1-2 不純喫茶ルカ 君の悩みを聞かせておくれ
店員らしき美少年に強引に店内に引き寄せられてしまったが、この美少年営業トークなのであろうか、僕の返事も聞かずどんどんと話を進めていく。
「初めまして、当方は不純喫茶。いわゆるコーヒーお紅茶軽食等は一流で取り揃えているが、何かとまぁ不純であるからこそ裏メニューも扱っていてね、お客さんに合わせたドリンクを調合することができるんだ、それこそ君の人生を変える運命の1杯になると嬉しいな。さぁさぁさぁ、せっかくだからこちらのカウンターにでも腰掛けてみたまえ。」
『は、はぁ。・・・・・・ありがとうございます』
店内には他に誰もお客はいないようだ。蓄音器から流れるひび割れたボサノヴァのメロディとお湯が湧いているような音だけが空間を包んでいる。美少年に促され3席しかないカウンターの真ん中に腰掛ける。身長が伸びることを見越して調整された肩幅の合っていないの学ランに着られている僕では、椅子から足先がプラプラと降りてしまう。風格ある空間だけになんとも不釣り合いな自分に笑えてくる。そんな僕の気もしれず、美少年店員は話しかけてくる。
「ちょうど今他のお客さんがいない時間帯でね、当方は時間を持て余していたところなんだ。ウェルカムドリンクをサービスするからさ、少し話し相手になってもらえないかな?」
美少年の店員は振る舞いこそ店員そのものだが、風貌は全くと言って喫茶店のそれではない。少しくたびれた白衣を着崩し、袖と襟から黄色いパーカーがはみ出している。動くたびにチラチラと生足が見えるため中にはショートパンツが図れているのだろうか。足元は真っ黒な厚底の編み上げ軍足に包まれている。華奢な骨格には不釣り合いなごつめの格好に白髪のボブと麗しい朱色の瞳がついているのだから、目を逸らすなという方が難しい。
差し出されたのは、透明感のある焦げ茶色の中に氷とシュワシュワした泡がなんとも魅力的な液体の上に、白い不透明な液体が二層に重なったドリンクだった。
『な、なんですか?これは?』
「まぁ飲んでみなよ、見た目通り2種類のドリンクが重なっているんだけど、どちらも美味しいものだからさ」
薬味と爽快な甘さに強炭酸が中毒性のある飲みごたえの後に、まろやかで懐かしい別の優しい甘さが混ざってくる。
『コーラと・・・・・・牛乳・・・・・・ですか?』
「そう!正解!よく分かったね、ミルクコーラと言ってね、田舎の山の中にある大学のカフェで出してるメニューを真似てみたんだけどね、かなり人気の名物メニューらしいんだー。当方には全く理解ができないんだけどね!よかった君は飲める子だったみたいだ。」
『・・・・・・いやまぁ、飲めますけど、不味くはないんで。・・・・・・でも別々の方が嬉しかったというか、なんというか』
「当方もね、そう思うよ!」
ーー何なんだこの人は・・・・・・。自分が美味しいと思えないもの提供するかふつー。
「あっはははは。不服そうな顔をしているね。失礼した。訂正するとね、別に悪気があったわけじゃないんだよ、せっかくなら目新しいものを体験してもらおうと思ってさ。ほら体験は1番の資産価値だと思うから」
『?』
「まあ君は休憩がてらこの不純喫茶に立ち寄ったわけではないんだろう?」
『・・・・!』
「ただただコーヒーを学生が飲みたいなら、表の商店街にあるチェーン店のカフェの方が随分と敷居が低い。わざわざ裏路地まで来て等方を見つけるとはお目が高いが、十中八九捨て看板を見て来店されたね?・・・・・・何かお困りごとでもあるのかい?」
『・・・・・・ん、あ、・・・・・・でも・・・・・・・』
「なに、悩みの内容の大小なんて気にすることはない。話してスッキリすることもあるだろう。・・・・・・まぁ、等方が相談に乗って解決しない問題なんてないのだけれど。」
『・・・・・・・身長が、コンプレックスで・・・・・・』
「なるほど?それは・・・・・・・君より身長の低い当方への侮辱か!?」
