054 こじ開けた扉の代償
腹部の少し上、そこを突いた瞬間に突如光り出す変態の体。
異変を察知したローズは即座にその場を離れる。
その行動は正解だった。
光った変態は轟音と共に爆発を起こす。
ダンジョン下層に振動を響き渡らせるほどの爆発。
体の中に爆発物があったのか。
それとも、寄生させていた虫にそういう性質のものがいたのか。
分からないが、ともかく爆発したせいでフロア内の壁という壁に亀裂が入り、小規模な崩落が発生している。
逃げる……?
いや、フィオさんが……!
虫の苗床となっているフィオの方を見ると、既に瓦礫に埋まってしまっている。
ピィ!
ピィピピィ!
……。
ダリアの訴える通りに、次のフロアへと抜けていくと、そこには次の階層へと続く階段があった。
でも今は、体中に返ってきた痛みに耐える必要がある。
フロアを抜けたと同時に襲ってくる激痛。
以前、ローズが辿り着いた武の極致への扉。
今回、振り切ってしまった感情が辿り着かせたのは、それとは真逆のものだった。
膂力や魔力、闘気といった、武とは対極に位置する純粋な力の扉。
これは、冒険者であれば誰もが到達可能なもの。
武を柔とすれば、力を剛とする。
もっと分かりやすく言えば、力はステータスなどの分かりやすい指標があるもので、武はステータスには現れない個人の資質。
扉の先に行けば行くほど強くなるのか。
強くなったからこそ扉の先にいるのか。
その解釈は人それぞれであったが、高みへ昇るためには避けては通れない道。
その遥か先にいる者を、人は皆、『英雄』と呼ぶ。
そのため、英雄の扉と呼称して差し支えない。
扉が実際にあるわけではない。
ただ、そういうものだという認識があるだけ。
どうしても成長の段階で壁にぶち当たる事から、そういう意識が力を求める者たちの間で広まったもの。
そしてそれは、比喩に過ぎないのに確実に存在する英雄への道。
至るために開かなければならない扉。
今回ローズは、その扉を強引に何枚もぶち抜き、今の肉体には過度な場所へと到達したと言っていい。
無理矢理引き出した力のしっぺ返しは、あまりに激しく、残酷なもの。
当然だ。
ローズがギリギリ到達し、突破する事が出来た最奥の扉は。
英雄としての最初の扉だったのだから。
「ああああ、う……ぐぅぅぅう!」
筋肉が裂け、切れていく。
細胞が壊れ、壊死していく。
血管は千切れ、内部に血が溜まる。
臓器は捻じれ、正気を保つなど不可能。
肌には亀裂が入り、そこから血を吹き出してはもがき苦しむ。
都度ダリアが内部から治し続けてはいたが、破壊と再生を繰り返す肉体に伸し掛かる苦痛は如何ほどであろうか。
痛みは痛みを呼び、気絶する事もままならない。
仮に気を失っても、新たな痛みが意識を取り戻させる。
人体に無理をさせたという程度ではありえない苦痛。
本来、『英雄の加護』を持って初めて到達する域。
その代償は、延々と少女の体を蝕み続ける。
服の中で静かに光るペンダントに、ふたりが気付く事は無かった。
◆
3時間が経過した。
2時間もの間、力の代償に苦しみ続けたローズの顔は憔悴しきっている。
痛みが引いた後も、ずっと動けずにダリアの上で横になっていた。
「うぐ……」
体を起こそうとすると激痛が走る。
ダメだ……。
もうちょっと休もう……。
更に2時間。
痛みが引く気配はないが、そこそこ動けるようにはなってきた。
「あたた……」
「ピィ……」
このままずっとこうしているわけにもいかない。
体は痛いけど、動かないと……。
はー、本当ダリアが一緒でよかった……。
ダリアの体に寄りかかりながら、崩れたフロアへと戻る。
勿論、フィオの遺体を確認するためだ。
本当にフィオだったのか、ちゃんと確認したい。
もう1度見るのは正直しんどいけど、今ここには私とダリアしかいない。
なら、私がやらなきゃ……。
崩落はそれほど大きいものではなかった。
フロア中に瓦礫は転がっていたが、大した事はない。
1番酷いのは、あの変態がいた爆心地だろう。
壁を根こそぎ消失させている。
「フィオさんの体は……」
彼が居た場所を確認するが 瓦礫に隠れてしまって分からない。
ダリアに頼んで、邪魔な岩をどけてもらう。
「は~……気をしっかり保てぇ私ぃ……」
「ピィ!」
あ、終わったみたい。
ありがとうダリア、それで……遺体はどこに……?
