056 弓の訓練 了
「では私はここにいますので、お好きなところからどうぞ。私の元まで矢が届くか、晩御飯になったら終了にしましょう」
え?
本気?
危なくない?
「大丈夫ですよ。心配しなくても、今のあなたの腕前では私の元に矢が届く事はありませんから」
「あ、そうですか……」
教えてもらっている身ではあるけど、舐め過ぎではないでしょうか。
いいでしょうとも。
ええ、いいでしょうとも!
吠え面かかせてあげますとも!
「では、始めてください」
合図と同時にまずは一矢。
ほんの少しだけ遅れて、ロウルさんも矢を放つ。
私の放った矢は、ロウルさんの矢に撃ち抜かれて四散した。
そのまま、矢は私の横を抜けていく。
え~……。
うそでしょ~……。
「どうしました? せっかく短弓なのですから、連射しないと私には届きませんよ!」
はは。
同じ短弓なのに、こうも違うものなのか。
仮にもブロックマスター。
私が遠慮していい相手じゃなかったね!
「フゥー……。いっきまっすよー!」
連続で2矢。
放つと同時に私はすぐに走り出す。
さっきと同じようにその矢はロウルさんの放った矢に迎撃された。
今はどうすればいいか正直分からない。
だから、動いて動いて撃って撃ってを繰り返す。
お互いに手持ちの矢は30本。
私は駆け回り、試しながらに矢を撃ちまくった。
回転率を上げて同時速射、上方向へ撃って時間差を作った射撃。
しかしどれも迎撃される。
ものによっては数本の矢を1本の矢に迎撃されたりする。
いざ戦ってみるとすごいな……。
あの位置から一歩も動いてないよあの人……。
「あ、矢が無くなっちゃった……」
その後、矢の補給を何度か挟みながら模擬戦は続いた。
近場の林を使って身を隠したり、岩場を使った高低差を利用したり。
色々と試したけど一歩も動かす事ができない。
矢を追いながら私の事もちゃんと見てる。
何を見ながら迎撃してるんだろう。
そこからは観察。
模擬戦の間とにかく観察した。
するとびっくり。
あの人、迎撃する時に私の放った矢を見てない。
いや、厳密に見てないわけではなく、放たれた瞬間だけ見て、後は私を目で追ってる。
発射された瞬間さえ見れば後はどこにどう向かっていくのかが分かるんだろうか。
さすがにちょっと、その域に到達するイメージが沸かないですけど……。
――模擬戦2日目。
起きてすぐは走り込み。
でも重心の扱い方は上手くなってきたと思う。
だいぶ慣れたしね。
おかげで今日の模擬戦はちょっと結果が付いてきた。
「は、速い……!」
矢を撃たず、とにかく動きまくる。
あの変態との戦闘の後から、日が経つにつれて体の調子が良くなっていく。
既に以前と同じように動けていたのに、今は更に動ける。
この速度なら追えまい!
見えまい!
重心をブラさず、高速で移動しながら矢を射る。
1本、2本は迎撃されるが、立て続けに矢を射ていると変化があった。
ロウルさんが迎撃のために矢に集中している。
私の姿を捉えきれていないようだ。
向かってくる矢のみに集中して迎撃している。
なら、完全な死角から放てばどうか……。
楽しくなってきていたせいで、最後の1本を放ってから気づく。
それは直撃を確信させる一矢。
矢は首に向かって一直線に飛んでいく。
「あ……」
あわや直撃というところで、ギリギリ身を低くして致命の一撃を躱すロウルさん。
あ、あっぶな……。
「は、ははは……。驚きました……。まさかもう撃ち落せなくなるとは……」
お、おう!
ちょっと心臓に悪かったけど、課題クリアだね!
「では今度は逆をやってみましょう」
「へ?」
無理無理!
嘘でしょ!
撃ち落せるわけないじゃん!
馬鹿なんじゃないの!?
「ほらほら、避けてばかりでは上達しませんよ。どんどん行きますよー」
行くな!
馬鹿じゃないの!?
「まだまだいきますよー」
馬鹿なの!?
クリアが早かった事への仕返しか、いいところを見せようとして失敗したせいか。
鬱憤を晴らすかのように矢が次々に飛んでくる。
これを撃ち落せって?
無理ですけど。
緊張感は必要というのと、当たっても致命傷にはならないからという理由で、30本という制限も無くそれはもうジャンジャカと撃ってくる。
これがほんとの矢継ぎ早か。
やかましいわ。
ていうか致命傷じゃないからって意味わかんなくない?
当たり方次第では即死だと思いますけど?
そうでなくても当たったら大怪我するんじゃないの?
一応13歳の女の子なんですけど!
忘れてんじゃないの!
この馬鹿ッ!!
「ふぅっ! さすがにこれはちょっと早かったですね」
弓を乱射していた男は満足気で得意げな顔だ。
爽やかな汗を迸らせている。
「はは、順番を間違えましたね」
はは、じゃないが?
「それじゃあスッキリしたところで、次に行きましょうか」
こ、こいつ……!
スッキリするんじゃないよ!