『あ!いえ!全然!そう言ったわけではなく!ですね・・・・・・僕、今17歳なんですよ、でも身長が156cmで、もう去年からは1cmも伸びていなくて。運動神経はよくってもこの身長のせいで、部活で全く結果が残せなくて・・・・・・。昔は!運動センスだけで全国トップまで昇りつくことまでできたのに』
「・・・・・・君、名前はなんと言ったっけ?あぁ、まず当方から名乗るべきだね、ここ不純喫茶ルカの店長をしているジウだ。・・・・・・ちなみに君より当方の方がずうっと年上だ。こんな見た目だがね」
ーーやっぱり、年上だったんだ。
『し、失礼しました!ぼ、僕は小山葵と、いいます』
「そう、葵くんね。ーーそれで身長にコンプレックスがある、と。結論から言うとね、伸ばす方法はあるよ。それも劇的にかつ着実に、ね」
『本当ですか!?』
ゴッ。鈍い音が僕の膝から響いた。
「大丈夫かい?落ち着いて、話は逃げないから」
『・・・・・・はい。大丈夫です。すみません、あまりにもびっくりしちゃって』
「そうだよね、そんなうまい話なかなか転がっていないしね。もう少し葵くんの話、聴かせてもらえるかな?どの方法がいいか見定めたいんだ」
『はい、でもジウさん、なんでそんなことしてくれるんですか?』
「・・・・・・まぁ、ミルクコーラでの名誉挽回もしたいしね」
これが本当に実現できたら、これ以上ない幸福な話だ。だいぶ怪しいが話したところで、自分にデメリットはないだろうと思い、僕はジウさんに幼少期の栄光から現在に至るまで、身長が足りなかったおかげでいかに自分が不幸となったか細かに話した。
「だいたい分かったよ、葵くんの遍歴について。」
『じゃあ!』
「そうだね、あとは君の現在の身体能力と遺伝情報についてデータを取れれば十分だ」
『へ?データ?』
「そう、データだ。君の過去、現在、なりたい未来の姿・・・・・・・、これを聞かせていただいたからね、葵くんのポテンシャルと将来の姿に対して現状とのギャップがどの程度あって、なにを埋めてあげる必要があるのか、データを持って示そうじゃないか」
『?ちょっと、よくわからないのですが・・・・・・』
「この不純喫茶ではね、数千万人もの身体能力値、性格、思考力スコア、外見などの情報を遺伝子データーーDNAに紐付けて保管している。そして、そのデータを逆に活用することもできる。つまりだ、DNA情報を解読ーー君の遺伝子情報を解析をしてしまえば、君がどんな身体のポテンシャルを秘めていて、どんな内面の人間なのか分かってしまう」
『・・・・・・!?』
「そしてね、ここからが不純喫茶ルカの裏メニュー、本来の遺伝情報を都合の良い情報に書き換えてしまう。解析した本来の遺伝情報から不要な遺伝情報を削除し、欲しい機能を持った遺伝情報を組み込み発現させる、そんな魔法のようなドリンクーークローニングドリンクを提供している。どうだい?興味はあるかい?」
『そのドリンクを飲めば今の嫌いな自分を捨てて、理想の自分の姿になれる、ということですね?』
「その通り!内面も外見も設計された遺伝子情報に基づいて変更が可能なのさ!」
ーーなんて理想的な魔法なのだろうか。なりたいと思う容姿や性格になれるってことじゃないか。こんなうまい話があるのか?
「デザイナーベビーって聞いたことないかい?」
『遺伝子操作して理想の赤ちゃんを作るって昔倫理問題で取り上げられたやつですか?』
「そう!まさにこのドリンクはそんな感じ。違いは、生まれる前か後かってだけ。後であるからこそ、親の理想ではなく自分自身の理想を求めることができるがね」
『・・・・・・なるほど。あ、遺伝情報を書き換えるって、一回行ってしまうと、後戻りはできないんですか?』
「あぁ、そうだね、もちろん戻ることは可能な場合もある。元の遺伝情報へ書き換え直せばいいだけなのだけど、それが身体的特徴の場合かなり時間がかかったり不可逆な場合もあるから一概には言えないのだけれど。まぁ、お勧めはしないし、君の場合身長を伸ばしたいのだから必要ではないだろう?」
『そう、ですね』
ーーあんまり突飛な話すぎて、段々判断力が鈍ってる気がする。こんなことあるのか?流されそうになっていないか?
