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097 動き出す寂しがり屋たち

誤字の修正をしました。


内容に変化はありません。

 ――エメロード軍駐屯地。


 エメロードの正規軍のその全てが収容できるほどの巨大な戦略基地。

 普段は方々に散っており、全軍が揃う事はまずない。

 だが異常なことに、今は15万全ての兵がここに揃っていた。


「各大隊から小隊規模で順次移動を開始。砦にてそれぞれに違った任務が言い渡される。拝命後、直ちに着任されたし」


 壇台の上から兵たちを見下ろす3人。

 その内のひとりが命令を発令し、兵たちは動き出す。


 命令を出したのは身長の高い細身の女性。

 名をコーラル・ペギンソン。

 エメロード軍総司令官補佐に当たる質実剛健な傑物。

 女性でありながら司令官補佐まで上り詰めるという現場上がりのたたき上げ。

 風貌は普通の女性で、美人とは言えない。きつい目をしている。


 次に大柄で獅子のような風貌の男。

 名をウラル・ビルディンフ。

 エメロード軍総司令官に当たる野蛮そうな大男。

 太い腕を組み、鋭い眼光で眼下の兵を睨みつけている。 


 最後に細身で倖薄そうな男性。

 名をプルフラス。

 エメロード軍特務諜報部隊の隊長であるディートハルトの腹心。

 いつから部隊にいるのか。普段何をしているのか誰も知らないという謎だらけの男。


 この3人のうち、プルフラスを除くふたりは、黙って行軍を開始する兵たちを見つめている。

 時折閉じたままの口からは、爬虫類の舌のような赤い物がピロっと顔を出し、その眼球に虫が止まっても瞬きひとつしない。

 

 ふたりとも優秀な人物であり、部下や民からの信頼も厚かった。

 国を守る英雄、それくらいに言われていてもおかしくない。

 何を成したかまでは省くが、間違いなくエメロードという国の偉大な功労者である。 

 

 そんなふたりだったが、既に人として生きる未来を失っていた。



 ――エメロード軍駐屯地、砦内部。


「ああああああああああああああああ! 出して! 出してください! なぜええええ!」


 小隊規模。

 約100人から200人で構成された小隊は、大人数ながらそれが入るほど広い地下へと閉じ込められていた。

 中で行われていたのは選別と変革。

 ディートハルトが過去、研究のために捕らえた落とし子の細胞を、ラピドを捕食していたタコの魔獣に移植したのだ。

 タコはオルトロスと名付けられ、主の命令に従って兵たちにその細胞を打ち込んでいく。


 拒絶反応を起こして死んでいく者、なんの変哲もない者、そして異変をきたし、細胞の変質に耐えきれず息絶える者。

 稀に変質に耐え、魔物へと変貌する者が現れる。

 見事魔物となった者は外へと連れ出され、その体に術式烙印を施されて奴隷となる。

 これが変革を受け入れ、選別された者の末路。


 では変革を受け入れられず、選別されなかった者の末路は?

 細胞が体に合わず死んだ者は、もしかすれば最も幸福な分類かもしれない。

 この場所は次の小隊がまたやってきて選別を受ける。

 邪魔なゴミ(・・・・・)は片付けなくてはならない。

 言葉のままに、選別されなかった者はオルトロスたち(・・)の食事となる。 


「ああ、おふくろ……おやじぃ……」


 死んだ者はそのまま胃袋へ、生きている者には拷問を。 

 死体を全て食い、床の血を舐め回し、元の綺麗で広大な集会場所に戻す必要はあったが、そこは所詮バケモノ。

 他の生物に苦痛を与える事だけが生き甲斐のオルトロスは、時間など気にせず少ない生き残りを取り囲む。

 恐怖と苦痛に歪んだまま死んでいった兵を仲良く分け合い、生存者がいなくなると掃除を始める。

 フロア内を一滴の血もなく、病的なまでに綺麗にすると、オルトロスは壁に張り付いていく。


 そして何も知らず、新たに入って来るエメロードの正規兵たち。

 そこら中の壁という壁にオルトロスたちが無数に張り付いているというのに、新たな任務に胸を張り、やる気に満ちた顔でこの場にやってくる。


 この惨劇は、15万全ての兵がいなくなるまで延々と続けられることになる。

 兵たちにとっては地獄そのものだったが、オルトロスにとってはまさに天国であった。

 

 連日連夜、砦の地下では鳴りやまぬ慟哭が響き続けた。

 





 ◆◆◆

 





