1-6 不純喫茶ルカ 至福の一杯を
『ど、どうしてですかジウさん』
「わからないのかい?葵くん、そんなわけないだろうに」
『・・・・・・』
「ほーら、やっぱりだよー、娘にクローニングドリンク飲ませてくれって言うと思ったぁ。お金あるって言ってたしね、払う気あったんでしょうねー」
『・・・・・・』
「ちなみに言うとだね、お金で解決はできないんだよ、僕はお金では靡かない。しかも君の生涯年収ごときではなおさら」
『・・・・・・じゃあどうしてですか、僕に対しては無償で施してくれたじゃないですか』
ジウとミナは軽くため息を吐きながら、お互いの顔を見た。
「思考力が低下してしまった葵くんのために、理由を説明してあげよう。
一つ、君の娘のデータに興味がない。つまり僕にとって価値がない。
二つ、当方は泡銭で買収できる性格をしていない
三つ、娘の遺伝子改変は本人の意思ではなく葵くんのエゴでしかない」
『・・・・・・・っ!』
僕は思わずジウの胸ぐらを掴みかかった。ミナの目が鋭く光る。ジウはミナの動きをアイコンタクトで制しながら、葵に語りかける。
「葵くん、話してくれないかな。これじゃ何の解決にもならないだろう」
『・・・・・・すみません』
僕は少し正気に戻り、一つ一つ質問することにした。いつものカウンターに腰掛け、灰皿をもらいここ数ヶ月で僕の精神安定剤となったマールボロに火をつける。一息吸い、歪んだ赤い箱を握る手を緩めながら話を始めた。
『・・・・・・僕のデータには価値があって、娘のデータには価値がないってことですか?どうしてそれがわかるんですか?』
「君には身体的特徴があった運動神経とかね、とても有意義なデータだったよ。ただ話を聞く限り、娘さんは目立った特徴が見受けられないそうじゃないか、しかも優秀じゃないからどうしたらいいか悩ませているときた、僕が渇望するデータの主と言えるかね?」
『・・・・・いいえ』
「お金はね、別に欲しいわけじゃないし、これだけの技術があるんだ、もし欲しくなったって君からじゃなくたっていくらでも稼げるのさ」
『・・・・・・じゃあ、エゴっていうのは?』
「ん?だぁってクローニングドリンクで遺伝子改変するのは娘なのに、変えたいと思っているのは君でしょう? 娘さんは欲していないわけだ、さらにまだ幼いときた。これから何者にでもなれる可能性があると思うのだけれど?」
痛いところを突かれて、ぐっ、と葵は唇を噛み締める。だがまだ負けじと食い下がる。
『・・・・・・それでも、僕のせいで娘が損してしまっている事実は悔しいんだ。確かにどんな遺伝子にしたら娘にとって最適か分からないけれど、ジウさん! あなたなら素敵にデザインしてくれるんじゃないかと思うんです。娘が幸せになれるような・・・・・』
「幸福の感情は自分自身で感じるもの・・・・・」
ミナは周りには聞こえないくらいの声でボソっと呟いた。
「僕がデザインした娘って・・・・・・、それはもう君の娘と言えるのかい?」
『ーーっつ』
「昔、そう君と初めて会った時、デザインベイビーの話をしたよね。あれが倫理的に問題になった理由としてね、親が子を自分の欲求を満たす道具として扱っているんじゃないか、と言う話になったんだよ。もちろん当方は血の繋がりだけが親子であるだなんて思わない。だけどね、命を道具に弄ぶのはお勧めしないな」
『僕の、僕の遺伝子の場合はどうだったんだ・・・・・・』
「それはあれさ!君自身が自分に対して変化を望んだんだもの、手を貸したのさ。言わば進化だね」
「ふはっ」ミナが吹き出す。
「もし君の思い通りに遺伝子をデザインした娘を作ったとして、娘は君の思い通りに動いてくれるとは限らない。まぁ、そう言うことを望む君ではないのは承知だがーー」
『わかったよ』
『うん、僕がどうかしているんだ。娘に何かして欲しくて、彼女を愛しているわけじゃないんだ。』
もう二口目のタバコを吸う事はなく、僕は火を鈍色の灰皿でかき消した。
『ただ、笑って過ごしてくれれば良いだけなんだ・・・・・』
