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科学者の住まう不純喫茶  作者: 赤井ひよこ
1 不純喫茶ルカ
3/7

1-3 不純喫茶ルカ お代は君自身

「ジウさん、えっと、僕クローニングドリンクで変わってもいいんですか?」

『ん?いいと思うよ、むしろ君は変えた方がいい効果を表しそうだよ。』

「だって、僕至らないところが山ほどあるし、そんな魔法のようなクローニングドリンクに頼るほどの人間じゃないというか何というか・・・・・・」

「あははっ、謙遜しすぎだよ葵くん。完璧な人間なんてどこにもいやしないのだから」

『そうですけど・・・・・・』


「なぜ変える価値があるかって?ーーそりゃ、君周りからの自分の評価を向上させたいんだろう?もちろん葵くんのマインドセットで変わる部分は大きいと思うが、心理学的にいうとね目線の位置から感じる人からの評価はどうしても先入観に影響されやすいんだよ」

『?』

「上から見下されると、威圧感を感じるだろう。逆に下から見上げられると、可愛くも見えてくる。相手の考えている内容は変わらないのに、だ。逆もまた然り、目線を下げる、見下ろす、そうすると自然とマウントをとった気になってしまうんだ。ほらよく幼い子と話すときは目線を合わせましょう、というじゃないか。あれは怖がられないようにするための方法だよね。

つまりだ、身長が変わらないままだと無意識下で葵くんは他人に萎縮し、人から見下されてしまう。」

『だから、クローニングドリンクで身長を伸ばして、無意識下で発生しているディスアドバンテージを埋めるっていうこと?』

「そういうこと!ちなみにサービスで長身にしてあげてもいいよ」

『それはちょっと嬉しいかも、です』


 なるほど、僕の悩みに対して内面的なアプローチだけじゃなく、外見からもアプローチできるのか。何だかジウさんはご機嫌だ。僕も少しワクワクしている。


「そうと決まればさっそくだが、このコクーンに入ってもらおう。君のデータを取らせてもらうよ。」

『え?』


ーーヒュ、悲鳴よりも先に喉が鳴った。急降下、急ブレーキ、突然の暗転。僕は絶叫系アトラクションはNGなんだってば!

振動が止まったので、突然変化した薄暗いあたりを見回す。


『何なんですかこれ?いきなり!』

「あはははは、ごめんごめん。いきなりの方が面白いかと思って」


 よく目を凝らすと目の前には変わらずジウさんがいる。先ほどと違い容姿に合った少年のような笑顔で笑い転げている。カウンターと椅子はそのままに、僕の背面にあった内装がガラリと変わっている。先ほどまであった深紅のベロアのソファの代わりに、僕の身長の倍以上ある卵形の物体が青白く照らされているのが目に入った。これがコクーン? 軽く軽自動車くらいはあるサイズ感で、白の半透明の殻で覆われ内部はよく見えないが、コクーンの周りにはごちゃごちゃと大小様々な配線が張り巡らされている。少し禍々しい雰囲気に少し怖気付いたのは内緒の話だ。


「さぁ、椅子から降りてこちらへ来たまえ。このコクーンの中に入ってもらう。中には椅子があるから所定の位置に手足と頭を固定させていただくよ」

『こ、これで僕のデータをとるんですか?』

「あぁ、数分で終わるCT検査と思ってくれればいいよ、コクーンでは遺伝情報だけでなく生体反応、脳波、などなどあらゆるデータを一度に取得することができる。まずはこちらに乗ってもらって、正しくデータを取らせてもらう。その後、クローニング後の理想となる遺伝子配列をデザインし、クローニングドリンクを調合する」


 グイグイとジウさんに押されてコクーンの前まで来てしまった。初めて見るSFチックな物体に大きな興味と少しの不安がスパイスとなって心臓がバクバク言っていいる。これは興味なのか危機感からなのかよくわからなくなっていた。ジウは勢いよくコクーンのドアを開け、僕を中へ放り込んだ。


「はい、乗った乗った! 」

『あぁーはいー』


 半ば無理やりに、コクーンの中に押し込められ、手際よく固定ベルトを締められた。次々と自動的に手、足、肩、首、そして頭と僕のサイズに合わせて固定されていく。いきなりのことであわあわしてしまう、今自由に動かせるのは目線だけだ。


