094 亜人種ヴァンピールの特異性
――ローズが剣を握る少し前。
「さっさと行くぞ、情報通りなら奴がいるはずだ」
「あ~……はいはい、全くよぉ。別に俺じゃなくても良かっただろぉに……」
「お前の鼻に期待しているんだ。俺では見つけられんからな」
白くゴテゴテした鎧を着こんだ男が、同じく白い軽鎧を着たやる気の無さそうな男を宥めている。
ゴテゴテ鎧の男はガタイがいいを通り越して少しふくよかにも見える。
その背には大きな盾を背負っており、頭は兜で覆われていて顔が見えない。
対して、やる気のない男はヒョロヒョロのガリガリだ。
腰に付けた4本の短刀はどれも歪な形をしている。
同じようなデザインの白い鎧だが、かなり軽装で防御できている面積が異常に小さい。
「刻限通りならば、今頃ブレイズの連中が到着している頃だろう」
「座標位置指定の魔石を持たせたっていうあれか? どうするよ? 転移して川の中とかにいたら」
「その時は傭兵団がひとつ消えるだけだ」
「おーこわ」
冗談のような何かを言い合いながら、ふたりは目の前の台座へと登る。
周囲には魔術師らしい風貌の者たちが円を描くように立っていた。
その中のひとりが、ふたりへと声を掛ける。
「ローガン様、グレイク様、どうかお気をつけて」
「心配するな。いつもの仕事と変わらん」
「おう、ちゃちゃっとやってちゃちゃっと帰ってくるからよ」
「お帰りをお待ちしております。では……」
魔術師たちが一斉に詠唱を始める。
台座中央へと移動したふたりは、紫色の光へと包み込まれていく。
徐々に強くなる光が一瞬強く輝き、消える。
そこにローガンとグレイクの姿はなかった。
◆◆◆
――ヘルメス上空。
「……無事到着したな。いやまだか、これから落ちるのか」
「なんだこりゃ! おいローガン! 高すぎだろこ――」
言葉も半端に降下を始めるふたり。
眼下には食料保管の要所となっているヘルメス。
そしてそれを守るベテルギウスの傭兵団。
真下には自国カタディアンの傭兵団ブレイズの奇襲傭兵部隊。
ローガンは降下中、状況の把握に努めていた。
見える限り可能な範囲で標的を探す。すると、ローガンは自身に放たれたであろう何かを察知する。
「おい! グレイク! 攻撃されているぞ!」
「ああ!? 聞こえねーよ! なんだっ――」
グレイクはまたも言葉を遮られる。
ローガンから届く途切れ途切れの言葉に目と耳を奪われていたために、ローズの放った矢が直撃したのだ。
「チィッ!」
自由落下故にどうすることも出来ず、ローガンは自らに向かってきた矢を剣で払い落す。
だがその衝撃は凄まじく、体が後ろへと飛ばされてしまった。
「ぬぐぅ……! なんという威力……!」
第二射を警戒しつつも、ローガンは撃墜されたグレイクの様子を確認する。
バラバラと落ちる鎧の中に、何体もの蝙蝠が混じっていた。
それは降下しながらも集まり、折り重なって大きさを増していく。
人ひとり分の大きさになると、今度は加速して落ちていった。
「お怒りだな。やる気にさせる手間が省けた」
軽口を叩きながら降下し続けるローガンは、着地体勢を取り始めた。
バギンっという激しい衝撃音がふたつ続く。
地面に到達したローガンたちだ。
陥没した大地には亀裂が入っている。
かなりの高さから落ちたというのに、ふたりの体には何の影響もない。
「ローガン、あれは俺が殺す。標的じゃねぇから安心しろ。ただし手ぇ出すなよ」
それだけ言い残し、グレイクは猛スピードで戦場へと向かった。
「ふむ、ヴァンピールに狙われるというのはゾッとせんな」
既にヘルメスでは戦闘が開始されていた。
馬上という優位がありながら、それを全く活かせず次々と落馬していくブレイズの傭兵たち。
ベテルギウス側の傭兵たちは見事な連携により第一手を制していた。
「騎馬の破壊力を活かせないとは、そこらへんは所詮傭兵ってことか」
大きな岩の上から右目だけで戦場を見下ろすグレイクは、軍兵と傭兵の違いを観察しながら思案していた。
残った左目は建物の上にいる娘を凝視している。