**********
ミナが僕の前に無言でハーブティーを出してきた。じぃっと一瞥をくれると、すぐさまプィっとそっぽを向いてテーブル席の方へ行ってしまった。ブツブツと、「んまったく、ジウは優しすぎる!次はないんだから、・・・・」とかなんとか言っていた。
『ジウさんには何度も僕のことを救ってもらっている』
「その割には当方の意見は中々素直に受け止めてくれない、骨が荒れるよ全く」
『ありがとう、また悩みができたら叱咤して欲しいです』
「あぁ、定期的に来てくれないと当方も寂しい」
『え!あ、本当ですか!ちょっと嬉しいなぁ』
「何喜んでるんだよ、おっさん。キモい」
『うぐっ』
「はははは、そう、当方はお客様のことを大事にしたいんだよ。わかってくれてよかった。もし娘さんの遺伝子操作を行っても、成長後に不満が発生しただろうし、終いにはこんなデザインにしたことが許せないとか言われてしまうかもしれないしね」
『それもそうですね、本人の好きなこと嫌いなこと楽しいこと苦しいことは本人しかわからない。親でさえも他人が押し付けちゃいけないんだ』
「あぁ、そうさ。自分の人生だもの自分しか責任は取れないよ。」
『もし、もしですよ、娘が成長して悩みができたら不純喫茶に連れてきて良いですか?』
「やだね」
『ええ、自分で望んで変わりたいなら良いでしょう?』
「いやいや、対価を持ってきてくれなきゃ。と言うか忙しくしたくないんだ、当方のことは内密に頼むよ。娘さんには立派なパパがついているんじゃないか、悩みを抱えたときにはきっと頼ってくれるさ」
『そうですかねぇ・・・・・・』
**********
いつもとは血相を変えて来店してきたときとは180度違って、憑物が落ちた顔をした葵は足軽に帰って行った。
「甘いんだよ、ジウは!」
「ミナさん、申し訳ない、ついね。一度あれだけ怒ったのにまだ考えが浅かったかと思ったら、ちょっとイラッときてしまった。とは言え、彼も重要なサンプルデータだ。丁重に扱わないと」
「そんなこと言って、どの客にもそんな手厚い対応じゃ、時間がいくらあっても足りないんじゃない?」
「大丈夫、当方には半永久的に時間があるよ」
「あたしにはないんですけどー」
「はっはっは、とは言え別にゆっくりしてるわけでもないさ」
二人はカウンターの後ろのバックヤードから繋がる薄暗い螺旋階段を2周半ほど降りていく。金属と靴がぶつかり、カツンカツンと音を鳴らす。地下の開けた空間に着くと、目の前には巨大なデータ測定装置コクーンとその傍に巨大ディスプレイが見える。コクーンの後ろに周り、地下の空間をさらに奥へと進んでいくと、大きなガラスタンクに管が無数に繋がれた物が蛍光に照らされていた。中でも最奥にあるガラスタンクは巨大で、中には人型の何かがふよふよと眠りながら浮かんでいる。
目を瞑った状態でもわかる整った顔立ちをした少女は、二人の訪問に気づくことはできないのだろう。長い白髪の髪、白い肌、華奢だが痩せすぎず太すぎない整った体型。ジウは少女の顔を憂いを帯びた目で眺め、タンクにそっと手を添える。それを少々不服そうに見つめるミナ。
「デザインベイビーは倫理違反ねぇ・・・・・・」
「この子が当方の知っている彼女と同じ魂を持っていないことはわかってる。それでも、何をしてでも見たいものって、譲れないものって、あるんじゃないかな。」
「・・・・・・」
「当方が自身の生命をつなぐ目的は、彼女をーーーーー」
**********
「コーヒーを入れてくる」
ジウはそう言うと踵を返し、不純喫茶へ戻って行った。あぁ、これは豆の厳選から入るパターンで1時間はかかる。またかとミナは内心思いながらも、再度タンクの中の少女に目を向ける。
「きれい・・・・・・」
そう呟き、タンクの足元に刻まれたNo.と名称を見る。そこには『LUCA』と表記されていた。
『科学者の住う不純喫茶』お読みいただきありがとうございます。こちらで第一幕終了です。これからまた登場人物も増えて参ります。さらに、ジウって何者なの?LUCAとの関係って?などなど秘密を蒔きつつ、明らかにもしていきます。
もし少しでも読んでいただけましたら、応援、コメントお待ちしております!
更新は現在不定期ですので、ぜひブックマークを!