084 ヴォルドールの異常
推理内容や無理な思考による違和感を緩和するべく修正を施しました。
合わせて「085 予想しなかった敵」の修正を行います。
時は遡り、約40時間前。
「――……という感じです。ライアスさんの代わりにって、頑張ったんですけど……」
「よく頑張ったなロンメル。上出来だ」
ロンメルの奴、けっこうな大冒険してるじゃねぇか。
本当は俺の役目だったのに悪い事しちまったな……。
「無事で何よりだぞ! 少年!」
「あーははは。オーサスさんもありがとうございます……」
ロンメルの笑い方には含みがあったが、まぁここにぶち込まれた時に一緒だったらしいしな。
ちょっと複雑なんだろう。
だが、オーサスのおっさんが協力してくれたおかげで迅速に救出が出来たのは確かだ。
ここに来るまでずっと心配してやがったしな。
「とりあえず今はこっちに集中するぞ。あの礼拝堂で間違いないんだなロンメル。オーサス」
「は、はい。議会での尋問はあの中で行われました」
「うむ、間違いないぞライアス」
直接議会の連中に聞く訳にもいかねぇからな。
まずは議会の招集場所を調べる。ホコリのひとつでも出てきてくれれば御の字だ。
「オーサス、ここには警備はいないのか?」
「いないな。議会の会合が開かれる時以外は常に術式結界が張られているから、警備を敷く意味が無い」
「ちょっと待て、それだと俺らも入れないんじゃねぇか?」
「うむ、入れないな」
「おまえ……」
入れないな、じゃねぇよ。先に言っておけよそういう事は。
「あ、あの……ライアスさん……。あれ……」
んあ? っとロンメルが指さす方を見てみると、一匹の猫が礼拝堂の扉で爪とぎをしていた。
「おいオーサス。術式結界ってのは、扉から内側の話しか?」
「い、いや……あの石畳の位置からのはずだ……」
扉から数メートルは離れた場所にある石畳を指さすオーサス。
結界の中に初めからいた猫か?
結界が機能していねぇんじゃねぇか?
「結界に触れたらどうなるんだ……?」
「それは勿論、黒焦げだ。たまに飛来する鳥なんかがぶつかって弾かれるそうだ。位置によっては城の中庭まで飛んでくるらしくて、炭化した動物の死骸が見つかる事もままある」
「石とかでも反応すんのか?」
「ああ、結界は物理的干渉を全て探知するぞ」
なら投げてみりゃいいな。
それで結界の有無がハッキリする。
「ほいっと……」
カツンカツンと石は転がった。
どうやら結界とやらは動いていないようだ。
「大丈夫そうだな。いくぞ」
結界効果範囲で一瞬躊躇したが、特に問題はなかった。
俺たちはそのまま礼拝堂の中へと進んだ。
「なんだこの臭い……」
礼拝堂の中は、酷い腐臭が充満し呼吸する事すら困難だった。
ロンメルは耐えきれず礼拝堂の入口と、この部屋の入口の間で待機する事に。
ついでにそのまま見張りも頼んだ。
しかしこれ、どこから臭ってきてるんだ……。
パッと見た感じ変なところはないし、向こう側以外はまんま礼拝堂だ。
柵で遮った形で、長椅子が何列もあるこちら側と、9つの台が並ぶ向こう側で別れている。
柵自体は腰より低いから、こっから奥の台座に祈りでも捧げろって感じか。
神の代わりに自分たちを祀らせてますって感じが正直気に入らねぇ。
「こっち側はほとんど見たな……。後は……」
柵を超え、左手前の台の前まで来た。
なんでこんな高いんだこの台……。
ん?
なんか布切れがはみ出て……。
「うぐッ……!」
布切れを掴もうと更に近づいた瞬間、急に臭いが強くなってきやがった。
ここになんかあるんだな……!
台座後ろ側にある階段を伝い、登っていくと予想していなかったものがそこにはあった。
「んなッ……!」
人の死体……だなこれは……。
腐敗が酷い、臭いの原因は間違いなくこれだ。
この台の人が立つ場所には、腰よりも少し高い板がある。
人が立つと腹から上だけが見るって感じだな。この板で落ちないようにって事かね。
そのおかげで他の台の中が見えねぇな。
「オーサス! 向かい側の台に上がれるか! そっち側の4つを確認してくれ!」
「んぉお! 任せろ!」
向こうはあいつに任せて、俺はまずここを調べるか。
つっても……。
「こうまで崩れちまってるとな……」
白いに衣服は体液の染みが目立つが、不自然な事に水気がまだある。
古臭い感じの一切ない衣服を捲って中を見てみれば、肉と骨の割合が半々の状態の死体が現れた。
肉は変色しているにも関わらず乾燥しておらず、瑞々しさすら感じる。
蛆虫などは沸いていない。
まるでついさっきまで生きていたような……。
そう思ったら、身震いと共に嫌な汗が噴き出してきた。
なんだこれは……。
ここで何があった……。
よくみれば内部の壁も、床も、全てが綺麗すぎる。こんな死体がある場所としては似つかわしくない。
そもそもロンメルがここで尋問を受けたという話だったが、その時からこんな死体があれば当然臭いが残る。
つーことは最近ここに置かれたのか?