左右それぞれの目で別々のものをみるというこの動作は、別にヴァンピール固有のものというわけではない。
ただ単に、グレイクにそういうことが出来るというだけだった。
「爺を探さなきゃならねぇが、先にあいつは消しておかねぇとなぁ……」
ギョロギョロと目を回転させながら、今度はしっかりと両の眼で娘を視界に捉える。
その娘は弓を消し、突如現れた剣を握りしめた。
「あ? 奇術師か? まぁなんでもいいわ。さっさとぶっ殺――」
本日3度目となる言葉の中断。
ジッと動作を観察していたはずの娘、ローズの剣がグレイクの半身を両断したのだ。
辛うじて頭部へ直撃を免れたが、右肩からバッサリと斬られている。
ローズが振りぬいた剣は岩を穿ち、長年の雨ですべすべになっていた岩肌を砕き散らした。
「なん――!?」
デロんと半身が項垂れているまま、岩を降り後ろに下がったグレイクの首元には、高速で迫る白刃があった。
咄嗟に頭部を蝙蝠へと変え分離し、斬り裂かれることを回避するも二の太刀が迫ってくる。
「ぐおおおお!」
躱す、躱す、躱す。
グレイクは反撃する隙を見つけられず回避一辺倒。
何度躱しただろうか。体のほとんどを蝙蝠に変えた頃、ようやくローズの連撃は終わった。
人型の状態で斬られることはなかった。その全てを蝙蝠へと分離することで躱しきったのだ。
代わりに、分離したはずの蝙蝠たちはその半分をバラバラに斬り裂かれ、二度と肉体に戻ることはない。
動ける蝙蝠を集結させ、人型に戻った時。
グレイクは腰から上の右側がほとんどなかった。
「お、おまえ……! おまえ、おまえおまえおまえおまえええええええ!」
罵ろうとしたのだろう。
だが言葉が浮かばなかったのだろう。
グレイクは高速で思考を巡らせる。現状を打開する方法を模索する。
それに集中したため罵倒の言葉は出てこなかった。
回避しようにも速度で負けている。
分離すればその瞬間、蝙蝠を斬り裂かれる。
まだ1度たりとも攻撃に移っていないグレイクは、激しい怒りに包まれながら手詰まりであることを否定する。
突如、目の前が暗くなる。
トドメの一撃に放たれたローズの剣撃を、横から入り込んできたローガンが庇うように受け止めてくれたのだ。
「何をしているグレイク。無様にもほどがあろう」
ヴァンピールであるグレイクは決して弱くない。
ステータスの総合評価で言えばA+の超一流だった。更にその特性により、不死のグレイクとまで言われた元冒険者。
勿論、実際に不死なわけではないが、体を自在に変化させることが可能で、単純な生物ならば分離して模倣できる。
知らない者が見れば、不死だと思い込むのは仕方のないことだろう。
そして万全の状態であれば、ここまでいい様にやられることはなかったかもしれない。
ローズが放ったエーレンベルグの一射。
これが既にグレイクの臓腑へと甚大なダメージを与えていたのだ。
それを補うために失った各部位の純粋な容量。ローズと対峙した時点で彼の身体能力は落ちていた。
「お前なら回復できるだろう。さっさと行け」
大盾を器用に使いローズの連撃を受け続けるローガンが移動を指示する。
だが言葉の落ち着きとは裏腹に、攻勢に回る余裕はない様子だった。
速度に差があり過ぎるのだろう。グレイクよりも鈍重なローガンには荷が勝ちすぎているように見える。
「待ってろ! すぐ戻る!」
そう叫び、グレイクは全身を蝙蝠へと変え傭兵たちが争う場へと向かう。
行かせないとばかりに、それを迎撃しようとするローズに、ローガンは食って掛かる。
「なんだ小娘。あんなボロボロの男を追い回してこの俺に背を向ける気か?」
安い挑発だったがローズは追うことをやめる。いや追えなかったと言った方が正しいかもしれない。
速度で圧倒しているはずなのに、決定打どころか有効打のひとつも与えられていない。
安易に背を向けてつまらないダメージを負うリスクは避けたかったのだろう。
ローズは目の前の騎士の防御技術の高さを素直に認め、最も警戒すべきはこいつだと。
明確にそう判断していた。
◆
「おおおおお!」
ヘカトンケイルの面々は、初回激突時に戦死者をふたり出すという被害を被った。
