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096 新都オウロムとバルバロイ

 ベテルギウスの王が住まうための城。今は空席となっている玉座がある場所。

 それを挟むようにして、都市がふたつ存在する。


 左側の都市が新都オウロム。

 右側の都市が古都アウロム。


 亜人と人が手を取り合って生きるために、昔の王様が作った人用の都市と亜人用の都市。


 ……ではない。


 元々種族混ぜこぜの国で、国政のちょっとした差別に怒った亜人たちがデモを起こした時に出来たというのが新都オウロムの走りだそうだ。

 次第に大きくなり、最終的にはアウロムと同じ規模の都市へと成長。

 どころか、几帳面な亜人たちがしっかり手入れをするためにアウロムよりも綺麗で立派な都市になったという。

 そのせいでアウロムは古都と呼ばれ、オウロムは新都と呼ばれている。


 今でこそ人も亜人も関係なく住んでいるが、亜人差別をする人間は近づかないとか。


「どうぞ、こちらですローズ殿」


「ふぁい」


 無事にオウロムに到着したが、3日も馬車に揺られて私はちょっと機嫌が悪い。

 途中2回ほどは別の街に寄ったが、それ以外は馬車内で基本的に雑魚寝。勿論寝るときはひとり。

 体を洗うこともないし食事は硬いパンばかり。野菜が食べたくなりました。

 ひとりになった時にクラウンがご飯をねだって出てきていたが、私と同じ文句を言っていた。

 自分の脚で向かうなら別にこんなに時間かからないし、魔物肉でなんとかするのに。


「ザガン殿……ローズ殿がずっと不機嫌のご様子なのですが……」


「長旅で疲れているのだろう……ゆっくり休める宿を手配しておいた方がいいな」


「分かりました!」


 聞こえておりますよ。

 まぁでも宿はありがたい。でもそうじゃないのだよ。

 最初は良かったけど段々ムカついてきたのがあれです。

 移動初日です。もうそこからです。


 夜間警備でほとんど寝ていない私を! そのまま連れ出して質問攻めにしたことです!

 そりゃ君たちよりも頑丈かもしれないけどね! 寝不足でちょっと肌がカサついてきましたよ!

 

 頬を触ったらなんかちょっとゴワっとするし……。


 ガサッ。


 イヤアアアアア!

 私の卵肌があああ!


 亜人の生活感覚はかなり乱暴な感じだ。自分の体に対するケアがおろそかすぎる……! 


「この先にミルノードがおります。よろしいですかローズ殿?」


「え、あ、はい」


 一旦落ち着こう。

 肌とかは後にしよう。今は大事な場面だ。

 

 扉が開かれると、その先には立派な角を生やしたトカゲさんが椅子に腰かけて書類に目を通していた。


「ミルノード様、先に伝達してあったローズクラウンの団長殿をお連れしました」


「おお、遠いところからわざわざ足を運んでもらってすまない。どうか掛けてくれ」


 促されるままに用意された椅子に座る。

 すると、その正面にミルノードと呼ばれたトカゲさんが座る。

 その後ろに、あのトカゲさんとザガンさんが立つ。

 ザガンさんそこなの?


「私が現在この国を代理で治めている宰相、ミルノード・バルバロイだ。名前くらいは聞いたことがあるかもしれないが、実際はそう大したものではない。あまり気構えないでくれると助かるよ」


