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089 亜人国家ベテルギウス

 あれから1か月と2週間ほど、私はクラウンとふたりでディオールを発ち東へと向かっていた。

 ここは既に滅びてしまった国、フォートギアの中心地。大きな塔が悲し気に聳える空虚な街。

 人が生きていたという跡があちこちに見え隠れしている。

 彼らの夢の残滓が、乾いた涙を流すように風がすすり泣いている。


「しかしよかったのかローズ、ここまで来てなんだが……」


「うん、あのふたりが決めた事だもん、私はそれを尊重するともさ!」


 ライアスさんはヴォルドールに、ロンメル君はディオールに。

 それぞれが課題を見つけ、それを解決するために残った。



 ――『ローズ、悪いが俺とロンメルは残る』


 このひと言を聞いた時はすんごいショックだった。

 でもその理由を聞いてちょっと安心した。


 ――『お前の活躍は聞いた。正直俺たちは完全にお荷物だ。このままじゃ何の役にも立たん』


 別になぁ、そんなのいいのになぁ。


 ほわんほわんほわん(擬音)……。


「ろ、ローズ! なんだこのホワホワって音は……!? 何かのスキルか!?」



 ――以下、短めの回想。


『ヴォルドールの魔石を利用した技術、ディオールの剣の技術。俺とロンメルはそれぞれで腕を磨くことにしたんだ。なに、そんなに長い時間を掛けるつもりはねぇ。ある程度妥協しながらになるだろうが、納得できるとこまではやらねぇとお前の足を引っ張るだけだしな』


『ぼ、僕も! ローズさんのお役に立ちたいんです! 食事を作るだけでなく、ちゃんと横に立って一緒に戦いたいんです!』


『一応既にニクス王にも、騎士王にも了解を得てる。だがローズが俺たちの成長を待つ必要はない。それこそ足を引っ張ってる事になる。だからお前は先に行け。必ず追いつくからよ』


『絶対強くなって! ローズさんのとこまで行きますから!』


 短めの回想、終わり――。



 ロンメル君のやる気溢れるあんな顔、見たことなかったかも。

 惜しむらくは彼の作る料理が食べられないこと、ああ、それだけは本当に残念でならない。


「ローズ、魔物だ」


 瓦礫や廃墟の影から、複数の魔物が姿を現した。

 ダンジョンから出てきた魔物だろう。地上では見た事のない種類だ。

 なんかこの細長い奴、面白い顔してるなぁ。


「うーん……」


 考え事をしながら、片手間に向かってくる魔物を始末していく。

 これからどうしようか。

 このまま国々を渡って強制的に戦争を中断させてもいいし、まだ行ってないダンジョンへ行ってみるのもいい。

 家族に会いたいならダンジョンに行ってる暇はないような気もするけど、もう2年も経ってるんだから多少の遅れは誤差だろう。

 いまだに結界が張ってあって入れないから、ダンダルシアは無事そのものだと思う。

 それに強くなれば強くなるほど、取れる手段は増えてくる。

 ……はず。


「そういえばローズ。お前の言ってた情報屋って奴だが、最初に何を教えてもらったのか思い出せたか?」


「うーん……」


 傘を持った情報屋。

 死と恐怖を捧げる事で現れるという奇怪な特徴を持つ得体の知れない奴。

 ヴォルドール野営地で遭遇したのは2回目。


 では1回目はどこで?

 思い当たるのはひとつだけだった。そう、私が滅ぼしたという宗教国家スピリア。

 私を守ってくれているという、あの意識だけで出会った()の映像には、情報屋の姿はなかった。

 本当にスピリアで会ったかは分からないけど、それしかないだろう。


 会った記憶も出てこないのだ。何を教えてもらったかなど全く覚えてない。

 

「全然思い出せません」


「なら大した事じゃないのだろう。大事な情報なら忘れないはずだ」


 はははぁ……。

 そうならいいんだけどなぁ。


「向こうにデカいのがいるな、オーク……いやオーガだなあれは」


「ふぇー……」


 ドタドタと向かってくるオーガをスライスしながら、またも物思いにふける。

 ライアスさん、魔術結晶体に目を付けてたなぁ……。

 あれがあれば戦力としては十分だろうけど、あの時の凄い熱線照射はニクス王が乗ってたからこそ出来たって話だったし……。

 ライアスさんの魔力値ってどうなんだろう? 剣士だよねあの人。

 

「あ、魔石」


「随分小さいな。魔物でもオーガクラスならもっと大きい魔石が出てもおかしくないが……」


 むぅ、小さいのか。

 まぁ大きくても持ち運べないしなぁ。


「お、おいローズ……。あれは、フェンリルだ!」


 フェンリルかぁ。狼かな、すごい綺麗な毛色だ。真っ白けじゃん。毛皮で暖かい服とか作れるんじゃない?