「……あれ?」
フィオの体は見当たらない。
それどころか、他にもいたはずの犠牲者たちも見当たらない。
確かにこの位置だったはずなのに……。
「……」
◆
あれからどれだけ探しても、人の姿は見当たらなかった。
そこら中をダリアがひっくり返してもダメだった。
あれってフィオさんで間違いないよね?
咄嗟の事だったし、私の見間違いだったらって。
もう確認する術はないのだろうか……。
いや、もしかすればダンジョンに吸収されたのかもしれない。
ダンジョンにはそういう性質があるって聞いたし……。
着いたら聞いてみよう。
そんなこんなで到達した70階層。
そしてすぐにセーフポイントを見つけるダリア。
さすがだなぁとは思うんだけど、どうやって見つけてるの?
どう見ても初見、壁なんだけど。
ダリアにおぶられたまま侵入したセーフポイントは、予想通り緑の生い茂るダンジョン内とは思えない空間だった。
そしてすぐ視界に入ってくるひとりの男性、いやお爺さん?
切り株の上で座禅を組んだままジッとしている。
「あの人がここのブロックマスターかな……?」
「ピ~」
何やら瞑想している。
近づいてはみたけど話し掛けずらい。
「誰じゃ……?」
おわっ。
しゃ、喋った!
いや喋るでしょ!
瞑想に集中してると思ってたからちょっとびっくりしただけだし!
「あ、あの! 私……――」
この場所を目指した経緯を簡単に説明し、現状についても説明した。
お爺さんは、黙って私の話に耳を傾けてくれていた。
「――そうかい、あやつが言っておったのはお嬢ちゃんか。なら、話しておかんとのう。じゃが先に、上の階層であった出来事について喋ろうかえ」
目を開かない老人の口調は優しかった。
聞いていて、なんだか安心する。
「今このダンジョンは厄介な事になっておってのう。区画内の状況全てを把握しておる余裕がないんじゃ。つまり、ワシにはその友人がその時どうなったのかは分からん。ダンジョンも、1度吸収してしまえば即座に魔力へと変換しちまうしのう。ただ……下層と中層を行き来する人間は常に把握しとる」
えーと、つまり?
「下層は主にブロックマスターの居住区域と言っていい。下層内部で何が起きているかを今は把握しておらんが、侵入してきた者や逃げ帰る者は常に自動探知しておるのじゃ。そんでな、お嬢ちゃんの言う青い髪の男じゃが、中層へ上がっていくのは確認しておる」
「え! 本当ですか!」
「ああ、本当じゃよ。随分と体の損傷は酷いようではあったが、かなりの強者じゃろう。中層程度なら苦も無く突破してすぐに地上に出れるじゃろうな」
し、死んでなかった……?
あの状態で?
いや、今は生きてた事を喜ぼう。
「あ、あの他に中層に上がった人はいませんか……?」
フィオさんの他にも数人いたはず、麻袋をされたままで確認できていないけど、あの場にいなかったのなら一緒に地上を目指しているのかもしれない。
「いんや、青髪の小僧だけじゃ。そいつ以外に居たとすれば、もうダンジョンに吸収されてしまったと考えるのが自然じゃろう。こればっかりはすまんな……。ダンジョン内のルールじゃて……」
「いえ……」
「で、話は変わるがの。お嬢ちゃんは武具の支配者を目指しておるんじゃろう?」
「あ、はい、そうです」
「それはもう叶わんかもしれんな。いや、全てを修める必要はないが、お主の目指すところの武具の支配者には、到達できんかもしれん」
どういう意味?
