第一曲 Part.4 さぁ、行こう
少年―ラグナは、右の掌を見た。すると突然、掌からバーチャルの画面が飛び出してきた。画面は携帯電話のような構造になっていて、上半分は人物の画像、下半分はボタンが並んでいる。亜里沙は驚いて腰が抜けるかと思った。いくら死んでから非現実的なことが現実だと理解しても、やはり驚く時は驚くのである。
ラグナは口をあんぐりと開けている亜里沙は気にせず、ただ画面だけを見ていた。女性の人物画像がラグナに話しかける。
「こちら死神局管理センターです。偽名をどうぞ」
「ラグナです」
「認証いたしました。ご用件をどうぞ」
画面の向こう側の女性は忙しそうに画面の下で手を動かし、キーボードを打っているかのようだった。
「今回の担当である幽霊、佐伯亜里沙を確保。只今より任務を開始します。悪夢の道への接続を要請します」
「了解しました」
プチッとテレビが切れるような音を立てて、ラグナの掌から出ていたバーチャル画面が消えた。ラグナは平然と手を下ろす。その様子を、亜里沙は一部始終ぽかんと口を開けてみていた。
「今の何?」
ラグナは亜里沙の方に首を向けると、少しだけ微笑んで答えた。
「現世でいう、携帯電話のようなものです。昔は実際に携帯電話を使っていたらしいんですが、死神が怨霊との戦闘中に落しやすいということで、掌に端末を埋め込ませるようになりました」
「へ、へぇ・・・」
答えつつも頬がぴくぴくと痙攣していることに亜里沙は気づいた。戦闘中に携帯を落すって、どれだけ激しく戦うんだろう。そう思うと少し怖い。
そんなことを思っていると、ふぉん、と音がした。見るとラグナの横の空間が歪んでいる。歪みはどんどん大きくなり、やがて等身大の黒い穴を生み出した。中には違う空間が広がっているようだ。荒涼とした岩山の景色が薄っすらと見える。
まさかと思いつつも嫌な予感のあまり黙っていると、ラグナが言った。
「ここからは悪夢の道となります」
(やっぱり)
亜里沙は溜息をつきたい気分だった。どう考えても、いかにもおどろおどろしい化け物の類が出てきそうなところだ。
「現世に思い残しはありませんか」
ラグナが思いやりを込めて言った。亜里沙は慌てて自分の葬式会場を見渡し、家族と友達の顔を特にしっかりと目に刻みこんでからラグナに向き合った。
「うん。・・・たぶん」
「では参りましょう」
ラグナが促すように言い、先に穴に足を踏み入れた。跨ぐようにして両足ともがあちら側の土を踏むと、ラグナはこちらを振り向き、尻込みしていた亜里沙に手を差し伸べた。亜里沙は更に戸惑った。
「大丈夫です」
ラグナはそんな亜里沙に笑いかけた。その笑みは優しげで、でもどこか寂しさを感じさせるものだったから、亜里沙は思わず見つめてしまった。
「必ず僕が守ります。さぁ」
亜里沙は渋々といった感じで手を伸ばした。が、後数センチというところでその手は行く先を見失ったかのように止まった。その距離をラグナは身を少し乗り出して手を更に伸ばし、一気に縮めて亜里沙の手を掴み、引っ張った。