068 ウサギ狩り
「あ、あれは……!」
歪んだ体を振り回しながら、周囲の兵へと向かっていく1体の寄生体。
風に煽られている青い髪で、誰なのかがすぐにわかった。
生きてた……。
ダリアの尻尾に潰されて死んだものと思っていたけど、確認はしていない。
まさか生きてるとは思ってなかった。
エメロードの兵が果敢に立ち向かっているが、ダメージを与えられている様子はない。
切り傷程度などすぐに塞がってしまっている。
「コ……コロ……」
何か喋っているけど、遠くてよく聞き取れなかった。
そこに、先に到着していたディートハルトが剣を振り下ろす。
豪快ながらに、光る剣筋が優美だった。
剣閃は寄生体の右肩から先を斬り飛ばし、尚も襲い掛かる。
気づけば、虫だった部分は削ぎおち、人らしい手足が露出している。
「元は冒険者か何かか……」
剣先を突き付けるディートハルトに対して、寄生体は喉元を晒すように近づいていく。
「コロシ……テ……クレ……」
殺してくれ。
近くまで来たことで、ハッキリとそう聞き取れた。
そしてそれはディートハルトにも聞こえていただろう。
一瞬のためらいもなく、彼は寄生体の首を斬り飛ばした。
落下し、地面を転がる首は静止する。
しかしそんな状態になっても尚、自らの死を願う言葉は止まらない。
「おや、小さな女の子が見るものではないよ。ここは任せて戻るといい」
「で、でも……」
遅れて到着した私に、返り血ひとつ浴びていない男が優しく微笑みかけてくる。
最初に見た時の張り付けたような笑顔ではなかった。
柔らかい印象を与えてくる、そんな顔。
「彼は冒険者だろう? 安心しなさい、丁重に扱うと約束しよう。だから戻りなさい」
「わ、分かりました。よろしくお願いします……」
信用する事にし、私はライアスさんの元へと戻る。
いや、信用したというのは言い訳だった。
きっと私が弔うよりも立派に弔ってくれる。
きっと私が作るよりも立派な墓を作ってくれる。
そう思う事で、これ以上の関わりを持たないようにしただけな気がする。
私は卑怯者だ。
知人の最期に、深く関わるのが怖かったのだ。
「その魔物を回収しておけ」
「ハッ!」
約束通り、丁重に扱うから安心するといい。
我が国のモルモットとして、だが。
兵に回収だけを命じ、ディートハルトは会合の場へと戻っていく。
一瞬だけ、その顔は真っ黒に歪んでいた。
◆
会合の後、雲行きが怪しくなってきた事もあり野営の準備を始める。
ディートハルトさんからのご厚意でテントを8つ貸してもらった。
お陰で雨ざらしにならなくて済む。
「お、ちゃんと張れてんな。いいんじゃねぇかこんなんで」
「まぁなんとか張れました!」
野営の位置は、戦闘があった場所から少し離れたところ。
さすがにそのままの場所で寝る気にはなれない。
本当なら一刻も早く離れたかったが、既に暗くなりつつある。
今の体力で夜通し雨の中を歩くのは無理だ。
「おし、まだ多少日はあるが、今日はもう休むとしよう。各自十分な休息を取って、明日移動開始だ」
ライアスさんの言葉を最後に、全員がそれぞれのテントの中へと入っていく。
かくいう私はライアスさんと同じテント。
ダリアも一緒なので大丈夫。
まぁダリアと一緒になってくれる冒険者が他にいなかっただけなんだけど。
これはこれで都合が良かった。
「さて、嬢ちゃん。どう思うよ」
「はい……」
エメロード宰相との会合で感じ取った事。
それはなんとも言えない違和感。
「救援にしては、ひとりひとりの武装が過剰だ。だが、制圧に来たにしては数が少ない。どうにも中途半端な感じがする。嬢ちゃんはどう思う?」
「分かりません……。特別な訓練を受けた精鋭という事なら、あの数で十分なのかもしれません……。実際、レグレスの現状を考えれば十分だと思います」
「まぁ確かになぁ。エメロードの宰相様なら、現状くらい正確に把握してそうだしな。後はそうだな、あのディートハルトとかいう近衛はどう思う?」
「……最初は、張り付けたような笑顔が不気味な人だと思いました」
「俺も同じだ。あいつなんか気持ち悪いよな」
気持ち悪いて。
同感だけども、なんかそういう悪口っぽいのじゃないよ私は。
「でも、フィオさんを丁重に弔ってくれるらしいですから……」
あれ、扱うだっけか。
いやでも、同じ意味だよね。
「そうか……ヘイルヘイムの冒険者って話だったな……」
ライアスさんはゴロンと横になった。
犠牲になった冒険者の話になると、すぐに寂し気な表情になる。
「とりあえず今日は寝ちまおうや。で、嬢ちゃんは相変わらずそれで寝るのか?」
「え、はい。そうですけど」
いつもどおりダリアに包まれてご就寝である。
さすがに服は全部着たままだけど。
「ま、それが1番安全かもしれねぇしな。ほんじゃまた明日な」
「はい、おやすみなさい」
明日、もしかしたらもうフィオさんのお墓が作ってあるかもしれない。
もしそうなら、手だけでも合わせさせてもらおう……。
◆
「ルグンカスト様、宜しいですか」
「ん、ディートハルトか。どうしたこんな時間に……入っていいぞ」
「失礼します……」
もう辺りが真っ暗な中、豪華な馬車の中で宰相はひとり書類を読みふけっていた。
許可を貰ったディートハルトは、馬車の中へと入り込む。
「まだお休みになられていないご様子でしたので……。もしよければこれの話を、と思いまして……」
ディートハルトは懐から1丁の銃を取り出し、馬車内のテーブルの上に置く。
「これは……完成したのか?」
「はい、今しがた早馬が届けに参りました。性能の程は以前お話したのと変わりありません。せっかくですので、記念の第1射をルグンカスト様にと……」
「いや、私はいい。それはお前たちのための物だ。お前たちが使ってくれればそれでいい」
1度は視線を銃に向けたものの、ルグンカストはすぐ書類に視線を戻す。
「本当にルグンカスト様はお優しい……。やはり、記念の第1射はあなた様でないといけません……」
「だから私はいいと……」
ディートハルトの持つ銃の発射口は、ルグンカストの額へと向けられた。
恍惚とした表情で、今にも引き金を引いてしまいそうだ。
「何を……しているディートハルト……」
「ですから何度も申し上げました通り、記念すべき最初の犠牲者は、部下思いで、民思いのお優しいルグンカスト様でないといけないのですよ……」
そしてすぐ、乾いた破裂音が馬車内で木霊する。
脳漿をまき散らし、力なく横たわるエメロードの宰相。
その表情は死んで尚、知的さを感じさせる。
「気付かれた様子は」
銃の状態を確認しながら、ディートハルトは馬車の外へと声を掛ける。
「ありません。雨の音で聞こえていないようです。灯りはひとつも見えません」
外で待機していた兵が答えた。
その視線の先にあったのは、ローズたち冒険者のテントだった。
「目標は約20だったか。準備は?」
「完了しております」
「そうか、では……ウサギ狩りを実行しろ」
「ディートハルト様は……?」
「私は雨に濡れたくない、全てお前たちに譲ろう。その代わり、ひとりも生かしておくなよ」
「はッ……」




