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科学者の住まう不純喫茶  作者: 赤井ひよこ
1 不純喫茶ルカ
5/7

1-5 不純喫茶ルカ 人の悩みは尽きることがない

 あれから5年の月日が経った。僕ー小山葵は年に一回定期的に、ジウさんのいる不純喫茶ルカに顔を出している。今日は一年ぶりに不純喫茶ルカへ向かおうと、久しぶりにあの商店街を通った。毎日通った高校生の頃とは立ち並ぶお店も、歩いている人も少し変化が訪れているようだった。懐かしくもあるが、そこには僕の高校時代はもう無いのだと実感する。


 裏路地に入ると街灯もなく店舗大きなのゴミ箱が道にはみ出ていたり猫が通り過ぎっていったり、寂れた雰囲気が漂っている。

ーーここは今も昔も変わらないな。

大した回数も足を踏み入れていないこの裏路地の方が、僕にとってなぜか懐かしく感じる。多国籍とネオンが所々に織り混ざるこの裏路地をおどおどしながら通る葵はもういないのだけれど。


『こんにちはー。ジウさんいますー?』

「・・・・・・葵くんか!久しぶりまた来てくれて嬉しいよ。調子はどうだい?」

『久しぶり、ジウさん。定期検診お願いします。調子は、まずまずかな。身長はこの通り、182cmになりました!まさかここまで伸びるとはね、もう流石に成長は止まったけど』

「うん、予想通りだよ、不調も無いようだね。何よりだ。久しぶりなんだ、今日はゆっくりしていくんだろう?カウンターにかけたまえ」

『ありがとう』


 僕の人生はあの一口のドリンクによって変わったと言っても過言では無い。この赤いベロアの椅子に座ることで少し前の自分が懐かしく感じた。不純喫茶ルカの内装、ここからの景色、何一つ変化がない。カウンター越しに見るジウさんは相変わらず美しい。


『ここって数年経っても何にも変わらないですよね、不変の時間が流れている感じ』

「不変ならば時間は経過しないのでは無いか?」

『そうかもしれませんね、年々経っても不純喫茶はお客さんが全然いらっしゃいませんね・・・・・・』

「べ、別にいいだろう・・・・・・!今日はたまたま来ていないだけだ!昨日は外に行列ができるくらい繁盛していたさ!」

『嘘はいいですって、去年も同じこと、おっしゃていましたよ?』

「うぐっ・・・・・」

『ジウさんの嘘をつけにところ、安心します』


「ああそうだ、秘密は多いが当方は嘘をつけない。とても紳士であると自負しているんだよ」

『ジウさんが僕と初めて会ったときの見た目のままであることには秘密があるんですか?』

「当方は華奢で小柄で愛らしいこの見た目をとても気に入っているし、保持もしている。もちろん、その方法については秘密であるがね」

『自ら望んで小柄でいるんです?』

「身長を伸ばしたかった君とは正反対の理由だね、君が拒絶した小柄でいることの先入観を僕はメリットに感じているんだよ」

『?』

「葵くんに飲ませたクローニングドリンクは身長を伸ばすための機能を発現させるものだった。見ての通り成功したわけだが、君と当方とで交わした約束も効いているようでよかったよ」

『はい!あれからすぐに身長が伸びたわけではなかったのでインターハイは出られませんでしたが、2年後から徐々に伸び始めましたし、何より気持ちの持ち方が変わって自分に自信がつくようになりました。今では大学で新たに友人や後輩も、彼女もできて・・・・・・とても楽しく暮らせています』

「君に足りなかったのは自信、それだけだよ、当方はアシストしたに過ぎない」

『それでも、ジウさんに出会えていなかったら僕は、もっと落ちぶれてひねくれていたに違いないです。感謝しても仕切れない』

「そこまで言われるとはね、クローニングドリンクを調整した甲斐があるよ。まあ、少しでも恩返しがしたいというなら、定期的にここに顔を出してくれればいい」

『はい!』


「では、本日は何をご注文で?お客様」

『・・・・・・ミルクコーラにしようかな』

「かしこまりました」


**********


「・・・・・・へぇ、順調に暮らしているんだねぇ」

『はい。それもこれも僕が自分自身に自信をつけることができたからだと思います。運動神経は優秀なポテンシャルを持っていることを教えてもらって、わかっていたけれどかまけていた自分と向き合うことで、多少なりとも練習の積み重ねができましたし、インターハイとはいかなかったけどレギュラーメンバーになって後悔なくバスケを楽しめました。大学もそこそこいいところに入れたので、自信がさらについて人からも好かれるようになりました。就職先も外資系の大手企業に内定をもらって、来年には社会人になります。・・・・・・・彼女はとても優しくて、可愛らしくて、理解しあえるパートナーでして、落ち着いたら結婚できたらいいなって思っています』

「いいじゃないか!葵くんが幸せそうで何よりだ」

『・・・・・・・それで、あの、ジウさん、ちょっとお聞きしたいことがあるんです』

「なんだい?」


『遺伝子操作をした僕が子供を作ることってできますか? 何か障害持ちになってしまうとかありますか?』

「いや、通常の子供となんら変わりはないよ。病気が発生する確率も」

『・・・・・・よかった、安心しました。彼女が子供好きで、将来子供が欲しいみたいで。僕が原因で子供に悪影響がないか心配だったんです』

「・・・・・・ただ、元来の君の遺伝情報は子供に継承されないよ、今の葵くん、つまりはクローニングドリンクを飲んだ後の葵くんの遺伝情報が君の精子に反映されているんだ。きっと身長が高い子供が生まれてくるだろうね」

