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098 断片の激痛

 オウロムで3日、これからの行動について話し合い、私はナロッゾまで戻って来た。

 理由は、請け負った依頼の報酬を受け取れるのが、受注した場所でないとダメということだったから。

 というのもあるけど、1番の目的は勿論お風呂。


 亜人中心のあの街には、お風呂どころか水浴びをするという習慣が無かったのだ。

 脅威の自分で舐めて綺麗にするという趣向。

 そういった風習の亜人だけではなかったけど、それは少数派だったために水を浴びられるような場所は存在しない。

 私は我慢できずに拠点をナロッゾへと移したのだ。

 本当はディオールとヴォルドールに送った使者の結果を聞くまでいるはずだったのだが、無理ですごめんなさい。


 さて、ギルドに着いたし、とりあえず前回の護衛依頼の報酬だけでも貰っておこう。

 ここはオウロムほど傭兵は多くないし、けっこう()()きだ。


「あの~……すみません」


「はいはい、ちょっとおまちくださー……あっ!」


 私は咄嗟に、受付のお姉さんの口を片手で抑える。

 ちょっと自意識過剰かもしれないが、無用な混乱に巻き込まれたくない。


「ふいあへん! はいおうふへふ!」


 大丈夫らしいから手を離す。

 あ、この人はちょっとあか抜けない可愛らしい印象の人。

 私のステータス鑑定をしてくれた人だ。


「お、お待ちしておりました! ローズクラウンに対する入団希望がたっくさん来ていますよ!」


 ドサっと目の前に大量の紙の束が置かれた。

 うへぇ……。


「その他にも、傘下に加わりたいという傭兵団からいくつも打診が来ています!」


「えーと、それは全部捨てておいてください……」


 バルバロイさんの話では、薔薇の王冠(ローズ・クラウン)の大々的な宣伝をこれからも続けていくらしい。

 だが、団員を増やすのは待ってくれということだった。

 理由としては、誰が敵かが分からないということ。

 傭兵という性質上、誰だろうと入り込むことが出来る。

 そのリスクを排除すると共に、私自身が動きやすいよう単独でいてくれたほうが都合がいいということだ。


 私が絶対に大丈夫だと、そう判断できる人間なら問題ないと言っていたけど、そんなのふたりしかいない。

 新しく信用できる人間を、自分から作る気にもならない。


 だから、今しばらくはこのままでいい。


「捨てちゃうんですか? 勿体ない……。ターミナルとかヴィクセンとか、けっこう大御所もいるんですけど……」


「はは、今はまだ大丈夫です……。それでその、以前の護衛依頼の件なんですけど」


「あーはいはい! あの依頼ですね! えーとですね。依頼内容は1週間の護衛任務でしたのが、3日ほどで撤退して来てしまっておりますので、本依頼は失敗となります!」


「……え?」


 え?

 だってそれは……カラードの傭兵さんが。


「ですから、失敗となります! 報酬も当然、出ないですね!」


 え~~~~~~?





 ◆





「くそうっ!」


「ま、まぁそう落ち込むなローズ。代わりに特別討伐報酬とかいうのが貰えたじゃないか……」


「お金の問題じゃないのだよクラウン君!」


 そう、お金の問題ではない。

 護衛依頼、またしても失敗。いまだ成功率0パーセント。

 何故だ……。守るなってこと? とにかく攻めて行けっていう暗示か何か?

 

「こうなったら……!」


 それから私は、バルバロイさんからの直接の依頼があるまで護衛と名の付く依頼を片っ端から受けた。

 といっても3つだけ。

 ヴァンピールを倒した功績でクラスBになった薔薇の王冠(ローズ・クラウン)は、初任務を失敗したという実績でクラスCに落ち、そこそこの護衛依頼しか受けられなかったからだ。

 内容は、村の護衛、新規魔術道具の盗難防止警護、薬草採取帰還までの護衛。

 全て大したことはない。余裕すぎる仕事だ。


 そして結果!


 村の護衛は、任せろと息巻いたクラウンが戦闘により民家を破壊。

 魔術道具の警護は、魔力でその形態を維持し常に術者の傍らに浮いて自動サポートするという画期的なっ魔術具だったが、魔力の無い私が触れてみたところ自壊。

 薬草採取の護衛は、目当ての薬草が見つからないという理由で連日連夜引っ張り出され、バルバロイさんの使いがやってきたことでタイムオーバー。


 つまりだ、全部失敗しました!


