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059 面を捉えて斬り裂いて

後書きに修正内容を記載しました。

「おお来たか。じゃあさっそく始めるかの」


 もしかして武器の指南をしてくれるの?

 忙しいんじゃなかったのかな。


「翁、どれくらいですか?」


「そんなもん分からんわい。ダメならすぐ知らせがくるじゃろ」


 ん?

 なになに?

 なんなの、教えて。


「なんじゃ、弓の。お主お嬢ちゃんに話してないのか?」


「ええ、ケツに夢中で忘れていましたね」


 私のお尻をケツって言うの止めてくれない?


「あの魔獣はの、『糸』の奴が拘束したそうでな。今は余裕があるんじゃよ」


「えーと……糸……?」


「もしや、各ブロックマスターが何を得意とするのか知らんのか? 仕方ないのう……」




 ――8人のブロックマスター。

 

 それぞれ弓、剣、斧、鞭、槍、糸、呪具、手甲を扱う武器のスペシャリスト。

 得意武器の扱いに掛けて右に出る者はおらず、各時代で各武器の頂点と呼ばれた者たち。


 現在不在となっているのが、槍、斧、鞭、弓の4人。

 まぁ、そのうちのふたりはここにいるんだけど。


 ブロックマスターには、別に序列というものが存在するわけではない。

 でもそこはやっぱり、戦う事に長けた者たち。


 誰が1番強いのかで数十年に1度揉めるんだとか。

 でも結局、どういう戦場が得意かで決まらない。


 大規模な戦争であれば、最も多くを効率的に屠れるのが弓。

 大型の魔獣や、強大な敵を破るならば斧。

 特殊な状況下における変則戦闘であれば鞭。

 1対1での超近接戦闘になれば手甲。

 遠方からの暗殺や、対象と1度も接敵する事なく消すなら呪具。

 

 と、まぁこういった具合。


 でも必ず、どの例であっても名前が挙がるのが『糸』のブロックマスター、シュバルツ・クローヴィンケル。

 

 魔力を通した特殊な糸を指先から伸ばし、どのような状況下であっても柔軟に対応できる。

 大量の敵兵が向かってこようが数は関係なく、どれだけ大きな魔物であろうと大きさも関係ない。

 特殊な状況であっても鞭以上の自由度を持ち、1対1での戦闘も、密着戦だろうが遠距離戦だろうがお構いなし。


 こと戦闘において死角が存在しない武器なのだそうだ。


 そんな人の元に、現在ジャガーノートが進行。

 数日前に戦闘に入り、糸による拘束で行動不能にしたんだとか。




「動きを止めはしたそうじゃが、今のところ殺す術がないらしい。その拘束も、本人が数時間置きに張りなおさなければすぐにでも動き出すとの事じゃ」


「私の放った矢も、すぐに溶かされましたからね。物理的な攻撃はほとんど意味を成さないのだと思います。魔力糸がどこまで効果があるのかは分かりませんが……」


「正直拘束出来るとも思っておらなんだ。今はあやつに任せるしかなかろう。さて、いつまでも喋っておってもな……始めるかの」


「あ、はい!」




 切り株の上に、エナさんとロウルさんが座り込む。

 その場にダリアはいない。


 ここで私が指南を受けている日中の間、ダリアはいつもひとりでどこかへ行ってしまう。

 夜には帰ってくるから大丈夫だとは思うんだけど、何をしてるんだろう。


「さて……」


 目の前の老人イヴァン・ノイムルさんは、『剣』のブロックマスターだ。

 過去、突出した功績もなければ二つ名なんて大層なものも持っていないらしい。


 それでも佇む老人からは、底知れぬ凄みを感じる。


「今見せてもらったが、お主はもう十分に剣を使いこなせておるな。そこに重心の動きが加わったせいか少しチグハグだが、まぁ慣れればものになるじゃろ」


 チグハグに見えたのか!

