065 寄生体の襲撃
馬車に揺られながら、大陸中央のエメロード王国へと向かう。
最終的に集まった冒険者は全部で74人。
結局4台では人の運搬には足りず、2台を追加。
それでも乗り切らないので、何人かは警戒も兼ねて歩きだ。
私は馬車に乗ってます。
楽だけど、お尻は痛い。
だってゴトゴト振動がすごいんだもの。
護衛の半数以上はダンダルシアからの冒険者。
その他はなんだか見慣れない服装だったり、武器だったり、人間ではない人までいる。
亜人種というものだろうか。
でもやっぱり、冒険者としての証は同じようにプレートだった。
首から下げてる人や腕に付けている人など。
銀色だったり、銅色だったり。
それがどれほどのランクになるのかは正直分からないけど、皆強そうだ。
「おい……なんであんな小さな娘がいるんだ……」
「おこぼれ目当てじゃねぇか? これだけ大所帯なら紛れ込んでもバレやしねぇって魂胆なんだろうよ」
「いやいや、男だらけのパーティを狙った娼婦かもしれねぇぞ? お前今晩頼んでみろよ」
聞こえてますよ。
こいつらの装備剥ぎ取ったろかな。
「お主らやめんか。スライムが一緒だろう、テイマーなら身体能力も歳も関係ない。それに青プレート付けておろう、お主らと同じ立派な冒険者だぞ」
大量の髭をこさえた人が庇ってくれた。
太目にも見えるくらいにがっしりした体つきだ。
なんというか、ドワーフって言う単語がしっくりくる感じの人。
人間だよね?
「はは、媚びでも売ったんじゃねぇのか? スライムも使ってよぉ」
「夜のテイムは青プレートですってか? ギャハハッハア!」
下卑すぎて呆れる。
のを更に通り越して斬り刻みたい衝動に駆られる。
よし、とりあえず丸裸にしてやろう。
「やめとけ」
動こうとしたところを、ライアスさんに腕を掴まれた。
「あんなのは無視だ無視。放っておけばいい。冒険者には色んな仕事があるが、あーゆーのが小物の仕事だ。小物の仕事を奪っちゃ可哀そうだろう?」
「そうですね。下の人間の仕事を取っちゃダメなんでした」
「あ、ああ? なんだとテメェ! 冒険者かどうかも疑わしい奴が横から口出してんじゃねぇぞ!」
口の悪い冒険者が、腰の剣に手を掛けながら立ち上がる。
すると、先ほどのお髭いっぱいの人も立ち上がる。
「やめろと、言ったはずだが……」
ドワーフっぽいと思ったけど、すごく身長が大きい。
180とか190とかあるんじゃないだろうか。
私の背丈じゃ正確には分からないけど、そんくらい。
立ち上がってすぐ、上から威圧するようにお髭の人が凄んでいる。
その迫力に、剣を抜こうとした男は黙って座り込んだ。
こいつはチンピラAと名付けよう。
残りもB、Cでいいや。
「すまねぇなアンタ。うちの嬢ちゃんのためによ」
「そういうつもりでやったわけではない。気にするな。それと、お主も煽るような事を言うのはよせ。今は皆同じ依頼を受けた仲間だろう」
「はは、ついな」
両方怒られて痛み分けか。
まぁ私はちょっとスッキリしたからいいけど。
チンピラトリオは黙り込んじゃったしね。
◆
「無事か嬢ちゃん?」
「はい、問題ありません」
例の巨大な虫ではないが、既に虫との遭遇は3回目。
しかもただの虫ではない。
寄生型の虫だ。
地上にはいないはずの寄生型が、様々な動物や魔物に取りついている、
個々の戦闘力はさほど高くはなく動きも緩慢だが、単純に力が強い。
少なからず護衛の冒険者には被害が出ていた。
「こやつはしばらく休ませた方がよかろう。……しかし、こうもバラバラではな……」
「ガルム殿、ここは……」
髭の人はガルムという名前らしい。
