僕は茶色の楽器Tシャツ
僕は茶色の楽器Tシャツ。
僕のオーナーさんが昔、1着1000円でまとめ買いしてきた半袖Tシャツの中のひとつなんだ。
でも、僕は他のTシャツ仲間とは少し違う。
他のTシャツ仲間はみんなエレキギターだけど、僕だけエレキベースのTシャツ。
そして、他のTシャツ仲間が白やグレー、黒で引き締まった印象なのに、茶色の僕だけ締まりのない感じに見えてしまう。
僕のオーナーさんは、エレキギターやエレキベースを沢山持っている音楽好きなので、どんな楽器Tシャツも差別なく、均等に着回してくれる。
僕もそれは嬉しい。
だけどしばらくして、僕を着ている日に限って、オーナーさんが仕事でミスをする割合が増えてしまった。
それは単なる偶然だし、オーナーさんのミスだってやる気のなさや注意不足で起きた訳じゃない。
でも、職場の上司や同僚から怒られるオーナーさんは、やがて僕を「ついてないTシャツ」として、着回しのローテーションから外してしまう。
すっかり自信をなくしてしまったオーナーさんは、ミスを恐れて職場での態度も小さくなり、それが更にミスを呼んでいるように見えた。
やがて心と身体の限界がきてしまい、オーナーさんは結局その仕事を辞め、少しの間自宅に引きこもってしまったんだ。
ご家族の励ましもあり、オーナーさんは気を取り直して就職活動を始める。
まだ暑さの残る中、半袖のTシャツは欠かせないアイテムなのに、僕はまだカラーボックスに入れられたまま。
着回しされている他のTシャツ仲間よりまだパリッとしているけど、それは僕にとっては不名誉なことだよね。
そして遂に再就職したオーナーさんは、ある日カラーボックスを覗き込み、久しぶりに僕を着て出勤することを決める。
僕を忘れることなく、どうにかチャンスを与えて自分の心も立ち直らせようとするその気持ちが、とても嬉しかった。
新しい職場はオーナーさんと気の合う職員さんが多いみたいで、僕の出勤初日はミスもなく無事に終了する。
日本では皆、辛くても仕事を辞めることには難色を示すけど、本人の気持ちさえ折れなければ、いつか自分に合う職場は見つかる。
失礼だけど、オーナーさんは特に優秀だとか、立派な人だとは思わない。
でも、努力していないとか、甘えているとも思わない。
少しずつ前に進んでいるんだから。
あれからもう4年。
暑い時期だけとはいえ、毎年着回しされる僕達楽器Tシャツはだいぶくたぴれてきた。
特に白いやつは首元がくすんできて、女性とのデートには着れないだろうなと思う。
長く着回していると、汚れの目立たない僕はラッキーだなと感じている。
大器晩成型なんだね。
オーナーさんはあまりファッションにはこだわらず、気に入った服はとことん使い続けるから、多分どこかに穴が開くまで僕達は現役だと思う。
凄く嬉しい、ありがとうオーナーさん。
ありがとう、オーナーのご家族の皆さん。
ありがとう、オーナーの職場の皆さん。
僕はオーナーさんにとって、未だオンリーワンの『茶色の楽器Tシャツ』でいられているよ。