057 くるくるくいくい
予想に反して、エナさんの訓練は過酷を極めた。
「はい! わんつー! わんつー!」
くるくる。
くいくい。
くるくる。
くいくい。
「もっと大胆に! もっと大きく!」
くるくる。
くいくい。
くるくる。
くいくい。
「ダメよ! 恥ずかしがってちゃダメ! もっと自分をさらけ出しなさい!」
何をしているのかって?
腰に巻き付けた鞭を垂らし、尻尾に見立てます。
そのまま2回ほど回転し、勢いを付けた状態で停止。
その勢いが残った状態で腰をクイクイっと動かして挙動を制御する。
そういう訓練。
「エロスが! エロスが足りないわ! 自分に正直になりなさい!」
恥ずかしぃぃぃぃぃいいい!
なんなのこれ!
羞恥に耐える訓練なの!?
もっと他にやりようあるんじゃないの!?
「翁……。あれ、どう思いますか」
「翁と呼ぶでない。あのお嬢ちゃんの腰か?」
「そうです」
「あれなぁ。正直、何時間でも見ていられるのう」
「同感です」
2匹の雄の友情が深まった瞬間だった。
「はい! もっと腰を使って! その鞭は体の一部だと思いなさい! 新しい手足! 尻尾よ! いえ、もはやそれはチ――」
バチンッ!
今日1番の回転により、鞭をエナさんの顔にぶつけて発言を止めた。
何か嫌な予感がしたので。
「おっふ……。やるわね、でもお姉さん負けないわ……! それはチン――」
ベチンッ!
早くも今日1番の回転が更新されました。
下顎に綺麗に入った気がする。
「あ、ちょっといいかも……」
うへぇ……。
鞭ってイメージからSっぽい感じはあったけど、そっちもイケる方でしたか。
不安になってきた。
「あ、そうそう。その服の着心地はどお? 動いてて突っ張ったりしてない?」
「あ、大丈夫です。全然気になりません」
「そ、なら良かったわ!」
この訓練に入る前に、エナさんから服をお借りしました。
というのも、お母さんからもらった服がけっこうボロボロだったのです。
エナさんが補修してくれるそうで、その間これを着てなさいって。
どう見てもスパッツなスパッツに、伸縮性のある動きやすい上着。
なんの素材かは分からない。
まぁそこはいいんです。
何故ピチピチにしたんだ。
ロウルさんとイヴァンさんの視線がすごく強い気がする。
「はい、じゃあしばらくそれを繰り返しててね。腰をどう動かせばどう動くのかを実際にやって把握しておくのは大事よ?」
「わ、わかりました!」
「じゃあちょっと、アタシは服の修繕してるから頑張っててね。あ、さっき言った話も意識しながらよ?」
「はい!」
さっき言った話、というのは重心の話だ。
通常、人間が重心の基点とするのは膝になる。
そして男性よりも女性の方が平均的に見れば重心の位置は低くなる。
だが、股関節の造形の違いにより、女性は重心の移動が男性よりもスムーズに行う事が可能となるのだとか。
そこで、腰で鞭を使うために出来る限り重心を上へ持っていくよう意識する。
腰に近ければ近いほどいいという事だったが、エナさんの場合は股関節を基点とするらしい。
歩法による重心の安定化と、意識的な重心の移動。
このふたつが出来て、更に応用を利かせる事が出来れば、これまでとは比べ物にならないほどの動作が可能になる。
ってエナさんが言ってました。
とりあえず、可動域の拡張や滞空時間の延長。
攻撃に乗せられる重みの増加。またはその逆。
体の使い方、重心の扱い方を覚えるだけで出来る事は無限に増える。
是非とも習得したい!
そのためならこの程度の訓練……!
やり切ってみせる!
――約30分後
くるくる。
くいくい。
くるくる。
くいくい。
「……」
くるくる。
くいくい。
くるくる。
くいくい。
「なんだこれは!」
羞恥心と挙動への理解力不足で訳が分からなくなってきた。
僅か30分で私の精神は耐えられなくなってきている。
「私は! 一体! 何をやらされてるんだ!」
「うふ、そろそろだと思ってたわよ」
ビクッ!
