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091 フロートオッパイとスキンケアと初任務

「はぁ~……」


 湯煙が立ち込める豪奢な空間。私は湯船に体を浮かせていた。


 さすがに露天風呂とはいかなかったが、清掃が行き届いていて気持ちのいい浴場だった。

 そしてかなりの広さだ。

 体を洗うような場所は無く、ただただ湯に浸かるだけではあるが、それでも十分。

 私が小さい頃は肩まで浸かるようによく言われたものだ。


 ……誰に?


 ダンダルシアにいた時にお湯に浸かったことはあるけど、肩まで浸かれなんて教わった覚えはない。

 なんで肩まで浸かるんだろ……?

 それと、家では体は洗っていた。

 田舎と言える私の故郷にはそういう習慣はあったけど、ここにはないのだろうか。 


 うーん、まぁいいか!

 今はこの快適空間を満喫しよう!


「隣いいかしら?」


「え……?」

 

 声を掛けられて振り向くと、金髪のお姉さんが微笑み掛けてきている。

 何故、私の横に来る。

 こんなに広いんだから別の場所に行ってよ。

 ゆっくり浸からせてよ。


「断らないってことは、了承したってことでいいかしらね?」


 お姉さんは、そう言いながら私の横でお湯に浸かり始めた。

 断ってはいないかもしれないけど了承もしていない。

 なぜそうなる。


「あなた、今日傭兵登録してた子よね?」


「そ、そうですけど……」


 お、お湯に浮いている……。

 おっぱいがっ!


「武器も持たずに傭兵登録してたってことは、単純に身分証が欲しかっただけのお嬢さんかしら」


「はは、どうでしょうね……」


 随分と詮索してくる。

 なんなんだこのフロートオッパイさんは。

 私のおっぱいさんも成長しているはずだけど、比べるのはよしておこう。

 頑張って私のおっぱいさん。

 いやほんと割とマジで。格差社会に負けないで。


「身分証が欲しいってことは余所から来たわけよね……。なのにこんな高い宿に泊まるお金は持ってるなんて、何者なのかしらね? お姉さん気になっちゃってねぇ……」


 肯定も否定もしてないのに、話をそのまま進めてくる。

 世間話をしたいわけじゃないねこれ。

 何か目的があって私に話しかけたんだねこれ。


「ここで会ったのも何かの縁だし、私のとこの兵団に入ってみない? 女だけの楽園よぉ?」


「あーいえ、結構です……。もう所属兵団がありますので……」


「それって勧誘防止のために自分で作ったやつでしょ? 今日沢山勧誘されてたものねあなた」


 よく見てらっしゃることで。


「女の子を勧誘する兵団は多いのよ、内部でどういう扱いを受けるか分からないけど、そういう目的で勧誘する奴らも少なくないし気を付けないとダメよ?」


「今まさにそういう勧誘を拒否しようとしているんですけど」


 私がそういうと、お姉さんは目を丸くした後で笑い出した。


「アハハ! 違うわよ、私はそういう理由で勧誘しているわけじゃないのよ」


「じゃあなんですか? 武器も持ってなかった駆け出しの傭兵を勧誘する理由は?」


 口角を上げてニヤリと笑うお姉さんは、欲望に塗れたような表情を浮かべて口を開いた。


「それはね、あなたのそのお肌よ!」


「……お肌?」


「そう! 栗色の髪にクリクリの大きなお目々! とても愛らしいわよ! でも一番はその肌! 透き通るような白い肌! きめ細か過ぎるし張りの良さがひと目で分かる! いくら若いからってそこまでの美肌になることなんてないわ!」


