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071 明確な目的と定まらぬ手段

 ここは大陸の北西端に位置する騎士王国と魔術大国の間にある農村。

 僕たち3人はここで現在休憩中だ。


 と、言うのもローズさんがついさっき、戦争行動への武力介入を行ったばかりだから。

 相互に潰し合っていたために、実際に彼女が殺したのは6000程度。 

 これが大魔術師とかならばありえなくもない話だけど、彼女には魔力がほとんど無い。

 剣術士としてその数は完全に常軌を逸している。


「大丈夫ですかね……ローズさん」


「今回は多かったからな、まぁ大丈夫だろう。またいつものように戻って来る。そしたら俺たちもいつも通りに、だ。いいなロンメル」


「はい……」


 この男性はライアス・ギルツグランツさん。

 約2年前、レグレスという国からの護衛依頼で一緒になった人だ。

 物事を軽く考える印象はあるけど実は凄い人で、なんとダンダルシアにあるギルドで1番偉い人なんだとか。

 そんな人が何故か方々を旅している間に、あの事件に巻き込まれた。


 そう、僕らはエメロードが戦争の起こす切っ掛けとなった事件。

 それの当事者だ。

 勿論、誰も宰相殺しなんてしていない、全くの濡れ衣だ。

 むしろ僕らが殺されかけたんだ。

 実際、ほとんどが殺された。


 残ったのは僕を含めて5人。

 当然、しばらくの間は罪人として追手が仕向けられた。

 ローズさんとライアスさんだけなら、なんとでもなったと思う。

 

 でもふたりは、僕たちを見捨てずに一緒に逃げてくれた。

 レグレスに留まっていれば、いずれはエメロードに制圧され逃げ場はなくなる。

 かといって、イシュバル側は受け入れてはくれないし、ダンダルシアは結界で入れない。

 仕方なく、僕らはダンダルシアの結界沿いを歩き、左側へと抜けたのだ。


 辿り着いた宗教国家は最初こそ平和だったけど、次第に戦争の波に侵されていった。

 

「ああそうだ、せっかくだから飯の準備でもしよう。頼めるかロンメル?」


「あ、はい! 任せて下さい!」


 ロンメル・ライトフライヤー。

 それが僕の名前だ。

 もっぱら食事の準備は僕の役目。

 それくらいしか役に立てないって言っちゃなんだけど、実際弱い僕では戦闘の役には立たない。

 

「猪肉がまだあったよな……。じゃああれにしよう」


 豪勢とはいかないが、せめて美味しいご飯で元気付けられれば……。


 淡々と調理を進めていくと、1羽の鳥が近くに寄って来た。

 匂いに誘われたのだろう。


「クェエエー!」


「はは、大丈夫ですよ。クラウンさんの分も作りますから」


 この鳥さんは、ローズさんのお母さんが寄越したという上位の魔物。

 どうやって結界から出てきたのかは分からないけど、娘を心配した親というのは常軌を逸した行動を取るらしいから、まぁなんとかしたのだろう。


 それよりも問題なのは、上位の魔物だけあって当然僕よりも強い。

 僕の冒険者としての立つ瀬が全くない。


「あれ、ロンメル君お料理してるの?」


 ひょこっと顔を出したのはローズさんだった。

 今日は随分と時間が掛かったけど、いつもの調子に戻っている。

 

「はい、猪肉のソテーにしようかと」


「わー! ロンメル君のご飯美味しいもんね! 楽しみにしてるね!」


 そうやって笑う彼女の顔は、今も血に汚れて真っ黒だった。





 

 ――カチャカチャと食器の音がなる。


 出来上がった料理を、3人と1羽が啄むように食べている。

 洗ってきたのだろう、ローズさんの顔は綺麗になっている。

 笑っている顔は正直可愛い。


 2年で背も高くなったし、少し色っぽくなった気がする。

 こんな状況でなければ、惚れていたかもしれない。


「やっぱうめぇな! ロンメルの料理は!」


「美味しいでふ!」


「はは、恐縮です……」


 すごい勢いでかき込んでいくなローズさんは……。

 ライアスさんの方が品が良く見える。

 まぁ1番お上品に食べるのはクラウンさんだけど……。 

 

