しぶりなのだ。国民も楽しみにしている経済効果を考えると――」
「そうよ、ロレンツ。ロイヤルウエディングよ!
2人で色石を選んで婚約指輪をオーダーし、男性には揃いのイヤーカフを贈ることが流行り出して、ジュエリー業界は盛況なの。
ウェディング産業だけでなく国全体が明るく色付きはじめたところなのよ。それに住む場所だって決まっていないでしょ」
「父上、母上。土地は確保しました。設計案も固まりつつあります。ステラに了解をもらってから報告するつもりです」
(ロランよ、わたしはなにも知らないよぉ、土地を確保しただとぉ?)
「一度は、王城に入ってくれ」
(未来の義理の父よ、それは嫌です!)
「待ってください。新居でしたら我がシャロン財閥が用意いたします」
(あ~、船頭が多すぎ! 船が沈むよぉ。今、座礁しちゃったよぉ)
意識を違う方に向けるのも限界に達したステラはチェリータルトを食べる手を止めた。
穏やかな表情のまま、目の前のチェリータルトを眺めた。
(美味しいタルトがビターだよ、可哀想。
政略でなくても駆け落ちでない限り、結婚となれば両家の話し合いは必要だよ。それは理解してる。
費用分担を巡って争うのをよく聞くけど……それとは、違う。お金で解決できない問題だけに厄介かも)
ステラは自身がはっきりと意思表示をすれば、そちらの方へと物事が動くことを自覚していた。それだけに安易な発言ができない。
テーブルの上にそっと置いた手の指で輝く婚約指輪をステラは眺める。
婚約指輪をオーダーする際、ステラには何が何だかわからなかったが、仕上がった指輪はあまりにも美しく、寒色とされるブルーサファイアを使っているにも関わらず優しい雰囲気だった。
ロランが跪いて指にはめてくれたときは心から嬉しかった。
それからは、ステラの指には常に美しい青が輝いている。
(あの時、思い付きでイヤーカフを贈ったら、ロランくん号泣しちゃったのよね。
何事も先が見えない。だけど、自分の選択が最良と信じて進むしかないのかな)
「ステラ、口に合わない? 指輪がどうかした?」
ステラの様子の変化にいち早く気づいたロランが心配の表情を浮かべた。
「ロランくん。無駄とか面倒とか言わないから、式だって何度でも挙げるから、婚姻の方式は両国同時成立にできるよう今回限りの特別立法とか通してでも各方面の面目が立つようにして欲しい。禍根を残さないのは無理だとしても、傷は最小にしたい、無理かな?」
ロランをはじめ一同は驚いた。
ステラが浮かれるどころか結婚式・ドレス等にについて無駄・面倒と考えていることに。そのうえで、ステラがこの結婚の困難さを十分に理解し、各方面の関係性を重視して面倒な式を何度でも挙げると言うほどの覚悟を示したことに。
自身の結婚について、ステラがロランに対し本心を伝えたことに、エドガーとグレースは自分たちの役目が変わりつつあることに寂しさを覚えた。
ステラは続けた。
「新規立法が難しいなら、現行法で同時成立させる方法はなくもなく。
第三国での創設的届出をもって婚姻成立させて、同日付けでハザウェイ国とロイン国へ報告的届出をするとか……だだ、それだと各王家の面目がどうなるのかなって……」
ステラが何としても婚姻を成立させようとしていることにロランは嬉しく感じた。
「そうだね、ステラ。君の考えも聞かずに騒いでごめんね。
確かに、両国が我を通そうとする限り僕たちの結婚は難しくなる。その時は第三国で創設的届出をすれば僕たちは解決だね」
ステラの2つの提案を聞いたロランは、一緒に仕事をするようになってから思い知らされるステラの能力をここでも強く感じた。
(ハザウェイ国とロイン国が婚姻成立で争っている間に第三国の方式で婚姻が成立しようものなら……両国はこの婚姻に反対している、もしくは若い2人に出し抜かれたと他国に対して恥をかくことになる。
第三国案を聞いた両国は、それだけは避けたいと前例のない新規立法を是が非でも通すだろう。
ステラは、合理的に0から1を生みだす発想に長けている)
改めてステラの着眼に驚かされたロランは自分のすべきことを考える。
「父上、母上。エドガー殿、グレース様。
ロイン国の要望を明日にでも王城へ持ち込みましょう。こちらと向こうの交渉人を正式に任命し、粛々と進めましょう。ステラにこれ以上、この件で悩ませたくない」
ロランの提案に4人は頷く。
「ステラさん。王家の式、ギース公爵家でとり行う結婚披露パーティーにおいてのドレス一式はロレンツを中心にギース公爵家で用意させていただけるかしら?」
ステラは微笑みで了承を示した。
エドガーとグレースは、ステラの希望を反映した披露パーティーを開催する予定でいた。
「シャロン家でもささやかではありますが結婚披露パーティーを考えております。ギース公爵家の皆様にご出席いただけますでしょうか?」
「もちろんです」
ポンポンと話が進んだ。
ソフィアとグレースは手を取り合わんばかりに頷いた。
「「日取りやドレスが被らないように、私達で調整しましょうね」」
ステラはドレス合わせを考えるだけで気が遠くなり、今読んでいる小説「人形令嬢」を思い出した。
(えっと、こういう時は、心を凍らせる? だったかしら)
「新居だけど、曜日ごとに帰る場所を変えるのはどうかしら?」
「でも、それだと警備やこだわりの家具が」
「ロレンツ様はどの辺の土地を――」
「そうね、ロレンツが用意するなら――」
(どうしよう、どんどん面倒が増してる。
ここで心を凍らしたら、もう戻れなくなる気がする)
悩んでいるステラにロランが明るい声で話しかけた。
「ステラ、今はスイーツを楽しもう」
「はい。チェリータルトは甘く美味しくなりました」
(良かった。ステラの表情が晴れた。ステラの心が少しでも軽くなるよう僕頑張る)
両家対立という沈没から逃れられたことに気づいたステラは表情を緩めてロランに笑顔を返した。その場の皆が2人の笑顔に目を細めた。
この日、両家の顔合わせは波風立つことなく無事に終了した。