 ――エメロードの王城。天蓋の間。


 大広間と言える広大な部屋の中、薄暗いその部屋の半分を埋め尽くすほど巨大な肉の塊。

 その赤黒い肉は、まるで鼓動を刻むかのようにドクンドクンと脈打っている。

 外は大雨のようで大地を打つ雨音が酷い。だがその音に負けないほどの大音量で、肉の塊は脈動を響かせていた。


「随分と進んだなディートハルト。素体は完成したのか」


 肉の前の仮設されたかのような玉座。

 そこに座るディートハルトに、黒寂の団長が声を掛けた。


「ああ、ロシュアか。素体は問題ない。大陸の大地に染み込んだ血肉は全てここに集まって来るからな。それも勝手に。クフッ」


「……それで、後は魔力だけか」


「そうだな……。ヴォルドールの魔術結晶体、あれがあればすぐにでも完成だったんだが、まぁいいさ。完成までの余韻を楽しめるのも今だけだ」


「……ところで、城の人間の姿が見えないが」


 黒寂の団長、ロシュアのそのひと言に、ディートハルトは身を乗り出し、目を輝かせて答えた。


「ああ! 見てやってくれ! 王も宰相も、そのほか全部! 私の後ろにあるこいつに……生きたまま素体の一部となったよ……! アイツらの最期の瞬間を見せてやりたかった! 恐怖に歪んだ顔と言ったらもうな! 思い出すだけで腹がよじれるようだ! クフハハハハハハ!」


「……もう、よじる腹が無いのにか?」


 雷鳴の稲光。

 轟音と共に一瞬部屋を照らした強い光は、ディートハルトの無くなった腹部を露出させた。

 よく見れば胸から下が無く、腰から上が無い。

 そう、上半身と下半身を繋ぐ部分がないのだ。

 だがしかし、上下ともにちゃんと動くようだ。


「……仕方がないだろう。同化が完了するまでは私はここから動くことができん。腹から持っていかせたのは素体に胃袋が必要だったからだ。成長してもらうには食ってもらわねばならんからな」


「この国の兵はなぜ食わせないんだ? それこそ万の食料だろう」


「私が完成(・・)した時に、迎える兵がいなくては恰好が付かないだろう? 今はプルフラスの奴に全兵の改良を行ってもらっている。それにいざとなれば民がいるだろう。それこそ何十万も」