突然後ろから声を掛けられてちょっとびっくりした。
「エ、エナさん。これはその、音をあげたわけというわけではなくて……」
「いいのよん。悩んで悩んで、悩んだ先に求めるものがあるのよ。そう、羞恥心の果てにこそね」
よく分からないけど、継続は力なりって事だと思う。
「でも、信じてやり遂げれば、あなたには素晴らしい結果が待ってるはずよ」
信じて……。
そうだよね、仮にもブロックマスター。
やっている事の意味もちゃんと説明されてるんだし。
とにかく信じてみるしかない。
「はい! 頑張ります!」
「ふふ、じゃあ次はね~……――」
「――はは、眼福ですな翁」
「そうじゃのう、たまらんのう。じゃが翁と呼ぶのはやめろ」
くるりんくいくい。
くるりんくいくい。
にゃーにゃーにゃー!
くるりんくいくい。
くるりんくいくい。
にゃーにゃーにゃー!
両手を猫耳に見立てながら、腰を8の字にくねらせる。
左右に振れる鞭を、腰の挙動で前や後ろへと移動させる。
この時、重要なのはお尻を突き出す事だそうだ。
……。
この手には何の意味が!?
それとにゃーにゃーにゃーってやついる!?
い、いや。考えるな……。
きっと意味があるんだ……エナさんを信じよう。
そこから30分。
私は一心不乱に腰を振り続けた。
「どうやら、既に羞恥心は克服したようね……。上出来よ、腰を振る訓練はこれでおしまいね」
「はい! ありがとうございます!」
やった!
私はやり遂げたぞ!
「どお? 大体分かってきたんじゃない?」
「そうですね……。限定的ですけど、大まかには分かってきました。微細な動きで細かく制御するのがまだ難しいですけど……」
「そこまで分かってれば十分よ。じゃあ次に行きましょう」
よし!
次の訓練にいける!
でもその前に聞いておきたい。
「あの、ちなみに両手の動きはなんだったんですか? それと掛け声も」
「ああ、それね……。あなたが知るにはまだ早いわ……。全てが終わった時に教えてあげる。余計な先入観とかがついちゃうとイケないのよ。安心しなさい、意味のない事はさせないわ」
え、けっこう重要な感じ?
良かったぁ。
可愛い仕草をさせてみたとか遊び心も大事でしょ、とかそういう事かなって途中から考えちゃってたよ。
さすがはブロックマスター!
どんな意味があるのか考えるのはやめておこう!
「そういやローズちゃん、ロウルと模擬戦したんだっけ」
「はい、やりました。負けちゃいましたけど」
「けっこう肉薄したって話だったじゃない? すごいわよねぇ。あの弓馬鹿と弓でやり合えるなんて」
「ゆ、弓馬鹿って……」
「あら、事実よ。殲滅の弓兵って呼ばれるくらい弓に命賭けてた馬鹿よあれは」
せ、殲滅の……。
すごい二つ名だな……。
「破弓イルオニダスって弓知らない? 大陸のどっかに今でもあると思うんだけど、すごいデカイ長弓でね。それ使わせたら1日で何万だろうが殺し続ける大量殺戮者よあいつ」
「え!?」
聞き耳を立てていたのか、離れた位置でロウルさんは得意気な顔をしている。
この距離で聞こえてたの?
「まぁ、大量殺戮者ってのは、ブロックマスター全員に言える事だけど、あいつは別格よ。数が違いすぎるわ」
え、こわ。
やばい人じゃん。
ていうかメインは長弓なの?
短弓での模擬戦はハンデのため?
そしてブロックマスターは全員漏れなく人殺しのようです。
そうだろうなとは薄々思ってましたけど。
まぁでも、戦うってそういう事だよね。
私だってこの間……。