ここからは訓練内容がどんどん変わっていった。
動く的を射る訓練から、回避を前提にして動く的への射撃。
ランダム性のある的への射撃、向かってくる対象の迎撃。
丸1日これに費やし、再度の模擬戦。
今度は本当に模擬戦だった。
「では、さっそく始めましょうか。どちらが勝っても負けても、弓の訓練はこれで修了となります。教えた事を全部出しきるつもりで挑んでください。私に」
「はい!」
使用する矢は、先に丸い石を取り付けたタイプのもの。
貫かれる可能性は下がるが、その分打撃力が上昇してしまっている。
まともに直撃すれば悶絶は必至だろう。
本数制限は10本。
お互いに撃ち合い、勝利条件を満たすもしくは敗北条件を満たした時点で終了。
勝利条件、放った矢を直撃させる。
敗北条件、矢の直撃を受ける、または10本の矢を全て使い切る。
至ってシンプルだ。
僅か数日訓練しただけではあるけど、勝ちたい。
どうせやるならね、勝ちたいよね!
「この石を放りますので、地面に到達した時点で開始とします。準備はいいですか?」
「いつでも大丈夫です!」
「では……」
少し大きめの石が上へと放り投げられる。
よし、まずは脚を使って撹乱する。
きっと向こうもそうするはず、お互いに見えてる状態で撃ったところで当たるわけ……え?
落ちてきた石が目線の下へと到達する。
その先で、ロウルさんが弓を構えているのが見える。
うっそ。
地面に到達した石は、別の石にちょうどぶつかりカツンッと音を鳴らす。
それと同時に、3本の矢が私へと放たれた。
目を見開いて軌道を見る。
私が構えるには時間がない。
躱すしかない。
最初の1本は右へ逸れる、2本目は左へ、3本目が私狙いだ……!
逃げ道を潰しながらの3連射。
いやらしい事をしますな!
でも見えてれば余裕!
矢じりが大きく、重くなっているせいか。
横を抜ける矢の風切り音が豪快でちょっと怖い。
でも躱した!
このまま横に抜けて……――。
「え……」
進行方向である右から1本、その少し後ろ下方からも1本。
眼前に1本。
退路を潰すように左から1本。
パチッと、小さく。
その瞬間を凝視していなければ気づかないほどの、小さな静電気が目の横を走る。
刹那、眼前の矢を頭をずらす事で躱し、進行方向からの2本は体を捻って躱す。
退路潰しの左からの1本は、柄の部分を掴み手中に収める。
ローズの動きは、常人のそれから遠く離れたものになりつつあった。
掴んだ矢で弓を引き、不十分な体勢のまま即座に撃ち返す。
草むらに向けて放ったその矢が到達する直前、その周囲に移動する気配がした。
右……。
違う、左。
速く、細かく、俊敏に動き回りながら。
獲物を確実に捉えられる瞬間を探る。
逃げ道を限定するように、追い詰めるように矢を放っていると突如、気配の移動速度が上がった。
その移動を追い、残り5本の矢のうち4本を使い気配の動きに対して偏差撃ち。
止まるか曲がるかしない限りはこれが直撃する。
止まればその瞬間に命中させられる。
曲がれる方向は限定してある、動きが逸れた時点でその進行方向へ撃てる。
この距離なら外さない……!
仕留める瞬間を見極めるため、気配を凝視するが止まりも曲がりもしない。
そしてついに、気配は草むらを飛び出して、偏差撃ちした矢と衝突した。
「え……!?」
後ろから矢が直撃し、右肩に突然の鈍痛が走る。
「はい、私の勝ちですね」
見当違いの方向からロウルさんが現れた。
私の放った矢と衝突したのは、ロウルさんが撃った矢だった。
してやられた。
「はは、すごかったですね。実際少し焦りましたよ。2回目の連続射撃で終わるはずでしたし……」
「う、うぐぅ……それよりも最後のあの矢、弓で撃ったにしては遅くなかったですか……」
「ああ、あれは私の射撃速度操作スキルによるものです。さすがに矢の速度のままではすぐバレますからね。まぁそれでも、もう少し注意してれば気づいたでしょうけど」
そういうことかー!
なんで気づかなかったかなぁー!
あー!
く、悔しいぃぃぃい!
「正直、数日でここまでになるとは思ってもみませんでした。既に達人の域にいると言っても過言ではないですよ。私はその更に先にいますけど。それに、勝利よりも敗北の方が得る物は多いですからね。今回の結果は良かったと思って切り替えましょう」
達人の域か……。
比肩する対象がロウルさんしかいなくてなんとも言えない。
そしてちょいちょい自慢を挟んでくる。
負けず嫌いかっ。
「ふふ、それではローズさん、弓の訓練は修了となります。お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございました!」
こうして、弓の訓練は敗北という形で幕を閉じた。
弓単体での戦闘能力の高さを認識できたし、かなり使えるようにもなった。
戦闘の幅が一気に広がった気がする。
体の使い方もかなり参考になったし、色々応用も利きそう。
これ、全員から師事出来れば相当強くなれるって実感が沸いてくる。
エナさんの鞭も楽しみだなぁ。