 ロシュアには興味のない話だったが、それでも彼は多少辟易していたのだろう。

 自慢げに力の無い人間を食い物にする目の前の男に。


「……それで、次の仕事はなんだ。用があって呼び出したんだろう」


「勿論だ。既に最初の種火は消えてしまった。新たな種火は付いたが、まだか細く小さい。それをお前に大きくしてほしいんだ。それが済めばお前との約束も果たせる」


「ようやくか」


「ああ、ようやくだ。お前なら簡単だろう? 生憎こちらからの援助は出来ん。やり方はお前に任せたい」


 またも光る雷鳴に照らされ、ディートハルトの不気味な笑みが影を持って映る。


「それは……、いつも通りだな」


「クフフッ。そうだったな……」






 ◆◆◆






「だんちょー。ごめんね?」


「気にするな。お前のせいじゃない」


 水浸しで全裸のオルタナは、ロシュアに謝罪の言葉を述べる。


「お詫びに、私の体……好きにして、いいよ?」


「さっさと服を着ろ。仕事だ」


 暗がりの廃墟。

 中には異様に光る浴槽に溜まった水。

 どうやらオルタナはこれから出てきたばかりのようだ。


「しかし、傭兵をいくら集めたところで魔力が足りるとは思えませんが……」


「お前が仕事をしなかったからだろう、アルケロ」


「おや、私はオルタナさんの体を最優先しただけですよ。あなたにとってもそれは最重要でしょう?」


「……そうだな。よくやった」


 アルケロとロシュアの会話を聞き、オルタナは少し嬉しそうな様子だった。


「私、大事なの? ねぇ、だんちょー」


「……ああ、お前は大事な家族だ。お前だけじゃない、団員は全員大事な家族だ」


 内部へと向けられた意外な一面。

 黒寂の長であるロシュアは、仲間と判断したものに対しては異常なほどの愛情を注ぐ。

 仕事と称して無茶なことは指示するが、強いることはない。

 どんな命令も、団員に可能だと判断してから下す。

 それはひとえに、彼の家族愛からくるものだった。


「へへ、嬉しい、な」


 全裸のまま抱き着くオルタナ。

 その濡れた髪を、ロシュアは自身の服が濡れることも構わず撫で始めた。


 周りには、ひとりを除く残りの団員たちが全員いた。

 誰ひとりとして、仕事を放棄してオルタナを連れ帰ったアルケロを責めることはなかった。


 ここにいる全員。いや黒寂のメンバーは全員。

 同じ団員に対して特別な感情を抱いている。

 特別と言っても、普通の家族と変わらない。ごく一般的な愛情。

 今、こうしている風景は、傍から見れば微笑ましいものだ。


 だが、この愛情が黒寂の外へ向けられることは、決してない。


 彼らは世界から疎まれ、蔑まれ、拒絶された者たち。

 生きる場所を失った、寄り添う相手のただひとりもいなかった、世界の爪弾き者。


 誰かに必要とされたい、自分がいてもいい場所が欲しい。

 阻害されたくない。これ以上苦しみたくない。

 本当に簡単な願い、それも大それたものではない、小さな小さな願い事。

 ただそれだけを願った寂しがり屋たち。


 アルケロを除くメンバーは全員、過去ロシュアによってその命と心を救われている。

 彼らは皆ロシュアのためならば平気で命を差し出すだろう。

 ロシュアがそれを良しとしなくとも、ロシュアのためならばと自己を顧みないだろう。


 勿論、団員になって最も歴史の浅いアルケロ自身も、団員の意向を最優先に汲んで動いている。

 彼が入団する切っ掛けになったのは、自身の持つ兵団で喧嘩を仕掛けた事だが、その際にロシュアと全力のオルタナのふたりに敗北している。

 その後、黒寂の目的を聞き、それに賛同して入団。

 そこから彼らの境遇を聞き、自身の遥か昔の過去と重なる部分に共感するものを覚え、彼らのために動くようになった。


 異常なまでに固い絆で結ばれた、異常な力を持つ黒寂の団員たち。


 彼らが忌み嫌われ、恐れられるのは何故か。

 その圧倒的な力が原因か。

 その粗暴さが原因か。


 否、彼らがその時、その時代、その歴史の中で。

 各国が闇に葬っておきたい、表には出せない所業の犠牲者たちだからである。

 それを聞けば、恐怖におののく声ではなく、同情の声で溢れかえるだろう。

 各国の代表たちは猛烈な非難を受け、国政は傾くだろう。

 それを良しとしない為政者たちは、黒寂の風評を驚くほどうまく操作し、悪役へと仕立て上げた。

 黒寂の誰かが、過去の悪行を公表しても、誰もそれを信じないように。

  

 それでも、声を上げれば波風は立つだろう。

 信じる者たちだって出てくるだろう。

 だが黒寂の彼らは、誰ひとりそれをしない。

 自らの受けた恥辱も屈辱も、汚名すらも晴らそうとはしない。


 彼らは今が一番大切で、家族である黒寂が最も大事で、それ以外は心の底からどうでもいい。

 自分たち以外が滅びることに、なんの躊躇もない。


 世界が、彼らをそうさせたのだ。


「団長、私にいい考えがあります。ダンダルシアに居た際に耳にしたことなのですが、大量の魔力が必要ならば十全に用意出来るかと」


「……なんだアルケロ。良い案があるなら教えてくれ」


「はい、少々手に余る事柄かもしれません。可能かどうかは団長が判断なさって下されば結構ですので」


「なに……アルケロ……私も、聞きたい……」


 綺麗な布を持ってきて、それをオルタナに羽織らせるアルケロ。

 実に紳士的である。


「他の方々もお聞きになった方が宜しいかと思います。それでその方法ですが――」


「――――――――」


「――――――――――」


「――――――」


 話を聞き、顔を(しか)めるロシュアだったが、オルタナや他の団員はやる気満々だった。


「大丈夫、私たちなら、出来る。簡単」


「ああ! 問題ねーぞ団長!」


「楽しそうだね~。大仕事だ~」


「そうだねぇ! 僕も見てみたいよそれぇ! は~いくらでも実験出来るじゃないかぁ~」


「俺は出来ると思うぜ~。俺は少し不安だがなぁ。俺はどうかなぁ?」


 口々に意思表明をする団員たち。

 その様子を見て楽しそうに嗤うアルケロは最終判断を乞うた。


「フフ、どうされますか? 団長。いえ――」


 アルケロは愉快そうに、実に楽しそうに笑みを零し、その先を口にした。


「――ロシュア・クロドビク団長」


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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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