「DNA採取のために、ちょこっとだけ、ちくっとするかもだけど、基本気にならない程度だから安心してね」

『え!嫌ですよ、僕注射嫌いなんですよ!』

「あーもーぐだぐだ言わない、スタートするよ?」

『ま、待ってください!確かにクローニングドリンク飲みたいって言いましたけど、まだ気になる点があります!』

「・・・・・・何?」

『対価! 対価です! ジウさんさっきクローニングドリンクには対価が必要って言ってましたよね?その対価の内容、確認したいです!内容によっては僕支払えないです・・・・・・大金なんて持ってないし、家も裕福じゃありません・・・・・・』

「んー、あぁ、葵くんからお金を巻き上げようだなんて、思ってないよ。そこは勘違いしなくていい。そもそもお金で買う場合、普通のサラリーマンじゃ一生かかっても払いきれない金額だからね。君からは君が支払える代価でいただくつもりだ」

『・・・・・・え?』


ーーますます怖いんですけれど。

一気に葵の顔が青ざめる。無期限労働者として地下の帝国に売り飛ばされるのかな? それとも臓器売買?何だろう、何にしても恐ろしい。


「今からその代価をいただく。このコクーンから得られる、君のデータ全てだ。」

『へ?』

「データはいい、いくらあっても足りることを知らない。何千万人分のデータが手元にあるからと言って、世界の総人口引いては過去未来のヒトのデータを全てとするならば、一部の抽出データにしかすぎない。ましてや完全に揃ったデータなんて・・・・・」


 ジウは目をキラキラさせながら、データの価値について語り始めた。初めは僕に話かかけていたのだろうが、もはや僕が理解しているかどうかなんて考えていない、置いていきぼりだ。コクーンの周りをくるくると回転しながら踊っている、一見可憐な少女ーー少年であるがーーがお花畑で蝶を追いかけているような微笑ましい雰囲気であるが、語られる口調はアニメオタクそのものの早口であるし、足元はラベンダーでも菜の花でもコスモスでもなく、無数のゴツゴツとしたパイプと配線となのである。


「とまぁ、データには無限大の価値と可能性があるんだよ。ただそんな当方にとっては価値の高い代物でも、その使い方や使い道を知らなければゴミ屑同然、無価値に成り下がる。現に君にはその価値がわからないのだろう?」

『えぇ、ジウさんの言っていることが何のことだかさっぱり・・・・・・・・。あ、でもその僕のデータで悪用されたり、僕に被害が起こることってーー』

「ない!断じてないよ!君個人を特定するような情報自体は、取り除いて当方のデータ管理庫ーーDNAライブラリーに格納される。例えばこうんな風に」


 ジウさんは僕のすぐ隣に寄り添ってきて、僕の目の前に手をかざした。するとホログラムが表示され、あたり一面360度頭上も含めて全て本で埋め尽くされた。まるで書庫ーーライブラリーである。ジウさんがある一つの本を指差すと、その本は空中に浮きパラパラパラと手元で開かれた。ホログラムでできた本の中から新たにホログラムの画面が出現、そこには名前は*****とされ、住所も郵便番号のみ、身長体重、骨格、遺伝情報として顕著な特徴、疾患、などなど様々な情報が掲載されていた。


「これはある男性のデータブックだ。こんな風に個人情報は削除もしくはぼかした状態で保存する。そもそもデータブックが書庫を埋め尽くすくらい存在していることが重要で、一つ一つを注意深く活用するなんてことは滅多にないから、安心して良いよ」


 そう言って、僕に笑いかけてくれるけど、ここで僕がジウさんの方向を向いたら、唇が重なってしまうくらいの距離で、思春期の僕にはとっても刺激が強かった。まぁ、コクーンに固定されていて首が動くことはないのだけれど。


『つ、つまりは、僕のデータがクローニングドリンクの代価になるから、お代は心配しなくていい。僕のデータ自体の悪用はしようがない状態で保存するから、僕にとってデメリットはない。この理解で合ってます?』

「合っているよ、理解が早くて助かるね」

『わかりました、じゃあコクーンを使って僕のデータブック作ってください』

「ようやくだね、待ちくたびれたよ。では、始めるよ」


 ジウはそう言うと、バタンとコクーンの扉を閉めた。スキップする勢いでコクーンの横に設置された巨大な湾曲モニターの前に座り、データ採取の設定を始める。


「これでよしっと!さーって小山葵くん、君のデータは何色かな?」


 喫茶店内でのすまして余裕のある大人びた口調のジウはどこへやら、データをとるこの瞬間、恍惚の表情で画面を見つめる。コクーンの中からはヒィと怯えて声にならない声が聞こえてくる。ジウが設定準備を完了させ、画面に表示されたスタートボタンを押す。その瞬間、コクーンは光に包まれた。


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