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082 閉ざした意識の中で

 ここはどこだろう。

 どこまでも白が広がる空間で、物が何もない。

 不思議と既視感のあるこの場所を、出口を探すかのように私は歩いていた。


「……」


 しばらく歩いていると、地平線? の先に何かが見えてくる。

 他に目指すものもなかったのでそこへ向かった。


 ものすごく遠くにあると思っていたのに、それはいつの間にか目の前にあった。

 傍で見るそれは流線形でいて不定形、ぐにゃぐにゃと形を変えたと思えば、今度は丸みを維持し続ける。 


 なにこれ?

 疑問を頭の中に浮かべていると、球状で安定したそれは喋り始めた。


「迷っちゃったんでしょローズ」


 私の事を知っている?

 返答しようとしたが、声を出す事が出来ない。


「道が分からなくなったんだよね。でも大丈夫だよ。僕が案内してあげる」


 丸い体から触手のような何かが伸びてきて、私の腕を掴んだ。

 引っ張られるままに、私は逆らわずに歩きだす。

 不思議と抵抗する気にならなかった。


「あの王様ったら、また随分な事を言って行ったね」


 王様……。

 出来ればあまりその事について考えたくはなかった。

 

「ローズは、なんで戦争に介入し始めたのか覚えてないでしょ。今なら少しくらい思い出しても大丈夫だと思うよ」


 思い出しても……?

 まるで私が忘れてるみたいな言い方。


「忘れてるというよりは、思い出さないようにしてるって感じかな。思い出させないようにもしてるんだけどね」


 どうやら喋らなくても頭で思うだけで伝わるらしい。

 それにしても、思い出さないようにしてるとか、なんだか不穏な事を言う。


「で、なんで戦争に介入にしたのか思い出せそう?」 


 思い出すも何も、戦争を止めたかったからに決まってる。 


「そうだね、戦争を止めたかったからだね。でも、武力介入という手段を取ったのはなんでかは覚えてないでしょ?」


 武力介入を選んだ理由……?

 それは黒寂の前例があったのとネームバリューを利用した抑止力を……。


「それは後付けだよ。本当の理由はこっち」


 突然目の前が暗くなったと思ったら、白一面だった空間に映像が流れ始める。

 それは穏やかな喧噪で賑わう街の様子だった。

 往来を歩く人々の顔には活気が溢れている。

 だけど、街並みに見覚えはない。


「これは宗教国家スピリアの街並みだよ。まだ戦争が始まったばかりで、影響があまりなかった時だね」


 映像が切り替わった。

 同じような街並みだったが、人々の顔つきが全く違う。

 疲れが滲み出るような、活力のない表情ばかりだ。


「これは数か月前のスピリア。ローズがダンジョンから出てきた時のだね。戦争の余波で国が疲弊して、そこに住む人たちは食料の不足と戦火への不安で徐々に衰弱していったんだよ」


 私がダンジョンから出てきた時の……?

 どういう意味?

 私もここにいたって事?


「それでこれが、ローズが戦争を止めるって決意する事になった出来事」


 またもや切り替わった映像は、赤々と燃える街並みを目まぐるしく移動している。

 これは、誰かの視界を映している……? 


「そうだよ、これはローズの視界の記憶だよ」


 私の……?

 全然こんなの、見た覚えが無い。


 出鱈目だと思った瞬間、兵隊と思われる人間が視界に入る。

 すると一直線にそれに向かい、斬り殺した。


 そこからの映像は見るに堪えない殺戮ショー。

 向かってくる兵を殺し、向かってこなくなればこちらから向かい、目に映る兵は全て殺して回っている。

 反撃を貰う様子もなく、その戦闘能力の高さは私よりも圧倒的に高い。

 その違いに、やっぱり私じゃないと思ったのも束の間、見覚えのある武器が映像に映りだした。


 リベンゲルの短弓に、エーレンベルグ……。

 あれは……ミランダさんから貰った斧、それにウィルンローの鞭。

 イヴァンさんから貰った剣……。


 紛れもなく、私が持っている武器。

 他者から譲り受けた大事な武器。


「あの武器を見たら分かるでしょ? これはローズ、君の視界だよ。このまま映像を見続けてると丸一日掛かるからちょっと飛ばそう」


 早送り再生をするように、場面が次々と変わっていく。

 そして止まった映像に移り出したのは、ドロドロと溶け始めた両手。

 これは、私の手……?


