そして
そして2週間がたった。
「ウェンディ、行くわよ。」
「ええ、キディ。」
4人で考えた作戦が、今2人によってその火ぶたが切られようとしている。
「緊張している?」
キディはウェンディの手が震えていることに気が付き心配そうに声をかけた。
「ちょっと……武者震いかな?」
「はは」と笑い体を震わせるウェンディ。その様子を見ると、キディはこっちと手を引き木陰に隠れる。
「キディ?」
キディはそっとウェンディの手を包み温める。
「ちょっとは、ましになるかも。」
「キディ。」
少し経った後、握ってもらっている両の手をほどき、今度はウェンディがキディの手を包む。
「ウェンディ?」
「私はもう温まったから。」
そういい、ぎこちない笑い顔をウェンディは見せる。
「ウェンディ。」
そんなウェンディにキディはやわらかい笑みを返すのだった。
「よし!」
しばらく手を握りしめ、祈りを捧げていたウェンディは声を出す。
「行こう!キディ。あの2人の恩に報いるためにも。私たち2人のためにも。」
「ウェンディ。」
急に意を決し、たくましくなるウェンディに、まぶしさを感じる。思わずキディは今言わなくてはと思った。
「ウェンディ。私は、これからは、絶対もう何があっても味方だからね。」
キディは泣きそうになりながら言ってしまう。
「キディ、私、作戦の時に別の涙が出てしまいそう。」
同じく涙をにじませ返すウェンディ。その顔には、同時に笑顔も浮かんでいた。
そして作戦は決行された。
パネル展で1番大きい会場である大講義室。そこでキディが泣いているウェンディに代わりジークがウェンディにしたことを、手紙を皆に見せながら話した。それが成功か否かは次の日の学校の賑わいで明らかだった。3年生のパネル展の話など誰1人として言い出す者はいない。話題は専らウェンディ・キウーダン一色だった。
「ねえ、聞いた?」
「嘘。ジークって。」
そんな声しか聞こえなった。
「キディ様、ウェンディ様成功されたようね。」
学食でその噂を耳にしながら、こそこそとフローラとアリーは話していた。
「まさかこんなにも1日で広まるとは。」
「皆噂好きなのよ。」
そんな風に話し、2人もその噂の中に飛びこんでいく。もちろん、姉との噂を絡めさせるためだ。
2人の力もあったのだろうか。噂は信ぴょう性が高いことから急速に広まり、派生する。
アベリアとフロミスのことはもしや。と。キャメルは婦人たちへ。オギー先生は他の先生たちへ。キャサはメイドたちへ。きちんと編成を組んだことが功を奏した。噂はしっかりと確実に根付きそれは真実として語られるようになった。そしてアベリア、フロミスの下にも噂はしっかりと届く。今度は朗報として。
困ったのは、今度はジークの方だった。急に風向きが変わったからだ。
「おかしい。」
俺はジーク。ジーク・アルスター。次期当主となり、優雅に立ち居ふるまい、その傍らには俺の目にかなった妻をめとり裕福に過ごすアルスター家子息のはずだった。それなのに何がどうしてこうなった。
最初は小さな違和感だった。パネル展の日だったか。俺の方をこそこそ見て話す女生徒がいるのが気になった。最初は俺の流した噂のことで話しているのかと思い、話題に入ろうとした。もちろん悲劇の主人公としてだ。しかし俺が近づこうとすると彼女たちは逃げ出した。まるで俺に近寄ってほしくないように。まあ、俺がいると噂もしづらいことだろうと思いその時には気にもしなかったのだが。
次の日はもっと違和感が大きくなる。今までは俺の流した噂で憐れんでくれていた同級生たちが誰も近寄らなくなったのだ。友達以外誰も近寄らなくなった自分の席に少しの違和感が大きくなった。そしてざわめきが、自分がそばを通ると止まるのだ。俺は居心地が悪くてしょうがなかった。
さらに1週間後、俺に近寄るものがいなくなった。俺はそこで気づく。この状況はおかしいと。今まで一緒にいた友達すらも近づかなくなったのだ。教師も今までとは違い、優しく世間話などしてくれなくなる。メイドたちですらそうだ。特に女性陣は顕著だった。
おかしい。どう考えてもおかしい。そう思って聞いても誰も答えようとしない。みな、何もありません。いつも通りです。それだけだ。そして皆俺を見る。いつもとは違う目で。アルスター家次期当主であるはずの俺に向けるべき目ではなく何か、別のまるで嫌なものでも見るかのように。