「くそうっ!」


「ま、まぁそう落ち込むなローズ。代わりに特殊任務手当ってことで前払い報酬が貰えたじゃないか……」


「ひとつクラウンのせいで失敗してるんだからね!?」


 ほとほと護衛依頼は相性が悪い。

 というか運もない。

 それに薬草採取は酷くない?

 達成条件が確かに目的の薬草採取完了とその護衛だったけどさ。

 期限は決めておこうよ……。

 ちゃんと確認しなかった私も私だけどさぁ……。そこはさぁ。ほらぁ、ねぇ?


 結局、依頼達成率は護衛に限らず0パーセント。

 兵団クラスもEまで落ちました。ははは。はぁ。


「着きました、ローズ様。ここからは察知される危険性があるので、おひとりでの潜入となります。こちらをどうぞ」


 荒野に溶け込めるような薄茶色な大きいマントを渡される。

 

 ここはベテルギウスとカタディアン、更にはその横のフラウフォーファーという国の3国の境界線にある場所の少し手前。

 緑あふれる草原を馬車で抜け、進んでいけば行くほどに大地が荒れた姿を晒し始める場所。

 ええい、イメージしづらい。

 とにかくベテルギウスの端っこだ。そこにいるのです。


「それとこれを……」


 ここまで案内してくれたリタという名のリザードマンの女性が、肩当のような防具を渡してきた。

 今更防具など必要だろうか?


「ウオオオオオ! ローズ! やったな! 俺の注文通りだぞ!」


 クラウンが突然テンションを上げて喋り出した。

 なになになんなの?


 左肩だけを守るタイプのちょっとお洒落な防具。

 くるっと回してその鉄板部分をよく見ると、彫り物がされている。 

 縦に少し長い王冠、それに2輪の薔薇が巻き付いて咲いている紋章。

 あ、エンブレムか。


「クラウン様ご要望のエンブレムデザインを施した、ミルノードプロデュースの左肩用の肩当防具になります。ジェガン鉱石という特殊な鋼材を研磨して作られておりますので、非常に軽く非情に頑丈です。ミスリルすらも凌駕する性能になっているはずですので、ご満足頂けるかと思います」


「おおお! リタ殿! 素晴らしい仕事である! 我も大変満足であるぞ!」


「ありがとうございます」


 さっきは俺って言ったり、今は我って言ったり。

 クラウンがテンションの高さで自分を見失っている。

 

 多分広告塔みたいにするのが目的なんだろうけど、まぁ貰えるものは貰っておく。

 高級品っぽいし、限定品っぽいし、私だけの装備っぽいし。

 ええ、嫌いじゃないです。


「有り難く頂戴します」


「はい、ではどうかお気をつけて」


 会釈を交わし合い、リタさんが戻っていくのを見届け、肩当を装備してから私は足を踏み出した。


 バルバロイさんからの依頼内容はこうだ。

 カタディアンとフラウフォーファーの国境(くにざかい)にラベンド鉱石という魔力を大量に含んだ鉱石が取れる鉱山があるらしい。

 そのままでは魔力の抽出が不可能なため、魔石ではなく鉱石と呼ばれるそうだ。

 んでそこに、カタディアンの傭兵たちがこぞって集結しなにやらしているとの情報を掴んだ。


 カタディアンには転移魔術を実行できる施設が存在し、どれだけの物量を送れるかは供給される魔力量に比例する。

 もし、そのラベンド鉱石の大量採掘に力を入れているのならば、転移魔術という手段が強化され、カタディアンの奇襲作戦はどこにでも展開可能になるかもしれないとのこと。

 どこまでが可能なのかは不明だが、極論ナロッゾなどの都市部に突然奇襲部隊が現れたっておかしくない。

 傭兵を送り込まなくても、どこかで捕まえた魔獣を送り込むだけでもいい。


 そしてそれは、ついこの間ヴァンピールと元軍大将を迎撃したベテルギウスに向けられる可能性が高い。

 要は報復が怖いから先にそれを阻止したい。でも本当にそれが可能か分からない。じゃあ調べよう。という流れだ。

 それこそ諜報部隊じゃダメなの?