「ぼさっとするな! 上位中の上位種族! 俺と同等クラスの災害指定魔獣だ! おい聞いてるの……――」


 ああ、そういえばロンメル君はディオールか。

 騎士王様強かったもんなぁ。あの人に鍛えてもらうんなら、ロンメル君も相当強くなるんじゃないかな。

 もしそうなれば、料理も出来て剣術も達者で、童顔で私より小さい男の子。

 意外に悪くない物件かもしれない。


「お、俺と……同等の……災害指定…………」


 気づけばフェンリルは頭部が潰れ、美しかった毛並みは赤く染まっている。

 Oh……。


「あれ、クラウンって自分のこと俺って言ってたっけ」


「……ん? ああ、ルシアの前では元々こうだ。覚えてないのか? 合流した際にお前が持ち上げまくって紹介するから、ロンメルの奴が目を輝かせていただろう。そのおかげで俺は自分のことを『私』って言うようになったんだ。口調も多少偉ぶったりな。実際気疲れする」


 ああ、そういえば災害指定される魔物だったね。種族名はクラウン・フォーゲル。

 王冠の名前を持つ魔物だもんね。仕方ないよね。


「この狼どうしよ」


「フェンリルの素材は全て貴重だ。捨てる部分がない。ルシアなら何がなんでも持ち帰るだろうが……」


 うーん、いらないよね。

 どうせ別の国には入れないし、見送られて出てきたのに戻るのもカッコ悪い。

 嵩張るアイテムは置いて行こう。


「しかし、あのフェンリルをこうも簡単に片づけるとはな……。あのステータスも誤表記ではなかったわけだ」


 ディオールを発つ数日前、ヴォルドールにあった冒険者ギルドで、本当に久々に自分のステータスを確認したのだった。

 その結果に驚くと同時にちょっとホクホクだった。


 

『ローズ・クレアノット


 【武器適性】


   刀剣武器類 :S

   鈍器武器類 :S

   竿状武器類 :S

   投擲武器類 :S

   射出武器類 :S

   格闘武器類 :S

   魔術武器類 :A   

   その他武器類:A

   

 【防具適性】   


   鎧系統   :S

   盾系統   :S

   兜系統   :A

   靴系統   :S

   衣類系統  :S

   魔布系統  :A

   

 【装飾適性】

 

   全適性   :A


 【魔術適性】

 

   無し


 【技能適性】


   物理系技能 :S


 ステータス

  平均膂力値:542

  平均防御値:487

  平均魔力値:0

  平均敏捷値:661

  平均闘気値:455

  平均聖気値:439

 スキル【戦技】

  無し

 スキル【魔術】

  無し

 スキル【その他】

  『適性武具霊装化』

  『霊装武具操作』

  『霊装武具操作・腕』

  『霊装武具操作・足』

  『霊装武具操作・背』

  『霊装武具操作・頭』

  『適性武具限定複製』

  『適性武具強度強化』

  『適性武具連装制御』

  『適性武具指向制御』

   ……表示限界……


 恩恵

  無し


 総合評価  A++ 』


 

 最高評価はAだと思ってたけど、更に上と思われるSが出てきた。これが最高評価なのかな?

 戦技スキルに面断ち(おもてだち)が無かったのは地味にショックだ。

 他にもさ~、【カルシュブレイド】とかさぁ~【ブレイクダウン】とかさぁ~。

 色々使えるんだよ? なのにスキルとしては会得されてない。

 自力で出せるから別にいいけど、適性武具のせいだったりする?

 これしか覚えないんですけど。色々覚えたいんですけど。


 魔力値も安定のゼロ。

 まぁいいんです。これは諦めてます。

 呪具があるからちょっとした火とかなら出せるしね。もう気にしない。


 ちなみに、クラウン君のステータスは確かこんな感じ。



『種族名:クラウン・フォーゲル


 ステータス

  平均膂力値:102

  平均防御値:89

  平均魔力値:214

  平均敏捷値:336

  平均闘気値:187

  平均聖気値:275


 総合評価  B+ 』



 総合評価がAに到達した時点で、魔物は災害指定されるという。

 Bでも保有するスキルやその特性で災害指定されることもあるらしい。

 クラウン自身はAまで至っていないが、クラウン・フォーゲルという種族は基本的にAを超える。

 こう見えて彼はまだ幼体なのです。私の数倍は歳とってるけど今が成長期らしい。


 更にちなむと、ライアスさんとロンメル君は見せてくれなかった。

 

 ――『お前のステータス見せられた後はちょっと無理だな。俺たちの心が砕け散る。それはもう粉々に』


 私のは見ておいて自分のは見せないなんて、ズルいと思いました。


「今のお前に勝てる人間なんて、どのくらいいるんだろうなローズ……」


 向かってくる魔物たちを斬り払いながら、クラウンの言葉に思案を巡らせた。


 大陸の冒険者の評価として、Bに到達した時点でそれはもう第一線級と呼ばれる。

 総合評価とは、あくまでもステータスの平均値の高さを表しているもの。故に実際の戦闘でB評価の冒険者がA評価の魔獣を倒す事はままあるという。

 そこにはスキルや戦技の使用の有無、その使い方などが絡んでくるので、この評価は必ずしも実戦の強さを教えてくれるものではない。


 だがそれでも、基本値が高ければ高いほど強いことに間違いはない。

 大陸にいる有名な冒険者には総合評価A以上を得ている者も少なからず存在する。


 実際にそういう冒険者と戦ってみたらどうなるだろう。

 勝てるかな? 負けちゃうかな?

