花火
夜になった人気のない静かな校舎。そこでようやくフロミスは息をすることができた。誰もいないとわかっている校舎の中を、靴を脱いで裸足で歩く。
ぺたぺたと足と廊下の接地面が鳴る音そしてフロミスの流す涙の音だけが響いている中、フロミスは1人物思いにふける。
(逃げ出してきてしまった…。アルバート様がせっかく善意で来てくださったと言うのに。)
廊下を歩く速度は遅く、今にも止まってしまいそうなほどだ。しかしそれでも歩みを止めることはせず、のろのろとではあるが足を前へと出す。
(でも私には逃げるしか選択肢はなかったわ。)
校舎の窓からはほのかに会場の明かりが見え皆の騒ぐ声もかすかに聞こえる。
(よかった。ここなら会場の喧騒に煩わされないわ。)
フロミスは弱々しくドレスの裾をあげ階段を上る。向かっているのはフロミスの利用している教室だ。
(早く誰も来ない場所で1人思い切り泣きたい。)
ドレスの裾が階段の段差に当たってしまっても気にせず、フロミスはふらふらとよろけながら階段を上り続ける。教室はもうすぐそこだ。
(ああ、やっと。)
フロミスは感情を解放できることに心が安心した。涙が先ほどとどめていた分までもが溢れてくる。
その時。
「フロミス様!」
後方から声がかかる。
(この声は…アルバート様!)
フロミスはびっくりして思わず流れる涙が止まるほど大きく目を見開く。
(まさか来てくださるとは…。)
フロミスの心にはいまだ嬉しさを感じてしまう部分があった。しかしそれはアルバートの同情なのだと言い聞かせるとその気持ちもやっと収まってくれる。
(馬鹿なフロミス。特別だと勘違いして。)
自分自身を失笑し、フロミスは再びアルバートから隠れるように教室へと向かう。そしてようやっとフロミスは教室へとつく。
(ああ。)
フロミスは自席へと腰を掛けると、顔を覆う。もう隠さなくてよいはずなのにそれでもフロミスは顔を覆ってしまう。
「アルバート様っっ…。」
フロミスはずっと我慢していた言葉を発する。その言葉は手のひらに覆われこもり気味だが、教室内に響く。
「っっ。」
フロミスの声にならない叫びに暗い教室内は包まれるその間もアルバートの声が響く。
「フロミス様!」「どこですか!」
(来て…。嘘、来ないで!)
フロミスの心は拮抗する。
「フロミス様!」
フロミスのそんな思いと同時にアルバートの声はどんどんと近づいてくる。
そして。
「フロミス様!」
フロミスの居る教室へとアルバートが駆けつける。
「アルバート様…。」
暗闇と涙でアルバートの顔までは見えないが、アルバートが必死にフロミスを探してくれたのだろうということはアルバートの息のあらさから分かった。
「何やっているんだ!」
アルバートはすさまじい勢いでフロミスに近づくと肩を掴んで言う。
「こんな暗闇でしかも1人で。何かあったらどうするんですか!もっと自分の身を大切にしてください!」
フロミスはまさか怒られるとは思っていなかったため驚くと同時に自分の愚かな行動の数々に気づかされる。
「すみません…。」
アルバートはフロミスが無事なことを確かめるとようやくほっとする。そして自分が不躾にフロミスの肩を掴んでしまったことにも気づく。
「こちらこそすまない。取り乱してしまって。」
アルバートはいつも通りの口調に戻り、椅子に座るフロミスの側で膝を床につけフロミスのことを見上げる。そして顔を近づけたことで暗闇でもフロミスの顔がわかるようになった。そうフロミスの顔に流れる無数の涙の数々を見つけてしまうのだ。
「…すまない俺は紳士失格だ。大切な女性を泣かせてしまった。」
アルバートは眉を下げ、フロミスの顔に流れる涙を拭くようハンカチを取り出す。
「いいえ、アルバート様のせいではありません。」
フロミスは留まることのない涙を必死に手で押さえながら微笑む。
「…。」
「アルバート様。私は家に帰ります。ですからもう…っ。」
フロミスはその先を言うことがどうしてもできなかった。
「…フロミス様。俺がさっき言いたかったことを聞いてくれるかい?」
アルバートは苦しそうに息をするフロミスの手をおもむろに握りながら言う。
「君は自分のことを欠陥品だと言った。それが俺には悲しかった。君が自分で自分のことをあきらめてしまっているように思ってね。」
ゆっくりと語りかけるように話すアルバートの声は静かにフロミスの中に浸透してくる。
「それに君は欠陥品なんかじゃない。俺にとっては何よりも大切な人なんだ。だからそんな風に自分を卑下するのはやめてくれ。」
アルバートの言葉は優しくフロミスの涙をとかすが、いまだ心の中までとかしきることはできない。
「ですが、それはアルバート様がお優しいからです。そんな風に同情で優しい言葉をかけられるのは却って辛いです。」
「同情なんかじゃない!」
アルバートは驚いたような声で否定する。そしてフロミスの手を力強く握って言う。
「すまない。俺の接し方が十分じゃなかったんだね。かっこつけて逆に君を不安にさせるなんて…。」
