白い街、紫の触手
「ていうか、そもそも私たちはこの街から出ようとしてるだけだし、わざわざ殺さなくても
いいんじゃ…?」
鍋から湧き出る煙越しに、二人にそう言う
カナエ。
「やつは大金持ちだ。
遠くに逃げたところで、また刺客を送り込まれ
るぞ!」
「おう!あんな変態はさっさとぶっ殺すに限るぜ!」
「そ、そっか…そうよね…。」
二人の威勢に押されて、カナエは心悲しげに苦笑する。
「……何か問題でも?」
マチェッターが言った。
「あんたたちにはわからないかもしれないけど、殺すのって、“悪いこと”なのよ!
私は攫われそうになっただけだし、
これまでにキルノがどんな悪事をしたとか、
どんな変態的な行動をしたとか、そんなことは全然知らないけど、まだ改心させられる気が
するの!」
カナエは机に手を押し付けて、訴えるように言い放つ。
「…一度染めた手は拭いにくいぞ。」
自分のヘルメットを眺めながら、マチェッターが言った。
「で、でも…殺すまではしたくない…」
マチェッターがちらっと目線を上げ、二人の目が合う。
まっすぐ見つめる赤い目と、プルプルと震える
黒い目。
「あー!もうわかった!」
メタルはドン、と机を叩き、二人の視線を集める。
「とりあえず、すぐさま殺す、ってのはなしだ!
一旦お話タイムぐらいは設けてやるよ!
それでいいか!?カナエ!」
ブン、とカナエに顔を向けた。
「え!?あっうん…!」
驚きながらもメタルの言い分を受け入れる。
「はあ…まあ、一旦、な。」
マチェッターは呆れたように言った。
「じゃあ次ィッ!」
メタルは勢いに任せてこの議論を終わらせると、マチェッターにキルノの詳細を話すように言う。
「まず、キルノの主な戦闘手段は触手だ。
腕から無数に触手を伸ばすことができ、切っても引き抜かれても簡単に復活させることができる。」
「あれは厄介だがなんとかなるぜ!」
メタルは拳を振り上げながらそう言う。
「…だが問題は次の能力だ。
やつは“影と影”を移動することができる。」
「…なるほどね。だからあいつ、消えたり現れたりすることができたのね。」
「ああ。だから追い詰めても、逃げられる。」
メタルが楕円をかっぴらいて驚いた。
「じゃあ倒せなくねえ!?どうすんだよ!」
「いや。方法はある。
これは以前本人から聞いた話だが、触手以外は復活しないらしい。
腕をそのまま切り取ってしまえば、少なくとも無力化できる。
あとは影に入られなければいいだけの話だ。」
「キルノの倒し方はわかったぜ?
じゃ、具体的な作戦はどうする?
そもそも俺たち、あいつを呼び寄せることすらできないぜ?」
マチェッターはそれなら問題ない、と言い、ポケットからビー玉のようなものを取り出した。
「これはいわゆる発信機。
今は切ってあるが、起動させればすぐさまきてくれるさ。」
発信機をポケットにしまうと、立ち上がった。
「さて、場所取りと行こうか。
あとの作戦内容は歩きながら決めるとしようか。」
「そうね。」
「おう!」
三人は店を出て、白い街を歩み出した────
────人気が少ない“廃墟通り”、
ホワイトシティには、捨てられた白い建物があまりにも多いため、いつしか廃墟が向き合う道ができていた。
「…ここか。」
一つの雑居ビルに、キルノは止まる。
高さは四階建てくらいだろう。
今にも崩れて倒壊しそうなほど、所々に大きなヒビが入っている。
しかし、ヒビが入っているだけで、壁の色は白く、目立った汚れはついていない。
色鮮やかではない、白で統一された街の特権だ。
どこまで古くなっても、色が褪せることはなく、混ざって微妙な配色になることもない。
みかけだけはいつまでも潔白だ。
「失礼する。」
ガラスの扉を開けて、中に入る。
外見からは想像もつかなかったが、なんとこの建物は一階しか存在しなかった。
床は地面に一つ、天井はかなり高い。
大きな長方形の空間に、キルノと、そしてカナエがいた。
「やあやあ。発信機が反応したんで来てみれば、まさか君がいるとはね。
私のものになる気が起きたのかい?」
「…あなた、私を襲って罪悪感はないの?」
カナエはキルノを黙殺して、自分の質問を繰り出した。
「ないね。これは私の国の文化だったから。
多様性は大切だ。少数の文化も理解して欲しい。君にはこちらの文化を尊重していただ──」
「私には私の文化がある!」
言葉を遮りカナエが怒鳴った。
「何が多様性よ!あなたの文化は確かに珍しいし、理解されにくいから、苦しいかもしれない…
けど!あなたがやってるのは一方的な侵略よ!