 と思ったが、鉱山では常時人が動いていて見つかる可能性が高く、いざという時に突破できるであろう私に出番が回って来たのだ。


 で、実際には何をするのかというと、ラベンド鉱石をひとつ以上持ち帰ればクリア。

 その鉱石は他国に渡ることがなく、カタディアンだけが独占している状態だそうだ。

 ひとつでどれくらいの魔力量になるのかが分かれば、その採掘量で大量転移が可能かどうかも判断できるというもの。

 人ひとり転移させるのに必要な魔力量は判明しているんだそうだ。


 危険性があるなら潰してしまえば? と言ったが、その鉱石が軍事利用されないものであれば、国の生活向上などに使われる鉱石に当たるだろうと、バルバロイさんは言っていた。

 もしそうなら、むやみに攻撃を加えるのは侵略行為に当たる。それはしないと約束している。

 疑わしきは罰せよで動いていたらキリがない。

 確かにその通りだ。


 なので出来る限り隠密行動で済ませる必要があった。

 バレるとベテルギウスの侵略行為と取られかねないからね。


「これってスニーキングミッションってやつだよね……!」


「……ん? なんだって?」


 クラウンはさっきからずっと肩当のエンブレムを見ている。

 よほどお気に入りらしい。


「そんなに気に入ったのなら、クラウンも何か作ってもらえばよかったじゃん」


「……な……に……?」


 驚愕! 盲点!

 みたいな顔をするクラウン。なんて表情豊かな鳥なんだ。

 でも君、私の影に入ったら装備品全部落ちるけどね。


 さて、このままチンタラ歩いてると日が暮れてしまう。

 目的の鉱山も見えてないし、少し急ごう。


 薄茶色のマントを頭から羽織り、私は力を込めて大地を駆け出した。

 風を切って走る中、クラウンは肩当から離れない。

 ニヤニヤとずっと眺めているようだった。


 鳥用の装備品でも考えてんのかな……。





 ◆





 30分ほど走っただろうか。

 周りにはもう草木が何もない。ディオールの荒野を思い出す光景だ。

 そして少し先の方、100メートルくらい先かな。鉱山の入口が見える。そこには沢山の鉱夫がいた。

 それに混じってチラホラと傭兵っぽい姿も確認できる。


「クラウン、入口があれだけなのか上空から確認できる?」


「分かった」


 影から飛び出し、遥か上空へとクラウンは姿を消す。

 そこから10分ほどして戻って来た。


「あれだけだな。他にそれらしい場所は見当たらない」


「そっか、それじゃあ潜り込もうにも人がいなくなるのを待たないといけないね」


「というかお前、ラベンド鉱石なんて見分けられるのか?」


「……え?」




 ――夜。


 もう星が輝き始めて数時間の空。

 鉱山では魔石による灯りを頼りに、今も採掘作業が継続されている。


「い、いつまで働いてるのあの人たち……!」


「いやよく見ろ、あれ全部亜人じゃないか?」


 ほ、本当だ。昼間は日除けのためか帽子みたいなのを被ってたから分からなかったけど、何もつけていない今は頭部に獣の耳があるのが見える。

 しかもよく見れば全員首輪を付けていた。


「あれは奴隷だな……」


 奴隷、嫌な文化だ。

 

「どうするローズ、この分だとあそこから人がいなくなることはないぞ」


「……待って、ちょっと考えるから」


 どうしようか、昼間よりは潜入しやすいだろうけど、常時誰かいるんじゃ絶対見つかる。

 見つかってしまえば戦闘は避けられないだろう。まぁ傭兵とかの姿はもうないから、見つかっても大した障害にはならないかもだけど……。

 ん? 傭兵?

 奴隷だけ?


 ……。








「やーやー! 頑張っているかい!」


 懸命に働く奴隷たち。

 そこに私は堂々と現れ、あまつさえ労いの声を掛けていく。


「どお? 体大丈夫? 疲れたら言ってね?」


 私の姿にビクつきながらも、軽い会釈をしてくる奴隷さんたち。

 よっしゃ! バレてないぞ!

