王妃教育を拒んだ公爵令嬢の話
「君は王妃になるつもりはないのかな?」
「ありませんねぇ」
婚約者である王子の問いに、私はアッサリと答えた。
婚約した理由が王子と同い年で最も家柄が良い娘だったから。
せめて、立候補制度くらいは設けましょ?そうじゃないと、あたしみたいな女が来ちゃうでしょ?
まあ、もしかしたら意識高い親が立候補したかもだけど。とにかく、あたしはやる気ないの。却下なの。無理ゲーなの!
だって根っこが日本人の一般人なんだから。生まれ変わって公爵令嬢なんかになっても、あんな気楽だった頃の記憶が残ってちゃ、公爵令嬢として振る舞わなきゃ!なーんて、考えらんないって。
「私は将来、君と共に国を支えていきたいと思う。だから…」
「なんで?話したこと無いあたしとなんで結婚して共働きしたいとか言うの?」
「…なんでって」
「家がいいから?ちゃんと教育されて、いい労働力になりそうってこと?あたしの授業態度と進捗は最低最悪って聞いていませんか?」
「聞いたから、こうして急遽話し合いの場が設けられたんだけど」
あたしがあまりにも王妃教育に精を出さないものだから、王子から説教してくれと今世の両親と、王妃教育の教師に泣きつかれたみたい。
なんて無駄な足掻き…。さっさと諦めて婚約解消すれば良いのにねぇ?
「あたしは出来ない子です。やる気無いです。はい、おしまい」
「出来ないフリなのはわかっているよ」
「担当教師に鞭打ちまでされて出来ないフリは体張りすぎでは?」
「硬化の魔法を使っているでしょ。担当教師が結構良い鞭だったのに壊れたと泣いていたよ」
体罰失敗して泣くとかダサいよ。
あの教師、ちょっとでも自分の思い通りに授業が進まないと鞭を取り出して叩いてくる古い時代の教育論持ってて鬱陶しいのなのんの。教育委員会も無いこんな世の中じゃ、普通の令嬢なら体が傷つかないようにするため泣きながら勉強に励むのでしょうね。
あたしは普通の令嬢では無いので、魔法で体をダイアモンドの如くガッチガチにして、王妃教育じゃなくて魔法の勉強したけど。
害悪教師を、ただ喚かせているのは勿体無いので魔法の練習台にさせていただきましたよ。結界の耐久および酸素量のテスト、魚を獲るためのピンポイント雷撃や、賊撃退のための爆炎などなど。あら、泣いていた原因は体罰失敗じゃなくて魔法の実験によるものだったり?
「でも、それだけじゃ出来ないフリって証拠になりませんね」
「1番の証拠は今の君なんだよね」
「はぁー?王子サマに対してこんな言葉遣いなのに?」
「さっきから茶器の音がしない。所作が完璧なんだよ」
「チッ」
「さすがに舌打ちはやめようか」
王子が揚げ足とってきそうなので、集中して話を聴くためにやっていたことが裏目に出るとはね。
王妃にはならずとも、貴族としてマナーくらいは知っといた方が良いかと思って、出来ないフリはしつつも、授業を聞いてはいたよ。実は出来る子?ふふふ、よせやい。照れるじゃないの。
因みに王妃としての業務内容であろう部分は、ちゃんと全部教師に消音魔法かけて聞いていません。
「でもあたしは王子サマとは結婚したくない。君だってあたしみたいな女は嫌でしょ?」
「そんなことはないよ」
「は?マジで言ってんの?こんな態度悪いのに?明らかに性格悪そうなのに?」
「いや、君は美しいから大人になったら素敵なレディに…」
「顔?顔なの?一目惚れってこと?無いわ。1番無いわ。好きな顔なら求婚とか短絡的ィ!それって、あれでしょ?あたしより可愛い子が見つかったら、あたしお役ゴメンでしょ?好みの顔の子見かけるごとにバージョンアップしていくんか?おん?」
ここで王子、頭を抑える!
