返事
「やあ、久しぶりだね。」
「?」
学園の図書館の一角で話しかけられたフロミスは、その声に振り返る。
「アルバート様。」
そこにはにこやかに笑うアルバートがいた。
「お久しぶりです。」
小声で返しながら、フロミスも微笑み返す。
「本当に…何だか視線が痛いね。」
静かな図書室では目立つのか、複数の視線が2人を捉えている。しかしその視線は単に注意のものではなさそうだ。
「ああ、きっと私と話しているからかもしれません。」
フロミスは苦笑いしながら言う。
悪女という噂は、あの事件以来消えたが、それでもまだ尾は引いている。実際アベリア以外のものはフロミスのことを遠巻きに見ていた。それは後ろめたさ、少し残った疑念、好奇心といったものからである。フロミスはもうさすがに慣れたが、耐性のないアルバートにはその目がきつかったのかもしれないとフロミスは思う。
「不躾だね。」
アルバートは真顔で、その視線の主たちの顔を見る。するとそのアルバートの視線に気づき、人々はさっと視線をそらし自分たちのことに戻っていく。フロミスは、アルバートの毅然としたその態度に優しさを感じる。
「ここは人が多すぎる。良かったらテラスで少し話さない?」
図書館の外にある空間をさし、アルバートはフロミスに尋ねる。
「アルバート様の用事は良いのですか?」
図書館に来た理由を考えフロミスは聞く。
「本当は君に会いに来たんだ。」
そう言ってアルバートはウィンクする。その言い方がフロミスにはおかしくてしょうがない。
「ふふ。わかりました。」
フロミスはそうしてアルバートの提案に乗った。
「温かいね。」
和やかな風が流れる外の空気は身体を軽くし、伸び伸びさせる。
「ええ、本当に。」
2人はしばらく外をゆるりと眺める。
「そうだ、この前は本当にありがとう。おかげで母に良い挨拶ができたよ。」
アルバートは改めてフロミスに感謝する。
「いえ、お役に立てて何よりです。お手紙もいただいてこちらこそありがとうございます。」
「そうか。手紙とともに送った花はどうだったかな。」
アルバートは嬉しそうに質問する。
「とてもかわいらしく素敵でしたよ。」
フロミスはかすみ草好きなんですと言い、アルバートに微笑む。
「花を選ぶっていうのは難しいね。その人のことを知らないといけないから。」
アルバートはそんなフロミスを見て言う。
「かすみ草は、僕が君に思った最初の印象だったんだ。」
「あんなにかわいらしい印象を?」
フロミスは無邪気に笑う。
「ああ、そっくりだったよ。きっと君をより知れたらもっとたくさんの素敵な花を送れるだろうな。」
アルバートがあまりに素敵な顔で言うものだからフロミスは固まってしまう。
「ま、まあお上手ですね。」
「本気だよ?」
アルバートはそんなフロミスをまっすぐ見つめる。
「…私は欠陥品です。」
婚約解消をした女性。そんな欠陥。
「そこにつけこんでしまう人間もいるから気を付けてね。」
「え?」
「僕とか。」
「まあ。」
軽口をたたき続けるアルバート。だが、その温かさはフロミスにもしっかりと届く。
「ありがとうございます。アルバート様。」
「いいや、礼には及ばない。本心だからね。」
「まあ。」
そんな素敵な交流がなされていた一方。
「こらっ!フローラ!」
「えーん。」
散々逃げ回ったフローラをアリーはやっと捕まえた。あの後もフローラはクランが近づこうものなら慌ててどこかへ逃げる隠れるを繰り返していた。そんな様子も2、3日なら可愛いものだがさすがに1週間もとなると巻き込まれているアリーもしびれを切らす。
「いい加減にしなさい!往生際が悪いわよ!」
「そんなこといったって、クランのこと見るとわけわかんなくなっちゃうんだもん!」
「もう!それをクランに言ってあげなさい!」
アリーはフローラの可愛い様子に怒りが少し抑まる。フローラを捕まえた階段にアリーは腰を掛ける。
「で、わかった?」
アリーはフローラを隣に座らせて聞く。クランのことをどう思っているのか。どう関わっていきたいのか。フローラに考える時間は与えた。そろそろ聞いてもよいだろうとアリーは切り込む。フローラはその質問に急に真顔になってアリーを見、そして顔を下に向ける。
「多分…。」
フローラは真剣な表情で呟く。
「じゃあ、ちゃんと向き合いなさい。」
アリーはやれやれというように笑い、立ちあがろうとする。しかしくいっと制服を引っ張られ座らされた。
「フローラ?」
「アリー。わかっていたでしょ。」
ジトっとした目でアリーは見られる。
「な、に、が?」
アリーはにやにやしながらフローラに尋ねる。
「だから!私がクランのこと…。」
恥ずかしそうに言いかけやめるフローラをアリーはからかう。
「見ている側はやきもきするからやめてよね。」
「もう!アリーにはかなわないわ!」
怒りながら言う、フローラ。しかしそれが本気でないこともアリーにはわかるのだった。
そして。
「フローラ。」
何度目かわからない空振りを乗り越えてようやくクランは、放課後1人教室にいたフローラに声をかける。今回も逃げられるかと思っていたクランだが、フローラが逃げる様子なく椅子に座ったままなので驚く。
「フローラ。」
もう一度確認のため、クランはフローラの名を呼ぶ。すると上目遣いでクランのことを見るフローラがいた。その顔は夕日のせいだけではない赤みがあるようにクランには思えた。
「クラン。」
そのフローラがクランの名を呼ぶ。
「おう。」
久しぶりに名を呼ばれたクランは変な返事をしてしまう。
「ダンスパーティー、パートナーになりましょ。」
「え?」
突然の発言にクランは思わず聞き返す。
「だから!パートナーになろうって…。」
言い返すのが恥ずかしくなったのかフローラの声は尻すぼむ。
「それって。つまり。」
パートナーになるという意味を理解し、クランはフローラに言う。
「そういう風に受け取っていいんだよな?」
クランはにこにこと幸せそうに笑いながらフローラを見る。しかしそんなクランの顔をまともに見られないフローラは机に突っ伏し、顔を隠してしまう。
「そうよ!」
やけくそになって大声で言うフローラの可愛さに、クランは思わず笑ってしまう。
「何で笑うの!」
怒りながらぽかぽかとクランを殴る。しかしクランの笑いが止まることはない。
「いや、ごめん。でもあまりに可愛くてさ。」
「かわっ!」
正直に言うクランの言葉にフローラは今度こそ顔の赤みを隠せない。
「クランなんか知らない!」
怒って再び机に突っ伏してしまう。しかしそこはクラン。長年付き合ってきただけある。
「ほら。」
フローラの前に手を出す。
「何?」
頬をぷくりと膨らませるフローラだが、クランのことを見るようになる。
「ダンス、踊るんだろ?」
「…いいわよ。」
渋々と言った顔だが、それでもしっかりとクランの手を取った。クランは手が置かれたことを確認すると、優雅にフローラをエスコートする。近づき離れてを繰り返すダンス。
それは2人の息と足音だけが教室に響く。互いに見つめあい照れる様子は何とも愛らしいものだ。
「フローラ。」
「なに?」
ダンスで顔が近づくとクランは言う。
「好きだ。」
「…知っているわ。」
おおよそ知っているとは思えない表情で返すフローラ。そんなかわいらしい2人の姿は夕日だけが知るのであった。