だが残ったふたりが勇猛果敢に敵傭兵と刃を交えている。
胴と首が泣き別れになった仲間の横で、ザガンともうひとりが踏ん張っていた。
ザガンは盾とメイスを使い、向かってくる敵に確実なダメージを与え、自身はほとんどのダメージを受けていない。
相手の攻撃をいなし、捌くのが非常にうまい。
ファルコは無様に剣を振り回している。
カラードの24人は、流石の練度というところだろう。まだひとりの負傷者も出しておらず、見事な連携で馬上の敵を仕留めていた。
ひとりだけ、突起の長い兜を付けたフルプレートの傭兵がいる。
恐らくは彼がここにいるカラードたちの代表だろう。
2本の曲剣を滑らせながら、まるで曲芸でも舞うように次々と敵傭兵を行動不能にしていく。
不可解な動きに敵は上手く対応できていない様子だった。
アグネアストラの3人も全員が存命中。
手甲の使い手であるチェルミーが、剣とのリーチ差に不覚を取り負傷していたが、死ぬほどの怪我ではない。
もうひとり、短剣を扱う女性も手傷を負っていたが戦えないほどのダメージではない。
そしてエルモア。
直剣の華麗な捌きで間合いを潰し、腕力に劣る分、技量で敵を圧倒していく。
ザガンと同様に傷はひとつもなかった。
激突から僅か数分の間に、カタディアンの兵団ブレイズはその数を52人から38人まで減らしている。
数で勝っているはずだった彼らが苦渋を舐めた原因は、乗ったことの無い馬。
本来、騎馬での攻撃というのはその突進力が最大の利点であるのにもかかわらず、あろうことか一合切り結んだだけで馬の脚を止めてしまったのだ。
更に得物は剣。体勢を低く取られるだけで何も出来ないリーチ。
追従していた狼の群れも最悪だった。
馬が狼の発する食い気に当てられ怖気ていたのだ。
仮に騎馬での戦闘方法を知っていても効果は見込めなかっただろう。
結果として、ヘルメスを守る傭兵たちは敵の無知に助けられ、ものを知らぬブレイズの傭兵たちは馬を降りることを選択するまでに14人を失うこととなった。
「いいぞ! 状況は既に優勢である! このまま畳みかけろ!」
フルプレートの男がそう叫ぶ。
その声に全員が声高らかに士気を上げ、猛然と剣を振り上げる。
「怯むなぁ! 我らには神の守護者たちが付いている! 討滅せよぉ!」
ブレイズの指揮官もまた叫ぶ。
落ちていた士気を微かに上げ、連れ立った狼と共に向かっていく。
「あ、あぶぁ……ぶぇ……」
勢いはあってもまだ多少の数的不利はある。
馬上から降りたブレイズの傭兵たちが本領を発揮し始めたこともあり、肉が斬れる音よりも鉄と鉄のぶつかり合う音の方が激しくなってきていた。
「ぷぁ……ぁ……あ……」
雄叫びを上げながら果敢に切り結ぶ傭兵たち。
そんな彼らの戦いの輪の外側。
ヨタヨタと歩くブレイズの傭兵に異変が起きている。
「ぉぁ……ぁ……」
か細くなっていく声。
誰もそのことに気づかない。
人知れずひとりの傭兵は、体全てを闇に飲み込まれる。
激しい戦闘が続く中、ようやく異変に気付いたのがヘカトンケイルのザガンだった。
明らかに人の数が減っているのに、死体の数が少なすぎる。
少し遅れてカラードの指揮官もそれに気づく。
連携を取って戦っていたはずが、いつの間にかその連携に穴が出来ている。
隊列を乱したのは誰だ。と見渡すが、外れている仲間はいない。
というか、足りない。
狼と馬に至ってはいつの間にかただの一体もいない。死体すらも。
「な、なんだ……」
ブレイズの指揮官も気づいたようだ。
次第に動きを止め、周囲を見渡す者が増え、ついには全員が異変を察知する。
不可解な現象の正体を見極めようと、戦場から音がしなくなった瞬間だった。
「お、おい……お前、後ろのそれ……」
言葉を掛けられた男の後ろには、真っ黒い物体があった。
闇に紛れているせいか、落ち着いて見てようやく確認できるレベルのそれは。
突如大きな口を開けて男を飲み込んだ。
「うああああああ!」
ひと口で飲み込まれた男の安否は絶望的だろう。
小さく咀嚼音が響く中、黒い物体は姿を変えていく。
人型へと変わったそれは、全身に体毛を生やし、赤く滾った瞳をしている。