 

 そうです! 堂々としてればバレないんじゃないでしょうか作戦!

 今は他に傭兵もいないし、奴隷さんは主人の命令が無ければ抵抗も暴力を振ることも出来ない。はず!

 ならばと、決行してみたこの作戦。

 大成功です!


 最初こそザワついていたが、少ししてすぐ仕事に戻る奴隷さんたち。

 うんうん。帰りは奴隷さんたちの首輪全部外して帰ったろかな。


 そんなことを思いながら、私は鉱山の中へと足を踏み入れる。

 中は薄暗いが、発光する魔石が何個も連なり奥まで続いているおかげで視界は確保できる。

 そして等間隔に並んだ奴隷さんたちは皆横に向かって掘削作業をしていた。


 どうやら奥を掘り進むのではなく、横に穴を拡張する形で採掘をしているようだ。

 これなら確かに、同時採掘量も上がるだろう。

 黙々と作業をこなす彼らの横を、堂々と歩きぬける私。

 

 さて、問題はラベンド鉱石がどれかだ。

 今のところ採れている石は全部真っ黒いものばかり。量がすごいあるからきっとこれではない。

 青いのもチラホラたまに見えるけど、それでもまぁそれなりに数があるからきっと違うよね?


 はいそうなのです。私には見分けがつかないのです。

 だって特徴について何も聞いてないし、何も言われなかったし。

 すぐ分かるんだと思ったんだもの。


 あ、そうだ。

 聞けばいいじゃん。


「あーあの、ラベンド鉱石ってどれですか?」


「え、わ、私ですか……?」


 猫耳を生やしたオジサンが、脅えながら私に言葉を返してきた。


「そうです。あなたです」


 ここは堂々としなければ、そして偉そうに振舞うべし!


「ラ、ラベンド鉱石というのは聞いた事もありません……。そもそも私たちはただただここを掘り進めろと言われているだけですので、鉱石の種類に関しては誰も……」


 それもそうか。

 わざわざそんな知識を与える必要はないものね。


「んー。そうでしたか。ありがとうございます」


 頑張って。の意味を込めて肩を叩こうとしたら、


「ヒッ! ヒィイ! お、お許しください! どうか!」


 メッチャ脅えて土下座し始めた。

 あ、やば。そんなつもりはないのに。


「どうか! どうか! あれの餌にするのだけは! どうか!」


 脅えて体を震わせている彼を一瞥もせず、周りの奴隷さんたちは黙々と作業を続けている。

 あれってなんだろ。


「あ、あー……あれって、なんですか?」







 私は奥へ奥へと、速度を上げて鉱山深部へとどんどん入り込んでいた。

 奴隷さんたちから入手した情報では、この鉱山の深部には特殊な鉱石を生み出す魔獣が住み着いているのだそうだ。

 淡い緑色をした綺麗な鉱石らしいが、恐らくそれがラベンド鉱石だろう。

 その魔獣は、あるものを食べる事で鉱石を生み出す。


 そのあるものとは、亜人のことだ。


 ここで掘削に従事させられている亜人の奴隷たちは、使えなくなったり、不評を買ったりするとその餌に回される。

 魔獣が活動を始める夜になる前に、岩に括りつけられ首輪を外されるらしい。


 首輪は再利用のためだろう。そして逃げられないように……。

 とんでもない鉱山だった。

 何が国の生活向上だ。命を犠牲にして得る利便性など反吐がでる。


「な、なに……?」


 進んでいくと、倒れこんでいる奴隷が目に映る。そこから先の奴隷たちも、全員が倒れていた。


「ローズ! 毒だ! 緑色の瘴気が見えるか! 猛毒の霧だ! 吸い込んだらそれまでだぞ!」


 クラウンが大声で叫んだ。

 その声は鉱山内で響き渡り、黙々と作業をしていた奴隷たちがそれに気づき逃げ出していく。

 だけど私は構わず突き進んだ。


「お、おい!」


「クラウンは影から出ちゃだめだよ」


 私は大丈夫。吸い込んだ毒素は即霊装化で体から排出される。

 体が吸収する前に出せば影響はないし、仮に多少吸収したところで、それを狙って消すことができる。

 どれだけの猛毒だろうと即死でなければ私には意味が無い。

 そして吸い込んでコンマ何秒の間も無く死ぬ毒など存在しない。

 あ、でも腐食系はダメです。無理です。


 それにしても、随分と深い。

 かなり進んだと思ったのに……まだ先が長く見える。

 いったいどれだけ掘り進んでいるんだこの穴は。


 長い長いと思っていたが、実際は5分くらいしか経ってなかったと思う。

 私は最深部と思われる広い空間まで到達した。

 それ以上先に続く穴は見当たらない。そしてこの場所が1番緑色の霧が濃い。

 中央のくぼみには何か丸い、変に煌びやかなものがある。

 

