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069 戦争の時代へ

 雨に混じりながらも聞こえてくる突然の悲鳴。

 一体何があったのか。

 確認しようと外に出れば、剣を握るエメロードの兵と串刺しにされた冒険者が見えた。


 全てのテントの冒険者が異変に気づく、新たな悲鳴と混乱が広がっていく。

 雨と暗闇でほとんど視界が利かず、今分かるのは襲撃されているという事だけ。

 この場から逃れようと、とにかく移動し始めた。


 しかし、どこに向かえばいいのか分からない、何を頼ればいいのか分からない。

 すべき事が分からないまま先走った者は皆、動かぬ屍に変わっていく。


 3つ、4つ。

 新たに仲間の断末魔が聞こえてくる。


 なんで?

 どうして?

 せっかく助かったと思ったのに。


 私も含む全員が、そんな事を考えていただろう。

 襲われる理由など全く心当たりがない。

 何かの間違いじゃないか、なんて。

 この状況で、そんな虫のいい解釈から対話という行動を試みた者もいた。


 

 そんな中、ひとりの男性の叫び声が冒険者全員の耳に届く。



 武器を持って逃げろ。

 レグレスに向かって。

 まだ生きているのなら、死ぬ瞬間まで生き続けろ。



 唯一状況を把握出来ていた様子のライアスさんだ。

 頭の悪そうなセリフも、今の私たちには大きな灯だった。

 その声に冒険者たちは縋りつき、すぐに走り出す。


 声の最も近くにいた私は、更に別の指示を受けていた。


 襲われている仲間を援護しながら逃げろ。

 お前と俺ならそれが出来る。


 軽いパニックだった私は、素直にそれに従った。

 従う事で、思考する事を放棄した。


 雨合羽のシルエットを敵と断定する。

 寄って来る者を斬り、追って来る者を撃つ。

 私の取りこぼしをダリアがカバーする。


 それを何度も何度も繰り返し、とにかく走った。


 どれぐらい走っただろう。

 肺が千切れそうなくらい走った。

 呼吸するだけで全身が痛い。

 

 いつの間にか振り切ったようで、追手が来ている気配はなかった。

 けれども誰も止まろうとしない。


 雨のせいか、暗闇のせいか。

 更に更に走り続け、気づけば空は白んできている。


 漸く止まった私たちは、青ざめた顔で息を切らしその場に座り込む。

 雨も弱まり、全員の姿をそれぞれが見渡した。


 ライアスさん、それにダリア。

 後は……。


 私を含め、逃げ切った冒険者は……僅か5人だけだった。



 

 




  

 ◆









 ローズたちがエメロードの兵たちに闇討ちされてから数日。


 ほどなくしてエメロード王国がダンダルシアに対し、宰相暗殺をネタに高圧的な外交を行う。

 暗殺の証拠品としてフィオ・ネレクタルの冒険者プレ―トを提出。 

 暗殺する理由が無いと主張するも論争はかみ合わず、遂にエメロードが宣戦布告する。


 エメロード宰相、ルグンカスト・フォン・ブラウニー。

 彼が出来る限り遠ざけてきた戦争は、皮肉にも彼の死を引き金として起こる事となる。


 また、暗殺の主犯としてライアス・ギルツグランツ。

 および実行犯として名前の挙がったローズ・クレアノットとフィオ・ネレクタルの3名は、ダンダルシア国内において非難の対象となった。


 そんなはずはないと無実を主張するギルド側に対して、ダンダルシア王権は戦争への全面協力を要求。

 受ければ3人を罪に問わぬ事とするとして、不在のマスターに代わり普段代理を務める者がこれを受諾。

 結界のせいで国に戻れないふたりを欠いたまま、ダンダルシアは戦争の準備を進めていく。


 それとほぼ同時に、大陸東側に存在する軍事国家バギンヅが、選民国家イシュバルへ宣戦布告。

 エメロードとダンダルシアの戦争が始まるよりも早く、交戦は開始される。


 また、北西に位置するフォートギア聖王国では、黒寂と思われる傭兵団の襲撃が発生。

 国の軍事力を著しく失い、両隣の国からの圧力に耐え続けるが、長くは続かないだろう。


 大陸全土に伝播した、戦争という行為。

 黒寂がそもそも攻めてくるという事もあり、もう鳴りを潜める国は無かった。

 これまで溜め込んだ軍事力を吐き出すかのように、各国が積極的に隣接した国を侵略しに行く。

 血の海が新たな血の海を作るように、それは凄まじい早さで進んでいく。


 最も多くの血が流れたという『利権強奪戦争』へと、ミルド大陸の歴史は移行した。

第二章『救済の引き金』は完結となります。

ここまで読了頂き、誠にありがとうございます

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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