 いやでも、そもそも私はスピリアなんて国に行った覚えは無い。


「でもダンジョンに入ったのは覚えているでしょ?」


 それは……。

 でもこの映像の場所がそのスピリアだなんて分からないよ。

 本当にスピリアなのか確かめないと信じられない。


「思い出さない限りはそうかもね。でも行って確かめる事は出来ないよ。スピリアという国はもう無くなっちゃってるから」


 無くなっちゃってるって……。

 まさかね、そんな……。


「思い出してきた? そう、スピリアを滅ぼしたのは君だよローズ」


 そんな嘘だ……。

 私に国ひとつ滅ぼすだけの力なんてあるわけが……。


「ローズはこの時、仲間をふたり失ったショックで感情が爆発しちゃってね。その拍子に力の扉を無理矢理こじ開けちゃったんだよ」


 仲間……? 扉……?


「扉は力を誰もがぶつかる成長の限界の事だよ。それをこじ開けてしまったものだから反動でほら、腕が溶け始めているでしょ?」


 で、でも私の腕はちゃんとあるよ。


「それは修復したからだよ。開いたまま開けっ放しの扉も僕の体で無理矢理塞いだけど、漏れ出てくる力は君の体に痛みとして現れ続けてる。更に言えば、君が力を引き出そうとすればするほど、その痛みは急激に増す」


 痛みには覚えがある。

 常時消えない痛みにうなされ、慣れるまでは眠る事も出来なかった。


「今はだいぶ安定してきているけど、無茶しちゃだめだよ」


 それより、仲間ってなに?

 仲間を失ったってどういう……。


「それはまだ少し早いから教えてあげられない。でもヒントはあげる。ローズが自力で思い出すのなら、それは思い出しても大丈夫な記憶になったって事だから」


 そのヒントって……?


「君たちは宗教国家に逃げて来た時、仲間は全部で5人いたんだよ」


 ご……5人……?

 嘘だ、初めから3人だったよ……。


「ううん、5人だったよ」


 誰の事……?

 ライアスさんとロンメル君以外に……あとふたり……。


「それは今度にして今は話を戻そう。どうして君はスピリアを滅ぼしたんだと思う?」


 それは、そのふたりがいなくなっちゃった何かがあったからなんでしょう……?


「そう、その何かは言えないけど、その時のローズは全部が憎かったんだ。その何かが家族に降りかかるかもしれないと思ったら、怖くて仕方が無かったんだ。だから君はあの場で敵と認識した全てを破壊した」


 映像を見たせいか、断片的な記憶が蘇る奇妙な感覚に襲われた。


 ああ、確かに殺した。

 全部全部、嫌で嫌でしょうがなくて、気持ち悪くて仕方が無くて。

 何もかも無くなってしまえって。

 そんな感情に支配されていたのを、ついさっきのように鮮明に思い出せた。


「ほら見て、あの親子の目。まるでバケモノでも見るみたいな目で失礼な感じだけど、これが君を正気に戻してくれたんだよ」


 映像に映る親子は、母親が息子を守るように抱きしめている。

 その瞳は脅えて竦み、侮蔑が強く込められているように見える。


「あの王様が言ってた、兵にも守る家族がいるって話。そんなのは当たり前だよ。どんなものにも必ず親は存在するんだから。家族は存在するし、守りたいものだってあって当然だ。それをさも特別な事のように言うのは、間違いだと僕は思うよ」


 で、でも、その人が死んで悲しむ人がいるのは間違いじゃない……。


「そいつが生き残って別の人間を殺せば、別の家族が悲しむだけだよ。皆同じなんだから、それを引き合いに出すの間違いだよ。特に、王様なんて立場の人間が出していい話じゃない」


 ……それで、なんで私は武力介入を選んだの?


「話が逸れたね。君は正気に戻った後、自分のした事の重圧に耐えきれずに結論を急いだ。あんな事が二度と起こらないように、禊のために戦争をやめさせる。そう決めたんだよ」


 沢山殺しておいて、何を手前勝手な……。


「確かにそうかもしれないね。でもそう誓う事で、君の心が多少軽くなったのは間違いない。そして君はその力を使って戦争を止める事を考えた。でも真っ向から攻めれば必ず無関係な人々を巻き込んでしまう。それを避けるために、戦場を荒らしまわるようになったんだ。そこから思いついたのが、さっき後付けだと言った抑止力として存在するというもの。いつの間にかこれが主目的にすり替わってしまっていたけどね」


 でも結局止められなかった……。


「大丈夫だよ、やる事は変わらない。戦場に出てきた愚か者共に、君の鉄槌を食らわせてやればいい」


 だけど、私には戦争を止める力も権利もないって……。


「あの王様の言った事なら間違いだらけだから気にしなくていいよ。戦争を止める力なら十二分にあるし、その国の民以外が被害を被らないなんて理屈は通らない。あれはあの王様なりの優しさだったんだと思うよ」


 優しさ……?