私の文化や価値観をかんがえもせずに押し付けているあなたに、多様性を語る権利はないわ!」
「小娘がほざくっ!」
キルノがカナエに手をかざし、一本の触手を放った。
「…メタルっ!」
「はいよおおおおっっっっ!!!!」
ドガン!と壁を壊し、現れたのは、メタルだ!
横目で驚くキルノにタックルで突きかかると、押し付けて壁を破壊し、外に出る。
「ぐぎゃぁっ…!」
キルノは吹き飛ばされ、ぐるぐると地面を転がった。
「はあ…きぃさまぁっ!」
すぐさま立ち上がり、メタルに手を翳そうとした瞬間、風を切る音と共に手が切り飛んだ。
ぺた、ぺた、と血が地面に溢れる。
キルノは出血を防ぐため、もう片方の手で切断面を抑えると、切り飛ばしたと思われる物を確認する。それは、あの“マチェット”だった。
勢いよく振り向く。
そこには、片腕しか残っていないガスマスクの男がいた。
「よお、キルノ。」
「もう片方も切り飛ばしておくべきだった…か」
「おいおい…なーに呑気なこと言ってんだ?
周りを見ろよ!ここに影はないぜえー!?」
メタルは手を大きく広げ、意気揚々とキルノを煽る。
そこに、瓦礫を跨いでカナエがやってきた。
「あなたを殺したくはないの。
もちろん、できる限り怪我も負わせたくないわ。
諦めてくれたら、見逃してあげる。」
「見逃すだと…?見逃して得でもあるのか…?」
「うーん、得はないけど、殺すのは悪いことだし…?」
カナエは目線を上にしながら言った。
「良し悪しを決める時は、常に損得が付き
まとう…君はそれを理解できていない…。
君は私を殺すべきなんだよ…!
だから私もやらなくちゃいけない…
得をするために、その岩を破壊する!」
即座に片腕をメタルに向けると、触手を高速で放って弾くように吹き飛ばした。
メタルは壁の瓦礫に埋もれ、動きがなくなった。
「メタル!?ちょっと!」
「くそっ!」
マチェッターは即座に駆け出し、キルノに向けて飛び込むも、同じように触手で弾かれてしまう。
「これは“見逃す”という君の選択ミス。
殺すという選択がいつも悪いとは限らないのさ。」
一歩一歩、切断された腕を押さえながら、カナエに近づくキルノ。
マチェッターは、止めようと、なんとか立ちあがろうとするも顔を上げるので限界だ。
「さあ…どうする。」
手を伸ばせば触れられてしまう距離まで来た。
カナエは逃げようともせず、ジッとキルノの目を見つめ続ける。
「あなたが私に向けてやったことは、私にとっては悪くても、あなたにとっては悪くないんでしょ。殺すまではしたくないわ。」
「…甘いな、考えが。」
キルノが手を伸ばした瞬間だった。
「しねええええっっっっ!!!!!!!」
メタルは、瓦礫を吹き飛ばすと共にキルノの首を掴み、思いっきり天に掲げると…
「くるおおおァァァッッ!!」
声にならない叫び声をあげたまま、地面に擦り付け、そのまま投げ飛ばした。
「グハァッ!?」
吹き飛んで倒れる直前でキルノは触手を地面に向けると、地面を弾いて空高く舞う。
「おいカナエ!こいつやっぱ殺すべきだ!」
振り向いてそう言う。
「で、でも!」
「でもじゃねえよ!こんな悪党に救済なんかいらねえ!」
「よそ見をするな!」
キルノが空中からメタルの顔面を蹴りを入れる。
メタルは衝撃をじっくりと受けながらも、キルノの触手を掴み引きちぎる、が、それと同時に掴んでいた腕に触手が侵食していたようで、内部から破壊されてしまった。
「ちぃっ……!」
「くそがぁっ…!」
キルノはメタルの顔から地面に降り立つと、すぐさまパンチを繰り出そうとする。
それに応えるかのように、メタルも拳を打ち付けようとする。
「はぁぁっ!!!」
お互いの拳が衝突した。
「しねええええッッッ!!!!」
もちろん、力押しで勝ったのはメタルだ。
「グァァァァァァッッッ!!!!!!!」
拳ごと腕を潰され、吹き飛ばされるキルノ。
地面を飛び跳ねるピンボールのように転がり、倒れた。
