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第一曲 Part.5 怨霊痕

 悪夢の道(ナイトメア・ライン)は荒涼とした山道のような所だった。色としては、荒々しい赤茶色の土しかない。木も、水も、見渡す限り存在していなかった。まだ昼間なのか、太陽が出ている。ほのかに照らされる大地は乾いていた。

 不意に後ろでふぉん、と音がした。亜里沙が驚いて振り向くと、先ほど通ってきた穴が空間を捻じ曲げながら閉じようとしていた。見る間に穴は閉じていく。向こう側の世界がこちらの空気に隠され、やがて完全に見えなくなった。

 ふと、限りない寂しさを感じた。もう帰れないのだという実感が沸く。もう少し皆の顔をよく見ておけば良かったと後悔した。

「こちらです」

ラグナが亜里沙を促した。

「急ぎましょう。陽が出ている間は、怨霊(ベンジフール)はあまり活動しないのです」

亜里沙はなんとか頷き、自分から穴があった場所とは反対側へ踏み出した。


 その後しばらくは無言だった。話題も見つからないまま、亜里沙は微妙に居心地の悪い沈黙をどうしようかと話題を探した。だが仮に見つかっても、一歩前を歩くラグナの背中は見えない壁を感じさせ、話しかけるのを躊躇うのだった。

「喉が渇きませんか?」

突然ラグナが振り向き、声をかけた。亜里沙は驚いて心臓が飛び上がるのを感じつつ、平静を保った。

「え、うん、そういえば」

「もうすぐ泉があるんです。そこで一休みしましょう」

「うん」

亜里沙は唾を飲み込んだ。そういえば喉が渇いていた。それになんとなく小腹が空いてもいた。

 少し進むと、泉が見えた。赤茶色から転じて黒い土の窪みが出来ていて、そこに透明な水が溜まっている。どうやって飲むのかと戸惑っていると、先にラグナが進み出て泉の淵に膝を着いて座り、両手で水をすくって飲んだ。ふとこちらを向き、亜里沙に向かって笑いかける。

「飲める時に飲んでおいた方が良いですよ。昼間とはいえ、いつ怨霊(ベンジフール)が出てくるか分かりませんし、ましてや夜の間は何も口に出来ませんから」

「そっか」

亜里沙は空返事をしつつ、ラグナから数歩離れた場所で同じように座り込んだ。恐る恐るといった感じで両手を水に差し入れ、そっとすくう。だが掌に入っていた水は、亜里沙が眺めている間に指の隙間から全て零れ落ちていった。亜里沙は再び水に手を入れ、今度はすくうと同時に顔を寄せて水を飲んだ。3口ほど飲むことが出来た。もう一度亜里沙は水をすくい、少しでも多くの水を飲もうと顔を寄せた。

「亜里沙さん」

口の周りの水を拭っていると、ラグナにいつもの優しげな調子で話しかけられた。最後の一滴をふき取ると、亜里沙は首を回してラグナを見た。

「何?」

「これを。少し早いですが、食料です」

ラグナが差し出したのは、棒状のクッキーだった。カロリーメイトのようなものだ。

「ここからは夜までずっと歩きます。今の内に補給して下さい」

「分かった」

亜里沙は頷くと、ラグナの手からクッキーを受け取り、すぐに食べた。どうやら自分で思っていたよりもお腹が空いていたらしい。クッキーは乾いていたが少しだけ甘みがあって美味しかった。そして今になって亜里沙は、ラグナが黒い斜め掛けの鞄を持ち歩いていたことに気がついた。コートが黒いせいか、ちっとも分からなかったのだ。

 亜里沙があっという間にクッキーを一本食べ終えると、視界の端に新しいクッキーが映った。見ると、ラグナが苦笑いを浮かべながら差し出していた。

「すいません。僕としたことが、亜里沙さんを気遣えなくて。どうぞ心行くまで食べてください」

亜里沙は赤面した。節操も無くバリバリと食べてしまったことに今更気がついたのだ。

「あ、ありがとう・・・」

だがまだお腹が満たされていなかったので、遠慮がちにクッキーを受け取ると、今度はゆっくりと頬張るように一口一口を噛み締めながら食べた。

「不思議ですよね」

隣で同じようにクッキーを頬張りながらラグナが穏やかに言った。

幽霊(ゴースト)になっても、生きていた頃と変わらないんです。お腹は空くし、ぶつければ痛い。でも血は出ないし、3日3晩食べなくても痩せない。感じることは同じでも、見かけは変わらないんです。・・・怨霊痕(ベンジフール・マーク)を除けば、ですが」

怨霊痕(ベンジフール・マーク)?」

怨霊(ベンジフール)に付けられた傷跡のことです。それだけはなぜか、後々まで残るんですよ」

亜里沙は、そっとラグナを見た。だが彼の左隣に座っている亜里沙からは、長い銀色の前髪が邪魔してラグナの表情は見えなかった。

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