「おい。」
俺は不意に話しかけられ振り向く。すると、顔に強烈な衝撃が走った。
「なっ。」
何か言う前に痛みが顔中に走る。
「何をする!」
「お前がウェンディにしたことを返したまでだ。」
「ウェンディ?」
俺は頭を動かす。ウェンディ。あの女か。
「お前、忘れてやがったな。」
男は俺の様子に苛立ったのか、さらにもう1発お見舞いされる。そして凄まじい怒り顔を見せ、去っていった。
「何なんだよ、今更。」
俺は茫然と男が去るのを見送った。それを最後に俺に話しかけるものは本当に誰もいなくなった。
俺は業を煮やし、何か知っているそぶりを見せた1番立場の弱い下っ端の従者に詰め寄る。この状況は一体何だと。しかし従者は関わりたくなさそうにする。だが、どうにか脅し聞き出す。従者は、渋々と言ったように話した。
「あなたは、次期当主にはなれないと聞きました。」
「は?」
今こいつは何と言った。次期当主になれないだと。
「誰がそんなことを言ったんだ。答えろ。これは解雇ものだぞ。」
「皆言っています。」
「皆だと。」
「はい。家の者全員が知っています。」
何を言っているんだ。こいつは。
「話にならない。どこかに行け。」
俺は怒りをあらわにし、従者を蹴とばす。従者は嫌なものを見る目で俺を見ると、さっさと姿を消した。
「おかしいだろ。そんなことが。そんなことがあるはずがない。」
俺は壁を殴りつけ自分自身に言う。
「そうだ。父上だ。父上に話をしなければ。」
今すぐにでも父上に話をしなければ。学園の愚かな行動をしている学友も教師陣も。主人に対し横柄な態度を取る使用人たちも。全員父上に罰してもらおう。俺は昔から優秀だった。そんな俺がこんな扱いを受けるなんて不当もよいところだ。早く、早くこの状況を打破しなければ。
「父上!」
俺は勢いよく父の書斎の戸を開けた。するとゆっくりと父は振り返り俺を見つめる。
「ああ。お前か。」
そう、まるで嫌なものを見るように。俺は嫌な予感がした。背中に嫌な汗が流れる。
「何の用だ。」
父は椅子から動かず俺に尋ねる。
「父上、今すぐ使用人たちを解雇してください。」
「…なぜだ。」
「この私のことを侮辱したのです。あろうことか次期当主である私に向かってその継承が虚偽であるかのようなことを言いふらし……」
「虚偽ではない。」
父は淡々と言う。今なんと?キョギデハナイ?だと。
「はっ。父上も私をからかっているのですか。」
俺は動揺し、笑いながら言う。
「からかってなどいない。これは決定事項だ。」
父は哀れなものでも見るかのように俺を見つめる。
「な、何故ですか!?」
俺は必死に縋りつく。
「お前、自分のしたことをわかっていないのか?」
父は頭を抱え深いため息をつく。
「何をおっしゃっているのかわかりません。父上!」
俺は必死に父を呼ぶ。しかし父はその声には耳を傾けない。
「ウェンディ・キウーダン令嬢。そしてフロミス・カーウィッチ令嬢。お前が傷つけたご令嬢たちだ。この名を聞いてもまだ自分は何もしていないと申すのか。」
「それは。」
俺は言い淀む。いや。俺ならできる。
「それは噂のことでしょうか。ご安心ください。私は……」
「また偽るのか。」
「!」
父の言葉に驚く。また?何のことだ。いやしかし。
「ですから、父上。」
「確認は取ってある。お前というやつは本当に。」
「いえ。これにはわけ…」
「もうよい。お前の話は聞きたくない。出ていけ。そして2度と顔を見せるな。」
父上はそう言い、顔を背ける。
「父上!」
俺は叫びながらふと気づき聞く。
「私の継承権は。次期当主のお話は?」
父は再び振り向く。そこには息子を見る目ではなくなった父がいた。
「お前というやつは………。お前に継承権を与えていたこと自体が間違いだったようだ。」
父ははっきりそう言うと、一度として俺を見ず書斎から出ていった。
俺は。ジーク・アルスター。アルスター家の。次期当主……。そのはずだったのに。足の力が抜けひざから崩れ落ちる。俺は誰にともなく叫び声をあげたがその声を聴き駆けつけるものはもう1人もいなかったのだった。