 その上には、ひとりの人間が立っていた。


「んあれ、誰だい~?」

「お前の知り合いか?」

「いやぁ俺は知らないよ」


 頭が……3つある!?

 なにこの人、口から何か吐き出してる。まさか、この人が毒霧を吐き出してるの?


「お嬢さんなんで毒で死なないんだ?」

「吸い込んでないんじゃねぇか?」

「いやあ違うでしょ、毒が効かないんだよきっと」


 それぞれの頭が個別に喋ってる。全部同じ顔で気持ち悪い。

 長い前髪を左右に分けている。頭がそれぞれ近くにあるから髪が切れないんだろうか。

 いやいや、そんなことはどうでもいい。


 私は素直に訪ねてみた。


「そこで何をしてるんですか?」


「ん~? 魔力がいっぱいある鉱石ってのをね。盗りに来たんだおじさんは」

「そうなんだよね、この虫の腹の中にねぇ沢山入っててね~」

「それを1度に持って行こうと思ってたらけっこうすごい量でよぉ」


 同じ声の別人に同時に話しかけられているみたいでゾワゾワする。

 いや実際そんな感じだけども。


「んで~、お嬢さんは誰だい? この国の冒険者?」

「今はもう傭兵だね~。冒険者はいなくなったね~」

「でもなんか既視感ないかぁ?」

「あ~分かるわ~。ぽいもんなぁ」


 は、話かけるタイミングがない!


「「「 ねぇお嬢さん。もしかして、イズミ・サクライだったりする? 」」」


「――!?」


 突然目の前に現れ、覗き込んでくる3つの顔。

 そこから発せられた『戦場荒し』の名。

 私は思わずその顔を斬りつけたが、感触が一切なかった。


「酷くない? いきなり斬るとか」

「いや~俺はないと思うな~」

「おじさんがいきなり顔近づけたら、そりゃあ斬られるだろ」

「いやいや、ないでしょ。いくらなんでもいきなり斬るのは人としてどおよ?」

「だって気持ち悪いぜ? 俺ら」

「ああ、それもそうだな」


「「「 アッハッハッハッハ 」」」


 なんだこいつ。

 確実に斬ったと思ったのに、躱された……?

 最初の位置から動いてない?

 というかなんで談笑してるんだろ……。


「あーごめんねお嬢さん、もう近づかないから答えて欲しいな。イズミ・サクライだろ?」

「それともイズミ・サクライかい?」

「もしくはイズミ・サクライかな?」


 選択肢1個しかないじゃん!


「人の名前を聞く前に! 自分から名乗ったらどうですか!」


 答えてはくれないだろうけど、至極真っ当な意見を言うくらいしかコミュケーションの取り方が分からない。

 今まで会った事のない、自分ひとりで会話して完結しちゃうタイプの人だ。


「ああ、それもそうだね」

「俺が名乗っていい?」

「いや俺に名乗らせろよ」

「待て待て、ここは俺だろ」

「じゃあこうしよう……――」


 あ、答えてくれるんだ……なんだろ。調子狂うな。

 喧嘩してるのかなあれ。


「――……いいか? せーのでいくぞ? せー……のっ」


「「「 おお俺れれはははギギギルルルバババ………… 」」」


 ……。

 

「……」

「……」

「……」


 え、どうすんのこの空気。

 私はどう反応したらいいの。


「「「 ツィツィオツィカオカオカ 」」」


 押し通すな! そのまま続けて言うな!

 しかも一回止まったから更にグダグダじゃん!


「やめて! ひとりでいい! ひとりが代表で喋ってください! 何言ってるのか分かりません!」


 なんで私がダメ出しを……!


