063 酒場での情報収集
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内容、流れに変更はありません。
「なんだケラン。青髪のはやめたのか」
「ん~? あれね~。ちょっと虫を寄生させ過ぎちゃってねぇ。見た目が悪いからこっちにしたんだよ~」
「それで? その青髪はどうしたんだ?」
「さぁ? そこらへんを徘徊してるんじゃないかな?」
「相変わらず興味が無くなるとどうでもよくなる奴だな。お前は」
「団長ほどじゃないよ~」
ローズとの戦闘に敗北したはずのケランドールだったが、既にその体に傷はない。
それどころか顔も体つきも変わっている。
「しかしよぉケラン! おめーが負けるなんてなぁ! ギャハハハハ!」
「ホント……だよ……」
筋骨隆々な大男の言葉に、前髪で顔が見えない女が相槌を打つ。
女は手に持った傘をクルクルと回していた。
「英雄とでも戦ったのかぁ! ぇえ!?」
「ん~。似たようなもんかなぁあれは」
「あ? なんだそりゃ。詳しく聞かせろよ」
◆
レグレス城下町大衆酒場。
以前入った時とは比べ物にならないほどの客入りだ。
「うわー……人がいっぱい……」
この町に来てから、こんなに人が集まってるのは見た事がない。
どんなに多くても4、5人の集団ばかりがいいところだったのだ。
「お、嬢ちゃん! もしかして嬢ちゃんも帰れなくなったクチかい?」
お、ファッキン出っ歯だ。
こんなファッキンでも久しぶりだと旧友のように感じる。
間違えた、こんな出っ歯でも、だ。
「違……わないかもしれないけど、まだそうと決まったわけじゃないです」
「そうなのかい? まぁなんでもいいさ! 食べに来てくれたところ申し訳ないんだけどな! ちょっと手伝ってくれ!」
は?
「ファンゴの骨付き肉お待たせしました~!」
「お嬢ちゃん! こっち注文頼むよ!」
「はーい!」
簡単なエプロンだけを付けて店中を走り回る。
ファッキン出っ歯に女給を頼まれたのだ。
服装の関係でウェイトレスって言った方がいいかな。
注文を聞いたり、運んだりしながら、お客の話を聞けるかなって思って。
ほら、スパイものの漫画とかでもよくあるじゃん?
でもね、あれってきっとこんな混んでるところではやらないよね……。
もしくは、混んでても多くの従業員に紛れるよね。
今ウェイトレス私しかいないんだけど。
完全に失敗した……。
「可愛い店員さん。こんなところで働くの辞めて私と一緒にならないかい?」
「ご注文の燻製肉のパルパソ焼きですー。ごゆっくりー」
「あぁはぁん! 冷たい対応も良い……!」
なんだここは。
変態しかいないのか。
「嬢ちゃん! ボルボソ焼きも出来たよ! 持ってってくれ!」
「は、はい!」
なんでこんなに忙しいの~!
あーもう!
受けるんじゃなかった!
「こちら、ボルボソ焼きです~」
「あ、店員さん。ボルボソ焼きのボルボソってなんですか?」
え?
知らないけど。
こっちが聞きたいよ。
どう見てもただのソーセージだもんそれ。
「店員さん?」
えーどうしよう。
あ、そうだ。
「……魂です」
「え?」
「ボルボソって言うのは、うちのシェフの名前です。つまり、彼の魂が刻まれた一押しの一品ってわけです!」
「な、なるほど! 一見してただのソーセージだが、シェフの魂が刻まれていると! そこに! 店員さんの魂も刻まれていると!」
「私のは刻まれてません」
「だったら刻んで! 今すぐ! 別料金も払うから!」
別料金って……。
大体、魂を刻み込むって何をすれば……。
騒がしかったはずの店内が急に静まり返っている。
見れば、お客のほとんどがこちらを凝視していた。
まさかこれはあれか。
魂を刻む瞬間を見ようとしているのか。
ファッキン出っ歯がこちらに物凄い目配せしてくる。
いやいや、どうすんの!
そもそも魂刻むってなに!?