「ローズの事を戦いから遠ざけるためにあんな事を言ったんだと思う。あの発言の全てがそうとは言わないけど、君を想っての言葉が混じっていたのは確かだ」


 でも、それでも。

 私がしてきた事が正しいとは思えない。

 間違っていたんじゃないかって、今でも思う。


「何が間違いかなんて、結局は自分自身が決める事だと思うよ。正解なんて誰にも分からない。ただ正しくあろうとすればいいだけ、そう思って行動すればいいだけだよ。自分の行動を正解だと決めるのも自分自身だよ」


 自分自身……。


「それに、ローズはもうちょっと傲慢になってもいいと思うんだ。君がやめさせたいと思ったから、君の武力にはそれをやめさせる力があるから。だから君は自分に出来る事を実行しただけ。それが正しい事だと信じて動いていただけ。それだけでいいんだよ。難しく考えすぎなくていいんだよ」


 自らに問い掛けるように、目的を確認する。


 私がしたい事はなに?

 ――家族に会いたい。


 そのために必要なのは?

 ――戦争を止める事。


 取りえる手段の中で最も可能性があるのは?

 ――全部、力で、黙らせる。


 政治的な発想は私には出来ないし、国と駆け引きが出来るような頭脳もない。

 私にあるのは、武力だけ。

 ふふ、シンプルで分かりやすい。


 開き直っただけだけど、さっきまでよりもずっと気持ちが軽い気がする。


「それでいいと思うよ。他の誰かじゃない自分のために、我儘に、傲慢に、自分勝手に動けばいい。誰にも君は止められないんだから」


 でもやっぱり、人殺しはちょっと気が重いかな。

 

「それは今更な気もするけど、どうしてもと思うんなら殺さないようにしてみたら? それが出来るだけの力が君はあるんだし。……でも殺さないといけない奴は確かにいるって事は覚えておいてね」


 どうしようもない悪人とか……?


「何が悪かは、観測者によるらしいけどそうだなぁ。僕にとっての大切なものは、ローズとローズの大切なものだけ。だから、それを脅かす可能性のあるものは全て排除すべきだと思ってる。だから、ローズはローズの大切なものを守るために、判断すればいいよ。優先順位を間違わないように」


 少し極端な気もするけど、頑張ってみる。


「うん、ローズのやりたいように頑張ってみて」


 ありがと。

 なんかちょっとスッキリしたかも。


「それなら良かったよ。それでこれからどうするの? あまり無茶はしてほしくないけど、今の君ならヴォルドールだろうがディオールだろうが苦戦する事もないよ。それだけの力には耐えられるまでになってるから」


 そうなの?

 魔術結晶体とか、ディオールの英霊8万とか、けっこう途方もないよ?


「魔術結晶体は分からないけど、英霊8万は問題ないと思うよ。時間は掛かるだろうけど。あ、でも調整しながら戦ってね? あまり一気に解放したら体が耐えられないよ」


 うん、わかった。

 あなたが、ずっと私の事を守ってくれてたんだもんね。

 この体は大事にしなきゃ。


「そう言ってくれると嬉しいなぁ」


 で、あなたは結局誰なの?


「あー、うーん。それはまだ秘密かな。でもそうだなぁヒントをあげる」


 またヒント?


「頑張って思い出してみて。ずっと昔から今も変わらず君の傍にいる、君の味方だよ」


 私の味方……。


「たとえこの世界の全てが君の敵になっても、僕はずっと君だけの味方だから。その時が来たら思い出してくれると嬉しいな」


 うん、分かった。

 絶対思い出すね、約束する。


「待ってるねローズ。それじゃあだいぶ時間が経っちゃったし」


 そうだね。

 頼りになる味方が、いつも守ってくれてたのも分かったし。

 私の我儘を押し通しに行ってこようかな!


「行ってらっしゃい!」


 行ってきます!


 目の前が光に包まれていく。

 眩しさに目を細めながら、正面にいる丸くて小さな私の味方を見つめた。

 一緒にいて安心できる懐かしさを感じるこの子との別れが、ひどく切なく胸を締め付ける。

 

 早く思い出してあげないといけない。

 そう心に深く誓いながら、私は瞼をゆっくりと閉じた。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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