 トカゲのような顔は変わらないが、爬虫類には似つかわしくない角が2本。

 それもだいぶ歪な形の角だ。

 服装はゆったりとした白い布を羽織ってるだけにも見える。ガタイの良さとかは亜人基準が分からないのでなんとも言えないが、まぁガッチリしている。

 なんだか柔らかい表情をする人だ。


「それで早速だが、ヴァンピールを倒したというのは君かい?」


「はい、そうですけど……」


「おお! 是非君のその武勇を買わせてもらいたい。この国、いやこの大陸のために!」


「その前に宜しいですか? 宰相さん」


 私のその言葉に、一拍置いてからバルバロイさんは答えた。


「……何か、私に聞きたいことがあるようだね? なんでも聞いてくれて構わないよ」


 許可が出たので後は任せよう。


「クラウン」


『承知した』


 影が伸び、人と変わらぬサイズまで大きくなってクラウンは私の横に立つ。

 その声は威圧する時のような深く重いものに変わっていた。

 それに驚いたザガンさんとトカゲさんが一瞬身構えたが、宰相さんが手広げて抑えろと合図するのを見て、元の姿勢に戻る。


『ここからは主に代わり我が話をする。危害を加えるつもりは今のところはないが、返答次第ではどうなるかは分からない。心して聞くがいい』


 (あるじ)て。

 演出にしたってちょっと気恥ずかしいな。


「……なんなりと聞いてくれ」


 今のクラウンは私の影にいることもあって、かなりの圧力を放っているはずだ。

 なのに宰相さんは落ち着いている。

 そこらへんは流石は英雄の子孫ということだろうか。


『我らは大陸における戦争行為を全て終わらせることを目的に動いている。それに反目する国があれば我らは容易く滅ぼすつもりだ。それを踏まえて答えてもらおう』


「……随分高圧的だね。それで、何だい?」


『亜人国家べテルギウスは、戦争行為を継続するために現在兵力の増強を行っているのか?』


 え、増強とかしてたの?


「何を根拠に?」


『食料保管の要所であるヘルメスにあった大量の馬草。傭兵が主軸となったばかりだというのに既に存在する軍隊規模の兵団。更には有力な兵団の育成、国が協力する傭兵の増員計画。そこの男も、貴様の作った兵団に、いや貴様に協力する手足だろう。ならば大体の兵団が既に貴様の手足になっていると見ていい。そして、他国とは違って半分以上の軍事戦力を残している事実。カラードの団員数は200余名だったか。それらは全て元軍兵であろう。200余名どころではない。実際は万を超える兵がカラードの団員なのだろう。これらの要因はそのどれもが争いごとを求めているように見える。どうだ? 違うか? 我らが知らぬとでも思ってとぼけるつもりならば、それ相応の対処をするが』


 なにそれ。

 カラードのトカゲさんたちって軍人さんだったの?

 我らが知らぬとでもって、少なくとも我は知らないんだけど。


「確かに、我が国は近隣諸国よりも兵が残っている。差別による圧政の影響でね。だがそれは偶然だ。それに冒険者が傭兵に鞍替えしたのだ。国を盛り上げるためにそこに助力するのは当然だろう? だがよからぬことを考えない輩がいないか、監視する必要もある。ザガンはそのために私の腹心として動いているだけに過ぎない。戦争行為を継続するなど、ただの憶測だろう?」


『その男の役割はそれだけではないだろう。定期的にやってくる襲撃者に、それを迎撃するだけの人員を用意した要所。不自然過ぎるとは思わないか?」


「たまたま情報が入ったから、人員を増やしていただけだよ」


『あくまで白を切るつもり、という解釈でいいな?』


 クラウンが更に体を大きくして威圧している。

 それを見上げ、腰の得物に手を掛けるトカゲさんやザガンさん。

 落ち着いた様子でそれを見ていた宰相さんだったが、私が何の気なしに指を動かした瞬間、慌てて言葉を発した。


「ま、待て待て! 待ってくれ! 分かった! 話す! 話すからここで戦闘は行わないでほしい!」


 ……これ私のせい?

 いや私のおかげ?


「まず最初に戦力の増強の理由だが、それは決して戦争をしたいからではない。それは信じてほしい」


 白状しますという雰囲気を察したクラウンは、最初の人型サイズまでゆっくりと戻った。


『ではなんのためだ?』


「来たるべき戦のためだ」


『滅ぼされたいと、そう言っているのか?』


「いや待て違う。違うんだ。戦と言っても、侵略のためじゃない。守るためのものだ。私は突然過激化したこの利権強奪戦争に裏があるのではないかと見ているんだよ」


 お、その考察は聞きたい。


『……話せ』


 はぁっと一息付き、落ち着かせてから宰相さん、いやバルバロイさんは話し始めた。


「……エメロードとダンダルシアの全面的な激突を火種に、大陸全土へ伝播した戦争の流れ。無駄に長引いた不可思議な戦争。と思えば、突然の全軍突撃指令によって各国が今までにないくらい激しくぶつかり、それぞれの国力は著しく落ちた。だと言うのに、未だに陥落した国は、初動で降伏した数ヵ国しかない。変だと思わないか?」


