087 落とし子の最期と傘を持った情報屋
084、085の改稿により、ライアスの無理推理が無かった事になっておりますのでご留意ください。
読んでくださっている方々には、お手間をお掛けしてしまって申し訳ありません。
魔術結晶体に到達するまでの間に、ローズも例外なく過電流の範囲内にいた。
しかし電流は彼女の皮膚を軽く痺れさせた程度で、大した被害は受けていない。
駆け抜ける中、黒焦げになった者たちを見ても何が起こったかは理解できていなかった。
魔術結晶体の放った電流は魔力粒子を媒介として連鎖的に進んでいき、媒介になった粒子が電撃を発生させる。
空気中の粒子は枯渇しても、地面や木々に付着している粒子は残っていたために電流はそれを伝って広範囲へ広がった。
そして人という、個体差はあれど魔力の塊に到着し、その内部の魔力を全て電撃に変える。
これが異常に硬い黒焦げの死体が出来た原因だった。
戦場で唯一例外だったのが、魔力を一切持たないローズだ。
体内に保有する基本魔力が無かったために、体の中まで届く事がなかった。
「硬いなこいつ……!」
青黒いゴーレムの右腕部を破壊。
でも動作に支障は無さそう。
ここに来るまでに見えたのは火球と電撃、それとなんだろあのネバネバ。気持ち悪いから触りたくないけど、誰か絡めとられてる。
助けるにしても後だ。今はこいつを処理しよう。
腕を振り上げて反撃してくるゴーレムだったけど、その動きは緩慢過ぎた。
当たる事はないだろうが、絶対に当たりたくない。
だってなんか汚いし。
「ふッ……!」
躱しざまに脚部へと斬撃を放つが、先ほどよりも多くなった障壁に阻まれる。
初撃は勢いがあったからぶち抜けたけど、威力が足りない。
障壁も6枚から9枚になってる。
厄介だな。もしかしなくてもこれが魔術結晶体……?
手数ではなく、一撃の威力を重視する。
そのために剣を霊装化し、斧を発現させた。
速度で勝る私は、その有利を生かして対象の周囲を旋回しながら攻撃を繰り返した。
だが9枚の障壁を破壊すれど、肝心の本体に届く頃には勢いが消えていてまともなダメージを与えられない。
そうこうしている内にゴーレムからの反撃。
赤いモヤモヤを吐き出したと思ったら、触れた物が軒並み凍り付いていく。
凍り付いた木々は割れて粉々に、地面には亀裂が入る始末。
「あ! ネバネバになってる人が!」
ネバネバになってる人の様子を確認すると、あの汚い液体に包み込まれていて顔が見えなかった。
あの液体は凍り付いていなかったので、冷気による影響は無さそうだけどあのままじゃ窒息しかねない。
少し急がないと……!
急ぎたいけど、旋回しながらじゃ体が横に流れて……。
攻めあぐねていると、ゴーレムは3つの火球を出鱈目に射出する。
直撃などしないが、足場に設置される形になってしまったために動きを制限された。
頭が回るようだ。しゃらくさい。
「これすごい疲れるから嫌なんだけど……」
動き回りながらも、私は背中へと翼状に2対4の剣を発現させる。
「【適性武具強度強化】……【共振】」
適性武具強度強化はその名の通り、武具の強度を高めるスキル。
共振は、現在発現中の霊装化武具の数の分だけ、私自身と手で触れている武器の能力を飛躍的に上げるスキル。
能力上昇対象が多くなればその分強化される度合いは分散される。
2年の間に色々と派生した適性武具関連のスキルだけど、これが一番火力が出る。
ただし翌日の筋肉痛が酷い。
だけどまぁ他にどうにも出来無さそうだし、あまり内側の力を引き出そうとしてもまずい。
これが現在の最適解。
リィインと、武器たちが震えだしては耳鳴りのような音が響き始める。
共振が完全に高まるまでの数秒、私は躱し続ける事に専念した。
冷気も火球も電撃も、暴風すらも起こして攻撃を仕掛けてくるゴーレムだったが、速度が上がり続ける私には掠る事もなく、あっという間にその時は来た。
跳びあがり、上空に姿を消した私をゴーレムは完全に見失っている。
周囲を探している様子だが、地上に私はいないのだ。
そのまま自由落下に任せ、一直線にゴーレムに降下。
斧を振りかぶり、体を可能な限り捻じ曲げる。
到達と同時に、私は全力で斧を振り下ろした。
自動で発動するらしい障壁は12枚に増えていたが、その全ては粉々に砕け散る。
次いで斧の直撃を受けたゴーレムは、けたたましい破裂音と共に豪快に飛散した。
「あたたた……」
既に腕の筋肉が痛い。
だけども予想していたよりは軽かった。
粉々となったゴーレムの破片は、薄青い輝きを放ちながら散らばっていた。
少し遠目には、見知らぬ男性が倒れている。
ゴーレムの中にいたのだろうか。
直接斧に当たっていなかったのだろう、体は潰れていない。だが体中に細かい石が突き刺さっている。
かなりの量の血を流しており、当然無事ではない。
詰め寄って顔を男性の顔を確認したが、全く見覚えが無い。
誰だこれ……。
服装は豪華に見えるけど、まさか王様なんて事はないだろう。
いやほんと、まさかね。
などと考えていると、男性は意識のないままに口から何かを吐き出した。
青黒く、刺々しい小さい体。
私の記憶にある青紫とは微妙に色が違ったが、それでもあの粘性を持つネバネバから連想はしていた。
落とし子が中にいたんだ……。
形状は以前対峙したものよりも人に近いが、特徴は全て一致する。間違いない。
「ギ……ギァ……」
ヨロヨロと、私から逃げるように歩いていく。
弱っていようと、こいつは危ない魔物だ。ここで確実に仕留めないとまずい。
接近し、斧を振りかぶる。
すると突然、落とし子の青黒い体は液状になって下へ流れ始めた。
形態変化か、悪あがきの攻撃か。
警戒した私は距離を取った。
「え……」
流れ出した液体、残ったのは、肌色を覗かせる小さな男の子。
右目は全体が真っ黒で、額には歪な角が生えている。背中からは肉を裂くように棘がいくつも突き出していた。
牙のように尖った犬歯、異様に太い爪。
体が肌色である事を除けば間違いなく異形の魔物。
「ギ、ギァ……ァア……」
落とし子って人間なの……?
