067 エメロードからの救援部隊
巨躯の竜となったダリアの咆哮。
その音の震えは肌を焼き焦がすような錯覚をもたらした。
「すっげぇな……」
ビチビチと肉塊の表皮が波打っている。
ピンク色のそれは、風圧で肉が捲れるたびに色見が赤に近づいていく。
大きく捲れた箇所からは、潰れた人の顔が覗かせている。
千切れてはいるが、多くの髭があった事が分かる。
竜が大きく口を開け、淡く光る粒子が集まっていく。
刹那、火力の調整のためか十分な圧縮が為されないままにそれは放出された。
一瞬聞き取れた轟音の後は何も聞こえない。
大地を削り取りながら収束する閃光が、視界を覆ってしまって何も見えなかった。
少しして、戻って来た静寂に目を開く。
ピンク色のあの肉塊の姿はどこにもない。
代わりに、大きく直線状に抉られた大地の途中に黒ずんだ丸いものが鎮座している。
それが、肉塊の本体だった。
ドロドロと溶け始め、中からはあの寄生体。
フィオさんが姿を現した。
「ギチ……ギチギチ……」
不快な歯ぎしりを立てるそれに、竜の尻尾が襲い掛かる。
縦に真っ直ぐ振り下ろされ、その体は容易に潰されてしまった。
私やライアスさん、他の意識のある冒険者たちもそれを見ていたが、言葉が出てこない。
ただじっと、その光景を眺めていた。
「ピィ!」
竜の姿のまま、いつもの鳴き声を上げたダリアが、シュルシュルと元の姿に戻っていく。
完全に戻ったダリアが私の方に跳ねながら寄って来る。
その動きを見てか、他の冒険者が漏らしたであろう脅えた声が聞こえる。
振り返ると、警戒しているような竦んだ瞳がこちらを凝視していた。
それは仕方のない事なのかもしれない。
あんな悍ましい状況を、即座にひっくり返した魔物が未だ健在。
私だって、これがダリアじゃなかったら怖いと思う。
「すげぇなスラ坊! まさかウォータードラゴンだとは思わなかったがなぁ!」
「ピピィ!」
ライアスさんが明るく声を掛けてくれる。
どんな状況にも怯まない人だ。
今はその、好意的な態度が本当に嬉しい。
ウォータードラゴンではないけど、今口に出すのは野暮かなって思った。
「とりあえず生存者の確認だ。俺は向こうに座り込んでる奴らの様子を見てくる。嬢ちゃんは他に生存者がいないか見てくれねぇか? それと、可能なら物資の状態もだ」
「わ、分かりました」
ダリアと一緒に荷車を確認しに行く。
まだちょっと怒ってるみたいだけど、今は落ち着いている。
普段、触れていれば考えていることが読み取れるんだけど、今はちょっと教えてくれないみたい。
仕方なくそのまま、状態の良い荷を調べていく。
散乱してはいるが、食料や水などは綺麗に残っていた。
1台分丸々ある、これならレグレスに戻るとしても十分な量だと思う。
今の人数ならだけど……。
更に前方方向へと、それぞれの荷馬車を確認しながら進んでいく。
馬はもうどこにもいない。
逃げたか、取り込まれたかは分からないが、とにかく1匹もいない。
「……誰もいない……」
生存者の姿はない。
どころか、死体ひとつ見つからない。
前に行けば行くほどに、荷の状態は酷いものだった。
何が入っていたのかは分からないけど、貴金属とか装飾品とかそういった物以外は全て無くなっている。
食べられるような物は死体と一緒に取り込まれてしまったんだろう。
無残な死体とかを見なくて済んだけど。
「うん、大体見たね。もどろっかダリア」
「ピ!」
元の場所まで戻ると、数名の冒険者とライアスさんが待っていた。
言葉を掛けられる前に、私は首を横に振る。
「そうか……。次は食料だ。回収可能な物資を集めてこれからどうするか考えるが、あまり長居はしたくない。少し休憩したら動くぞ」
「はい……」
私はその場に座り込むと、動いていないせいか色々と考えてしまう。
冒険者になって、あんなに人が死ぬのを見たのは初めてだ。
いくら死が身近にあっても、正直しんどい。
これにもいつか慣れる日が来るんだろうか……。
それと、フィオさん。
尻尾に潰されていたけど、近くで確認したわけじゃない。
どうなってしまったのか気になるけど、見に行く気力が沸かない。
そんな事を考えていると、横から声を掛けられた。
「はい、これ」
冒険者の女性。
酷く取り乱して絶叫していた人だ。
手には緑色の液体が入った瓶を持っていて、私に差し出してきている。
「これ、虫下しの薬。一応皆に配ってるの。受け取ってくれる?」
「はい、いただきます」
寄生虫が大量にいたんだ、確かに万が一に備える必要はある。
渡されたそれを、私は一気に飲み干した。
◆
「おい、あれなんだ?」
荷をかき集めている最中、誰かがそう言った。
全員の視線が一方へと注がれる。
まだ距離はあるが、全員が馬に乗った集団が見える。
真っ直ぐとこちらに向かってくる。
一体なんだろう。