 裏には黒寂が絡んでる。

 それは間違いない。ただ、目的が分からないから、下手にここで言うのは避けたほうがいいかもしれない。


「私がカラードを作ったのは、何も先手を抑えるためではないんだ。エメロードがいち早く傭兵団を結成し、それを主軸に作戦行動に出ているという情報を得たこと()あってだ」


 私とクラウンは、黙って彼の話に耳を傾けた。


「軍を失ってなおも戦おうとする各国は、傭兵という新たな力を駆使して以前よりも活発に動いている。ここまでの流れ全てに、作為的なものを感じずにはいられない。そしてそれを考えれば考えるほど、火種となった2ヵ国が怪しく見えてくる」


『どういう意味だ?』


「各国が全軍使用によって疲弊。これを免れている国は何もベテルギウスだけではない。ダンダルシアとエメロードに至っては、衝突すらしていないんだ。分かるかい? そのふたつの国は、全戦力が依然として残ったままなんだよ」


 え……。

 

「私の予想では黒幕はダンダルシア、実際に動いているのがエメロードではないかと見ている。最も疲弊が少ないのは結界で守られたダンダルシアだからね。そこから大陸中央に位置するエメロードに指示を出し、大陸全土へ――」


「――違う!」


 思わず私は立ち上がって叫んでしまった。

 故郷であるダンダルシアを貶められるような物言いは、私の家族が悪いことをしている風に言われた気がして。


『お、落ち着かれよ主。ただの推測だ。まずは話を聞く必要がある』


 クラウンに宥められ、私はハッとして座る。

 やってしまった……。つい感情的になって……。


「そうか、君たちはダンダルシアから来たのか……」


『……そうだ』


「それは失礼なことを言ってしまったかもしれないね。だが、感情で言葉を引き結ぶことはしない。戦争を止めるという君たちの目的を信じて、今は話を続けさせてもらう」


『そうしてくれ、主もそれでいいな?』


「はい、突然声を荒げてすみませんでした。続きをお願いします」


 座ったままだったけど、私は頭を下げて謝罪した。

 目的を忘れるな。客観的に見て、それから自分で判断しろ。

 相手の話す推測は、物事を考える材料に過ぎないんだ。


「それで、戦力を温存したままの2ヵ国に対して、何も対策を練らないわけにもいかない。だからこその戦力増強だったわけだよ。信じてもらえるかな?」


『一応の筋は通っているな……。貴様はその2ヵ国の目的がなんだと思っている? 何故そんなことをする? 大陸の制覇か?』


「最初はそれも考えたが、2ヵ国で協力して制覇を目指すというのは考えづらい。成功してもどちらかが傘下に下ることになる。それにやり方も回りくどい」


『では何故』


「分からない。だからそれを調査するために、このザガンが動いてくれていたんだ」


 ザガンさんが一歩前に出てきた。

 

「彼は元々カタディアンの冒険者でね。戦争が本格化してからは故郷に戻れず、2年ほど私の元で働いてくれていたんだよ。そしてエメロードに潜入してもらうつもりだったのだが」


『だが?』

 

 だが?


「エメロードには多国からの入国が一切認められていなくてね。ならばと、警備の薄い森からの侵入を試みてもらった。ザガン、その時のことを話せるか」


「はい」


 バルバロイさんに代わって、ザガンさんが話し始めた。


「あれは1年ほど前のことだ。どうにか侵入しようと、エメロードに隣接する巨大な森に俺は8人の仲間を連れて侵入した。森自体はなんの変哲もない普通の森だったんだが、進んでいくとひとりの青年が立っていた。……今思い出しても寒気がする」


 喋りながら青ざめるザガンさんは、尚も言葉を続ける。


「人だったかどうかは正直分からない。その時、俺は持っていたお守りが突然砕けたことに気が動転してな、凄まじい悪寒を感じて思わず全力で逃げ出したんだ。そのすぐあと、後ろから聞こえてきたのは仲間たちの助けを求める叫び声。俺は声を無視して無我夢中で走り続けた。……仲間を置き去りにして全力で。……そして森を抜け出て振り返った時、すぐ後ろの森の境目に巨大な虫のような顔がいくつもあった。そいつらは俺の仲間たちを咀嚼しながら、じっと俺を見ていたんだ。森からは出てこられないようで、俺はなんとか助かったが……。逃げ出すのが少しでも遅ければ……」