「ぜひ! 店員さんの魂でこの明らかに普通なソーセージを美味しくしてください!」
お、美味しく……。
「お、おいしくなぁれ……」
手でハートマークまで作っての超サービス。
ヒクついた笑顔が不自然だったかも。
クッソ恥ずかしい……。
「うおおおおおおお! こっちも! こっちも頼む!」
「俺のも! こっちのソーセージにもだ!」
「いや! こっちのソーセージにも頼む!」
「俺のソーセージは猛っているぞ!」
バァンッと強烈な音が店内に響き渡る。
ええ、私が両手を叩いた音です。
「皆さんの料理には既に美味しくなっておりますので、問題ございません。ごゆっくりとお食事をお楽しみください」
静かになったな。
よし。
もう絶対やらない。
それと明らかにセクハラ発言だった奴。
お前の注文は二度と取らない。
◆
「ありがとうございましたー」
ふぅ。
お客さんも少なくなって落ち着いてきたかな。
あー……接客業って疲れる……。
「て、違う!」
夢中になってたせいで忘れてた!
情報を集めに来たんだよ私!
「嬢ちゃん、ありがとうよ。本当に助かったぜ。お礼になんか食べていきな。なんでもご馳走するぜぇ」
ファ、ファッキン……。
「むしろ給金をよこせ。タダ飯程度で許される仕事量だったと思うのか貴様」
懇親のアイアンクロ―をかましてやった。
もはや見える顔面の一部はデカい歯だけである。
「あだだだだだ! も、勿論払う! 払うから!」
「なら許してやろう」
言質は取ったので解放した。
「おーあたたた……とんでもねぇ嬢ちゃんだなぁ……。冒険者って言うだけあるわぁ……。でもま、座ってけよ。給金も勿論出すが、飯もタダだ。好きなだけ食ってけ」
「そ、そういうことなら……」
ちょっとやり過ぎたかも?
ま、まぁでもほら。私頑張ったし?
あ、こめかみが必要以上にへこんでる。
ごめんねファッキン出っ歯……。
「それなら店員さんよ。こっちに来て一緒に食わねぇか? 情報が欲しいんだろう?」
茶髪の見るからに剣士って感じの男性が、こちらに向かって手を振っていた。
なかなかごつい体躯をしていて、屈強そうなという表現が合いそうだ。
◆
「あー無理無理。俺もダンダルシアの冒険者だけどよぉ。ギルドメンバーの証を見せても、偽物かどうかの判別が付かねーからダメだっつって追い返されたよ」
薄くスライスされた肉を頬張りながら、男はダンダルシア国境での出来事を話してくれた。
「しかもだ。国境全てに魔術障壁まで張ってんだ。いつの間にそんなもん用意してやがったんだって話だが、おかげで虫1匹入れねぇ」
魔術障壁……。
そんなものがあったの?
それも国を全て覆うって、どんだけの魔力がいるんだろう……。
本当に国境全部なのかは分からないけど、それが本当なら私も当然帰れない。
「まぁ本当に追い返したいもんは別かもしれねぇがな……」
「別?」
「ああ、それはいい。気にするな。で、お前さんはどうするんだ? ダンダルシアに帰るつもりだったんだろう?」
う、どうしよう……。
帰れないんじゃどうしようもない。
しばらくここにいるか、それとも別の国に行くか。
戦争してるような国ばっかなんだよね。
今はどこも鳴りを潜めてるって話だったのに……。
「ライアスさんは、どうするんですか?」
「俺か? 俺はただブラブラ遊び歩いてるだけだからなぁ。故郷への帰路の最中だったってわけで、戻れないなら別の国に行くかって感じだ」
ライアスさんはスライス肉を更に頬ぼる。
さっきからすんごい食べてるけど、どんだけ食べるんだこの人。
「お、スライム君もいくねぇ!」
「ピピ!」
ダリアも負けじとファンゴ肉を食べている。
というか消化している。
「まだしばらくは大丈夫だろうが、そのうちこの国を占領しに別の国が来るだろう。その前にはトンズラしちまった方がいい」
ついに肉を全て食べきり、今度はサラダに手を付け始めた。
喋りながらも食べる手を止めない。
「しばらくは大丈夫ってどうして……」
「ああ、そりゃ。隣の選民国イシュバルも同じ状況だからよ。ああいや、国としての体裁は残ってるから、完全に同じではないな」
それってどういう……。
よく分からないという顔をしていたら、ライアスさんに鼻で笑われてしまった。
「なぁに。向こうにも黒寂が出たってだけの話よ。それも3万もいた軍勢全部根こそぎ持ってかれたっていうな」
「3万……!?」
「おうよ。なんでもたった4人に、3日足らずで全滅だそうだ。選ばれた民と謳ってる割には大した事なかったって事」
待って待って。
元々聞いてたのはひとりで1000人に匹敵って話だったのに。
3日掛かってるにしても計算が合わない。
1000人規模の戦力っていう見立て間違ってんじゃない!?