背には小さな翼が生え、鋭い犬歯を覗かせていた。
「ヴァンピールだと……! 全員距離を――」
カラードの指揮官は、指示を出し切る前にその首を飛ばされる。
ガィンと音を立てて転がる首は兜が取れ、中からは鱗の付いた爬虫類のような顔が出てくる。
「亜人か、それもリザードマン……。どうりで不味いわけだ……」
闇に紛れそれなりの食事を終えたグレイクは、元のヒョロガリな体躯ではなくなっていた。
筋骨隆々と言えるほどのガタイに、2メートルを超える大男になっている。
「ぐ、グレイク殿か……。此度の助太刀誠に感謝する。し、しかし我らと敵を見間違ってもらっては――」
ブレイズの指揮官と思われる傭兵が、援軍であるはずのグレイクに声を掛けた。
だが彼もまた、言葉を発しきる前に死を迎えた。
頭のなくなった体からは大量の血しぶきが飛び散り、ジェスチャーを取っていた腕はダランと力なく下がる。
グレイクは口を大きく開け、残った体を上から齧り始めた。
その場にいた全員が動けずにそれを見守っている。
齧る。毟る。噛む。飲み込む。
それを幾度も幾度も繰り返す。
敵も味方もない。
人が一から順に食われていく様を、皆絶句しながら眺めている。
そんな張り詰めた緊張を打ち破ったのは、最も恐怖に震えていたファルコだった。
「あ、あ、ああああああああ!」
ひとり武器を手放し、叫びながら走り出す。
嫌だ、嫌だ、と。
食われて死ぬのは嫌だ、と。
涙で歪む視界などお構いなしに走り続ける。
「うわああああああ!」
それに感化され、次々と傭兵たちは逃げ出した。
ヴァンピールという存在は誰もが知っている。
その希少性ゆえ、目にすることはほとんどがないが、目にした時には死んでいる。
それがヴァンピールに対する、一般的な常識。
だがヴァンピールなどと口にしなければ、その恐怖が増大することはなかったかもしれない。
目の前の暴威と、ヴァンピールというひと言で、傭兵たちの恐怖は頂点に達していた、
「十分食ったな……」
合計で30人。それと馬、狼の全てを完食したグレイクは、体を作り変えるために丸くなった。
破損した臓器を代替品から新品へと。
千切れて使い物にならない筋肉を、以前よりも大きく太く、強靭に。
見逃すことがないように、ふたつしかないはずの目を8つに。
攻め手を増やし、攻撃と防御を同時に行えるよう腕と足を倍に。
そして食べカスに混じった鎧や衣服をその体に纏わせる。
ものの数秒でそれは完了したが、内部ではまだ変動が続いている。
逃げることの無駄を悟っていたのか、それとも足が動かなかっただけか。
その場にはカラードの傭兵3人とザガン、そしてエルモアが残っていた。
完全な異形へと姿を変えたグレイクを前に、もはや声を出すことも出来ない。
「……ォオ? ヨク逃ゲナカッタナオ前ラ……。最後マデソコカラ動カズニイラレタラ、食ワナイデオイテヤルヨ」
変化の影響か、カタコトになるグレイク。
雰囲気もより野蛮的なものに変わっていたが、残った彼らはその言葉に安堵していた。
あ、ああ。よかった。
気まぐれか、男気か。騎士道精神か。
絶望的であろうと敵に背を向けなかった自分を褒めてやりたい。
ただ恐怖で足が動かなかっただけかもしれないけど、とにかくよかった。食われないで済む。
そんなことを思い浮かべていたのだろう。
兜を取ったカラードの3人は、笑みすら浮かべていた。
「ナンテナァ」
ビダンと叩きつけられた異様に長く太い腕。
下敷きとなったリザードマン3人は、その腕の隙間からピンク色の肉をはみ出させている。
騎士道精神など、目の前の化け物にあるわけがない。
「ギャハハハハ! 馬鹿ガ! ドウセオマエラハ全員死ヌンダヨ! 期待シテ笑ッテンジャネェゾ! 生キ残レルワケガネェダロ! 運動後ノデザートニスルンダカラナァ!」
もうそこに残っているのはザガンとエルモアだけ。
ふたりは青ざめた顔で放心している。
「ニゲテモ無駄ダゾ。スグ食イニイク。オマエラハ――」
まさかの4度目。
またも言葉を遮るのはローズの剣。