 まるで怪談話でも聞いているようだった。

 ザガンさん話すのが上手ね。ちょっと怖かったです。


「とまぁそんな具合でね、エメロードへの侵入は中断。代わりにカタディアンに入り込んでもらっていたんだ」


『そこでヘルメスの情報を流し、攻めてくる戦力を見極めて迎撃していたと』


「兵の実地訓練も兼ねてね、なぜそんなことをしていたかの説明はいるかい?」


 え、なんでわざわざそんなことするのか分かんない。

 聞いてクラウン。ねぇ聞いてお願い。


『聞かずとも分かる。対応方法を見ることで威力偵察の効果を上げていたのだろう。ついでに迎撃することで敵国の戦力を潰せる』


「ご明察。流石になんでも知っているね。おふたりには感服するよ」


 あ、あーそうなんだ。ふーん。

 ……わかんないぜっ!


『だがひとつ誤魔化しているだろう。上手く話しの流れを変えたようだが、戻させてもらおう。……ベテルギウスに残った軍の半分の兵力、これは自国を攻めるために使うつもりだったのではないか?』


 え、え、え。

 なになになに。

 突然なんなの。


「…………」


『残った亜人差別主義者の抹殺。それも根絶やしが目的だろう。軍兵を傭兵として登録したのも、動きやすくするためだ。軍兵ならば馬が使えるだろうからな、そのための馬草だあれは』


「本当になんでも知っている……」


 お? おおん? なになに? 

 全然分かんない。もうこのバルバロイさんが国のトップならそんな事しなくていいんじゃないの?

 ちょっと?

 おいていかないで?


『全て我が主の慧眼の成せる業、我も含めた主以外の全ての思慮は全て浅慮と知るがよい』


 おいやめろ。

 調子に乗って持ち上げ始めたなクラウンの奴。

 後でヴァンピールの餌にしてやろうか。

 

「なるほど……それを止めるために、君は此処に来たということか。ローズ・クレアノット殿」


「え? え、ええ。そうです。戦争はいけないことですから」


 やばい、フワフワしたことしか言えない。


『当然だろう。我が主は全てを見透かしておられる。下手な嘘は身を亡ぼすだけよ』


 もうそれ以上持ち上げるのをやめろ!

 ボロが出たらどうするんだ!


「だが戦争の持つ側面というのは、必ずしも悪ではない。政治的な面もあれば、何かを守るための面だって存在する。それら全てを否定するのか?」


 え、あ、これ私に言ってる?


「そ、それでも、戦争はいけないことですから……」


 うわー! 戦争はいけないことですからしか思い浮かばないんだけど!


「それはつまり、争いという行いは無くても事は進めることができる。そう言いたいのかい?」


『そ、そうだ。主はいつもそう言っておられる』


 おい馬鹿!

 お前のせいだぞ! なんとかして!


「事はそう単純ではないのだよ?」


『難しく考えすぎだ。主は常にそう言っておられる』


 おいばかあああ!

 私になすりつけようとしてやがるな!

 お願いします! やめてください!


「もっと単純に考えろ、と? ……(まつりごと)の難しさを熟知しているからこそ、出る言葉なのかもしれないね……。ふふ、これは厄介な人物を引き入れてしまったかもしれないな」


『味方に出来るのならばこれ以上はないと思うが?』


「確かに、そうかもしれないね」


 なんか知らんけど事なきを得た!

 どうにも過大な評価をもらっている気がするけど!

 でも私が喋るとボロが出そう!

 なのでお口チャック。沈黙は金なり!


『それで、自国内で戦争行為に励むつもりがあるのかどうか、答えてもらおう』


 クラウンのその言葉で、場が一気に凍り付いた。

 返答次第ではすぐにでも戦闘になるかもしれない。

 と思ったけど、バルバロイさんの笑い声で和やかな空気へとすぐに変わった。


「ははは、安心してくれ。根絶やしなどと、廃滅主義を掲げた過去の愚王とは違う。そりゃあ暴動があれば鎮圧には動くかもしれないが、積極的に消しに掛かったりはしないさ。多少は殺すつもりだったけどね」


『だった、ということは』


「ああ、もうそんな気はない。多国の計略をなんとかする算段も、自国が混乱していては出来ないからね。そのためにカラードが存在したというのは間違いじゃないさ。だが、それを成す前にそもそも殺されたのでは何の意味もない」