「おい、怒られたぞ」

「最近の若い娘は怖いねぇ……」

「俺ら頑張ったのにな」


 全然話が進まない、もう戦場荒しであることを肯定して無理矢理進めてしまおう。

 

「そうです! 私がイズミ・サクライですよ!」


 私がそう叫ぶと、3つの顔はこちらを睨みつけてきた。


「「「 じゃあ殺さないとねぇ 」」」


 突如伸びてきた腕が、私の喉に掴みかかって来る。

 でもちゃんと見えてる。私はその腕を斬り落とすように剣を振った。


 しかしなんの感触もない。


 次の瞬間、視界外から頬を殴られる。

 気配なんて何もしなかったのに。


「うぐ……ッ!」


 踏ん張って倒れ込むのを拒否。

 一瞬ブレた視界が戻った時、男の姿は正面になかった。


 気配が上からする。

 何かが近づいてくる気配も。

 

 私はその気配に向けて剣を振る。

 だけど何の感触もなく、そのまま何かに背中を殴り飛ばされた。


「なん……ッ!」


 ど、どこに行った……!

 姿が見えない。どれだけ見渡しても、どこにもいない。

 でも攻撃は飛んでくる。拳による攻撃だからか、それほどダメージはないけど正直うざったい。

 それになんか変だ。見えてた攻撃を迎撃しても何もない。

 何か、感覚を狂わせられている?


「頑丈過ぎない?」

「だってオルタナに勝ったんでしょ?」

「いやでも5割解放のオルタナだろ? それならケランよりも弱いぞ」

「ケランだって弱くはないだろ」


 フロア中から声が反響して聞こえてくる。

 いや、移動しながら喋ってるんだけだ。

 オルタナに、ケランという名前を口にした。こいつ黒寂の……!


 私は防戦一方だった。

 姿の見えない相手を攻撃しようがなく、防御も迎撃も、全て出鱈目な気配が向かってくるせいで捉えられない。

 規則性も無ければ統一性もない。防ぎきれない。


 どうしよう、私が目で追えないなんて……。 

 