 正直負ける気はしない。何が来ようが問題なく勝てる。黒寂だろうが絶対に勝てる。それくらいの自信がある。


 ただふたつの存在を除いて。


 ひとつ、今もダンジョンで眠り続けているジャガーノート。

 異次元の魔獣と揶揄されるそれは、あの時すれ違っただけの私に、今なお勝てないと思わせるだけの圧力があった。

 出来る事ならこの先も対峙したくはない。

 確実に殺されると思う。 


 もうひとつは、大陸の英雄アイギス・クロドビク。

 そのステータス数値は分からないが、誰もが口々に無理だと述べる。

 彼女が普段相対している竜種は、それ単体で既に私よりもステータスが高いという。誰がどうやって調べたんだと聞いてみたが伝承があるだけとの事だった。

 とにかく、恐らくは私よりも高い能力値に、常に竜種と戦い続けて錬磨された戦闘技術の高さ、付け入る隙など皆無だと言われた。


 まぁ私はー、ちょっとイケるんじゃないかなーって。

 ほんのすこーしだけど思ってますけどー。

 戦ってみてもいないのに分からないよねぇ?


「どうした、さっきからひとりでブツブツと」


「え、え? 声に出てた?」


「ふくれっ面のおちょぼ口からタラタラとな」


 恥ずかしいぜ……!


「しかしキリがないぞローズ。相手にするのをやめて駆け抜けてしまわないか?」


「あ、うん。そうだね、そうしよう!」


 次々と湧き出る魔物たちの横をススーっと抜けていく。

 軽い小走りで。


 色んな種類がいるけど、なんで私だけを襲うんだろう。お腹が空いてるなら横の魔物を食べればいいのに。

 と、自分の思考がけっこう野生味に溢れている事に多少の嫌悪を抱き、私はフォートギアの領土を抜け出した。



 ◆



「んー……城壁が見えるね」


「そうだな、パっと見それほど厳重な警備は敷かれていないが……それはフォートギア方面だからだろうな」


「入れたりしないかな……」


「それは流石に……戦時中だぞ」


 だよねぇ……普通に考えて入れないよねぇ……。

 でももう3日! 野宿は疲れたんだよ! 体も拭きたいんだよ! ご飯も美味しいのが食べたいんだよ!

 ロンメル君のせいで舌が肥えてしまったんだよ!

 おのれこういう事か! 胃袋を抑えるってこういう事なんだな! 勉強になります!


「まぁ、ダメ元で行ってみてもいいだろう。お前なら万が一もないだろうしな」


「そ、そうだよね! 行くだけ行ってみよう!」


 ダダダっと、門を守っている番兵の元へと駆け寄る。

 勿論遠目から見ていただけなので、800メートルくらいを猛烈な勢いで走った。


「と、とまれえええ! 何者だあああ!」


 し、しまった!

 つい全力で走ってしまった!


 急ブレーキを掛け、番兵の前に立ち止まった。

 止まるために長い距離を滑ったせいで土埃がひどい。


「す、すいません。お腹が空いてて……」

 

 空腹の美女だよ。優しくして。

 そうすればいい事あるかもよ。

 ないけど。


「そ、そうか……。見たとこ武器も何も持っていないようだが……傭兵か?」


「いえ、私は冒険者です」


「冒険者? まだ冒険者を名乗る奴がいたのか。今は誰も彼もが傭兵を名乗っているというのに」


 なんで?

 なんで傭兵を名乗るの?


「まぁいい、中に入るなら入国料を払え、中銀貨3枚だ」


 高くない!?

 中銀貨3枚て! 


「どうした? 無いなら帰れ。払えない身元不明者を入れるわけにはいかん」


「ま、待って! この冒険者プレートじゃダメですか!」


 入れる! 

 街に入れる! 

 その期待に焦りつつも、高いお金を払わずに済ませようと足掻く私。


「あーん? ダメに決まってるだろう。この国で発行される身元証明でなければ意味がない! 帰れ帰れ!」


 カチーン。

 お腹を空かせた美女にその態度はないでしょう。

 ん、もしかして私って美女ではないのでは……?


 渋々、ロンメル君から貰ったお金から中銀貨を3枚取り出し番兵に渡す。


「なんだ、あるじゃねぇか。なら最初から出せばいいものを。まぁいい入っていいぞ」


 こ、こいつぅ……。

 なんだその太々しい態度はぁ~……!


 軽く苛立ちながらも、私はゆっくりと開く門扉を見つめた。

 開かれた先に、中の方を見張る番兵が立っている。

 私の姿を見るやいなや、その番兵は歓迎の言葉を口にしてくれた。


「ようこそ! 亜人国家ベテルギウスへ! ようこそ! ベテルギウスの商業都市ナロッゾへ!」


 そして視界に飛び込んできた街は、戦時中とは思えないほどの賑わいを私に見せつけていた。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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