葵は眉を八の字に変形させ、ぽかんと口を開けながら無い頭をこれでもかと捻らせていた。
「はっはっはっは。少々非現実すぎて理解が追いついていないようだね。まぁいいさ。よく考えるといい。ちなみにもちろんデメリットもあるし、このドリンクを提供するには対価が必要だ」
『デメリット?』
「うん、うまい話なだけにノーリスクとはいかないよ、まぁ当方の提供だからローリスクではあるんだけれど。」
『・・・・・・』
「遺伝子発現には時間がかかるーー君がクローニングドリンクを飲んでから身長が伸びるまで多少時間がかかってしまうんだ。なぜなら、ドリンクで新たな遺伝情報を体内に取り込んで、それが体内の発現ポイントまでーー君の場合骨や筋繊維になるねーー行き着き、各細胞が生まれ変わるタイミングで新たな遺伝情報に書き換わり、その遺伝情報から新たな遺伝情報に従った命令を下され細胞が次々に変化していく。どうしても時間がかかってしまうんだ、それは個人差もあれば、発現箇所ーー変更させる部分にもよってくる」
『僕の場合、身長を伸ばしたい場合はどのくらい時間がかかりますか?』
「んー、3-4年くらいかなぁ、葵くんの体に新しい遺伝情報が馴染むまでの時間も考えると」
『それじゃあ、高校のインターハイには間に合わないじゃないか・・・・・・!』
「急激に外見を変化させたいのなら、整形手術でも受ければいい。リハビリに時間がかかってもそこまで長くはないだろうし、急激な負荷がかかると良くないにしても、インターハイにだけ身体が持てば十分なのだろうし。・・・・・・でも、君が身長を伸ばすことで欲しい理想の世界はバスケでの勝利ではないんだろう?」
店内は暑くも寒くもないはずなのに、なんとも冷ややかな空気がその一瞬通り過ぎていった。流れきた方向は紛れもなくジウさんからだ。僕は自分の頭で影になった手元を見つめるばかりで、顔をあげることができなくなった。なんとか動く眼球でジウさんの表情を見ようとするが、逆光のせいで口元しかわからない。右端だけ不敵に動いているのだけ確認して、すぐさま目線を手元に戻した。
ーー見透かされている。まだ遺伝情報は渡していないぞ。
「そんなに萎縮しないでくれよ。肩が凝るじゃないか」
『あ、あの・・・・・』
「さっきと違う答えになっていたっていい。筋が通ってなくたっていい。もう一度ゆっくり話そうではないか。そうだ!リラックス効果の高いハーブティーなんてどうだろう?カモミールティーを入れるよ」
『ジウさん、ありがとうございます・・・・・・・』
ジウさんの入れてくれたハーブティーは、僕にとって初めての味だったけれどすっきりとしていてかつ優しい温かみに心を落ち着けることができた。見栄じゃなく本当の僕を知ってもらおう、汚い部分も後ろめたい部分も含めて全部。そして新しい自分に向き合いたい。
『もう一度話を聞いてください。』
自分の天才肌的身体能力に怠けていたこと、ポテンシャル頼りで努力をしてこなかったこと、特にバスケが好きでも今のチームでインターハイ出場したいとも思っていないこと、赤裸々に時々涙ぐみながら話した。自分を振り返るって向き合うってこんなに苦くしょっぱいのか。
「話をしてくれてありがとう。つまりこうだね、葵くんは、過去の栄光に引っ張られて見下されている現状が気にくわない、人からの名声や讃賞の眼差しは欲しい、けどその努力はしたくないしする必要はないと思っているということかな。」
『うっ、・・・・・・・そうです』
「確かに先天的特徴を有利に動かしてきた君にとって、そのアドバンテージがない今を変えるのに、クローニングドリンクはまさに魔法の薬だよね。使い切ったMPが自動回復されるみたいだ」
『えぇ、まさにおっしゃる通りです』
「自分の過去を振り返った今の葵くんならわかると思うけど、いくら身長を伸ばしても志向性を変化させても、君の魂が変わらなきゃまた新しい課題が出てきて対応できず、あぁなんて不幸なんだと思い続けるだろうよ。人生の中で上手くいかないことは、これからもずっともっと訪れる、その時何かと外的要因を理由にして逃げていたら、いつまで経ってもダメな葵くんのままだ。」
ジウは厳しいが現実味のある言葉を投げる。僕は顔面ぐちゃぐちゃになりながらも、ようやくジウさんの顔を見上げることができた。歪んだ視界に映るジウさんは言葉とは裏腹に優しい笑みを浮かべていた。
「どうだい?当方と約束をしては見ないかい?何か困難にぶち当たった時、自分なりに考えて対処する方法を考えると、努力してみると。」
『・・・・・・はい』
ジウからの優しく差し出された右手の小指に僕の右手の小指をそっと絡めた。少し冷たかった。
「よし!そうと決まれば君専用のクローニングドリンクを調合してあげようじゃないか!」
『・・・・・・?え?』
ーーあれ?とんでもな魔法の薬に頼らずに自分磨きをがんばれって叱咤されたんじゃなかったっけ?