「ローズ、俺に任せろ。原因はこの霧だ」


 クラウンはそれを言い終えると、影から飛び出し口から爆炎を発生させた。


「……!?」

「……!?」

「……!?」


 炎は毒の霧を消し去り、緑掛かった視界を正常なものに戻してくれた。

 更には、中心の窪みで丸くなっていた虫? のような魔獣を燃やし、フロア内をより明るくしてくれる。


「ゲハ……ッ! 少し、吸い込んだな……後は任せたぞローズ……あの毒霧が無ければあの男の幻覚作用も使えないだろう……」


 クラウンの言葉から、霧を利用した闘方であることが推測できる。

 私が狂っていたわけではないようだ。

 影に戻って喋らなくなったクラウンを余所に、私はあの男の姿を見つける。天井に張り付いていた。

 なんだ、爬虫類かお前は。


「ダメだね。あの火のせいで毒霧が燃えちゃうわ」

「まぁなしでもイケるイケる」

「おい来てるぞ」


 はい来てます。

 一気に跳びあがった私は、ボコスカ殴られた鬱憤を晴らすべく渾身の力で剣を振り上げた。

 だが力を溜め過ぎたせいか、一拍遅れた攻撃は躱される。

 ならこうする。


「うげッ……!」

「おっとぉ……」

「なん……ッ!」


 空ぶった後に腰を使って鞭を操作。

 反応できなかったらしく、激しく巻き付いていく鞭で絡めとることに成功した。

 今度は体を回転させ、勢いよく地面に向かって放り投げる。

 3つ頭の男は腹から叩きつけられ、苦痛の声を漏らした。


「グヌッッ――!?」

「ハバ……ッ!?」

「グヌッッ――!?」


 私は天井を蹴り、目標目掛けて一気に降下する。

 追撃の剣を振り被り、振り下ろす。

 それに反応した男は、剣の刃先がギリギリ届かない位置へと一瞬早く動いた。

 なら、斧にしますね。


 突然の武器変更によるリーチの長大化。

 予測出来ないであろうその攻撃に、男は回避どころか気が付かない。

 ギリギリ回避してから反撃をする予定だったのだろう。

 だがその中途半端な移動が仇となり、斧の最も火力が出る突起部分が豪快に背中へと直撃する。


 激しい破壊音と共に周囲の岩は砕け、男の体は逆くの字に曲がって地面へと陥没していく。


「ガアァアッ!?」

「コペ……ッ!?」

「ガアァアッ!?」


 攻撃の反動で少し跳び、離れすぎない位置に私は着地した。


 両断出来る威力だったと思ったんだけど、体は繋がっている。でも背骨は完全に砕いたはずだ。

 というか、叫び声を統一してください。なんでひとりだけ違うこと喋るの。変に気が抜ける。


 さて、地面にめり込んだ男は動く様子がない。死んだのだろうか?

 確認の意味も含めてちゃんとトドメは刺しておこう。

 あのオルタナって人みたいに、死んでもまた動き出すかもしれない。

 バラバラにしてしまえば流石に……。


 剣に持ち替え、トドメを指す前に私は慰めの言葉を口にした。 


「灰は灰に、塵は塵に……」


 そこまで言い終えた瞬間だっただろう。

 動かなかった男が突然、起き上がったというよりも跳びあがった感じで、めり込んだ岩肌から抜け出し私と距離を取った。

 油断していたわけではない。純粋に動きが速く止められなかった。


「君、イズミ・サクライ」

「その言葉を、どこで聞いたんだい?」

「なぜその言葉を知っているんだ?」


 は、は?

 言葉? 言葉がどうしたの?

 というか、予想よりもずっと平気そう。

 全然ダメージ負ってない感じだ。背骨グチャグチャのはずなんだけど……。


「何を突然……。どの言葉のことを……」


「灰は灰に、というやつだよ」


 それがいったいどうしたというのだ。


「そんなの、どこにでもある、ありふれた言葉でしょ……」


「いいや、ただの言葉ではないよ」

「その言の葉(ことのは)には、力が宿る」

「実際、今その力を感じた」


 なんの話を……。


「何処で知った?」

「何で知った?」

「……誰に教えてもらった?」


「誰って……」


 パッと出てくるのは、あの傘の情報屋。思い当たるとすればスピリアでの一件だけ。

 でもその時のことはまだ思い出せない。

 

「そんなことより、さっさと続きを……」


「「「 ダメだ! 」」」


 突然声を荒げられた。

 終始落ち着いた雰囲気で喋っていた小うるさい3つの頭が、声を揃えて怒声を上げている。


「こっちから仕掛けておいて悪いんだけどね、大事なことなんだ。教えてくれないかい? もし教えてくれたらそうだな。俺が何故ここにいるのかを教えてあげよう」


 ……。

 そんなに大事なことなの?

 黒寂の目的が知れるかもしれない好機ではある。

 でもこいつが本当のことを言う保証はないし、回復のために会話で時間を稼いでいるだけかもしれない。


「とてもじゃないけど信じられない……」


 私は斧を深く構えた。


「俺の固有スキル【肉体の交換(ボディ・スイッチ)】は、体内で最大3つまでの肉体を入れ替えることが出来る。ダメージはそれぞれ別個に受けるために、ひとつ潰されても動作に影響はない。さっき君にひとつ潰されたが、近づいてきたところを噛み殺すつもりだった。そして同時に3つ潰されない限り俺は死ぬことがない」


 と、突然何を言って。


「俺が吐き出した毒霧は、任意で質量を持たせることが出来るし、好きな姿形を取る個体に変える事も出来る。最初に君が斬りつけていたのはそれだ、霧以外の個体に触れると霧状に戻る。合わせて俺自身の存在も霧に溶け込ませることができる。霧の中の俺を見つけるのは誰だろうと不可能だ」


 ……自分の手の内を晒してまで、あの言葉の出所が知りたいのか。


「俺から差し出せるものと言えば、俺の情報くらいだ。どうだろう、信用してもらいたい。どうしても教えてほしいんだ。もう戦闘継続の意思はない」


 そう言って目の前の男は両手を軽く上げた。

 今の話が本当かどうか、確かめる術はないが嘘とは思えなかった。


「名前は」


「ギルバだ」


 ちゃんと自己紹介出来るじゃないか。


「……分かった。でも思いだすのに少し時間が掛かる。待てる?」


「ああ、いくらでも待とう」


 私は少し意識を集中した。

 思い出そうと努力をしてみて、ダメならそれはそれでそう言おう。どうせ思い出せない。

 それくらいの気持ちだった。


 でも私の予想とは裏腹に、何かのイメージが流れ込んでくる。

 いや浮かび上がってくる?

