27話:リクルート事件と鹿児島旅行
この話を翌朝、証券会社の担当者に電話して、ロームを安い株価で買いたいので情報を送って欲しいと依頼しておいた。その後、140平米の木造2階建ての4LDKの家を3千万円で建て、その結果、雨宮ほたるの資産が、5千万円となった。
やがて、1987年が終わり1988年を迎えた。この頃、バブル期に入り、ディスコが、流行していた。そんな1988年1月5日、六本木のディスコ「トゥーリア」店内で、重量2トンの照明が落下し死者3名、負傷者14名という大きな事故が起こった。
ちなみに、ディスコでは、NOVA21グループが日本全国に高級ディスコを展開していた。あの伝説のディスコ、マハラジャの麻布十番店には、有名人も含め多くの派手な衣装の若者達が集うようになった。それが、一種の社会現象とまで言われるようになった。
同じ時期、日産自動車が「日産・セドリックシーマ/グロリアシーマ」を発売。バブル経済を背景に爆発的なヒットとなり、シーマ現象と呼ばれる社会現象を巻き起こした。
2月10日、エニックスがファミコン用ソフト『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』「ドラクエIII」を発売。発売日にはゲームショップに長蛇の列ができ、社会現象となる。
3月13日、本州と北海道を海底トンネルで結んだ青函トンネルが開通。青函連絡船が、運航終了した。船から列車の時代となった。6月、三共「現在の第一三共」から栄養ドリンク・リゲインを発売。
「この時、24時間戦えますかのキャッチコピーで話題になった」バブル期に、激務をこなすサラリーマンを鼓舞するかのように、テレビコマーシャルや会社内で、この言葉が、飛び交った。
7月6日、江副浩正リクルート会長が、未公開株の株式を政治家を中心に賄賂のように渡した、リクルート事件が、明るみ出て、その責任を取り、辞任した。この事件は、当時の大きな政治スキャンダル問題に発展した。
9月19日、前年1987年に消化器官手術を受けられた昭和天皇が吐血重篤となる。それ以降、日本各地で、天皇の健康に配慮し祭事やイベントの中止・自粛が、相次いだ。
11月14日、青梅信用金庫の女子職員が、オンラインを悪用して、愛人の元暴力団組員の男の口座に9億7千万円を不正入金したことが発覚、女子職員を横領容疑で逮捕した。
12月9日、宮澤喜一蔵相が、江副浩正リクルート会長からリクルート未公開株の贈与疑惑で辞任。12月14日には、真藤恒NTT会長が同様の責任で辞任した。
こうして1989年を迎えた、1月7日、昭和天皇が崩御し、皇太子明仁親王が第125代天皇に即位。この皇位の継承に伴い、元号法に基づき元号を改める政令「昭和64年政令第1号」が公布され、新元号を『平成』と決定した。
小渕恵三内閣官房長官が記者会見で発表。昭和最後の日となり昭和64年は、昭和元年「12月25日~31日)と並び7日間のみとなった。テレビ各局「NHK教育テレビと放送大学を除く」は、放送中止となった。
1月7日の崩御発表から9日未明まで通常の番組を全て休止して昭和天皇の追悼特別番組・「民放はコマーシャルなし」に差し替えた。こうして1月8日平成となった。
2月4日から、 金融機関「銀行・郵便局など」の週休2日制が、開始された。また、リクルート未公開株譲渡問題で、多くの政治家、上級公務員が、賄賂「わいろ」としてもらったとして辞任が、相継いた。
その後も、リクルート事件でNTT初代会長の真藤恒、高石邦男元文部事務次官が、逮捕された。竹下登首相がリクルート社から総額1億5100万円の資金提供を受けていたことを、この日行われた衆議院予算委員会で明らかにし後日辞任した。
2月24日、早朝、自宅を出て、羽田から鹿児島空港へ10時に到着、高速バスで、鹿児島市内に入った。そして、天文館どおりのレストランで昼食を食べた。そして、バスを乗り継ぎ、桜島フェリーで20分かけ、13時過ぎ、桜島に到着した。
そこから定期観光バスで、湯之平展望所や黒神埋没鳥居などをんめぐって、17時前に終了した。そうして18時、天文館からタクシーで、予約した城山観光ホテルに向かった。このホテルは、標高、約100メートルの高台・城山に建ち、鹿児島のシンボル桜島と錦江湾を一望できた。