「で、こっからどうするつもりでいるんだ嬢ちゃん」


「うーん、やっぱりアイギスさんにお願いするのが1番かなって思ってます」


「……まぁダメ元でも頼んでみる価値はあるか……」


 食事中はいつもこの話題になる。

 どうやって戦争をやめさせるか、という話題。


 始め、このふたりの目的は故郷に帰る事だった。

 しかし、2年経った今もダンダルシアの結界は健在。

 誰も中に入る事が出来ない。

 エメロードも攻めあぐね、今では別の国と争っていると聞く。


 そして、ダンダルシアに戻るために導き出された答えが、戦争を終わらせて結界を解かせる事。


 まぁここまでいい。

 問題はその手段。


 ひとつは先ほど名前の挙がった大陸の英雄、アイギス・クロドビク。

 その彼女に戦争を止めてもらうという手段。

 正直、ローズさんの戦力なら十分なんじゃないかと思うけど、必要なのは知名度なのだそう。


 お願いするには、大陸の東側にあるクレイドルという国まで行く必要がある。

 向こう側がどうなっているのかは分からないが、お願いしてなんとかしてくれるなら2年も戦争は続いていないのではないだろうか。


 ライアスさんも最初はこれには反対していた。

 英雄とは、人類の敵となる魔物を討つ存在。

 人同士の争いには基本的に介入してこないという。

 故に、どれだけ頼もうが英雄が動くはずがない。


 それがライアスさんの反対理由だったのだが、今は事情が変わってきている。 

 それは、もうひとつの手段をやめさせたいからだろう。


 その手段とは、過去戦争行為が鳴りを潜めた経緯を真似るというもの。

 

 2年よりも更に前から続いていた戦争は、ある傭兵団が現れてから突如として収まった。

 そう、黒寂の傭兵団による武力介入だ。


 ローズさんは今、それを真似るように強引な武力介入を続けている。

 圧倒的な武力それ自体が抑止力になると信じ、『戦場荒し』などと呼ばれるまでになってしまった。


「だがクレイドルは大陸の反対側だ。どれだけ急いでも歩きじゃあ1年近くかかる。そもそも国境を超える事が既に難しい。他に何かないのか? ロンメルはどう思う?」


 突然話題を振られて僕はちょっとビックリした。

 いつも僕はこの話には加わらないから、矛先がこっちに向くとは思ってなかった。


「と、言われましても……」


「なんでもいい。思った事を言うだけでもいいんだ」


 思った事を……。

 それなら、ずっと疑問に思っていた事を言ってしまおう。


「どうして、戦争を続けられるんですかね……」


 その言葉に、ふたりはキョトンとした顔で見つめてくる。


「どうしてってそりゃあお前、利権が欲しいからだろうが」


「それって国を豊かにするためですよね……? 立ち寄った村や町はどこも食料が無くて困窮していました。戦争を続けられるような体力が、まだ残っているのが不思議で……」


 更に難しい顔をしている。

 へ、変な事言ったかな僕……。


「確かに……今はまだ備蓄があるから争っていられても、民が飢えて死ねばいずれは続けられなくなる……。取り返しがつかなくなる前に本来ならやめるべきだ……」


「そ、そうですよね!」


 食事の手を止め、ふたりは考え込み始めた。

 よかった、全然的外れってわけではなかったみたいだ。


 でも、改めてちゃんと考えてみればなんでなんだろう。

 疲弊するばっかりで、ちっとも豊かになりはしない。

 それどころか、滅んだ国だってある。

 最初こそ勝機があって臨んだとしても、現状は省みるべきだ。


「ロンメルのいう事も分かる。だがここまで大きな争いになればもう止まれないんだろうよ。自分が剣を治めても相手が治めるとは限らない。それは大陸の歴史が教えてくれている」


 ライアスさんの言葉に、誰も異論を挟まなかった。

 挟めなかったと言った方がいいかもしれない。


 少し重い空気が流れ、カチャカチャと食事を再開する音が響きだす。

 

「…………よし、分かった。じゃあこうしようローズ、ロンメル」




 ◆




 翌朝、僕たちは騎士王国側へと向かった。

 目的は情報収集。

 何故騎士王国かというと、ライアスさんの話では頭が悪いからとの事だった。

 まぁ本当は、素性がバレた場合に魔術で応戦されると厄介だからなんだと思う。


 僕もいざとなったら戦うけれど、魔術師相手は流石にどうしようもなさそうなのでちょっとホッとしてる。

 

「ふぅ……」


 軽く息を整えて、脚を前に出す。

 情報収集なら僕だってやれることはある。

 役に立って見せるぞ……!

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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