 ノイズが酷く走るような、コマ送りの映像のような……。

 断片的なそれを脳裏に浮かべながら、私は単語単語を発して伝えた。


「あ、あれは……確かスピリアで……、傘を持った……情報屋が……来て……」


 そ、そうだ。

 確かにあの情報屋がいた。

 やっぱり初めて会ったのはそこだったんだ。


 で、でも……。




 ――『心の苦しみを取り除く方法? 死、以外で? 生憎ですがぁ私には分かりかねますねぇ……』




 傘を持ったあの青白い顔の男が脳裏で喋っている。

 これは……親子に睨みつけられた後の映像……?

 そうだ、彼はそれを教えてくれなかった……。

 分からないと、そう言っていた。

 

 更に脳裏を巡る映像は続いていく。

 荒い画質のように、鮮明とは決して言えない映像が。




 ――『でしたら、知っている方をお呼びしましょうかぁ。少々お待ちください……』




 誰かを……呼んで?

 頭痛がしてきた……。これ以上はまずいだろうか……。

 いやでももう少し……。


 ……なかなか次に進まない。

 出そうで出ない感じ? いやでももう少しで……。


 粘っていると、その荒い映像は更にノイズが強くなり、顔の見えない黒髪の男性が現れた。




 ――『お久しぶりですね。――さん。こちらの――が困ってい――――? ええ、いいですよ。あなたの――――償で引き受――しょう……』




 だだだだだだだれれれれれれ!

 いいたいたいたいあいいたいあいああああああああああ!


 男が出てきた瞬間、視界が激しくぶれる。

 焦点が全く定まらない。

 まともに声を出す事も出来ない。

 頭痛が激しすぎてもうどこが痛いのか分からない。

 激しい嘔吐感に、凄まじい倦怠感。

 立っていられない。どの体勢になっていても辛い。頭が割れそうどころじゃない。体が張り裂けて死ぬ。

 というか今張り裂けてる気がする。


「うぼぇ……ッ! あがぁ……ッ!」


「お、おい大丈夫か……?」

「どうした? なんかやばいの?」

「いやわかんねぇ、突然吐き出して……」


 ギルバという男の声は聞こえていた。

 でも意識できない。

 もう思い出すのをやめようとしてるのに、荒れた映像は私の意思とは関係なく進んでいく。




 ――『私は叶え――――と――ます。この――を――に、これを――たのは――さんで――ね。その罪――識に――らないというとこ――しょ――』




 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 もうやだ。もうやめて。

 誰なのこの人。知らない。

 知らない。知らない。知らない。知らない。

 見てるだけで吐き気が常時する。常時吐いてるくらいに。

 全身の血が全部蒸発しちゃったような、考えらないほどの悪寒が凄いスピードで増していく。




 ――『あなたの――が軽くなる。そんなおまじないを教え――し上げます。言の葉に――来、呪が宿ると言いますが、その応用のような――』




 次第に鮮明になっていっていた映像は、そこでプツリと途切れた。

 それと同時に、全身を包んでいた強烈な悪寒も、吐き気も、痛みも消えた。

 良かった……。私の体は裂けてなかった……。


「ハ……ッ! ハァ……ッ! ゲホッ……! ガハ……ッ!」


 わ、私……何してたんだっけ……。


「おい、大丈夫なのか?」


 あ、ああ。そうだ。この人と、戦闘中で……あれ? 違うな。

 なんだっけ。ああそうだそうだ。

 あの言葉の……。出所を……。


「か、叶え屋……」


「なに……?」


「叶え屋とかいう……変な男に……多分……。教えてもらった……んだと思う……」


 この回答で、どうだ。

 今更ダメなんて言われても、もう体が動かない……。

 ああ、うん。本当に動けそうにないや……。

 無理に思い出そうとするんじゃなかった……。


 私の意識はそこでブツンと途絶えた。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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