怪我を負った冒険者を介抱しているところに、フードを被った男性に話しかけられている。
「あの人……」
フードの男性の腕には銀色のプレートが付けられていた。
どこぞの国の冒険者のようだ。
「おーい! すまんが各パーティの代表者は集まってくれんかぁ!」
その声に素直に従う冒険者たち。
それは私たちも例外ではなかった。
「ライアスさん、お願いします」
「俺でいいのか?」
「はい、参加登録をしてくださったのもライアスさんですし」
「そうか……なら任せろ。行ってくる」
馬車の脚を止め、商人たちも入れての会議が始まった。
「チッ……」
視界の端に映るチンピラの舌打ちが聞こえる。
怪我ひとつないが、冒険者としての実力は確かなのかもしれない。
不穏な感じではあるが、無視しよう。
仮に何か仕掛けて来たとしても問題はない。
綺麗に返り討ちにしてやる。
◆
「ベルナルド殿……。これはいくらなんでも多いと思わんか……」
「ガルム殿もそう思いますか……」
既に出発から5日。
エメロードに近づくにつれ、遭遇する虫の数が増えていく。
徐々にではあるが護衛側の被害も拡大している。
74名中8人が怪我や体調不良でダウン。
戦闘可能ではあるが、怪我を負った者が半数以上。
到着まで最短で残り10日。
単純に計算すれば動けぬ者が加速度的に増え続ける。
下手をすれば死者すら出かねない。
そして1番私たちを不安にさせるのが、寄生虫が寄生しているであろうもの。
それは人間だった。
腐っている箇所の存在しない、新鮮な人間。
中には意識があるものまでいた。
そう、これらはエメロードを目指してレグレスを旅立った者たち。
知り合いがいると喚く商人や冒険者は取り乱していた。
この状況に、引き返すか否かの論議が移動中の馬車上で行われた。
だが受難は受難を呼び、折り重なるように振りかかって来る。
「なんだよこの数はよぉお!」
「ああああ!」
今までの20、30程度の規模ではない。
100?
それとも200?
寄生された人間たちが立ちふさがり、助けを求める悲痛な声をあげ続けている。
その後ろには、寄生する先を求めて這いずっている虫。
動きの遅いそれらに気づくのが遅れたせいか、奥深くまで入ってしまい完全に取り囲まれた。
「どうしますか……ガルム殿」
「やるしかないであろうな……。左側はお任せしてよいか」
「お任せを」
虫たちを前に、商人も護衛の冒険者も思考が停止している様子だ。
それに、ここは馬車隊の中央付近。
前方や後方の荷馬車は既に飲み込まれている。
そこにいた護衛や商人はもうダメだろう。
そんな中、髭の人ガルムさんの声が響き渡る。
「事前に決めた通りに動けぇ! 進行方向に対して左側がベルナンド殿のレイドパーティ! 右側はワシのレイドパーティだ!」
レイドパーティ。
ここでは、複数のパーティが連携して動くためのものを便宜上そう呼んでいる。
行動に統一性が無ければ意味がないため、ガルムさんをリーダーとしたものとフードを被った銀等級の人をリーダーにしたもののふたつを作った。
私とダリア、ライアスさんはフードの人、ベルナンドさん側だ。
「完全に取りつかれる前に遠距離攻撃が可能な者は即時攻撃! 近接戦しか出来ない者は抜けてくる敵がいないか警戒! 遠距離攻撃に専念させろ!」
既に何度か活躍したリベンゲルちゃんはちょっと休憩にしましょう。
そこそこの威力は出せたけど、人間大の虫は体が半分になっても動くからちょっと火力が足りない。
そこでこれ、豪弓エーレンベルグ!
まだ1度も試し撃ちしてなかったけど……。
短弓よりも弱いわけは……ない!