次第に近づいてい来る馬の脚音。
数にして50くらいだろうか。
10メートルほどの距離で静止し、先頭で馬を駆る男が突然声を上げた。
「我らはエメロードより参ったレグレス救援部隊である! この状況は何か! 答えぬならば賊とみなすが!?」
死体こそひとつもないが、傍から見ればこの状況は賊の襲撃に見えなくもない。
受け答えを間違えれば戦闘になるかもしれない。
「我々はレグレスよりエメロードへの移動中! 魔物の襲撃に合い! それを撃退した直後だ!」
一歩前に出てそう叫ぶライアスさんの姿は、堂に入っている。
それを聞いた救援部隊を名乗った男は、別の男に何かを言伝して更に前に出てきた。
そして、またも喋り始める。
「詳しい話が聞きたい! 代表者はこちらに来られよ! 危害は加えぬ!」
長く抉られた地面、散乱する荷馬車、死体は無くても赤く彩られた風景。
魔物の死体すらもないのに、広がる赤色の量が多すぎる。
この状況を見たら、確かに話が聞きたくなるだろう。
「嬢ちゃん、すまねぇが一緒に来てくれねぇか? 出来ればスラ坊も一緒に」
辺りを見回しながらそう伝えてくるライアスさんは、少し困った顔をしている。
どう説明するか迷っているのだろう。
特に、この抉れた大地を。
「なぁに大丈夫だ。基本的に俺が喋る、嬢ちゃんはいてくれるだけでいい」
そういう事なら……。
行きたくないけれど、仕方ない。
ライアスさんだけに全部任せるのも申し訳ないしね。
「……分かりました」
残る冒険者たちに作業の継続を伝え、私はライアスさんと一緒に救援部隊の元へと向かった。
「なんだその魔物は」
「こ、この子は私の相棒でして! 説明するなら一緒にいないと、説明できない事があるので……!」
ワタワタと説明するが、睨みつけてくるおじさんの顔が怖い。
なんでそんなに睨むの……。
「構わん」
奥からする声が、ダリアの同行を許可してくれた。
それに従った兵たちが横にそれて道が出来る。
道の先には、簡易的なテーブルと椅子に腰かけた偉そうな男性がいた。
その傍らには端正な顔立ちの男性が立っている。
御付の人って感じではない。
どう見ても、戦える人だ。
「呼びつけてしまって申し訳ない。私はエメロード宰相のルグンカストと言う。こちらは近衛のディートハルトだ」
近衛の男性が軽く会釈してくるので、こちらもそれを返すように頭を下げる。
なんか、張り浮いた笑顔が不気味な人だ。
「宰相殿自らが救援に来られているとは、この事実を知ればレグレスの民も感涙にむせび泣く事でしょう」
難しい言葉を発するライアスさん。
宰相って、政治とかに絡んでくる偉い人だよね?
そんな偉い人相手に物怖じしないなんて、何者なの?
「世辞はいい。とにかく腰かけてくれるか。一応は客人だ。いつまでも立たせておいてはこちらの品位に関わる」
「では、失礼します」
椅子に腰かけるライアスさんを横目に、私はどうしていいか分からず立ち尽くした。
「お嬢さんは座らないのかね?」
「い、いえ。私は……」
これ座った方がいいの!?
分かんないんだけど!
「この娘は付き人のようなものですので、どうかお構いなく」
「そういう事ならまぁ良しとしよう」
正直ほっとした。
ぐっじょぶライアスさん!
座ったらそれはそれで緊張しそうだから助かった!
「それで、さっそく話を聞かせてもらいたい」
「はい……――」
そこから、ライアスさんは淡々と事実だけを述べていった。
エメロードへ移動した経緯。
護衛依頼とその規模、そして遭遇した魔物について。
その戦闘においての結果。
ある程度は省略しながらも、伝えている内容に間違いは無かった。
私の事をテイマーと言った事を除けば、だが。
「では、向こうの抉られた大地。あれをやったのは、そこのスライムという事で間違いないのか? いやウォータードラゴンだったか」
「はい。間違いございません」
それを聞いていた周りの兵たちがどよめいている。
スライムだと思っていた魔物が、実はウォータードラゴンというダンジョン屈指の魔物だなんて言われたら、無理もないだろう。
実際は違うんですけど。
「大体の事は把握した。それで、君たちはこれか――」
「ああああああああああ!」
突然、どこからか響く叫び声。
するとすぐに、息を切らした兵がやって来た。
落ち着いた様子で、近衛のディートハルトは問いを投げかける。
「何事ですか?」
「ま、魔物が現れました! 寄生された人間と思われる魔物が1匹暴れています!」
「寄生された……ルグンカスト様、少々この場を離れても宜しいでしょうか」
「許可する。さっさと静かにさせろ」
「はッ……」
短い会話を終え、すぐに現場へと走り去っていく。
「ライアスさん!」
「行ってこい」
「はい!」
ディートハルトを追いかけるように、私は兵たちの中をかき分けるように進んだ。




