序章「七」『迷宮挽歌』
閑話的なお話。
そこにあるのは、一つの絶望だった。
昏く、悍ましく、何一つ希望を見出せない。
剣も、槍も、矢も刺さらない。
それは正しく恐怖の化身であった──
探索者と研究者の街、大迷宮アルカトラズを囲うように建てられた迷宮都市ベルオーヴ。城壁はこの都市を守る壁であり、同時に内側の脅威を外に出さぬよう見張る櫓でもあった。
そのアルカトラズ迷宮にまつわる話の中に、あらゆる攻撃を透過する不死身の化け物……死霊塊ヴァサゴの伝説がある。その最も有名な序文を頭に浮かべながら、歴史研究家であり、迷宮探索者、更には遺跡荒らしでもある小人族の青年ゾラは矮躯を揺らしながら、ベルオーヴの中心からはやや外れた歓楽街を調子外れの鼻歌混じりに歩いていた。
「さてさて、伝承の通りなら今年ヴァサゴが現れるはずだ──役50年周期、その年の決まった月齢になると現れる彷徨う怪物……ワンダリングモンスター、ヴァサゴ」
ゾラが把握しているとある年、月齢──それはまさに今年であり、今年最初の双子月が並列に並び、三日月が重なる最初の夜が今夜。ふと、彼は神妙な顔をして立ち止まると夕闇に白く浮かぶ双子月をじっと見つめる。
「今日運悪く伝説に出会った者が出たならそいつらは生きるか死ぬか──できれば誰か生き残ってヤツの所在を知らしめて欲しいもんだね、そうすりゃ次の三日月には俺が……いや、皮算用はするもんじゃあないな」
ふん、と己の浅はかさを鼻で笑うとゾラは歓楽街の奥へと消えていく。
「ま、今夜は派手に遊んで果報を"寝て"待つとするさ」
再び、下手くそな鼻歌を歌いながら彼は歩みを続ける。
「いきはよいよい、かえりはこわい〜こわいながらもさがしゃんせさがしゃんせ〜たからほしけりゃしぬまでもぐれ、うんがよければなりあがり〜生きやんせ〜死なしゃんせ〜こわいながらもすすまなば〜〜死にゆくや〜〜」
まるで唱歌のような、しかしどこか調子外れな、日本人が聞いたなら出来の悪い替え歌だと思うであろうその歌の名は『迷宮挽歌』と言った。
「さてはて……迷宮からしたら小さな小さなオイラの命、ベットしたなら配当はいくらになるか、或いは全て失い骸となるか……ハイ&ロウみたいにゃいくまいが答えはいくらもせずに出るだろうさ、楽しみだねえ、ああ楽しみだ♫」
探索者は常に死と栄光に取り憑かれているのだと、先人達が残した唄なのだとか。
沈みゆく夕陽を背に、光の加減か、ふらつき歩く小人族の影は3つに分かれて──、踊るのだった。
彼、ゾラもまたいずれミロクと関わりを持つ一人です。
次回、彷徨える魂。




