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088 利権強奪戦争 第二幕へ

 戦場は死体と瓦礫の山。

 ヴォルドール軍の生き残りは数百程度、残りの安否は分からない。

 騎士王の助力の元、残った英霊たちで救助活動は行われたが、新たに見つかった生存者はなかった。

 状況的にも絶望的なのは明らかだった。


 酷い怪我を負っていたヴォルドールの王ニクスは、奇跡的に一命を取り留める。

 魔術大国と言うだけあって、多くの治癒術師の懸命な治療により2日ほどで目覚めるが、それまでの記憶は何も持っていなかった。

 惨状を聞いてすぐ卒倒したという。


 そしてローズが間に立ち、両国の会談が成立。

 既に虫の息だった騎士王国と、先刻甚大な被害を被ったヴォルドールに、もはや交戦継続の意思はなく、ふたりの王は和平条約を締結する。

 ヴォルドールとディオールの戦争は、ここに完全終結を迎えた。


 1週間、ヴォルドールにて戦後処理に手を貸したライアスとロンメルのふたりは、久々の都市生活を満喫した。

 その間、ローズはクラウンとふたり、森の中で死者たちを弔い続けた。




 ◆◆◆




 ――エメロード某所。


「ディートハルト様。ヴォルドールの寄生体が予定よりも早く露見し、そちらの計画は失敗に終わりました」


「……ラピドはどうした?」


「露見の報告に戻った際、拘束しております。如何しましょう」


「……任せる…………それよりも計画を前倒ししよう。小虫と侮って放置していたが、存外大きな虫だったらしい。潜伏させていた寄生体は順次覚醒させ、あいつらも全員呼び戻せ」


「はッ……」



 ――エメロード某所地下。


「あああ待ってくれ! 私は悪くないはずだ! あのオルタナって女が失敗したからだろお! 私はその報告をしにきただけで!」


 声の主はラピド・フォールデン。

 ヴォルドール第3師団長を務める格式高いお家柄に生まれた顔立ちのいい男性。

 丁寧だった口調も消え去り、焦燥に引きつった顔で無実を叫び続けている。


「なんでだあああ! 私はあなたがたに尽くしてきたはずだ! 情報も金もなんでも出したじゃないかああ!」


「……」


 蝋燭による僅かな光源だけに照らされたそう広くはない拷問部屋。

 いや、実験室。

 覆面の男ふたりが、鎖に繋がれたラピドの元に厳重に封印された壺を持っていく。


「やめろおおお! 持ってくるな! それは向こうにおいてくれ! なぁおい! ちょっと! 金ならまた出す! 情報もなんでも持ってくるから!」


 奥でその様子を見ていた軍服の男が口を開く。


「あなたはヴォルドール側の作戦責任者ですから、失敗の責任は取っていただかないと」


「取る! 取りますから! だからこれじゃなく! 別の手段で! 必ずお役に立ちますからぁあ!」


「いえ、それと一緒になっていただけた方が利用価値がありますので。どうぞご堪能ください」


 そう言うと男は部屋を後にする。


「待って! 待ってください! お願いしますプルフラス様あああああ!」


 悲痛な叫びは届かない。

 上官が去ったのを確認し、覆面ふたりはラピドの前に置いた壺の封を解き始める。


「おい! やめろやめてくれ! 頼む本当に頼むから! なんでもやる! なんでも言う事を聞く! だからそれを開けるなああああ!」


 蓋を取り終え、大急ぎでふたりは出口へと走る。


「い、急げぇ!」「ヒィェ!」


 力強く、バガンと閉じられた隙間の無い鉄の扉。

 少しして、壺からはウネる触手が這い出てくる。

 緑色の体液を垂らし、徐々に徐々に、ゆっくりと。

 次いで中からはゴキブリのような虫が大量に湧き出てきた。


「あああああ! いやだあああああああああ!」


 壺から出てきたのは緑色の粘液でテラテラと光ったタコのような生物。

 骨のない軟体そのもので、どうやって自立しているのかが不明だ。

 そしてそれは、明らかに壺のサイズを超えている。


「ディートハルトさまあ! プルフラスさまああ! ああくるなあああああ!」


 触手は供物の股間へと伸びて行った。

 このタコの好物は男の睾丸、それも女遊びの激しい男のが何よりの好物だった。


「やややめええやめやめやめいぇあめろおおおおおおお!」


 暴れる供物など意に介さず、包み込んだそれをゆっくりと、万力にでも挟んだかのように潰していく。


「くぴっ……! いぎぴぃ……!」


 女性関係は酷いものだったが、ラピドはただの小物だった。より強い権力を求めただけの小心者。

 虚栄心が強く、誰からも好かれたいという内面が外に出ているような、外面(そとづら)だけはいい男。

 だが女を泣かせた事はない。強姦などもってのほか、そういう正義感は持ち合わせている。 

 

「あがっ……かぱ……」


 このような苦行に合わせられるようなクズとは言えないだろう。

 ローズたちと一緒ならば、場の雰囲気を読みつつ各位のメンターになれるほどの器くらいはあっただろう。

 何故こんなことになったのか。それは単純明解。付いて行くものを間違えた。

 ただそれだけだった。


「…………」


 ゴリゴリと、骨を削る音が部屋の中に響き渡る。

 クチャクチャと、肉を咀嚼する音が木霊する。

 口の中に触手を突っ込まれ、喋る事もままならないラピドは、悪臭と激痛の中、その瞬間まで消えることのない自分の意識を呪い続けた。

 

 




 ◆◆◆



 



 ローズたちが富国に協力している間に、大陸中の国々で異変が起きる。

 各国の重鎮たちが次々と姿を消していったのだ。

 ある国は軍事を任された人間が、ある国では行政を司る大臣が、またある国は王が、将軍が。

 上を失い混乱した国々は、その直前に強制された大規模な戦争行為により被った被害を更に拡大させていった。

 兵を失い、民を失い、食料を失い、財を失い、指導者を失う。

 急激に起きた変化は、国をありえないほどに衰弱させた。


 それにより、国が多くの兵を抱え、軍事力で争う時代は収束を迎える事となる。

 次々と機能しなくなっていくダンジョンにより、仕事を失った冒険者たちは傭兵へと鞍替え。

 多くの傭兵団が結成され、その規模は肥大化していく。


 各国の冒険者ギルドは傭兵を斡旋する傭兵ギルドへと転身し役割を変える。

 ギルドの出す仕事の多くは斥候、護衛、襲撃、暗殺、殲滅と基本的に荒事のみとなった。 

 元々ただの一般兵よりも遥かに強かった冒険者たちを雇う事で、国としての戦力は数こそ少ないものの損なわれたとは言えない。


 多くを失った中、残ったのは以前と変わらぬ戦力だけ。

 これが新たな悲劇を引き起こす。 


 結局、どれだけ疲弊してもヴォルドールとディオール以外の国々は、戦う事をやめなかった。

 ほとんどの国が戦争で支払った莫大な対価を、他者から奪う事で清算するために、富国ではなく侵略を選択した。 

 既に各国が求めるものはダンジョンの利権ではなくなり、それぞれが持つ肥沃な大地と、備蓄されている食料。そして奴隷と呼べる労働力。 

 それらを統べる権利を手に入れるため、用意できない戦力を傭兵で賄い、新しい形の利権に向かって手を伸ばす。


 ローズたちが知らぬ間に、僅か1か月の間で、利権強奪戦争は傭兵を主軸とする第二幕へと移行していた。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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