 突然声を張り上げて喋り出したお姉さんは、私の肌を撫で始めた。


「うへぇえ!」


 悲鳴を上げて私は距離を取った。

 女性とはいえ、突然撫でまわされたら流石に気持ち悪い。


「ああ、すべっすべ! 一体どんなスキンケアをしたらそうなるの! お願い! 教えてちょうだい!」


 スキンケアって、別に特別なことは何も……。

 思い当たる何かがないか、過去を反芻し始めたら頭痛がし始める。


「いたっ……」


「あ、あらそんなに強く触ったかしら……。ごめんなさいね……傷つけるつもりはなかったの……」


「だ、大丈夫です……」


 どうやら今は思い出したらダメな記憶らしい。

 ということはなんかあるんだ。私の肌がすべっすべな理由が……。

 でも今は適当にあしらおう。

 思い出せない以上、言えることは何もない。


 肌を見比べ、心の中で小さく勝利の雄叫びを上げる私。


「ふ……。とにかく、特別なことはしてませんので私はこれで……」


「あ、ちょっと!」


 このままここに居てもスキンケアについてしつこく聞かれそうだし退散しよう。

 記憶を辿らせようとする質問は危険だ。

 お風呂はまた明日ゆっくり入ればいいしね。


「はぁ……」


 少し憂鬱になりながら、私は着替えてすぐに部屋へと戻った。




 ◆




 翌朝、私はギルドにやってきています。

 実力を示すのと、妨害の両立としてクラウンが出してきた案がなんと。

 侵略系と思われる依頼をあらかじめ抑えておくというもの。


「あの~、どんな依頼があるか見せてもらってもいいですか?」


 このギルドでは、なのかは分からないけど、依頼は全て窓口で聞く必要があるらしい。

 依頼の紙が張り出されるようなボードは存在しなかった。


「はいはい、えーと兵団の名前を教えていただけますか?」

 

 昨日とは違う女性が担当してくれた。

 ちょっとあか抜けない感じの人で可愛らしい。


「あ、薔薇の王冠(ローズ・クラウン)です」


「えーと、ローズクラウン……ローズクラウン……っと、これか。あー昨日作られたばかりの新規傭兵団ですね。であれば斡旋できる依頼はこちらになります」


 目の前に広げられた紙には、冒険者と大差ない依頼書が並んでいた。

 薬草採取や近隣の魔物の討伐、そんな感じ。

 それぞれの紙の上部には、クラスFと書かれている。


「あの、もっとこう、戦争に関係するようなものはないでしょうか」


「斡旋できる依頼は傭兵団のクラスによります、そちら様ですとまだひとつも依頼をこなされていませんので……」


 うーん、それもそうかぁ。

 冒険者もランク帯で受けられる依頼は違ったもんなぁ。

 侵略系ってなると秘匿性が重視されるのかな? 開示すらされないみたいだし。

 クラウンの妙案はダメかもしれない。そんなに甘くはなかったようだ。


「もしくは別に、傭兵自体のクラスで斡旋できる依頼もありますが、どうされますか?」


 お、なんだいそれは。


「どうされますかというのは?」


「無所属の傭兵の方も当然いらっしゃいますから、それぞれのステータス評価でクラス分けをしているのです。実績に関しては兵団ごとに評価を付けますが、傭兵はその能力値のみを評価します」


 ふむ?


「兵団の実績ってのは信用できるかどうかも含めたりですか?」


「いえ、傭兵も兵団も信用できるかどうかの基準は存在しません。依頼を受けてそれを遂行するだけ、それを遂行出来たかどうかの遂行率が記録されていきます。大手の傭兵団になると、ギルドを通さずに直接契約したりしますので、その兵団が信用できるか否かは依頼主が個別に判断するようになっています。それとは別に、単純に強さを示すのが傭兵個人の評価になります」


 ほほーん。

 聞いた話だとつい最近になって傭兵メインに切り替わったらしいけど、随分とシステムがしっかりしてるなぁ。

 誰かが事前に用意していたのかな……?


 んで、ギルド側はあくまで依頼を斡旋するだけって感じだね。何かあっても責任は負いませんよってのが滲み出てる気がする。


「じゃあ傭兵評価の方でお願いします」


「分かりました。えーと、ローズクラウンですと団長のローズさんしかいないですね。ステータスの鑑定をしていないようですが……」


「してませんね」


「拒否なされたとかですか?」


「え? いえ特に言われなかったので……」


「あ、あー……分かりました。それではひとまず鑑定しましょう。ご案内します」


 なに? どゆこと?

 疑問符を浮かべながら、私はお姉さんの後を付いて行った。

 部屋を出てすぐに現れた長い通路を抜けた先に、ちょっと雰囲気の違う赤い扉がある。

 目的地はどうやらここのようだった。


 部屋に入ると、お姉さんはガチャリと鍵を掛けながらその意味を教えてくれる。

 他者にステータスを見られないようにするための配慮だそうだ。

 不必要に見られても気分のいいものじゃないし、心遣いは嬉しい。


「じゃあその透明な玉に手を触れてください。目の前に突然浮かび上がってくるので注意しててくださいね」


「は、はぁ……」


 初めてだと思われてるのかな。

 まぁ別にいいけどさ。


「では起動しますよ」


 手を置いた水晶が震え始めた。

 なんか私の知ってる鑑定と違うんだけど、なにこれ、なんの演出?