 完璧とは言わないけど、それなりに使えるつもりでいたからちょっと恥ずかしい。


「既にひとつの剣技として成り立っておる。ワシがあれこれ言うにも少し考えんといかん。なので先に面について教えようかの」


「よろしくお願いします!」


「お嬢ちゃんよ、ここには何がある?」


 イヴァンさんは自分の手前を指さしてそう言うが、何かがあるようには見えない。


「え、何もないですけど……」


「あるじゃろうが、ワシにもお主にも大切なものが」


「まさか、空気とか……ですか?」


「そうじゃ、この世は大気で満ちておる。分かっとるじゃないか」


 いやそう言われても……。


「何をするにも必ず最初にぶつかるもの。それが空気じゃ。そして面とは、この空気の面の事を言う」


 おもむろに手に持った木剣を上段に構え、一気に老人は振り下ろす。

 するとどうだ。

 風切り音とはまた違った、なんとも鈍い音が響き斬撃の軌跡が数秒残る。


「これが『面を絶つ』という事じゃ」


 えー! なにあれすごい!

 威力とかも凄そうだけど何よりもカッコいい!

 必殺技みたい!


「まずはこの面を捉える事から始めよるが良かろう。……1度出来てしまえば後はどうとでもなるしの」


 これは是非とも習得しなくてはならない!

 今までで1番テンション上がってるかもしれない!


「はい!」



 

 ――開始から僅か5分。


「あ、これかな」


 ただの空間なのに、触れる事が出来る何かを感じる。

 厳密に言えば触れていないのかもしれないが、確かに存在するそれ。


 でも、これをどうするんだろう


「ほっほ、まさか本当に出来るとはの。知覚出来ん者には一生出来ん。良かったのう」


 そ、そうなんだ……。

 出来たから良かったようなものの……。

 

「じゃあ今度は、それを斬ってみぃ」


「え、はい?」

 

 前方にあるそれに、剣を振り下ろす。

 だが何も起こらない。


 斬ろうと頑張ってはみるものの、触れた感触もない。


「ふむ、難しいじゃろう? それを斬れるまで剣を振り続けるんじゃ。昼夜問わず休みなしでな」


「休みなしで……。が、頑張ります!」


 そこからは無我夢中。

 他の一切を考えずにとにかく剣を振り続けた。


 しかし一向に斬れる兆しはない。

 手ごたえも何もない。


 なのでその日は、とにかく知覚する事に集中した。

 見る。見る。見る。 

 知覚できたそれを、とにかく観察する。


 だけど、見れば見るほどに分からない。

 イメージの仕方のせいかは分からないけど、常に形が変わり続けるそれ。


 いつ見たって同じ状態でいない。


 ていうかなんだこれ。

 傍から見たら、虚空を眺め続けてる人じゃん私。


 そこで、イヴァンさんの言葉を反芻する。


 ――それを斬れるまで剣を振り続けるんじゃ。昼夜問わず休みなしでな。


 ふぅむ。

 振り続けろ、かぁ。


 そうだね、言われた通りにしてみよう。

 それが1番だ。



 それから2日。


 昼夜問わず私は剣を振り続けた。

 ご飯を食べるのも忘れ、休憩も取らず。


 寝る間も惜しんで、本当にただただ剣を振る。

 勿論、一振り一振り面を意識して。


 更に1日。


 ろくすっぽ休みを取らなかったせいか、体に上手く力が入らない。


 イヴァンさんも、他のふたりも、この間ひと言も休めと言ってこない。

 どれだけ疲れた様子を見せても、出来た? のひと言だけ。


 正直ちょっと怖いよ!

 冷たくされてるみたいで悲しいよ!


 でもそれは、この行為に意味があるからなんだろう。

 私は信じて剣を振り下ろす。


 そしてついに、それは報われた。


 剣を握る力も入らなくなってきた終盤。

 考え事をする余力もなく、無心で軽く振り下ろしただけのそれが、厚みを持った軌跡を作り出したのだ。


「え……」


 自分でもどうやったのか分からない。

 でも、やっと。

 やっと出来た。


 わ、忘れないうちに……!

 今の感覚を……!


 そこから数度、出そうと力むと軌跡は出来ず。

 諦めて脱力した際には軌跡が出来る。


 あ、ああ。

 そういう事か……。


 言ってくれれば……いいのに……。


最後から4行目の誤字を修正しました。

 諦めて脱力した際には奇跡が出来る。

       ↓

 諦めて脱力した際には軌跡が出来る。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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