「で、とりあえずはエメロードにでも行ってみようかと思ってたんだがなぁ……。どうにも出るらしくてなぁ」
「出るって……何が」
「でけぇ虫が出るんだとよ。聞けばとんでもなく強いって話でな。エメロードへの道中で現れては、人を襲ってるらしい。それなりに名の通った冒険者とかも簡単にやられてるそうだ。幸い、近づかなければ大丈夫らしいんだが、その情報もまた微妙でなぁ」
デカい虫?
どんなのだろう。
正直、大きすぎる虫はもう慣れました。
30センチくらいの虫の方がゾワっとする。
って、え、あれ。
もうサラダ無いんだけど。
いつの間に食べたの……。
「おおい! サラダと肉追加だー! それとなんかスープくれー!」
「ピピー!」
まだ食べるの!?
ダリアも張り合わなくていいよ!
「話の途中で悪いな。腹が減っちまってよ」
は、腹が減って……。
どこにそんなに入るんだ。
「お前さんは食わねぇのか?」
「あ、もう大丈夫です」
こっちは見てるだけでお腹いっぱいだよ。
「えーと、どこまで話したっけか。ああそうそう、情報が微妙だってとこだったな。まぁその情報ってのは正直どうでもいいんだ。遭遇した場合の対処法がどうたらとかいう確信の無いもんばっかだからな。要は危なくて行けたもんじゃないって事だ」
仮にも冒険者なのに、随分と及び腰な事を言う。
今しがた会ったばかりの人だけど、纏っている空気は間違いなく強者のそれだ。
しかもそれを隠そうとしていない。
「ライアスさんって、かなりお強い方ですよね。そんな方でも避けなければならないほど、その虫は厄介なんですか?」
一瞬空気が固まる。
少しふざけた雰囲気だったライアスさんはこちらを真っ直ぐと見つめてくる。
そしてすぐ口を開くと同時に、和やかに空気に戻った。
「単純にただ行き先を変更するだけなら、わざわざ行って戦うのも割に合わねぇって話だよ。俺たちは冒険者だろう? なら、依頼されて倒しに行くもんだ。依頼も無しに魔物ぶっ殺してたら、それこそ仕事なんざ無くなっちまう」
ああ、確かにそうかも。
討伐専門の冒険者もいるって話は聞いた事がある。
ライアスさんはその討伐専門なのかも。
「お待たせしました~」
ファッキン出っ歯がスライス肉の盛り合わせとサラダ、それとデカイ器に入ったスープを持ってきた。
色合いは良さそうだけど、何が浮いてるんだか分からない。
次いでファンゴの骨付き肉を3つも持ってきた。
え?
これダリアが頼んだの?
まじで?
嬉しそうに3つ全てを体に収めるダリア。
それを見て再度、まじで? と思う私だった。
◆
「ん~食ったなぁ! ごっそさん!」
「はは……」
まさか情報料として飯代全て払わされるとは。
給金分でも足りずに結局出費した。
まぁ、ダリアの暴食は無料分でなんとかなったけど。
「それじゃあまた縁が合ったら飯奢ってくれや。またな店員さん」
ひと言そう告げると、ライアスさんは夜の町へと消えて行った。
「はぁ……疲れた……。私たちも宿取って休もっかダリア」
「ピ!」
慣れない事をすると本当に疲れる。
ウェイトレスなんて二度としないぞ……。
そう心に誓い、私はトボトボと宿に向かった。




