第一曲 Part.1 分かってるよ、お葬式でしょ
低い念仏を唱える声がする。誰もが頭を垂れ、黒い旋毛をこちらに向けている。
自分と全く同じ顔をした死体を入れた棺に座っていた少女は、どこか不服そうな顔をしていた。
どうしても気になってしまうのは、やはり父と母の頭だった。旋毛のところがどことなく禿げていて、老けを感じさせる。今まで気にしたことも無かったから、なんとなく切なくなった。
(それにしても)
少女は改めてぐるりと首を回し、会場を見た。
(こんなに大勢来るとは思わなかったなぁ)
たった一人、自分の葬式のためだけに。夏休みが終わったばかり、この改めて気を引き締め、受験に向かって行かなければならない大切な時期に、受験生である同学年の友人達が来ていたのは意外だった。だが、嬉しくもあった。大切に思われていたんだと実感することが出来たから。
(私、もっと生きたかった)
こんなに周りに受け入れられ、大切に思われていたと分かっていたなら、あの時車が勢いよくやって来たときも、馬力で避けることが出来たかも知れない。喧嘩別れになってしまったあの子とも、仲直りしておけば良かった。恋の悩みを打ち明けたら裏切られてクラス中に真実を暴露したあの子も、今なら許せる気がする。
だがもう、どうしようも出来ない。自分は死んだんだ。少女は、何度目か分からないため息をついた。この葬式に来ている誰一人として、棺の蓋に腰掛けている自分に会釈してくれない。見えないのだ、魂だけとなってしまった、幽霊のような今の自分が。死んでから初めて自分がどんな存在だったのかを知り、幸せに浸ると同時にどうしようもない死という境界線に絶望していた少女は、気づけば涙を零していた。
だが、恥ずかしくも何ともなかった。どうせ誰も気づきやしないんだ。何をしようと自由。人目を気にせずにいられるって、なんて幸せなんだろう。それだけは、死んでよかったと思える点だった。
少女が派手に鼻をすすり、制服の袖で乱暴に目頭に溢れる涙を拭った時だった。
「佐伯亜里沙さん、ですね」
左の後ろの方から、突然声がした。それは確かに自分の名前だったから、少女はひどく驚いた。今の自分の姿は、誰にも見えないはずなのに。もしかして霊感を持っている人がいるのだろうか。それとも同族の幽霊だろうか。聞き覚えの無い声なのに、友達や家族だったらと期待して、少女は恐る恐る振り向いた。
第一印象は、幼い少年だった。おそらく年下だろう。珍しい銀色の髪は少年の左目を隠しているが、右目は白人のそれよりも純粋に蒼い。黒いトレンチコートのせいで、ただでさえ目立つのにそれらが余計に映えて見える。その上に陶磁のような白い肌だ。人を通り越して人形か何か、作り物の類に見えてくる。
「あなた、誰?」
見知らぬ人に対する言葉としては当然の言葉を少女は言った。少年は純粋な問いに対し柔らかな笑みを返しつつ、見知らぬ人に対する自己紹介の言葉としては有り得ない言葉を言った。
「死神です」