こちとら煽りスキル8所持者なんよ。
カンストのスキル10には遠いが、そこら辺のチンピラには負けませんぜ旦那。
まあ、ただの煽りじゃなくて、あたしの価値観でもあるよ。見た目だけで求愛してくるなんて、そんな本能的に恋愛してたら誘惑に弱いんじゃないの?って。特に男性の本能は、子孫をより多く残そうとするために…あーこれ以上はやめとこうか。
ここら辺で王子は取り繕うこと無く、呆れた顔をし始めましたね。
「…魔力だよ。膨大な魔力と優れた制御力で選ばれたんだよ、君は」
「ふーん。じゃあ、最近流行の魔化学タンクならどうッスか!?魔力量たっぷりで指定した魔力をきっちり放出できる魔道具の必需パーツですよ!」
叩き売りのように太腿をペシンペシーンと叩いてみせたら、王子の眼差しは土からこんにちはしたムカデを見る目でした。なんだコイツって顔。
あ、どうしよう。
この人“おもしれー女”愛好家じゃないよね?
もしそうなら、あたしよりもおもしれー女芸人連れてこないとロックオンされちゃう。
怖ぁ。今さらだけど、怖ぁ。
「人じゃないだろ」
「人である意味は?」
「私と結婚するって話だろ」
「だから人じゃなくても良くないです?」
「無機物を愛せるわけないだろ」
「魔化学研究者に怒られますよ」
「あぁもう!」
王子は頭をガシガシして、警備の衛兵たちがざわつきました。そろそろ上に報告すべきでは?と。うん、王子の擬態が解けつつあるので、ここらで報告がベストだ。
「私は、血筋が良くて魔法の才能を持つ素晴らしい後継者を残す義務があるんだ!それを果たすための相手は、君が手っ取り早くてちょうどいいんだよ!」
「まあやだ!結局あたしと無機物、同じ物扱いじゃないですか。愛されてもいない相手からの求婚なんて受けるわけないでしょ」
「貴族の義務だろ、政略結婚は!平民と違って愛が無くても結婚するだから、ちょっとはマシな夫婦生活になるよう君も歩み寄ってくれよ!」
「あたし貴族やめる予定なんで」
「は?」
はい。ここで種明かしです。
貴族なんてやめるつもりでした。
今世の両親を名乗る二人組には、自分たちが成り上がるためだけの道具にされて。
教師には、教わりたくないことを文字通り叩き込まれそうになって。
よく知りもしない婚約者には、貼り付けた笑顔で薄っぺらい愛の言葉を適当に紡がれて。
あたしは自分を不幸だと思いました。
だって知ってしまっているの。
怒られたり喧嘩したりもするけど、何かあったら本気で心配してくれて、優しく抱きしめてくれる両親がいることを。
出来ない時は呆れられるけど、本気で学びたい分野に出会ったことを伝えたら、それに関する知識が得られる教本や資格を教えてくれる先生がいることを。
見た目に対する単純な口説き文句じゃなくて、所作や立ち振る舞いや小さな成果を観察して、褒めて、内面を愛してくれる人がいることを。
生涯を捧げたいと…死ぬまで傍にいて欲しいと思える夫が……いたことを。
だから、そんな存在がいない貴族人生なんか未練は無かった。
どうせ生きるなら、こんな閉じられた辛い人生じゃなくて、貧しく厳しい生活になろうと前世に勝る幸せを掴みにいきたい。
だから、あたしは貴族をやめたかった。
「このまま王子との婚約がお釈迦になったら、見栄と自尊心が歩いているような存在である親は絶対にあたしを勘当するはずなんで、そこで平民になろっかなーって」
「つまり君が王妃教育に不真面目なのは、勘当され平民になるため?」
「……」
まあ、王妃教育に焦点を当てられると、実はちょっと違う。
あたしは王子を前世から知っていた。
今は普通に優秀な王子だが、近い未来に人脈作りのために通うことになる王立学園で、彼はある女子と運命の出会い(強制イベント)を果たす。