『では取りやめるということだな?』


「君たちはこの国の右翼派でも無いようだしね、君たちの言葉を信用して約束しよう。このミルノード・バルバロイが生きているうちは、無益な争いは起こさないと」


『だ、そうだ。どう判断する』


 判断するも何も、ずっと監視できるわけでもないんだ。こっちも信用するしかない。

 私は歩み寄るための想いをニッコリと伝えた。

 さっきまでの動揺を(おくび)にも出さぬよう笑顔で顔面を塗り固めた。

 

「分かりました。その言葉を信じます。ですが、もしも反故にした場合はすぐ滅ぼしますからね」


「私も武人だ、やれるものならと言いたいところだが、今は君たちの不信を買いたくない。大丈夫だ。我らバルバロイの一族は1度たりとも約束を違えたことはない。そもそも君に嘘は通用しそうにないからね」


 はは。そんなに鋭い感性は持ち合わせてないけど……。


 ひとまず、私たちからの一方的な要求である『戦争行為の継続廃止』については了承を得たと考えていいだろう。

 自衛手段まで奪い去る気はない。無益な争いは起こさないという約束だけで十分だ。 


『では次だ。我らが協力するか否かだが、先に分からないことをハッキリさせたい。此度のヘルメス襲撃に関してだが、あのヴァンピールやカタディアンの猛将とやらはなんだ。あれも呼び込んだのか? 随分と被害が出た上に、我が主がいなければ間違いなく全滅していただろう』


「それに関しては改めて礼を言わせてもらう。辛うじて全滅を免れたのは君たちのおかげだ。本当にありがとう。だが奴らが攻め込んできた理由までは分からない。正直目的がハッキリとしていないが、大方いつまで経っても攻め落とせないことに業を煮やしたのではないかと見ている……」


『あの老人は関係ないのか? 死体もなく姿を消している。どう考えてもキナ臭いだろう』


 そういう言い方をするんじゃない。


「老人? 誰の事だ? ザガン、分かるか?」


「はい、ヘルメスに向かう前、ヘカトンケイルに入団したファルコという男の奴隷として付いてきた老人です。名をキリングと言っていましたが」


 新人は新人でもド新人だったのか。

 私とたいして変わんないじゃないか。


「キリング……? 風貌は?」


「小汚い白髪に、無駄に長い髭。小柄ではありますが背筋は曲がっておりませんでした。首には隷属の首輪と思われるものが装着されており……」


 ザガンさんはそこで口を噤んだ。


「どうした? ザガン?」


「……いえ、最後に見た者の話では、主人であるはずのファルコを殺し、姿を消したということです」


 あの事件については説明を省いた。

 まぁ聞かされて気分の良いものではない。


『どうした。心当たりでもあるのか』


「……キリング・フォージャーという名に聞き覚えはないか?」


 キリング・フォージャー?

 全くないです。


『いや、ないな』


「では、キリング・オブ・キングスは?」


『ない』


 なんかかっこいい感じになってる。

 不穏な字面ですけど。


「聖王都フォートギアで数年前、王侯貴族が皆殺しにされるという大事件が発生した。幼い王子だけが生き残ったその事件の犯人は、王に仕えていたというひとりの執事。そいつの名前が確かキリング・フォージャー。その一件で王族たちへの誅戮者キリング・オブ・キングスと呼ばれた第一級の咎人だ」


『ほう……』


 ほう……じゃないよ。大事件だよ。

 その犯人があのキリングさん?

 とてもそんなことをするような人には見えなかったけど……。


「元々武勇など何もないただの老人だったはずだが、罪が罪だ。すぐに処刑となったが、その体には刃が通らず殺す事ができなかったらしい。そのため隷属の首輪で奴隷に落とされ、以降王族のために無償で奉仕し続けることになったと聞いたことがある……。フォートギアが滅んだことで野放しに……?」