重低音を響かせる斬撃が、無数に枝分かれしたグレイクの腕を根元から切断した。
「グヌオォ……ッ! コンノ……ガキガァアアア!」
異形へと変貌したグレイクの姿は既に3メートルを超えている。
倍にするつもりだった腕と足は5本と6本に。
8つにしたはずの目は14個まで増えている。
亜人でありながら魔物と言われるその特異性。
【肉体の形態変化】
それは大量に補充した栄養素を用いて、今も過剰に繰り返されている。
その結果、膂力だけならローズを超えることとなった。代わりに失った俊敏性も、自身の移動という点では鈍重そのものだったが腕を振り回す分には問題ない。
攻撃が当たりさえすれば、ローズの体はその瞬間に粉微塵となろう。
「シィネエエ! シネェエエ!」
聞いているだけで不安を駆り立てるような風切り音。
それは何度も何度も周囲に響く。
だが、肉が潰れる音は一向に聞こえてこない。
どれだけ振り回しても、俊敏に動くローズには掠りもしなかった。
「ナンデ……ナンデダァアア!」
躱しざまに腕を斬り裂いていくローズだったが、斬った傍から再生するそれをどう攻略するかに悩んでいた。
「どうしよこれ、クラウンなんか作戦ない?」
「……」
ローズの問いにクラウンは一切答えようとしない。
仕方なく妙案が思いつくまで回避と迎撃に専念していた。
これを黙って見ていたエルモアは、瞬きをすることを忘れていた。
目の前の状況が信じられない。
あのヴァンピールに対して、戦力外だと決めつけていたはずの女性が圧倒しているように見える。
「ああ……私はなんと浅慮であったのか……」
同じ女性であっても、測定不能の実力でクラスC以上の護衛依頼にくるなど、傭兵を馬鹿にしている。
向上心の強さは買っても、他者への迷惑を顧みない行為は感心できるものではない。
そう思っていた。
そしてそれはザガンも同様だった。
ふたりは、見下していた女性に命を託すしかない状況に歯噛みすることも、嫉妬することもなく、ただただ祈った。
お願いだ、あの脅威を取り払ってくれ、と。
「アアアア! ローガン! ローガンハドウシタアアアア!」
栄養素が足りなくなってきたのか、グレイクの再生は次第にその速度を落としていく。
時間稼ぎに疑問を投げかけるという姑息な手段ではあったが、こんな姿になってまで負けることの方が我慢ならない彼はなりふり構っていられなかった。
「ん」
剣で位置を示すローズ。
ローガンがグレイクを庇い、代わりに戦闘し始めたはずの場所。
そこにあったのは、突っ立ったままの人間の腰から下。ぶら下がっている鎧は間違いなくローガンの物。
上半身はどこにも見当たらない。飛散したような肉片も無い。
闇でも視界が十分に利くグレイクには、その異常さがよく見えた。
どんな攻撃をすれば、あんな風に死ぬ。
何を使って攻撃すれば、あんな死体になる。
理解も想像も出来ないグレイクは、思ったことをそのまま口にする。
「バカナ……。アイツハ……オレヨリツヨイ……ノニ……」
こうしている間も、グレイクの体の中では形態変化が続いていた。
十分な栄養素の無い、無理な形態変化は異常を及ぼす。
再生のため、無理を承知で繰り返していたグレイクの思考能力は、既に魔物の一歩手前まで落ちている。
「オ、オレガ……オマエヲクエバ……オレノホウガツヨイ……」
魔物に近づくほどに繰り返された変化は、ついにその体の機能に甚大な影響を与える。
肥大化させ続けた筋肉は、腕や脚を不必要に太くし、その重みもあって動かすことができない。
まともに思考が働いていれば、そうなる前にやめることも出来ただろう。
逃げるという手段も取れたかもしれない。逃げきれるかどうかは別として。
「ゴアアアアアアア!」
「……【共振】」
ローズは1対2の武器を背中に展開し、強化された斬撃で身動きの取れなくなった異形の体を斬り裂いた。
斬撃に伴う衝撃の渦が、最期に小さく呻いていた異形の体を斜めに消失させる。
巨体故に腕や足が多少残ったが、中央部分は跡形もない。
闘争本能と強い食欲に支配されたヴァンピールは、完全な魔物となってから、その命を無様に散らした。




