クサのツカサ(短編版)
とびらの様主催『あらすじだけ企画』参加作品。
結木碧生は中学二年生の十四歳。小一から始めた書道に、今も真剣に取り組んでいる。
碧生をずっと指導してきた野崎銀雪先生も、碧生の才能に注目している。更なる飛躍の為、彼女は碧生に、書道結社主催の展覧会へ特別枠で出品する事を勧める。
出品を決意した碧生は指導を受ける為、教室の一般の部へも通うことに。
そこで銀雪の古くからの知人・波多野恵月の養子である少年と知り合う。
中学入学と同時に養父から『南風』という雅号をもらったその少年は、碧生を激しく意識し、初対面からつっかかってくる。
しかし碧生の書く緊張感ある端正な字を見、南風は絶句。碧生を己と同格のライバルと認める。
碧生も南風の書いたものを見、かつて自分を打ちのめした、大胆で奔放な作品を書いた作者が彼であることに気付く。
碧生は行儀良すぎる字という殻、南風は奔放が悪い癖へ流れるという問題を抱えている。
二人の少年は互いを意識しつつ切磋琢磨し、徐々に仲良くなってゆく。
そんなある日、碧生は自宅の軒先で小指の先ほどの可愛らしいアマガエルを見かける。
そのカエルに突然『マツリの季節じゃ、ツカサの若葉。来よ』と言われ、碧生は硬直する。
以来、猫や雀に話しかけられたり囃し立てられたり等、おかしなことが起こり始める。
同じ頃、南風にも同様のおかしなことが起こっていた。
南風の養父・恵月から、その怪異は『おもとの泉』に選ばれた『おもとの守』(泉を守る者)の候補者に起こることだと聞かされる。
二人が書道教室で知り合った地元の名士・野崎氏の屋敷の敷地にその泉はあり、代々の当主がそこを管理しているとも。
碧生と南風は野崎邸を訪ね、事情を話す。
野崎氏は驚きながらも喜び、『おもとの守』についてあれこれ説明してくれた。
『おもとの泉』は神にもたらされた泉。
『おみず神事』と呼ばれている神事を恙なく終えられれば、候補者は正式に神(水神)から『おもとの守』として認められる。
おもとの守と候補者は、神事で『生と死のはざま』と呼ばれているこの世ならぬ場所へと魂を飛ばし、神と対峙して神意を聴くことができる。
場合によっては死ぬこともある厳しい神事と聞かされ、二人は慄く。
だが仮にそれが嫌で辞退しても、『守』候補者であることは打ち消されないので、よその土地へ逃げても怪異にまとわりつかれる暮らしが待っている、とも。
否応なく厄介事に巻き込まれ、腹を立てながらも少年たちは覚悟を決め、神事へ臨む。
神事には『おもとの守』の全員が立ち会う。
野崎氏や恵月だけでなく、銀雪、大楠氏、銀雪の縁者の娘……つまり書道教室の一般の部の、生徒とその関係者は皆『おもとの守』だった。
まず南風から神事が行われた。
神事のさなか硬直し、あらぬ遠くを見つめる南風。すぐ我に返るが、泣き笑いのような表情で彼は『そういうことか』と呟いた。
彼の心には恵月に養われている負い目が自覚以上にあって、それが、初日の碧生へ必要以上につっかかるなど、彼の情緒不安定の原因となっていたらしい。
息子を案じ声をかける養父へ南風は、自分はあなたの息子でいていいのかと妙に大人びた顔で尋ねる。
当然だ、と叱りつけるように答える恵月。
ようやく南風はいつもの調子に戻り、笑った。
次は碧生。
碧生は『ツカサの若葉』……おもとの守の長である『ツカサ』の候補者。近年稀な高い潜在能力を持つ者らしい。
自分にそんな力があると思えない碧生は慄きながらも神事を行い、『生と死のはざま』へと向かう。
自分が不思議な場所に立っているのに、碧生は気付く。
輝く白い大地。深く青い空。他には何もない。
孤独なその場所で、碧生は否応なく己と向き合う。
自分の書く字がいい子ちゃんの域を出ないのは、そんな生き方をしているからだ。
本音を隠し、取り繕うことばかりうまくなり……その結果つまらない字しか書けなくなったのだ、と。
『いい字が書けるようにしてやろうか?』
なぶるような声。
ハッとそちらを向くと、片角を欠いた大鹿がいた。
それが碧生にとっての神の姿。
神の姿は人によって見え方が違うと事前に聞かされていたが、神との対峙とは要するに己との対峙なのだ、と、碧生はその時、直感的に覚る。
誘惑に心乱れるが、誰かに与えられた力では意味がない、と、きっぱり断る。
碧生の心ばえに神は満足し、『お前はツカサだ』と言い残して消える。
神事を終えた碧生は『おもとの守』のツカサとなり、『おもとの泉』という不思議を守る者となった。
『生と死のはざま』で神と対峙した気分を思い起こしながら、彼は展覧会の作品を仕上げる。
その作品は『抜き身の刀のごとし』と絶賛された。
銀雪は祝いにと、碧生へ雅号を授けてくれた。
結木『草仁』
儚い草に対しても仁の心で接する者――ツカサとしても書家としても――であれかし、と。