それとも、こういう形態なだけ……?
「……え……あ……」
人間の子供、奇形態なだけで、もしかしたら……。
一度そう考えてしまったら、手が出せなくなった。
戦争には介入しよう。兵も殺そう。己の我儘を、傲慢を貫き通すために。
そう誓った。だが子供はダメ。
それはダメ。それだけはダメ。そこだけは超えられない。超えてはならない。
分かっている。
兵を殺す事で間接にその子供を殺してしまっているかもしれない事を。
結局は私が殺しているという事を。
でも、直接この手で子供を殺すのだけは絶対に嫌だ。
落とし子だった少年は、這いつくばりながら今度はこちらに寄って来た。
まるで助けを求めるように、涙を流しながらにじり寄って来る。
だが私の元まで辿り着く事はなかった。
力を使い果たしたのだろうか。私が攻撃したせいだろうか。
いや、くだらない言い訳はよそう。私が攻撃した事で力を使い果たすほど消耗したのだ。
少年の肌色の体は溶け始める。
頭蓋骨が顔を出し、鎖骨が見えてきた。それでも尚動き続ける少年は声にならない声を叫び、完全に消失するその瞬間まで動き続けていた。
「おやぁ……またあなたですかぁ……」
やる気の無い乾いた声。
呆然と目の前を眺めていた私の横に、いつのまにか見知らぬ男が立っている。
「精が出ますねぇ……。私はこんなにもやる気がないというのに」
青白い顔に黒いアイラインを引いたような大きな目。光の無い瞳。
細い逆三角形の不自然な体躯に、2メートルはあろうサイズ。
晴れているのに何故か真っ黒な傘をさし、鞄を手からぶら下げている。
誰だかは分からないが、横に立たれた事に全く気付かなかった。
それどころか、こうして視界に捉えていても気配を感じない。
「でぇわぁ……。早速どうぞぉ。なんでもお聞きください……なんでも……」
な、なにこの人。
何を言ってるの。
「だ、誰ですかあなた……!」
呆けていた私は、ハッとして距離を取って身構える。
「んん? お忘れですかぁ……? 私をぉ? 本当に……? なぁぜぇ?」
知らないものは知らない!
「ああ……記憶が抜けているのですねぇ……。それは仕方がない。再度自己紹介を致しましょう……」
そう言って男は軽く頭を下げた。
そして顔を上げると同時にまた喋り出す。
「私はあらゆる情報を扱う情報屋でございます……。対価さえあればどこにでも現れ、どんな事にもお答えする。そういう……アレですぅ。ちなみに答えられるのはひとつだけですが、あなたは上客のようですので……サービスで3つにしてあげます」
乾いた声なのにネットリ感がある……。
「それでぇ……今回はどのような情報をお求めで……?」
今回という事は以前にも私はこいつに……?
いや、それよりも、今すぐに知りたい事があった。
「お、落とし子は人間なんですか!?」
「ん~? 落とし子は人間ではありませんよ……? あれは掃き溜めの魔獣から千切れただけの、食欲しか持たぬ哀れな存在。過去に戦った事のあるあなたには分かっている事では……?」
「じ、じゃあこの……! 今の落とし子は何!?」
「今しがた溶けたものの事なら、人間ですよ。正確に言えば、落とし子と人間の合成体というところですねぇ。あなたが何もしなくても数日もすれば溶け消える、そういう存在です。こちらも哀れと言えば哀れ……まぁどうでもいいんですが……。ああ、ふたつ答えてしまいましたね。3つは多かったかもしれません……やっぱりふたつにしませんか?」
以前倒した落とし子が人間ではなかった事に安堵し、さっきの子供が人間だった事にショックを受けた。
私がやらなくても……という事だったけど、それでも私のショックは大きい。
「あの~……? ふたつでいいのならもう帰りますけどぉ……」
そうだった、あとひとつ。
ここまで聞いたのなら、これを聞くしかない。
「その合成体というのは、誰が作ったんですか……?」
「んん、えーとですねぇ……。ケランドール・パラケルススという、人間……? いや虫……? とにかくそういう名を持った存在が作りましたね。人か虫かの定義が難しいところですねぇ……」
あいつか……!
あいつかあいつかあいつか!
沸々と湧き出てくる怒り、やり場の無かった感情が、全てあの男へと向けられていく。
「それではぁ、私はこれで帰りますので。まぁたお願いしますぅ……」
「ま、まって! あなたが言った事が本当だっていう確証は!?」
「おやぁ、4つ目ですか……? と言いたいところですが、それにはお答えしましょう……。曖昧な事もしばしばありますがぁ……私の情報は絶対ですぅ……。何故なら私を呼びだすための対価が膨大故に……」
「対価って……なんですか……?」
「おやこれはおかしい……。対価を知らずに呼び出したと……? 前回も大量に用意して頂いたというのに……?」
用意したって、私はなにを用意したの……?
「数にして、数万の存在の死と恐怖を捧げる。それが私を呼びだすための対価にございます……」