そう、彼は恋愛ゲームの攻略対象キャラクター。
ヒロインは、様々な才能により推薦状を賜った平民。あたしでは到底太刀打ちできない可愛いさ、賢しさ、優しさ、魔法の才能を持ち合わせている。身分以外は完璧な女性だ。その欠点もどこか良いところの家へ養子にすれば即座に解決する。
そんな彼女と、本能的恋愛馬鹿野郎の彼を賭けて戦う気は毛頭無い。
王子とヒロインがラブラブカッポーになると、王子はあたしとの婚約を破棄して、権力を全開してヒロインを新婚約者に任命。王妃でもないのに王妃教育を知った女を生かしてはおけぬぅ!とのことで、あたしは首と胴体がお別れする羽目になります。はい。
要は生存確率を上げるための態度でもあったわけです。
「最後に聞かせてくれ」
「いいですよ」
「君は、私との婚姻が嫌で平民になろうと思ったのか?それとも、平民になりたくて婚約をやめることにしたのか?」
「あたし、ラーメン屋やりたいの」
「らーめん?」
「大好きだけど、ここには無いんだもん。諦めたくないから、自分で行動することしたわ」
言葉遊びをしつつも言いたいことは言わせてもらった。王子からも最後だと言われたし、長居しても面倒ごとが起こりそうなので、さっさと退場させてもらおう。
そう決意したあたしは、即座に椅子から立ち上がって出口を向くと、背後から笑い声が上がった。
王子からだった。
フラれたショックで壊れたのかね。
「あははは!そうか!それほどまでに君が愛する物、私もいつか食べてみたいな」
「やめてよ。熨斗じゃなくて海苔付けて王宮にお返しするわ」
「なんだよ、のしにのりって!」
ショックは…していなさそうで安心したけど、ネジが飛んでしまった様子。
王族らしい品のある微笑みが標準装備だった王子は、頭を抱えて歯を見せて笑っていた。
帰ってからは、そりゃあもう忙しかったさ。
あらかじめ空間魔法で換金用アイテムや、平民生活に必要な物を保管して、いつでも旅立てるようにしていたけど、両親にあたる人たちに「王妃教育を受ける気になるまで家に戻ってくるな」と退去命令が下されて。
いきなり夜分に追い出されたのには参ったけど、夜盗防止で透明化・消音・消臭と隠密行動用魔法をかけて、まずはギルドがある町へ出発した。
何故ギルドかって?ギルドは平民に身分証を発行してくれる。ギルドで身分証を発行してもらえれば、国境も通行料さえ支払えば越えられるし、職にもありつけるし、ギルドの依頼達成で日銭を稼ぐこともできる。
あたしは日銭を稼ぎつつ、ラーメン屋開業にふさわしい目的地へ移動した。
……と。ここに来るまでの話でした。
あとは、あなたも知ってる通り、道中で稼いだ資金を基にラーメン屋を開業したってわけ。
ふふ、気づいた?
久しぶり…に、なるのかな。
あなたも同じように生まれ変わっているんじゃないかって…ずっと、ずっと探しながら旅してたんだから……。
ねぇ。
あなたさえ良かったら
また、あたしのこと…お嫁さんにしてくれると嬉しいな。
◇◇◇
それから数年後。
とある温泉街で、今夜も世界観にそぐわないチャルメラの音が密やかに鳴った。
暖簾を潜った店内に漂う醤油スープの香り。そして、提供される食品からは連想できない可憐な店主。店内の香りか、はたまた店主の姿に、入店した品の良いブロンドの青年は喉を鳴らした。
「いらっしゃい!あら、本当に来たの?海苔付けちゃいましょうか?」
「やめろ!変な黒い紙を私に付けようとするな!さっさと君の自慢の一品を食べさせてくれ」
「へーい。つけ麺一丁!」
「ラーメンは!?」
この後、店を覗きに来た店主の夫から、温泉街に来ていた女芸人を紹介されたブロンドの男がいたそうな。