殺してここに置いた?
腐ってる死体をわざわざか?
俺だったら持ち運びたくはねぇし、証拠品のように置いておく意味も無いだろう。
分からない事を推理し続けてもダメだな。オーサスの方はどうなってるだろうか。
「おい! オーサスそっちはどうだ!」
「あ、ああ……待ってくれ。全部……確認させてくれ……」
もう見るものはないってくらいに調べて尽くし、得た情報の突き合わせをしようと礼拝堂の外に出た。
中じゃ臭いが酷いからな、あんなところにいつまでもいたくない。
異常があった場合の監視役として上空を飛んでいたクラウンの奴も、中の惨状を見てから合流した。
ちなみにロンメルの奴にも死体の確認だけさせた。
あの場にあった死体は全部で8つ。
俺が最初に見つけた奴が一番腐敗が進んでいたようで、死亡からどれほどの月日が経っているのかは判別出来なかった。
それ以外の7体は死後数か月といった感じで、死んでいる事以外におかしな点はない。
オーサスが全てを確認したが、服や身につけている紋章からそれが8賢者である事が分かった。
肉が爛れている関係で顔の判別は付かなかったが、あの紋章を持っているのは8賢者だけだから間違いないだろうとの事だった。
「だがそうなるとだ。ロンメルが見た議会の連中はなんだったんだ?」
「分かりませんけど、変装の可能性はないですか? 喋っていたのも、オルタナって女性と白い服の方だけでしたし」
「いや少年、それはないだろう。ラピド様が賢者様がたの顔を見間違うはずがないし、君が確認した死体の衣服にも相違はなかったんだろう?」
「そうですね……」
操られていたとしても、あの腐敗具合だ。程度の差はあれどどれも酷い臭いを放っていた。
なら死霊術やそういった類のものを疑うのが妥当だろう。
もしくは視覚や嗅覚を誤魔化す幻術とか……。
「なんにしても、あの死体はなんだと思うよ? 後から持ってきたのか?」
「考えずらい。わざわざあそこに置く意味がないだろう」
オーサスは俺と同意見か。
じゃあやっぱり……。
「初めからあそこにあったって事だな」
「そうだろうな」
「となればだ、恐らく8賢者とやらはずっとあそこにいたんだろう。んで傘が破壊された事で元の姿に戻った、もしくは幻影が消えた。そんなとこだろうと思うが、どうだ? オーサス」
「うむ、間違いないだろう。それくらいしか思いつかん。という事は、彼らはとっくの昔に死んでいた事になるな……」
死者を悼んでる時間はねぇ。
まだ情報が足りない。議会の連中が死んだ経緯とかは正直どうでもいいんだ。
「オーサス。俺たちを客人として城に入る事は出来るか」
「あ、ああ。大丈夫だろう。少年の件は全て極秘扱いだったからな。知っている者はラピド様と議会の面々だけのはずだ」
「なら行くぞ。城に情報が落ちてないか調べたい」
◆
城内は騒がしい様子で色々な人間が慌ただしく駆けまわっていた。
だが異様に人が少ない。
そんな中、ひとりの給仕がオーサスに話しかけてくる。
「あ! オーサス様良いところに! ニクス王がお目覚めになりました!」
「なに!? それは本当か!」
オーサスはヴォルドール軍第3師団所属の分隊長殿だ。
分隊は全部8つあり、第1分隊を指揮しているらしい。
それなりに偉い地位だとは思ってたが、様付けされる程とは思ってもみなかった。
「それで! 今ニクス王はどこに!」
「そ、それが玉座にてずっと座られたままなんです! 休まれるよう私達も申し上げたのですが聞き入れては貰えず……。オーサス様のお言葉ならば……!」
「分かった! すぐ行こう!」
走るオーサスに付いていき、俺とロンメルも王の元へと向かった。
城では普段から軍関係者が出入りしてるらしく、オーサスの部下という事で通したら特に怪しまれる事もなかった。
書庫か倉庫かなんかを調べようかと思ってたが、王様が目覚めたんなら話は早いかもしれねぇ。
ちなみにクラウンはロンメルの肩に乗っている。
大人しく止まっているが、なんで俺の肩じゃないんだ? まぁ別にいいんだが。
「ここだ、開けるぞ」
「あわわ、僕はここで待ってますので!」
「あ、ああ。そうか」
ロンメルとクラウンを残し、だだっ広い謁見の間を進む。小さな段差の前まで行き、俺たちは跪いた。
玉座に座り、黙ってこっちを睨みつけてきているこいつがニクス王か。
服装は豪華な寝間着って感じだな。目覚めてすぐ来たのか……?
