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勇気

「はじめまして。」

そう言って彼女は私に笑いかけた。それがアベリアとの出会いだった。

「ああ。」

緊張してうまく話ができない。言いたいことも言えずに黙りこくる私に彼女は積極的に話しかけてくれた。

しかも本当に魔術や呪術が好きだという。これには思わず飛びついてしまった。自分の好きなことになると私は、自分とは思えないような大胆な行動をとることがあるのだ。こういう行動をとってしまったあとはいつも反省するのだが。

「もしよろしければ次回もこうして魔術の話ができたらうれしいです。」

彼女の提案に私は心が動かされる。この短時間で何故私に会おうと考えてくれたのかはわからないが嬉しかった。だが…。私はまだ人が怖い。でも彼女とはまた魔術の話をしたい。そんなことを思ってでた妥協案。

「次もあの、でも1分で頼む。」

我ながら何だそれとは思う。でも私の精一杯なのだ。ちらりと彼女を伺う。

「わかりました。では次回もこの場所で。」

彼女は少々面食らっただろうか。その顔からは判断できなかったが、拒否はされなかった。それだけで私は救われた。こうして私にとっては何時間とも感じられる1分間の出会いが終わったのだ。


「ハリス様が今実験なさっているのは何ですか?」

たった1分間。されど1分。私と彼女は交流を続けていた。

「今は、その、入魂の儀の術式を確立しようと思っていてな。」

「私も以前実験しました!その時は不発でしたが…。」

「そうか!…そうか。実は…。僕も上手くいっていなくてできれば次回科学室でノートを見ては、そのもらえないだろうか。」

「ええ。もちろんです。」

言えた!私は内心飛び上がって喜んだ。


科学室。

そこは私だけの場所だ。誰かを呼んだことなど1度もない。

そんな場所に私は彼女を招待する。どうしても彼女ともっと話したくなってしまったからだ。

「それで、来るまでに時間がかかるだろうから、その、2分ほど時間を延長してもいいだろうか…。」

こんな理由でもつけなければ今の私には彼女を誘うことすらできない。でも彼女はそんな理由付けばかりの私の提案にも喜んで了承してくれたのだった。

何てことない。彼女とはただ趣味が同じだっただけだ。そして私のような臆病者とも会話をし、楽しんでくれている。ただそれだけ。そうそれだけなのだ。でもそんな人は今までいなかった。私は気づいたら彼女との1分間が何よりも大切な時間となっていたのだ。この1分が永遠となることを願うほどに。

1分。もう1分。時間をどんどん延長していき、ついに会う時間は10分になる。そのころにはやっと雑談などというものもできるようになる。魔術など術と関係のない話でも私は彼女と話すことができたのだ。彼女曰く私は相当貴族としては珍しい人間らしい。まあ、自分でもさすがに少しは自覚している。家での過ごし方や外での様子など兄弟とは全く違うからだ。もう少し人に溶け込む努力をしてみるべきだろうか。彼女に近づくためそんなことを考えるようにもなった。人に溶け込むというのが自分ではよくわからなかったが、挨拶が大事と本で見たことがある気がする。そんなことを考え、すれ違う時会釈をしてみるようになった。彼女限定だが。

初めて会釈をしたとき彼女は、それはそれは喜んでくれた。私はそんなに喜んでくれるとは予想していなかったため、びっくりしたと同時にこそばゆかった。でも嫌な気はしなかった。ふぃっと頭を下げるだけで彼女とのつながりを意識できるなんてとても幸せなことだと感じた。


そんな風に幸せに浸かっていた時だった。

「なあ、お前ハリスだよな?」

彼女を馬車まで送った帰りだった。確か、クラスメイトか?

「ああ。」

私はぶっきらぼうに返事をし、さっさと帰ろうとする。彼女との交流は積極的に行えるのだが、なぜか相変わらず他の人と接するのが苦手なのは治っていなかったのだ。

しかしそんな私の様子などお構いなしに彼はぐいぐいとくる。

「なあ、お前アベリアと仲良かったのか。」

「は?」

「俺、お前らが科学室から出てくるの見たんだよ。」

にやにやと笑うそのクラスメイトに私は心底軽蔑した目を送る。このクラスメイトは私が関わりたくない人種だ。

「気のせいだろ。」

それだけ言い、私はその場を去る。これで終わったことだと思ったが、社会というのはそうでないらしい。次の日の朝、学校に行くと私は何人かの生徒に同様の質問をされる。そこで愚かな私は気づく。このままではいけないと。何故昨日もっとうまく弁明でも何でもしなかったのか。