 ブゥゥンと音を立てながら震える玉は、しばらくすると治まりビジョンを表示する。

 そこには『測定不能』と書かれていた。


 ……測定不能?


「あー。やっぱりそうですか」


 え、なになに? やっぱりなの? なにが?


「うちの鑑定石は、Dクラス以上の実力者にしか反応しないんです。それよりも能力値が低いとこういった感じで測定不能と表示されてしまうんですよ」


「いや、でもっ……」


 私、本当はA++の超実力者なんです! という言葉を、言い出しそうになって私は飲み込んだ。

 測定不能と表示されている状況でそんなことを(のたま)っても信じてはもらえないだろうし、本当は強いんですって言ってる口先だけのルーキーみたいでカッコ悪い。

 そんな結果が容易に想像出来たからだ。


「それでは戻りましょうか。残念ながら傭兵個人としての斡旋は出来ませんが、傭兵団としての依頼の紹介は出来ます。さきほどのと同じものになりますけど」


「はい……」


 元の窓口へとトボトボ戻る。

 その間に、登録時の鑑定をされなかった理由を教えてもらった。

 あからさまに測定不能となりそうな人には、希望が無い限りは鑑定を勧めないそうだ。

 つまり、私は初めから雑魚認定されていたということになる。

 更に言えば、この測定不能鑑定により雑魚認定はお墨付きとなった。


 悲しい……。


「それで、どうなさいますか?」


「ち、ちょっと考えたいので、また後で来ます……」


「分かりました。またのお越しをお待ちしております」


 窓口から離れ、待機場所みたいな椅子がいっぱい並んでるところに腰かける。


 はぁ、どうしよ。

 コツコツ兵団の評価を上げてるような暇もないしなぁ。

 というかなんで測定不能なの。

 そこが一番分かんない。


 内心腹を立てていると、目の前に見覚えのある顔が現れた。


「また会ったわね。お肌すべすべのお嬢さん?」


 あ、あー……。

 昨日のフロートオッパイさんじゃないか。


「どうも……」


「元気ないわねぇ? どうしたの? お姉さんに相談してごらんなさい?」


 長めの金髪と無駄にデカい乳房を揺らしながら私にウィンクをしてくるお姉さんに、私は受けたい依頼が無かった事を愚痴るように伝えた。

 悪い人には見えなかったからか、ついつい喋ってしまった。


「ふーん、ならお姉さんに任せてみなさい?」


「……?」





 ◆





「食糧庫の護衛依頼の受注を承りました。明日中にヘルメスに到着し、主要護衛兵団となるカラードの方々にこの札をお渡しください。それで前任の護衛兵団と交代となります。そこから約1週間、交代の兵団が来るまでのあいだ護衛任務を遂行してください。任務を終えた際には、預けた札をカラードの方々から受け取り、こちらにお持ちください。札の内容を確認した後、報酬の支払いとなります。護衛期間中、護衛対象に被害が出ればその分報酬が減額されますので留意ください」


「は、はい!」


 む、難しい言葉をペラペラと……! 機械か何かかこの窓口のお姉さんは!

 まぁとにかくだ!

 メインで食糧庫を守ってる兵団がいて、そこに増援要員として他の兵団が交代で派遣されてるんだよね! そうだよね?


「ふふ、良かったわね。割のいい依頼が受けれて」


「あ、はい。アイシャさんのおかげです」


 頭の中の葛藤を表情には出さず、落ち着いた様子で受け答えをする私。


 金髪フロートオッパイさんは名前をアイシャ・クルーデンスという。

 名前までなんか綺麗な響きだ。おっぱいがあるだけで我慢しろ。

 と思ったけど恩が出来たのでこれも顔には出さない。


 この人が仲介してくれたおかげで本来ならクラスC以上じゃないと受けられない依頼を受けることができた。

 フィーリングで愚痴ってみるもんだなぁ。なんか話やすいんだよねこの人。


「うちの団員も何名か一緒に行くし、他の兵団の奴も行くからね。明日の出発に遅れなければ問題なくたどり着けるはずよ」


「いろいろとありがとうございます」


「いいのよ、あなたには貸しを作っておかないといけないしね?」


 スキンケアか……。

 十分綺麗だと思うんだけど、ごめんなさい。

 話せる情報は何もないのです。それは言わないけど。


「それじゃ戻ってきたらまた会いましょうね~」


 そんなこんなで翌日。

 私を除く女性3人と男性6人の集団は、自己紹介もないままに食料保管場所であるヘルメスへ向けて出発した。


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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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