『なるほど、それはよかった。むしろありがたいです、彼女は今の僕になってから知り合った人なので、不純喫茶の話もしなくて済みます』

「そうだね、君は繁盛していないと揶揄したこの不純喫茶ルカだが、なるべくなら人に教えて欲しくはないねぇ、特に裏メニューは。当方はゆっくりとした時間の流れが好きなんだ」

『わかりました、誰にも言いませんよ』


**********

**********


 さらに月日は過ぎ、葵が不純喫茶ルカを見つけてから、10年以上もの月日が経った。


『こんにちはー。ジウさんいらっしゃいます?』

「あぁ、葵くんいらっしゃい」

『全然お変わりないですね、この喫茶店もジウさんも。本当に不思議だ。』

「君は、また顔つきが変わったね。より男前になった」

『ははは、ありがとうございます。これでもパパやってるんで』


 慣れたように、いつものカウンター前の真ん中の椅子に座る。もう僕はこの席が似合いすぎるくらいの大人になれているだろうか。


『ジウさん、見てくださいよ。我が愛娘、かわいいでしょう?』

「あぁ、君の面影がよく現れているな」

『わかりますー?目元のあたりですよね、笑顔もほんとそっくりで・・・・・』

「すんげー親バカじゃん、この年のガキなんて大体同じ顔してるだろ」

「口が悪いよ、ミナさん」

「すいませんでしたー」


 ミナ、と呼ばれたセーラー服を見に纏った女の子は僕の娘の写真を背後から覗き見たと思ったら、プイと背を向けて去っていきテーブル席でいちごオレをストローで飲み始めた。ジウは大きくため息をついている。


『・・・・・・・彼女は?』

「ミナさんはね、道端で行き倒れていてね、拾ったの。捨て猫みたいなもんよ」

「違うもーん、今は飼い猫だもーん、ちゃんとお店の役に立つ看板猫だもーん」

テーブルの方から、ミャーと叫んでいる。


「うーん、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ・・・・・・」

『不純喫茶にジウさん以外の人がいるところ初めて見ました。新鮮ですね』

「ふふふ、そうかもね。まぁ、彼女は捨て猫同然で行く当てもなかったから仕方なく今は匿っているだけだよ。その分ちゃんと不純喫茶で働いてももらってる」

『そう、なんですか。ジウさん優し過ぎますね』

ミナが喫茶店内をまるで自室のように寛いでいるように見え、少々奇妙な気持ちになった。


『あの、僕小山葵っていいます。ミナさんはお受験ってしました?僕の娘もうすぐお受験で、でも成績がなかなか上がらなくて・・・・・・。今僕、個人事業も始めて、それなりに稼いでいるので不自由ない学習環境を用意できていると思んですけど、全然うまくいかなくって』

「え、何?幸福度自慢?」

『あ、いや、もし経験あるならアドバイスもらえたりしないかなーと思いまして』

カウンターの向こうでジウさんが笑いを必死で抑えているのが聞こえる。

「・・・・・・経験あったとしても、あたしお人好しじゃないし、教える義理はないんだけど?」

ピシッ、と氷が走ったような音がした気がした。久々に感じる初対面での拒絶の眼差し。

「まぁまぁまぁまぁ、ミナさん別に嫌がらせしようとしているわけじゃないんだから、ただの世間話も乗れないと友達いなくなっちゃうよ〜?」

『いや、そんないいんです。初対面なのに図々しかったなぁって反省してますから。ただ悩んでいるのは本当で、娘のために僕は選択肢の広い環境を用意できるのだろう、彼女のためにできることは用意してあげたいと思ってしまうんです。僕みたいにチートで幸運なステージに立てることなんてなかなかないですから』

「・・・・・・ならさぁ」

「まだ受験まで時間はあるのだろう?これから成績が伸びるかもしれないじゃないか。娘さんも頑張っているんだろうし、葵くんも十分にサポートできていると思うよ。さて、早速だが先に定期検診をしてしまおうか。この前の検査からコクーンを少々変更してみたんだよ。こっちにおいで、さぁ」

『あ、はい。今行きます』

「・・・・・・」


**********


「また、定期検診においで、他にも悩みがあったらいつでもいらっしゃい」

『ありがとうジウさん、また来ます。ミナちゃんも』

「ふんっ」

葵はドアを開けてお店から出て行った。カランカランと高めの乾いた音が鳴り響く。


「ジウ、いいの? あいつきっと提案されるのを待ってたよ」

「・・・・・いいのさ、その悩みに対する当方ができる助け舟は、本人のためにならない。本人の意思じゃないからね」

「またやってくるかもよ?」

「その時はまたお灸を据えるしかないかなぁ」

「ジウ先生も大変ですなぁ」


**********


『ジウさんいます?』

「あ、親バカ葵じゃん」

『・・・・・・相変わらずだな。ミナさんは』

「葵くん、珍しいじゃないか、前回の定期検診からまだ数ヶ月しか経ってないだろう?」

『ジウさん、今日娘のお受験の合格発表だったんだ。全敗だよ全敗、どの学校も受からなかった・・・・・・』

葵は少々自暴自棄になって、いつもの敬語はなくなり、涙を流しながら感情のまま駆け寄ってきた。

『なぁ、ジウさん、僕の娘どこか悪いのかなぁ。なぁ調べてくれないか、もし異常が見つかったらクローニングドリンクで直そう!平々凡々も生きづらいだろうから、特性を設計させて欲しい。お金なら僕がいくらでも出すから』

長身の男が小学生並みの華奢な美少年に泣きながら縋り付く姿はあまりにも滑稽で、ミナはゴミムシを見るような目で葵を見下ろした。


「葵くん、それは断るよ」

僕は一気に周りの光が閉ざされ、瞳孔が閉じていく感覚を覚えた。



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