『もしそのキリングであるならば、ヴァンピール共の目的はそれという線は考えられないか?』


「十分ありえるだろう。身柄を拘束されるまでにいくつもの精鋭を屠り去ったという話だ。眉唾だが、それが本当なら隷属させることで大きな戦力を得ることになるだろう」


 そういえば、結局首輪を外してあげられなかった。

 今の話を聞いて、外していいものかは分からなくなったけど。

 でも結局誰が主人なのかが分からないし、思惑も分からない。

 本当に王族を殺したんだとしても、そこには何か理由があったんじゃないかと思う。

 ……今頃どこで何をしてるんだろう。


「ヘルメスにはいつもと変わった物は置いていなかったはずだ。その老人については捜索調査をさせよう」


『それは頼むとしよう。次はそちらの要求を聞かせてくれ。我が主の武勇を買いたいという話だったな』


「……ああ、是非頼みたいことがある。ディオールとヴォルドールの戦争が、和平で終結したことは知っているか?」






 ◆◆






 長い会談だった……。

 無駄にくたびれたよ……。


 今はオウロムに用意された一番高い宿屋に部屋を借りている。

 勿論、バルバロイさんが手配してくれたのでタダだ。


 ただ、家具類やベッドは私が知っている物とはサイズが全然違う。

 全部が全部でっかい。

 

 亜人種のために作られた都市って話だったけど、彼らの生活に合わせた作りになってるんだろうな。

 まぁ小さ過ぎたら困るけど、大きい分には問題ない。

 それに手入れが行き届いていてどれも綺麗だし、気分がいい。


 これさえなければなぁ。


 ――新進気鋭の傭兵団! 薔薇の王冠(ローズ・クラウン)! 初任務にてあのヴァンピールを撃破! 団長の評価値は評価限界を超えた測定不能! その実力は大陸の英雄を超える!?


 街中に張り付けられたこの傭兵情報が書かれた紙。その一枚を私は手で持って眺めていた。

 ヘルメスでの出来事がもう大々的に広報されてる。


 大陸の英雄を超えるかって?

 超えるわけないじゃん……。


 そういえば貰い忘れていたと思って、この街のギルドに報酬を貰いに行ったんだけど凄かった。

 ナロッゾじゃないから貰えるのは分かんないけど、とりあえずね。


 んで行ったらなんだけど、窓口が人でごった返してて、その原因がうちの兵団への入団希望手続きらしかった。

 らしかったというのは、大声でローズクラウンへの入団希望は~。なんて騒いでるのが聞こえたからなんだけど。

 あの場で名乗りを上げる訳にもいかず、怖かったから何もせずに戻って来た。


「はぁ……」


 ギルドでの出来事を考えるのをやめ、今度は会談の内容を反芻する。


 バルバロイさんのお願いことを了承したはいいけど、なんか途端に面倒になってきた。

 いやまぁ私の目的とも一致するから、全然いいんだけどさ。


 そのお願い事というのが、抑止力として最大勢力の傭兵団になることだった。

 基本的に自由に行動して構わないということだけど、ひとたび戦争行為を企む動きを察知すればすぐに出向いて壊滅させる。

 それが私の仕事になる。

 情報収集に関してはベテルギウスが全面的に動いてくれるらしいから、今までよりは動きやすいかもしれないけど、気軽に家に帰る~ってできなさそうで億劫だ。

 気ままな冒険者から定職に就いた気分。


 抑止力として動く、そのモデルケースになったのが『戦場荒し』、そう私だ。

 元より各国を影から監視していたというバルバロイさんは、和平で終結したディオールとヴォルドールの動向を知っていたらしく、カラードを作った1番の理由はそれを真似た抑止力が欲しかったかららしい。

 クラウンの言っていた自国内での戦争というのは外れていたのだ。

 いや、それも視野に入れていたらしいから、完全に外れていたわけではないか。


 まぁなんにせよ、その戦場荒しが私であることを伝えた結果、ならばベテルギウスも和平を結びたいと言い出した。

 戦争はいけないことだって言っておきながら、戦場を荒らしていた私にどんな文句が出るかとビクついていたんだけど。


 ――自分ひとりを悪とすることで平和を成そうというその心意気、感動すら覚えるよ。


 という超好意的解釈により何事もなかった。


 正直心臓に悪い会談だった……。

 クラウンが戻ってきたら焼き鳥にしてやろう……。

 今夜の晩飯はお前だ。って言ってやろう。


 とにかく、私の仲介があった方が話がスムーズだろうということになり、私である証として、書状をクラウンが届けに行っている。

 遅れてベテルギウスの使者が両国に着くだろう。


 私が兵団を作ったことを知ったら、ライアスさんとロンメル君は驚くかなぁ。

 そうだ、ふたりも入れてあげよう。3人で傭兵団を運営するのだ! 

 ライアスさんがいればそういうイロハは大丈夫だろうし、ロンメル君は料理専門の部隊を作れば……。

 

「ああ……お腹空いた……」

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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