アルバートは申し訳なさそうに言うと、フロミスのことをしっかりと見つめて言う。
「俺、いや僕、アルバート・ヒュンストンはフロミス・カーウィッチ令嬢のことをお慕いしています。一生あなたの隣に立ちたい。どうか僕のこの気持ち、受け取っていただけないでしょうか。」
フロミスは驚きで息が止まりそうになる。
「ほ、本気ですか?」
フロミスはアルバートを見て尋ねる。
「ああ。本気だ。」
アルバートはフロミスに微笑みを向けて言う。
「そんな。でも。」
フロミスは嬉しさと困惑からまたしても涙が溢れてしまう。
「泣かないでフロミス様。どうか笑って。そしてあなたの本心を聞かせてください。」
アルバートはフロミスの甲にキスをする。フロミスの心はそのキスでやっと解かれる。
「…私も、お慕いしています、アルバート様…。」
フロミスは涙を流しながら、心から笑う。アルバートはそのフロミスの声を聞き、フロミスを抱き上げる。
「フロミス様。」
「アルバート様。」
2人は互いに腕を背に回し固く抱き合うのだった。
ヒューーーーーーードドン。
その時、何百もの色の光が一斉に窓から教室に入ってくる。
「花火だ!」
アルバートは抱えているフロミスを窓の方に向かせて一緒に打ちあがる花火を見上げる。
「素敵…。」
フロミスもアルバートとともに打ちあがる何十もの光のきらめきを堪能する。
「そういえばパーティー…。」
フロミスはその花火でパーティーを抜け出してしまったことに気づく。
「そうですね。ここで2人夜を明かすのもいいが、みんな待っていますしね。」
アルバートはそう言って、フロミスのことをぎゅっと抱き寄せながら花火を見る。
「みんな…?」
「ええ、みんな。」
花火は終わることを知らず、次々ときらめいては消えてを繰り返す。フロミスはアルバートの言葉に不思議に思いながらもアルバートのエスコートに従いパーティー会場へと戻るのだった。
「あっ来ましたよ!お姉さま~!」
「フロミス!」
「フロミス様!」
パーティー会場に戻るとフロミスはアルバートが言っていた言葉の意味がようやくわかった。フローラ、アリー、アベリア、そしてクラン、シン、ハリス。皆がフロミスとアルバートが来ることを待っていたのだ。
「みんなって。」
フロミスはそばでフロミスのことを支えているアルバートに言う。
「ええ、みんなに待っていてもらいました。」
「まあ、でも。」
「何も遠慮はいらないんですよ。みんなあなたと楽しみたいんですから。」
アルバートはフロミスの心配事を一蹴し、皆の下へエスコートする。
「でも1つだけ賭けだったことがあります。」
「え?」
「あなたが僕のプロポーズを受けてくれるかです。」
アルバートはフロミスのことを見つめ、いやー緊張しました。と明るく話す。フロミスはそんな彼の様子に自分と同じ気持ちを抱いていたことに親近感を抱く。
「ありがとうございます。アルバート様。私のことを受け入れてくれて。」
「それはこちらのセリフだ。ありがとうフロミス様。」
2人はそんな言葉をかけあいながら、皆の下へと合流し、今度はしっかりと手をつなぎ初めてのダンスを共にするのであった。
「ねえ、アリー。」
「なあにフローラ。」
パートナーもほっておいて、フローラとアリーは2人仲良く姉たちのダンスを踊る様子を堪能していた。
「私たち活躍あまりできなかったわね。」
「ええ、本当。もうちょっと活躍したかったのだけど。」
アルバートからフロミスのことを聞いたとき、2人は何かしたいと思った。だがそこはアルバートが制止し、自分にまかせてくれるよう頼んだ。そのため妹2人はフロミスとアルバートの2人の様子を見守るだけにしたのだった。しかしそんな思いも、幸せそうにパートナーとダンスを共にする姉たちを見ているとどうでもよいことのように思えてくる。
「まあ、幸せならそれで良いよね。」
「ええ、幸せが1番よ。」
2人はそんな風に言いあい、お互いを見つめて握手をする。
「ありがとうアリー。」
「こちらこそありがとうフローラ。」
2人の長い作戦がついに終わりを迎えたのだ。これでやっと2人は…。
その時だ。
「ガッシャーン。」
会場の中央から盛大な破壊音が響く。2人は歓喜に浸っていた気持ちを切り替え、会場の方へと視線を向ける。
「アリー。」
「ええフローラ。」
2人は互いに顔を見合わせ頷いた。
「「私たちの出番の様ね!」」
そうして2人は又しても新たな事件へと首を突っ込むのであった。
妹たちは結託する~悪役令嬢はお姉さまでヒロインもお姉さま?~遂に最終回を迎えました。約3か月間の投稿になりましたが、完結までこられたのはブックマークをはじめ評価をしてくださった方、また覗きに来てくださった方。そして未来の読者の方々。様々な方のお陰です。この場を借りて感謝の言葉を述べたいと思います。本当に、本当にありがとうございます。
これからも頑張りたいと思いますので、ぜひ次回作に期待また応援いただけますと幸いです。本当にありがとうございました!




