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三題噺もどき

葬式

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくさん。

 お題:涙・田舎・怪我




  己が命尽きるまでと、懸命に嘆き続けるその声が嫌に耳に残る。

 あちこちで聞こえるその声は、夏の象徴の一つ。

「……、」

 ―そんな夏の日に、祖母が亡くなったという知らせを受けた。

 正直その話を聞いて、あまり悲しいという感情にはならなかったし、涙も流れなかった。

 ただ、父母の沈む姿を見て、どうしたものかと狼狽えてばかりいた。

「……」

 その祖母のことはあまり好きでもなかったし、亡くなる少し前まで頻繁に会っていた。

 わざわざ近くの病院に入院しに来たものだから、定期的にお見舞いにいっていた。

 次第に弱っていく姿を見て、あぁもうすぐ死ぬんだと、心のどこかで思っていた。

 亡くなったと言われても、ついにと、そのくらいの感想しかわかなかった。

「……、」

 なにより、私はもう病院に見舞いにいかなくていいということに喜びを覚えていたのかもしれない。

 あの場所に行くのはとても嫌で、億劫で、めんどくさかった。

 どうもあそこに充満する独特な臭いが嫌いなのだ。

 人の生と死が交差しているような、密集しているような、あの場所が大嫌いなのだ。

 病室に入る度に押し寄せてくる薬液の臭いと、腐っていくような、死そのもののようなあの臭いが、吐き気がするほど嫌いなのだ。

「……、」

 私は、死そのものに触れること自体が嫌いなのだろう。

 誰だってそうなのだろうけど。

 死に直面するのが、嫌で、億劫で、めんどくさいのだろう。

 だから私は、葬式も通夜も、そのあとに行われる親戚の集まりにもいきたくなかった。

 強制的に死に向き合わされるのが怖かった。

 そんなことしたくもないのに。

「これが死だ」「あの人は死んだ」「昨日まであんなに元気に生きていたのに」「死んだ」「これがお前の恐れる死だ」

 と言い聞かせられているような気がして、嫌でイヤで仕方がないのだ。

「……、」

 しかし、親戚で且つ彼の故人の孫という立場である以上参列するしかないのである。

 だから私は、この小さな田舎に来ていた。

 祖母の家、つまりは両親の実家である。

 あの喧しい虫達の嘆きが、我が家以上に響き渡る田舎。

 周囲を木々に囲まれて、こんな場所に誰がくるんだというようなド田舎。

 少々言い過ぎかもしれないが、そこは両親共に認める田舎なのだから、バチは当たるまい。

「……、」

 続々と人が集まってきた。

 誰もが、真っ黒な衣装に身を包んで。

 当然私も真っ黒な服を着ている。

 私は普段から、こういう真っ黒な服を着ているので、特になんとも思わないのだが。

 普段明るい服を好んで着る人間が、こう真っ黒な服を着ていると、違和感というか、そこにも死が潜んでいるような気がして落ち着かない。

 ―そもそも、その死とかそういう気配とか、すべて私の気のせいで、そんな気がしているだけで、誰も気にしていないだろうけど。

「……、」

 そんなあれこれを考えて、どうにか気を紛らわせようと、試行錯誤をしていたら、とうとう式が始まってしまった。

 あぁ、嫌だ、帰りたい、逃げたい、

 誰かがどこかですすり泣いている、その音が嫌いだ。

 木魚を淡々と叩く、その音が落ち着かない。

 線香のあの独特な臭いが苦手だ。

「……、」

 あぁ、全く。

 鼻がひん曲がりそうだ。

 頭が割れそうだ。

 なにも入っていないはずの胃から、何かが這い出てきそうだ。

 なぜ私に死を向ける。

 向き合えと強要する。

 私はお前のことなど見たくもない。

「――、」

 息が詰まり、喉が締め付けられそうになったとき、司会から私の名前が発せられた。

 そうだった。

 私は、この数いる孫の代表として、なにか言葉を述べよと言われていたのだった。

 なぜ私がという気持ちはやはりあったが、断るのも面倒なので、引き受けたのだ。

「……、」

 彼の故人がいる前に立たされる。

 あぁ、死だ。

 死が、すぐそこに居る。

 息が、呼吸がうまくいっていない気がする。

 昨日かいた手紙を開く。

 ―視界が、霞んでくる、

「――、」

 ボロ―と、涙が溢れた。

 言葉がうまく紡げない。

 なんだこれは。

 あの時泣かなかったくせに、ここに来て泣くのか。

 私は、早くここから立ち去りたいのに。

 なぜ、今になって、言葉を止める。

 涙が止まることなく、溢れだしてくる。

「――、」

 対面している死の恐怖に負けたのか、限界を越えてしまったのか、

「――、」

 違う、これは、私は、

 悲しいのか。

 故人にもう会えないという事実にようやく気づいたのか。

 ここに来て、ようやく。

 全く我ながら愚かにもほどがある。

 なぜ今になって、ああすればよかったとか、こうしておけばよかったとか、そんな自責の念に駆られている。

 もう遅いのに。

 もう会えないのに。

「――、」

 まるで、気づかないうちに怪我をしていたことに、遅蒔きながらに気づいて痛みに襲われているようなそんな気持ちだった。

「――、」

 たぶん怪我はしていた、どこかで。

 だけどそれから目をそらしていただけだった。

 直面して、今まさにその傷口が拡げられて、追い討ちをかけるように塩を塗りたくっている。

「――。」

 涙は止まらぬままに、なんとか手紙を読み終えた。

 幸い、一番前の席に居たため、早々に腰を落ち着けることができた。

「……、」

 その後も淡々と式は進められていく。

 静かに、厳かに。

 この式が終われば、火葬場へと運ばれる。

 そこで、本当に最後の別れが来る。

 別に今でも祖母にたいしての気持ちは変わらない。

 そこまで好きでもないし、嫌いでもない。

 後悔も懺悔も済ませた。

「……、」

 それでも傷は塞がっていない。

 想像以上に傷が深かったようだ。

 さらに塩まで塗りたくってしまったから時間がかかりそうだ。

 だがまぁ、幸い時間はある。

 ゆっくり直していくのも悪くないと今では思っている。


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