科学室は私と彼女だけの場所だったのに。もしや彼女も同様の質問攻めに会っているのではないか。私がもっとうまく言えていたら。そんな考えがぐるぐるする。私は初めて彼女のいる教室へと自分から向かっていた。

思っていた通り、彼女は女生徒から質問されており、その顔は困っているようだった。私が何とかしなければ。これは私が招いた事態だ。しかし教室の扉の前から動けない。

何と言えばいいんだ。この状況を変えられる方法は。

そこで私は最悪の方法を選択した。彼女との仲をきっぱり否定し、私から彼女自身を排除することだ。

「それは誤解だ。僕と彼女は仲良くなどない。彼女のことも何とも思っていない、むしろそんな噂を立てられて迷惑している。」

私は精いっぱいの大声で教室中に響くように言う。こうすれば誰も噂などくだらないことを聞きに来なくなる。彼女も私のせいで煩わされることもないだろう。

「ハリス……。」

アベリアが私の名を呼ぶ。だめだ、ここで返事しては。

「君もなれなれしく呼ぶのはやめてくれ。」

そう言って、彼女から目を離し私は立ち去った。

うまくいったはずだ。

…なのになぜだろう。この気持ちは。

胸がずきずきする気がする。私は自身の教室に向かいながら胸を抑える。この気持ちが何かわからない。でも嬉しい気持ちでないことは確かだ。くそ、どうしたらいいんだ。私は考える。しかしいい案が浮かんでくることも痛みが消えることもない。

結局教室に戻ってもハリスはその痛みと戦うことになるのだった。


その日、彼女は科学室に時間になっても来なかった。

「何かあったのか。」そう思い立ち上がりかけてああ、あったよな。と座り直す。自分が拒絶したのだ。来なくなって当たり前だ。彼女がいなくても実験はできる。大丈夫。以前の生活に戻るだけだ。

…そう思っているのに全く手につかない。日が沈み、外が暗くなる。そんなに長い時間ノートを開き実験メモを書こうとしていたのに1行もかけていなかった。

「なんてざまだ。」

私は頭を抱えて、ノートを握りしめる。

「アベリア…。」

小さく呟く。

「はい…。」

すると同じように小さな呟きが耳に入った。

「アベリア…?」

私は立ち上がり、科学室の戸を開ける。そこにはなんと丸まって小さく体育座りしているアベリアがいた。

「アベリア。いやアベリア嬢。いつからそこに。」

私は驚きを隠せなかった。

「すみません。朝のことがあって…。それでどうしても入れなかったんです。」

彼女はそう言いますます丸くなる。ということは待ち合わせ時間からずっとこの寒い廊下にいたのか?

「とりあえず中に。」

幾分ましと思われる科学室へ招き入れる。

「入ってもいいのですか…?」

彼女は立ち上がらない。何を言っているんだ?

「朝おっしゃっていたことは……。その、本当ですか?」

彼女は私のようにどもりながら言う。

「あれは…。」

そうか。あの言葉で1番傷つけたのは彼女だったのか。本当に馬鹿だ。私は。それに聞かれるまで気づかなった。

何とも思っていないなんて名前で呼ばないでくれなんて。全部その反対だ。

「違う。あれは噂を沈下しようとしてついた嘘であって!全部反対の意味だ!」

私は正直に答える。

「反対とは?」

彼女は涙をためた目で私を見る。その時私はここで何か言わなければ彼女は離れていってしまうと思った。

「その…。僕は…。」

私は精いっぱいの言葉をこの瞬間に込めようとした。その時気づく。

(ああ、僕は彼女のことが…。)

気づいてから胸が早くなった。

「ハリス様?」

アベリア彼女が待っている声が遠くに聞こえる。それほど血液の流れが速くなっているのだ。そんな状態でも、私は勇気を振り絞る。


「僕はアベリア、君のことが好きだ。君のことを思うだけで胸が苦しくなって、大好きな魔術が手につかなくなってしまうほどに。君とならどんな噂を立てられても構わない。どうか僕の気持ちを受け取ってくれないか?」

私は顔を真っ赤にしながらも、アベリアの目をまっすぐに見て1語1語をはっきりと伝える。


しばらくの沈黙の後。

彼女は笑って私の手を取ってくれたのだった。


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