随分と顔色が悪い、体つきもやせ細っているように見える。
病に伏せっていたという話だったが寝たきりだったのか?
あの給仕も目覚めたと言っていたしな。
「我が国の……兵か、お主ら……?」
「はッ……! 第3師団第1分隊長のオーサスにございます! 王におかれましては、長らくの眠りからのお目覚め、大変喜ばしく存じます! 心よりの祝福を捧げさせていただきます!」
お、おおお……。
よくそんな口上をペラペラと……。
「捧げるのならば血だ、血を捧げよ。戦争中であろう、敵国の兵を殺し、国を蹂躙し、より多くの血で大地を染め上げ……それを捧げよ。今すぐに……」
「……に、ニクス王……?」
「戦え……戦うのだ……」
「お、王よ……! この戦争の裏には黒寂の暗躍がございます! 即時戦争行為の中断を進言致したく……!」
「ならぬ……。兵は戦ってこそ兵たりえる。お主らは我が命に従い、よリ多くの血を捧げるのだ」
この国の王様ってこんな感じなのか?
なんだか聞いていた印象とだいぶ違うぞ。
しかも戦争に勝てとかじゃなく、血を捧げろってなんだ。まるで目的が血であるような言い方だ。
「要件が済んだのならば戦場に戻るがよい。戦争は継続する。取りやめる事は絶対になイ」
その後、オーサスの進言が届く様子も無く、王はただブツブツと「戦え、戦え」と呟くばかりだった。
これ以上この場にいる無意味を悟った俺たちは、仕方なく謁見の間を後にする。
新たな情報源として王が現れたが、既に外は真っ暗だ。
城の客間の一室を勝手に占拠し、俺たちは今の状況を再度確認しながら休む事にした。
寂し気な顔でオーサスが話を切り出した。
「ニクス王はな。本当にお優しい方なのだ。この戦争だって初めは反対しておられた。だが議会に押され、民を守るためにとご決断なされたのだ」
それにしては随分と様子が違ったな。
おおかた議会と同じように……。
「あの変わり様も、何かされたに違いない……! ディオールだって争えるような国力が無いというのに大群で向かって来たのだ。戦争をするようにどちらも何か仕組まれている気がする。そうだろうライアス!」
「ああ、そうだな。それを暴くために俺たちは今ここにいる」
「こんな無駄な争いはなんとしてもやめさせねばならない……! そしてニクス王も必ず元のお優しいあの方に戻してみせる……!」
戻してみせる、ね。
戻してやれりゃぁいいが、議会の事もある。
もし本当に何かされてるのだとしたら、既に死んでいる可能性は十分にある。
オーサスの奴もそれは承知のはずだが……。言っておくべきか。
いやよそう。分かってて自分に言い聞かせているだけかもしれない。
「すまんな、声を荒げた……。もう遅い、情報を集めるにも、情報を整理するにも、一度休んでからの方がいい」
「そうだな。休んでる間に尻尾でも出してくれりゃあ楽だしな」
「なに?」
「いや気にすんな。じゃあ俺は適当に休ませてもらうぞ」
「うむ、少年も休むといい」
「はい、クラウンさんもこちらにどうぞ」
「クルルル……」
俺は壁に背をもたれ、ロンメルとクラウンは寄り添うように横になった。
オーサスはソファに腰かけたまま目を閉じている。
このムキムキの魔術師がいなかったら、こんなにスムーズにはいかなかったな。
見た目に反して義理堅い奴というか、直情的というか……。
上手く戦争を止めさせられたとしても、今戦場にいない事で重い罪が着せられるかもしれない。
それを承知でここにいてくれている。感謝だけじゃなく、そこもなんとかしてやらねぇとな……。
そんな事を考えながら何が起きてもいいよう、警戒しながら俺は浅い眠りを繰り返した。