放たれた矢は真っ直ぐと突き進む。
目標だの寄生体を粉みじんに吹き飛ばし、更にその奥の寄生体も消し飛ばしていく。
途中の大木にぶつかって止まるかと思ったが、それも容易になぎ倒し、遂には見えなくなった。
その様子に、警戒態勢を取っていた者も魔術で応戦していた者も、開いた口が塞がらない状態になっていた。
「あ、やば……こんなに威力があるとは……」
矢の衝撃範囲は、直径1メートルの大砲を撃ちだしたものをイメージしてもらえば分かりやすいだろう。
真っ直ぐと、円形に直径1メートル分の物体が消失していくのだ。
弓の威力としては破格と言えるだろう。
「嬢ちゃんすげぇな……」
私自身が驚いている様子に、ライアスさんが熱い視線を送ってくる。
見られている事に気づいて一瞬泡を食ったが、すぐに別の叫び声で思考は切り替わった。
「……娘ぇええ! 馬車の上に乗れぇ! お前を中心に陣形を敷く!」
え、え!?
「嬢ちゃん! これに乗れぇ!」
ライアスさんが腕力だけで馬車を1台無理矢理横へと出す。
「何してる! 早くしろぉ!」
「わひっ!」
慌てながらも急いで乗る。
人の運搬用なので下は木だ。
地面ほど安定はしないが、不安定な荷物の上よりは全然マシ。
などと思っていたら、
「ピ!」
ダリアが足を固定してくれた。
ぷよぷよなのに? と思ったが、脚が滑らない。
それだけでもかなり助かる!
「この馬車を中心に魚鱗の陣(※1)だ! 魔術火力支援は内側に入れ!」
皆が私の周りに集まって来る。
いや、正確には馬車にか。
「娘ぇ! 奥の密集しているところを狙ってくれぇ! 近場はこちらでなんとかする!」
あわわわ。
誰かに命令されて動くのって慣れてないんだよ~!
「魔術支援! 左方放てぇ!」
ベルモンドさんの号令通り、左側の寄生体が焼かれていく。
私も、私の仕事をしなきゃ!
そこからは撃った。
撃って、撃って、撃ちまくった。
とにかく夢中で、より多くの被害を与えられる場所を探して矢を放ち続けた。
消し飛んでいく寄生体が、まだ生きている人間である可能性も忘れて。
「あ、ああああああ! 出たぁ! 出たぞぉ!」
右側のガルム陣営から、叫び声が聞こえる。
こちら側の寄生体はもうさほど多くないけど、遠方で蠢く虫の姿はまだまだ多い。
「ライアス! この馬車を向こうに移動させろ! 娘はそのまま遠方射撃だ! お前たちは前方後方から向かってくる寄生体を警戒!」
「おおよ! しっかり掴まってろよ嬢ちゃん!」
あばばばば。
「どっ……せいッ!」
激しい揺れが静まり、数メートル先には大量の寄生体。
もうこんな近くまで……!
そして馬車隊列前方にいるというのが、件の巨大な虫!
「…………え……」
確かに虫だった。
ありえないほどに膨れ上がった左腕に、ワームと同化してしまっている右腕。
右足はナメクジのような形状で地面を滑り、左足からは節足動物の脚が何本も生えている。
だが、頭部に見える青い髪は、見覚えのあるものだった。
「ギチ……ギチギチギチギチ……!!」
不快な歯ぎしり音を響き渡らせる虫。
その口は横向きに開閉し、不揃いな歯が隙間を覗かせている。
左顔面から這い出ている虫は、ギョロギョロと周りを見回しており、明らかに他の虫とは違う。
あの変態が出したワームにそっくりだった。
そして唯一人間らしい部分。
右顔面の目の辺りの、更にごく一部。
虚ろなその瞳は、絶えず涙を流し続けているように見える。
「あれ……は……」
太くなり見る影も無くなった首に、辛うじてくっついて青く光るプレート。
肉に挟まり、細切れになりつつも引っ付いている衣服。
間違いないだろう。
今度は見間違いかもしれないなんて言わない。
あれは。
……フィオさんだ。
※1 『魚鱗の陣』
中央が前方に張り出し両翼が後退した陣形。
「△」の形に兵を配するもの。
底辺を後ろ側として敵と対する。(ウィキペディアより参照)