「これでもう片方の腕も使い物にならない。
こいつの触手はもう再起不能だろう。」
片足を引きずってマチェッターがやってきた。
「お前ほとんど寝てたじゃねえか。」
メタルが楕円を歪ませる。
「仕方ないだろ怪我人だぞ。」
「貴様ら……!」
その頃キルノは、力を振り絞って一瞬立ち上がったものの、再びバッタリと大の字で倒れてしまった。
「さーてと、動かないうちにぶっ殺そうぜ!」
腕を鳴らしてキルノに近づいていくメタル。
「待って。」
カナエがメタルを手で制し、キルノに歩み寄る。
しゃがみ、キルノの顔を覗く。
するとキルノはそっぽを向いて、いじけた子供のような表情をした。
「ねえ、あなたって何で地獄に堕ちたの?」
キルノは答えない。
「…どんな悪い事をしたの?」
ピクり、とキルノの眉が動く。
ゆっくりと、カナエに手助けされながら、体を起こす。
「私は…悪い事なんかしていない。」
「おいおいおい〜?適当なこと言ってんじゃねえぞ〜〜?」
メタルとマチェッターが寄ってきた。
「私は…自分の国を守りたかった。それだけだ。」
カナエはなんの反応もせずに、ただキルノに目を合わせて、話を聞く。
「私は前世で王子だった。
私の一族が治めていた国は鎖国していたが、世界の国々がそれぞれ協力し合い、競争している事を知ると、すぐさま開国したんだ。それが全ての始まりだった。
開国するとともに世界へ私の国独自の文化が認知されていった。
“女に交際の自由はなく、全ての交際は男が決める”、それが我が国が何年も続かせていた独自の文化だ。法律でも認められていた。
それを知った他国の奴らは、男尊女卑の文化だの、女性差別だのなんだの罵って。
私の国の女性を救おうと過激な活動をする者も出た。
いつからか、私の国は世界の敵になっていてね。
文化を理解される暇もなく、滅ぼされてしまった。
私は自分の地位も一族としての誇りも、国も失った状態で殺されたのさ。だからここにきた。」
キルノの目から涙がこぼれ、頬を伝わっていく。
「私は…私の治めていた国の文化を、否定したくはなかったんだ…。」
メタルは楕円を閉じ、マチェッターはキルノと目線を合わせないようにしていた。
この中で、カナエだけがキルノの目をじっと見つめていた。
「やはり私の信じた文化は間違っていたみたいだな。
さあ、トドメをさせ。」
両腕がなくなり、全身が土や瓦礫で汚れたその姿は、見るに堪えないものだった。
「私は殺さないわよ。」
カナエは立ち上がった。
「なぜだ…?」
「私も私の文化を信じたい。
私のいた世界の文化はね、世の中がうまく動くようにできていたし、それを愛している人がたくさんいた。
だから私は信じてるし、その文化を悪いと思ったことはない。」
ピッと人差し指をキルノに差した。
「あんたの文化は私からみて最低。
でも、その文化で助かった人たちも、多分いるんでしょ?
続いてたってことは、男性だけじゃなく、女性にも。だから自信持って!」
カナエはニコッとしてそう言い放つ。
それを受け止めたキルノは、力が抜けていくかののように、顔を下げた。
「さてメタル!この街を出るわよ!」
くるっと背後を向き、メタルに怒鳴る。
「はぁ〜!わかったよ!」
メタルは頭をポリポリとかきながら、気怠げに従う。
「マチェッター!あんたはくる?」
マチェッターは首を横に振る。
「そ…じゃあ、お別れね…て、あなた私たちにまだ敵意あったりする?」
「ないってことにしておく。」
「…なにそれ!」
カナエは苦笑すると、メタルを背後に連れて、マチェッター達のもとを去っていった。
しばらくして、カナエたちの姿が見えなくなると、マチェッターは口を開いた。
「……もう、どうでもいいんじゃないか?
新しい世界で、新しいものを信じよう。」
「…そう、だな。」
キルノは天を見上げる。
白い空と輝く太陽。
ホワイトシティ、ここはどんな色も受け入れる。
そして白に染めていく。