「私では無理だという意味でしょうか……」
「いやなに、別にお嬢ちゃんの資質に問題があるわけじゃない。ただその、もうおらんのじゃ……」
もういない?
え、それってもしかして。
「ブロックマスターは今、全部で4人。レムルが消え、他3人も消えた。いや、他3人に関しては、消されたと言った方がいいかの」
「だ、誰にですか……?」
「徘徊する青紫の魔獣、ジャガーノートにじゃ」
――ここのブロックマスターである、イヴァン・ノイムルという名のお爺さん。
お爺さんは、ジャガーノートと現在のダンジョンの状況について、淡々と説明してくれた。
ジャガーノートは1度大陸中央へ移動した後、地上を目指し始めたが岩盤の厚みを破れず停滞。
その後、進路を北へと変更し、槍のブロックマスターをブロックコアと共に捕食。
次いで東に向かい、弓のブロックマスターと戦闘。
弓のブロックマスター自身は無事だったが、ブロックコアを破壊されて消滅。
更に東へ向かい、鞭のブロックマスターと戦闘。
ある程度戦った後ブロックマスターが逃走し、自らブロックコアを破壊し消滅。
そして現在、ジャガーノートは中央へと戻るように移動しているという。
各ブロックのマスターたちは、ダンジョンマスターからの連絡を受けてジャガーノートの動向を把握。
自区画へ侵入されたかどうかの探知、そして魔物(餌)の配置による誘導でこれを回避しようと必死なのだそうだ。
「奴は他の生命を捕食するためだけに移動しておる。底なしの胃袋じゃな。いつ向かってくるか分からないおかげで、常に遠方に集中してないといかん。他のブロックは把握できんから、その境目を常にのう……」
ダンジョン内に閉じ込めておければ大丈夫なんて、簡単に考えていたけど……。
ブロックマスターでも倒せない、しかも逃げ出すほどだなんて。
マスターって言うくらいだし、勝手に強いと思ってただけで、実際どれくらい強いのかは分かんないけど……。
「現状中央に向かっておるなら、ここに来てもおかしくない。そのせいでダンジョン内の監視している余裕がないんじゃ」
「な、なるほど……」
これって早めにアイギスさんとかに知らせないとまずいのでは……。
「でじゃ、お嬢ちゃんへの指南に関してじゃが、今は出来そうにない。ワシ自身にそんな余裕は無いし、お主自身の状態も芳しくない。とりあえず、あの小屋で休むといい」
「す、すいません。そうさせていただきます……」
確かに、今の状態じゃどっちみち無理か。
お言葉に甘えさせてもらおう……。
◆
あは~良かったぁ。
体が全部無くなっちゃってどうしようかと思ったけど、逸材だよこの子~。
僕の救世主だね~。
青い髪の青年が、ダンジョンの中層へと続く階段を上っていく。
左顔面からは虫がデロんと這い出し、キョロキョロと周りを見回していた。
あの子、イズミちゃんだっけ……。
あの爆発に巻き込まれてなかったなんてね~。
爆裂ダンゴムシのとっておきの自爆だったのに躱すなんてすごいなぁ。
でもおかげで解剖するチャンスが残ったよ~。
ラッキーラッキー。
ね?
君もそう思うでしょう?
「あ……あが……」
あの場に食料が何人かいたのは良かったけど、まだ足りないんだよ~。
だから次は中層で補給して~、そんで体の再構築のために戻らないといけないな~。
協力してね~。
そしたらお礼に、君はちゃんと返してあげるからね~。
フィオの体は中層に着くと、すぐに虫目掛けて飛び掛かる。
そのまま鷲掴みにしたそれを、迷いなく口へと運んでいく。
「や……め……」
右目だけの視界に映る、もがくようにうねる何かの幼虫。
それを咀嚼する嫌な感触、舌触り。
鼻を抜ける吐き気を催すような悪臭。
体の制御を他者に乗っ取られたままフィオは、意識だけはハッキリとした状態で咀嚼と嚥下を繰り返す。
寄生しているケランドールのために、延々と虫を貪り続ける。
「あが……もむ……、ゴクン……あが……あむ……」
右の目からは大量の涙が流れ続け、止まる事はなかった。




